第50話 交渉

「何だ、申してみろ」

「ロゼット嬢の引き取りをしたいのですが、よろしいでしょうか」


一瞬きょとんとする国王。恐らく予想外の依頼だったのだろう。きっとクエリーシェルも同様の反応をしているに違いない。


「は?ロゼット嬢とはあのバルドル・クォーツの娘のロゼット・クォーツか?」

「えぇ、そのロゼット嬢です」


自信満々に言えば、なぜ?とあからさまな表情をされる。まぁ、無理もないだろう。彼女と私にほぼ接点は皆無なのだから。


「理由は?」

「彼女は未婚で後ろ盾もない今、行き場のない不安に駆られていると思いまして。私はその気持ちはわかりますし、彼女きっかけのパーティーでこのようなことが起こったということで、当人は自分を責めているのではないかと。あくまで勝手な憶測ですが。なので、私の身勝手なお願いながら、ぜひとも彼女の身請けをお願いしたく」

「まぁ、確かに彼女の処遇は決まっていなかったが。だそうだが、そこの大男?」


国王はチラッとクエリーシェルを一瞥する。その視線の先にいる彼は、大きな手で額を押さえていた。


「いや、ちょっと待ってくれ、リーシェと話をさせてくれ」

「どうぞどうぞー。痴話喧嘩なら外でやって欲しいがな」


クエリーシェルに腕を掴まれ、国王の私室の端に追いやられる。そして、「どういうことなんだ」と当然の質問をされた。


「先程申し上げた通りです。彼女がもうケリー様の婚約者になることはできないでしょうが、あの舞踏会でも意気投合している様子が見て取れましたし、招いてもよろしいかと。まだ人手は足りませんし、私も力不足なところはありますので、私と同じようにメイドとして働いていただくのはいかがでしょうか?」


すらすらとそれらしいことを並べていく。実際にあの大きな城を管理するのはいくら私が有能だとて、難しいことは事実だった。


「いや、好意は別に元々なくてだな。いや、というか、そもそも意気投合というか、確かにあの時に話はしたが、でも、なぁ……」

「ダメですか?」


歯切れの悪い言葉ばかり並べるクエリーシェルを、真っ直ぐに見つめる。彼の黒曜石のような瞳を覗き込むようにゆっくりと顔を近づけじっくりと見ると、途端顔を赤らめる。


耳まで真っ赤であるのは面白いが。


「弱味につけ込みおって」

「なんのことでしょうか?」

「っ、まぁいい。許可する。ただし、ロゼット嬢の回答次第だ」

「それはもちろんです。無理強いはしたくありませんので」

「そこでイチャついてる2人ー!さっさと決まったなら報告せい!」


国王は呆れ顔で退屈だとばかりにベッドに寝転がっている。先程までの威厳はどこへ行った。


「ロゼット嬢の返答次第で、ヴァンデッダ家にメイドとして迎え入れたいと思います」

「まぁ、そうなるだろうと思ってたがな。早速尻に敷かれおって。相変わらずヘタレよな」

「煩い。話は以上か?」

「いや、まぁ、待て。ここからお前も加わって話してもらおう。そこの椅子に座れ、リーシェもだ」


クエリーシェルと共に席に着く。国王も私と向かい合うように座ると大きな地図が開かれた。


「今から話す内容は国家機密である。漏らしたら首が飛ぶと思えよ」

「はい」


途端に先程までの締まりのなかった顔から一転、険しい表情に変わる。さすがの国王、切り替えが早い。


「現在バルドルの邸宅を家宅捜査並びに本人へ尋問中だが、そこで判明したことがある。まず奴は先日の混乱を機に帝国へと渡り、こちらの機密を持ち出そうとしたこと。また、帝国より指示を出された場合、マルダスとゴードジューズ帝国、我が国コルジールに潜伏中の謀反者で一気に内外から攻めてくる予定だったらしい」

「なるほど」

「だが、あやつが逃げ損ねたおかげで計画は頓挫しているということだ。本来、あの時に機密であるこちらの国の詳細を描いた地図や各地のおおよその人口、比率などを集計したものを運ぶ予定だったらしい」


やはりあの時逃していたら大きな痛手だったと思い、無事に拘束できたことに安堵する。


「各地の領主が統治をしている範囲や領内ではどのような生活を送っていて、資産はいくらほどというのは既に漏洩してしまっているそうだがな。これはあやつに議会長を任せていた私の責任だ」

「では、いくつか領地替えが必要ということでしょうか」

「まぁ、その可能性はあるな」


今後は各地領主の領地替え、並びに潜伏中の謀反者を割り出すためにクォーツ家と親交のあった家の調査や取り締まりを行うという。


「今考えているのはこのくらいだが、亡国の姫君殿はどのように考える?」


話を振られ考える。そして、私自身が持っている情報と統合する。


「まず、防戦の対策をせねばならないかと。情報漏洩である程度手の内が把握され、かつ現在コルジールは本件で裏切り者がいたということが判明しましたが、ここまで綿密な計画を進めているのがバルドルだけでなかった場合、その対処もせねばなりません。それにはまず各領地に罠の製作を通達し、それぞれの領地同士には情報漏洩させない旨を伝えます」

「つまり、各領地それぞれ内密の場所に罠を仕掛けると」

「はい。そうすれば、罠で敵国に痛手を与えられるのはもちろん、その罠を楽にすり抜けられた領地は情報漏洩の可能性がわかりますし、一石二鳥かと」

「ほうほう」

「そのためには各地の兵の質も向上させねばなりません。考えられるに、コルジールを攻めてくるのはマルダスからの侵攻の可能性が高いかと。念のために各港町に砲台や投石用の武器を用意するのも良いかもしれませんが、マルダスの侵攻により一番打撃を受けるのは恐らくマルダス国境に近いクエリーシェル様の領地ですので、そこから手をつけるのが良いかと思います」

「まぁ、そうだな」

「そしてもし叩くなら、帝国を叩けば一気にカタがつくかと。マルダスは恐らく帝国に追従する立場でしょうから、帝国を叩ければマルダスも落ち着くと思います。難しいかもしれませんが、帝国には参謀はいれど、侵攻に関してはほぼ皇帝の独断で決めておりますので、策さえ練れば十分に勝てる相手ではあります。また、直情型なので、私の名を出せば判断力の低下も促せるかと」


地図を指差しつつ説明するが、男2人はただふむふむと頷くだけだ。今考えられる最善の策だと思ったのだが、お気に召さなかっただろうか。


「リーシェ」

「はい」

「本当に16か?」


(よく年齢を聞かれるが、そこまで私は老けて見えるのだろうか。はたまた幼く見えるのだろうか)


「えぇ、まぁ」

「クエリーシェル」

「なんだ」

「手放すでないぞ」

「は?はぁ、そのつもりだが」


謎のやりとりに頭に「?」がいっぱい浮かんでいるが、とりあえず及第点はもらえたのだろうか。


「詳しいことは後日また決めよう。よし、帰ってよいぞ。あぁ、リーシェは先程言ってたなんだったか、砲台や投石だったか、とりあえず把握している武器について詳細並びに分かる範囲で設計図を書き出してくることを宿題とする」

「承知しました」

「ではまた追って呼び出しをかけるのでそのつもりで。あぁ、クエリーシェル」


クエリーシェルだけ呼び戻され、何やら2人でコソコソと話している。


(何をやっているんだろう、というか本当にこの2人は仲良いな)


「な!」とか「ちょ」とかちょこちょこクエリーシェルの声が漏れるが、詳細は聞こえず、とりあえず私のところに戻ってきたクエリーシェルはなんだか顔を赤らめながら「帰るぞ」と帰宅を促すのだった。

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