第二部:ネフィリム・エスカトロジー

第5章:始まりの話

第57話 臨時幹部会

「お疲れ~」

「はいはい。あたしはもう寝るから」

「俺もだ。お休み~」

「お休みなさい」


——


「…………」

「……むにゃむにゃ」

「…………」


 美裟は。

 同室のこの男を、蹴り倒してベッドから叩き落とした。


「ぐぎゃっ! え! は!? なんだ!?」

「あのねえ!!」

「!」


 何が起きたか理解できないまま、美裟の怒号が響く。


「あたしと同じベッドで寝ることに! 『慣れて』んじゃないわよ!! このくそやろう!!」


——


——


「それで閉め出されて寝不足か。はっ! しょうもうねえ男だなお前さん」

「う……」


 今日は美裟が来ていないと、文月を訪ねてきたアルバートは、彼の様子を見て話を聞こうとした。

 そして、兵舎まで連れてきたのだ。


「もう2ヶ月くらいになるだろ。まだやってねえのか」

「ぅ……」

「そりゃ、ミサの嬢ちゃんが正しい。お前さんがカスだ」

「うぐ……」


 何故、彼女が激怒したのか。文月も薄々は分かっていた。だが。

 今の彼にはどうすれば良いかまでは分からなかった。


「まあウチの訓練自体はもうカリキュラム組み終わってるからな。そもそも決められた業務じゃねえから嬢ちゃんが居なくても進められるが。ある見方では、無責任と言える。相当のショックなんだろうよ。お前さんの態度が」

「どうすれば良いのか分からないんだ。俺は童貞どころか、今まで片想いの恋愛すらしたことないんだ」

「でも割りに、女とは喋れてるじゃねえか。魔女とかメイドとか」

「いや、話すくらいは普通だよ。別に」

「よく分からんな。性欲はあんのか?」

「……いやそりゃ、無いことは無いよ」

「ならお前、とっととやるだろ。据え膳だろ」

「…………いやでも」


 ああだ、こうだ。いや。でも。

 今の文月は、アルバートから見て『カス』だった。チンも付くかもしれない。


「相談、乗りましょうか?」

「!」


 兵士は皆、訓練で出払っている。不意に、爽やかな男性の声がした。


「ウゥルペス!」

「こんにちは文月君。アルバートはお久し振りですね」

「おうウゥルペス。そうだ、良い『先生』が居るじゃねえか」

「へっ」


 アルバートはウゥルペスを見て、ぽんと手を叩いた。


「文月がよ。ミサの嬢ちゃんとの関係で悩んでんだよ」

「はい。そんな空気を感じて飛んできました」

「……ゲス野郎」

「チ◯カス野郎に言われたく無いですね」

「うぐ」


 にこにことしながら暴言を吐くウゥルペス。アルバートは彼に椅子を用意した。


「で、何が訊きたいですか? 愛撫のコツですか?」

「違えよ!」

「そうですか? まあ違うとしても、童貞の文月君は聞いておいて損は無いと思いますけど」

「ぅ……。い、いや! 要らん!」

「あははは。ちょっと揺れましたね。面白いなあ文月君」


 人をからかうことを心から楽しんでいるようなウゥルペス。

 アルバートは少し、外の様子を気にした。


「どうしました?」

「いや……。アレックス居ねえよなと思って。あいつが居たらこんなこと許さねえだろ」

「あー確かに。アレックスはもう固すぎですからね。特に文月君のことになれば。プラトニックラブ所望、みたいな」

「えっ」

「そうですよ? アレックスはねえ。彼こそ童貞説を提唱されそうな……」

「いや流石にそれは止めといてやれ。居ねえなら良い。文月の話だ」


 アレックス、来てくれと。

 少しだけ思った。


——


「正直俺も今の嫁と一緒になるまで割りと世界中で遊んでたから、『日本人の普通』は知らねえ。ウゥルペスはどうだ?」

「僕も愛月さんにお声を掛けられるまでは、『お腹が空いたら適当に拾って摘まむ』くらいでしたからねえ。人間との恋愛は経験無いですね。ややこしくならないように記憶も弄ってましたし」

「……最低すぎだろ。流石悪魔」

「チ◯カスとどっちがマシですかねえ」

「いや流石にそれはチ◯カスがマシだと俺も思うぞ……」


 ウゥルペスのエピソードには、アルバートも引いていた。


「まあお前さんってより、結局は嬢ちゃんがどう考えるかだ。基本的に女の言う通りにして女を満足させてりゃ円満なんだよ」

「へえ。僕と正反対ですね。アルバートは奥様に尻に敷かれてるんですね」

「おうよ。『敷かれてぇ』女に出会えた俺は幸せモンだぜ」

「理解できませんね。女性は屈服させるのが良いのに。気の強い女性ほどなお良し」

「だから、そりゃベッドの上でだけだろ。『家庭』ってなるとそう単純にゃいかねえんだよ」

「でも今は、『ベッド』での悩みでしょう? 文月君は」

「いや、今はそうでも今後を考えるとお前」

「いやいや、『今』が全てですよ。今屈服させておけば、後々もやりやすいでしょう色々」

「……あのさ」

「?」


 ふたりの会話に置いてけぼりになる文月。そもそも置いていったら駄目だろと思い、口を開く。


「俺が、美裟を屈服なんて物理的に無理だと思うんだけど」

「「確かに!」」


 アルバートとウゥルペスは、ハモった。


「ウチの兵士数人掛かりでも全く近寄らせなかった『タツジン』だからなあ。ありゃいくら日本人の少女でも稀少種だろ」

「あんなふざけた威力で豆を投げ付ける筋肉×絶対に的を外さない精密機械みたいな18歳日本人JK処女なんて天然記念物過ぎますね」

「言い方考えてくれウゥルペス。いちいち気持ち悪いんだが」


 だが、と。アルバートは少し真面目に考える。

 今までアルバートは、女性どころか男性にも力で負けたことは殆ど無い。その筋肉とタフネス、有り余る体力でベッドでも常に主導権を握ってきた。

 ウゥルペスなども、細身とは言え基本性能が人間とは比べ物にならない。今この場で力比べをしても、絶対に勝てると確信を持っては言えない。悪魔はそもそも、超常的な存在だからだ。


「でも、割りと扱いやすい種類の女性だと思いますけどね」

「えっ」


 ウゥルペスも少し真面目に考えていた。城では基本的にやることのないウゥルペスは、普段から皆の様子を観察していたりするのだ。


「強いとは言え、すぐに暴力を振るような馬鹿女ではないですよね。頭の出来も良いと思います。学校の勉強もできたんでしょう? それに、文月君を立てる淑とした場面もちらほら。自分の役割をきちんと理解している。男性目線で総合的に『イイ女』と判断して良いと思いますよ」

「…………」


 冷静に分析する。上から目線なのが少し鼻に付いたが、美裟が褒められて文月も少し嬉しくなってしまう。


「朝と夜は毎日会うんですから。ちゃんと話してますか?」

「そりゃ……同じ部屋だと色々話すけど」

「本心で?」

「へっ?」

「文月君。女性というのは、基本的に本心を隠しています。美裟さんも例外では無いでしょう。だから。現状に満足していないから、昨夜は爆発してしまったのだと思います。何か予兆はありましたか?」

「…………いや、分からなかった」

「でしょうね。チ◯カス君には難しい質問でした」

「うぐっ!」

「いちいち煽るな進まねえよ」


 ウゥルペスの煽りをアルバートが止める。


「こほん。ですが。女性が本心を隠していることを責めてはいけません。それが『女性』ですから。文月君はそんな美裟さんでも愛せますよね」

「……勿論。言えない事情があるなら俺の責任だ」

「その通り。だから——まあ、貴方達カップルを見ていて一番効果的なのは、やはり『きちんと話す』ことですね。小細工は要りません」

「!」

「文月君は隠すようなことなんてひとつも無いんですから。『全部』曝け出しなさい。正直に。『君と交尾がしたい』と」

「…………ぅ」

「いやまあ、言葉は自分なりに変えてくださいよ? 僕ならそう言いますが」

「やべえな悪魔……」

「アルバートからはアドバイス無いんですか?」

「ふむ……」


 アルバートは文月を見る。

 『家族』の事となると目付きの変わるこの少年は、『恋人』になると途端に自信を無くしてしまう。彼も彼で、昨日のことにショックを受けて引きずっているのだろう。


「自信持てよ。嬢ちゃんがお前さんを好きなことはもう確定してんだろ」

「…………!」

「分からなかったら直接訊け。何が駄目だったか、どうすれば良かったか。どうすれば、機嫌を直してくれるか。それしかねえ。小細工に頼るようなら結局続かねえよ」

「……分かった。ありがとう」

「まあそれで無理なら無理です。大人しく自◯でもしましょう」

「馬鹿ウゥルペスそういうこと言うなって」

「…………」


——


 一方、その頃美裟は。

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