第55話 川上愛月の『息子観』
文月達が『九歌島』へ来て、しばらく経った。
「なんでだよ! 兵を増やすしか無いだろ!?」
「いいえ。それは認められないわ。これ以上戦闘員は増やせない」
ある日のこと。
魔術研究の休憩中、文月が廊下を歩いていると喧騒が聴こえてきたのだ。
声の主は、愛月とアルバートだった。
「いや、資料見ただろ!? 敵と比べて戦力が足りねえんだって!」
「それは勿論見たわよ。でもその問題を解決する手段として『兵士の増員』は、認められないわと、言っているの」
「なんでだよ! ならどうすんだよ!」
「あのねアルバート。よく聞いてね」
アルバートの声はとても大きい。少し感情的になってしまっていないだろうかと文月は心配する。対する愛月は全く動じず、冷静に述べている。
「文月は、たったひとりしか居ないのよ」
「!」
「人を多くすればそれだけあの子の負担が増える……程度ならまだしも。下手に増員して戦局が別れるようなことがあったら。文月が付かない一方に『死ね』と命令するの? その役目はわたしなの?」
「……ぐ! い、いや! 魔女だ! 堕天島で、お嬢達も治療できてたろ!」
「あのねえ。その治療魔術の『罰』はどうするのよ。貴方が責任を持てるの? わたしが今まで、どんな苦境でも魔術を使ってこなかった理由は、この脚を見たら分かるわよね?」
「…………ぐっ!」
「ね?」
それ以上の反論はできなかった。人はこれ以上増やせない。それは変えられない。
だが、それでは問題の解決にはなっていない。
「戦力が足りないなんてことは貴方が資料に纏める前にも既に分かりきっているわよ。相手は『人間より強い』んだから」
「なら、どうするんだよ!」
「他の手段を取るだけじゃない。簡単よ。『夜』以外から味方を増やして、武器と鎧に『魔術』を掛けるから。貴方達はいつも通り訓練をしていて欲しいの」
「……魔術の武器か!」
「本当は全員に抱かれてあげたいほど感謝しているのよ? 最も危険な場所に立つ役目の貴方達をね。見返りは弾むから、やる気出して頑張って頂戴」
「…………見返りね」
「そう。わたし達の目的が達成されれば、世界は混乱の渦に巻き込まれる。その際の『命の保証』をしてあげられる。黙っていても人間文明は崩壊するんだから、破格の条件でしょ?」
「……本当に来るのか? 終末が?」
「信じる信じないは貴方次第よアルバート」
「……ふん。それで魔術の武器はいつできるんだ?」
「あのね。今ウチの魔女達は宇宙魔術に掛かりきりだから、彼女達じゃないわ。それも別の所から仕入れるの」
「わーったよ。訓練に戻る。邪魔して悪かったな」
「ええありがとう。当然だけど、わたしだって貴方達を無駄に死なせるつもりなんかこれっぽっちも無いって、それだけは理解していて欲しいの」
「……わーってるよ」
「この前の戦いで亡くなってしまった分の補充兵なら認められるわよ」
「…………ああ」
最後の言葉には、既にアルバートは背を向けていた。無造作に手をやって、その場から去って行った。
「(……『何』を仮想敵にしているかは分からないけど……『終末』とかいう単語が聞こえたような)」
文月は、その一部始終を見て。
大きな戦争がまた起こる。それだけは分かった。
「……文月。聞いていたのね」
「あ、うん……」
ちらりと、愛月がこちらを向いた。
「エマ。もう良いわ。あとは文月に押してもらうから」
「かしこまりました」
そしてメイドを下がらせる。基本的に、このエマというメイドが愛月の車椅子を押しているようだ。
「どこへ?」
「そうね。じゃあお外でお散歩しましょうか」
「でも俺今休憩中で」
「ちょっとくらい大丈夫よ。文月が居なかったらフランソワが気付いて、危ない魔術を控えるように気を利かせてくれるわ」
「……分かった」
城の玄関へと、車椅子を押し始めた。
——
「…………」
「…………」
しばらく無言だった。ごろごろと車椅子の音だけがする。特に目的地は無い。城の外には、森や川、草原がある。非常に広いのだ。改めて、『これ』が空に浮いているとは中々信じられないなと文月は思う。
「(……文月はたったひとり、ね……)」
愛月は、先程のアルバートとの口論を思い返していた。
「(一応、全く手が無い訳ではないけれど。でも『それ』は、最後の手段)」
顔を上げて、文月の顔を見る。
「……?」
「…………」
にこりと、笑い掛ける。すると彼も微笑みを返してくれる。
「髪の毛引っ掛かるよ」
「あら。ほどいてほどいて」
「はいはい」
「(作戦が失敗して。わたしも文月も『全員』死んでしまった【後】の、本当に最終手段。殆どわたしの意地みたいなもの。それを軽々しく、こんな初期の作戦で人手が足りないからと言って引っ張り出してくるのは、割に合わない気がするのよね)」
「……俺、本当に組織の要なんだな」
「ええそうよ? あなたが居なくちゃ勝ち目なんて全く無いんだから」
「……どうして、俺を呼ぶのが早まったんだ?」
「えっとねえ。少しだけ、わたしの読みが甘くてね」
「読み?」
「この『九歌島』を取れば、次の目的地、『月』までひとっ飛びだと思っていたのよ。けれど違った。月や天界までの『ワープ装置』みたいなものがあると踏んでいたのだけど。そんなものは無かったの。誤算だった」
「……ワープ、装置」
「(つまり奴等は『毎回』、通常の宇宙空間を移動して地上までやってきていたということ。そんな、無駄で非効率なことを何千年もやっていたなんて正に信じられないけど。でも無かったのは事実。隅々まで探したもの。間違いない)」
そこで計画が狂ったのだ。
「だから、『宇宙魔術』の開発を急ぐ必要ができてね。開発した魔女の使い捨てなんてできないから、あなたを呼んだのよ」
「……なるほど」
「まあ戦闘になる頃にはどっちみち呼ぶ必要があったから。遅かれ早かれね」
「うん」
愛月は、溜め息を吐いた。
「だって相手は『不老不死』で『再生能力』があって、『罰無しで術を使う』んだから。あなたのような『奇跡』くらいどんどん使わなきゃ、そもそもお話にならないわ」
「え……っ」
車椅子を押す文月の手が一瞬止まった。
「反則よねえ」
「……そんなの、勝てるのか?」
「勝つわよそりゃ。目的の為には必ず破らなきゃいけない壁なんだから。大丈夫よ。あなたが居れば」
「…………じゃあ、母さんはその為に。目的の為に俺を産んだの?」
「そうよ?」
「!!」
即答。
全く声色を変えず。表情を変えず。優しい声と瞳のまま。
「これを逃すとわたしは一生、奴等の家畜だと確信したの。だから必死にしがみついて、懇願したわ。……『あの人』に」
「っ!」
文月の父親のことだ。
当時、愛月は13歳であろう。
「彼も彼で色々思うところはあったでしょうけど。でもわたしは譲らなかった。引かなかった。絶対に、妊娠するまで『帰さない』、って、必死だった」
「…………」
「足だって舐めたわ。恥ずかしいポーズや声の練習も。『なんだって』した。あなたを、授かる為に」
少しだけ、思い出を懐かしむような表情になった。
「その甲斐あってね。待望のあなたが生まれた。生まれてきてくれた。わたしがどれだけ、喜んだか。安心したか。幸せだったか」
「…………」
目的の為の手段として、子を産んだ。それは、先日アルテが言っていた『悪魔と魔女の関係』のようだと、気付いた。
「だから、あなたを一番愛しているのよ。文月。生まれてきてくれて本当にありがとうね。優しい子に育ってくれて。わたしの、協力をしてくれて」
「……母さん」
「なあに?」
この人は。悪気は無いのだ。息子を道具のひとつとして見ていることも、愛しているということも真実だ。本心だ。それは、文月にも伝わっている。
『嫌なら辞めても良い。お前が選べば良い』
いつかの堕天使の言葉を思い出す。
「……もし俺が、母さんには協力できないと、日本に留まっていたら?」
「そうねえ。でも、わたしの元から離れるあなたを止める術を、わたしは持っていないから。あなたが自由に生きたいというなら止められないわ」
「……組織は? 作戦は」
「一から練り直しね。代わりをどうにか用意するか、使い回しの魔女をもっと沢山用意するか……無理ならどうしていたかしら」
今となっては必要の無い考察だ。だから愛月は真面目に考えない。
くすりと笑いながら——
「まあ長くは生きられないわね。自殺か他殺かは分からないけれど。精一杯『世界』を呪って死ぬと思うわ」
「…………!」
そう語る母親を。
例え道具として生まれたとしても。
放っておけるような性格を。
文月はしていない。
「……じゃあさ」
「なあに?」
「俺をずっと側に置かなかった理由は?」
「あなたが人間の組織に狙われて、守りきる余裕が当時のわたしには無かったのよ。だから、涼君に任せておいたのだけど。彼、裏切ったらしいわね」
「……赤橋か」
「ええ。まあ彼も彼なりに目的があったのでしょうけど。動くのが遅かったわね。ただの人間が無策で『半魔』を捕まえられる訳ないじゃない」
「…………」
愛月が壊そうとしている『世界のルール』については、文月はよく分からない。
だが『父親』へと通じる道であるのなら。
家族が困っているのなら。
「……大丈夫。俺は母さんの味方だよ。そんな悲惨な死に方して欲しくないよ」
「うふふ。ありがとう。やっぱり文月は優しいわね」
手を差し伸べなければならない。
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