第4章:母との再会
第47話 スタートライン
「ディア姉! またね!」
「うん。ありがとう」
「またすぐ会いに来ますよ。お姉さま」
「うん。待ってるね」
「またね、ディアナちゃん」
「うん! またお話しようね、美裟ちゃん!」
町の中心に、広場がある。その中心に、石畳で出来た円形の『魔法陣』のようなものが敷かれていた。巨大で、トラックが数台並べて入れるほどだ。
「魔術は文明を発達させる。離島でも、難無く物資を行き交わすことができる。……ママは本当に天才だったんだよ」
「……凄いな。まるでハリー・ポッターだ」
文月は素直に驚いたが、しかし忘れてはいけない。実際の魔術は、映画のように軽々しく扱えない。
『罰』があるのだ。
「『罰』を軽減する俺が一番、神様から嫌われてるのかな」
「なんでよ。相手は全知全能よ? 全て織り込み済みでしょそんなの。もしあんたの能力が『罪』なら、生まれた時点で死んでる筈よ」
「……そうかな」
「知らないけど。愛月さんなら知ってるんじゃないの」
「……あー」
「お兄ちゃん」
「うん?」
文月はずっと、ディアナと手を繋いでいた。一度の『移動魔術』でも、運ぶ量により相当の血を消耗する。それを少しでも軽減できるよう、ギリギリまで触れているつもりだ。
「本当にありがとうね。いつか、ちゃんとお礼させてね」
「家族を助けるのは俺にとって当たり前だけど、お礼はじゃあ、楽しみにしとくよ」
「うん。私きっと、ママみたいに魔術、上手くなるから」
サークルに集まったのは、文月らを除いて44名。兵士部隊と従軍職員である。
「俺らが生きてんのは、彼女らのお陰だ。『恩』は忘れんなよ。死ぬまで」
「はっ!!」
アルバートが、見送るディアナへ敬礼する。続いて部隊全員が、びしりと倣った。
「じゃあね、いくね。行き先は、『九歌島』」
ディアナの表情は、晴々としていた。柔らかな光が、彼らを、サークル全体を包み込んだ。
——
——
——
『天上位階論』によれば。
天使には9つの階級がある。最も下が『天使(エンジェル)』、最も上が『熾天使(セラフィム)』だ。因みにあの有名な『大天使(アークエンジェル)』は、その中で8番目だ。ガブリエルもミカエルも、下から2番目の階級ということになる。
その階級のことを、『九歌隊』と言うことがある。
『堕天島』が意図して付けられた名前だとしたら。
『九歌島』にはどんな意図があるのだろうか。
「…………!」
光が眩しくて、目を閉じていた。
開けると、もう景色は変わっていた。ディアナは見えない。広場ではない。
「ここは…………」
辺りはとても静かだ。徐々に目が慣れてくる。
『スタートラインだ』
「!?」
背後から、声がした。文月は振り向くときに——
周りに誰も居ないことに、気付いた。
「あれ? 美裟? アルテ? セレネ!?」
『ようやく来たな』
「!」
霧に包まれた空間に、文月は立っていた。地面は見える。雑草なんかも生えている。
だが、5メートル先はもう霧で見えない。頭上の太陽光に当てられ、周囲が煌めいている。
持っていた荷物もそのまま。だが。
誰も居ない。隣に居た筈の美裟も。目の前に居た筈の妹も。
『お前は全知全能の神を信じるか?』
「だ……誰だ?」
後ろへ振り向くが、誰も見えない。だが間違いなく、『背後から』声がする。
どの方向に振り向いても。『背後から』。
『人心を纏めるには、共通の敵を作るが常だ。「そうやって」、敵が生まれた』
「!?」
文月の疑問には、答えない。だが確実に、自分へ語り掛けていると分かる。振り向くが、姿は見えない。常に、背後に居る気がする。
『全知全能が全てを創り賜うたなら、悪魔は何故存在している? 理不尽や怒り、悲しみがある? お前はどう思う』
「な。……なんの話だ。さっきから、なんなんだ? ここはどこだ?」
『どう思う』
聞く耳を持ってくれない。
文月は気が変になりそうだった。が、なんとか冷静になろうと努める。今、この場所で自分以外には、『この声』しか無い。
「……GODの存在とパラドックスについては、美裟と話したことがある。俺達共通の答えは、『神は人間ではない』だ」
『GOD』
「ああ。日本語で神っていうと、多神教の神々も含まれるだろ。でもGODは、キリスト教の『神』だけだ。俺達はそう分けてる」
『続けろ』
恐らく、男声である。だが確信は持てない。女と言われても違和感が無い。それほど『美しい』と感じる声だった。年齢は分からない。幼いようにも、老獪な声にも聞こえる。判断ができない。
「……神は人間じゃない。だから、人間と同じ思考をしてない。悪魔が居ようと戦争が起きようと、どんな悲劇があろうと関係ないし興味も無い。勝手に『救われる』前提でアテにする方が人生損する。……美裟はそう言ってた」
『…………』
「神の意図なんて図り知れる訳が無い。人間が刹那的に、一見無慈悲に見えるようなことに理由を付けて『何故ですか』と勝手に嘆いているだけだ。そんな無駄なことをするより、現状を打破する策を考えた方が良い」
『お前は黙示録を読んだことがないのか』
「違う。起きた事実は事実だけど、『預言』に確証は無いだけだ。『御言葉』が全て未来でその通りになる保証は無い。相手は全知全能だから。『神の吐く嘘』を見分けられる人間は、どこにも存在しない」
『…………』
この『声』は。
もしかしたら天使なのだろうか。だとするならば、このような事を言うのは危ないだろうか。
だが、文月はキリスト教圏外の出身として。
客観的に答えなければならないと考えていた。
「あなたの、最初の質問に戻るけど。『居るか居ないか分かっていない』のに、信じるも信じないも無い。本当に居たら居ただ。居なかったなら居ない、だ。確定してないことを勝手に主観と思い込みで決め付けることは危険だと、日本人は知っている。まだ、どちらも証明されてないんだから、簡単に信じられる訳が無いよ」
『なるほどな』
「!」
耳を、傾けてくれた。まあ、ヨハネの黙示録は読んでないけど……と、文月は内心冷や汗をかく。
殆どが美裟の受け売りだった。普通の日本人はそこまで深く考えないし興味も無いよな、と思う。
『心の平穏や政治利用の宗教と、教義の真偽を確かめることは別ということか』
「……日本人は特にさ、ひと昔前に起きた、とある事件のせいで『宗教』に対して懐疑的なんだ。新興宗教については特に否定的な心理になる。そして。戦争に敗けたせいで、自国に古代からあった宗教のことも全然習わないような国になってしまったんだ」
『ふむ。なるほど。……特定の思想には染まっていないのだな』
「……それで、あなたは誰、いや、何なんだ?」
『フミツキ』
「!?」
急に、名を呼ばれた。文月は身構える。
『ここが、スタートラインだ。いいか、よく聞け』
バサ……と。
「!」
まるで『鳥が羽ばたくような』音が、微かに聞こえた。
『真実は、アヅキの口を通してしまえば、少し歪んでしまう。アヅキに悪気は無いのだが、こればかりは仕方無い。あの娘は幼少期に心が歪んでしまった』
「! 母さん、のことか!?」
『慎重に、見極めろ。お前が終わらせてくれることを、期待している』
「何をだ!? 誰なんだあんた!」
音が、遠くなっていく。
『直接会って伝えたいが、「代償」があってな。こういう形になる』
「……ぅっ」
同時に。何故だか意識も遠くなっていく。
「……もしか、して。あんたが……ぐ」
文月は意識を失った。勿論彼が生まれた時から『奇跡』がある以上、自発的な睡眠と、美裟の柔道の練習で首を絞められた時を除いて。
初めての経験である。
『——あぁ。嫌なら辞めても良い。お前が選べば良い』
「…………」
——
——
——
『アヅキを頼む。フミツキ』
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