第43話 違和感と非常識

「……彼女……、ソフィアさんの病気は?」

「魔術の反動。『罰』よ。内臓がいくつか無いの」

「!」


 文月が居るから。感覚が麻痺してくる。だが『通常は』。

 魔術を使えば、それに伴う代償が発生する。この世界のルールを創った神とやらの『罰』が下る。


「輸血も人工臓器も拒否してた。私は、それはいずれお兄ちゃんがこの島に来るからだと思ってた。ママも、お兄ちゃんを心待ちにしてた。そう、言ってたんだから」

「…………」

「でも、違った。ママは、お兄ちゃんと話がしたいだけで、自分を治して貰おうとは思ってなかった……ってことよね……」


 美裟の質問に、ディアナが意気消沈で答える。母は何を考えているのか。そのままだと死んでしまうというのに。


「……『死にたがり』ですか。まだお若いのに」

「アレックス。……そう言えばソフィアさんていくつなの?」

「13で私を産んだから、29よ」

「若っ! てかありえるのそれ!?」

「ありえてるじゃない。現に」

「まだまだ人生これからです。愛月様もソフィア様も。そんなに、急ぐことは無いのです」

「…………え。愛月さんは?」

「今年で33歳ですね」

「はっ?」

「ですから文月様は……14歳の時の出産ですかね」

「…………いやいや」


 ディアナは、16歳だ。

 美裟は18歳だ。

 その歳には既に、子供が居る?


 想像できない。まだまだ、結婚すら考えられる訳が無いのに。

 セレネを見る。この子があと4年で子を産めるか?

 自分が24で。8つ下の子が産むか?


 何もかも、常識外れ。

 そんな年齢は、途上国であるような話を聞いた程度だ。日本では絶対ありえない。ありえてはいけない。犯罪である。


「……考えられないわ」

「しかし事実です。2000では、その年齢での初婚や初産は普通だったようです」

「……!!」


 アレックスは。

 少しだけ、何かが『ずれている』と、美裟は度々思う。愛月のことを本当に、『聖母マリア』と重ねてはいないだろうかと心配になる。

 違うから、愛月を拉致した宗教団体は潰れたと言うのに。


「(現実に目を背けた『思い込み』を正当化することは、宗教の危ない特徴よね。反論しても意味が無さそうな所も含めて)」


 この人達が、愛月が作った組織ではないとしたら。いつ暴走するか分からない上に、暴走しても止める手立てが無い。

 実質的に仕切っているだろう『幹部』達と早く接触して、上手く舵を切らなければならない。

 執事のアレックスには、決定権自体は無い筈である。

 そしてその役割は、文月が担うことになる。なってしまう。


「……とにかく、待ちましょう。今は文月と、ソフィアさんの治療のことだわ」

「うん。……客室へ案内するわ。ママじゃなくて——私付きの、メイド達に頼んで、ね」

「お願いね」


 この話は。この旅は。この物語は。

 軽い気持ちではやっていけないと、改めて思わされた。


——


「そもそも、今回の『戦闘』はなんだったの? どんな思惑で、誰と戦ったの?」

「ええ、説明します」


 待ち時間を無駄にはしない。知らないこと、知るべきことは山程ある。美裟は文月の為に、把握しなけへばならないと考えている。


「とある街を、守るためでした。そこは愛月様のご友人の居る街でした。政治目的で不法に占拠する過激な軍隊を、街から退ける戦いでした」

「…………また、『ご友人』ね」


 美裟は既に、アレックスの『主観』は信用できなかった。ただ事実だけを、彼に求めた。

 因みにスマホで検索してみたが、そんな戦闘はどこにも載っていない。街の名前を聞いて再度検索しても出てこない。


「……無駄ですよ、美裟さん。既に世界から見放された地ですから」

「……それに、そうね。この件、組織が絡んでいるなら隠すに決まってるわね」

「ええ。取り戻す価値が無ければ放棄されます。被災しても、都市部以外の復興が遅れるのと同じですね」

「そこにも人が住んでいるのに……」

「国連やアメリカの言う『正義』ほど、正義からかけ離れた物もありません」

「(それはそれで主観が入っていると思うけど……)」


 世界には戦争が溢れている。平和だと思っているのは日本人だけだ。イスラエル——パレスチナの問題は古代からずっと解決していないし、日本の隣でも、ずっと戦争状態だ。今は停戦しているだけ。

 美裟は勉強ができるが、『日本での話』だ。中国史はふわりとしかしないし、世界史といいつつ欧米中心の歴史しか教わらない。最も大事であろう近代~大戦~今日までの出来事も、最後にさらっと触れる程度である。

 主に歴史について、内容が薄いとは。美裟も感じていたことだった。日本史にしても、神話の成り立ちや背景などを何故詳しくやらないのか。自分達の国の物語なのに、とは思っていた。


「でも、30人程度で抗戦できるほどの場所だったのね」

「ミサイルや爆弾が無かったでしょう。その通りです。私どもとて、最初から勝ち目の無い戦いはしません。あそこは『歩兵だけでカタを付けられる』『最悪の戦場』でした。いざとなれば私も参加していたでしょう。——美裟さん。貴女のお陰で、30人程度で勝てたのです」

「……それは、どうも」


 そう言えば、美裟の戦闘中——文月達が治療している最中。彼は何をしていたのだろうか。ふと、そんな疑問が過った。


「ですが、お察しの通りこの件は突発的な『例外』です。今後は、本来の目的での戦闘が中心となるでしょう」

「本来って?」

「ボスである愛月様。そのご子息であり『奇跡』を持つ文月様。さらには『半魔の子女』であるアルティミシアお嬢様、セレスティーネお嬢様のお命を、お守りすることです」

「!」


 そうだ。

 彼らは。

 『それ』をする団体だった。愛月の活動を支援しながら、その命を守る組織。護衛対象には子供達も含まれる。そういう理念の組織だ。


「落ち着いたら。文月様がソフィア様を治療したら、今度こそ、愛月様の元へ行きましょう。組織のことも、それからお話しして、考えれば良いのです。首を長くしてお待ちですよ」

「……うん」

「そうね……」


 セレネの頭を撫でた。母に会いたい筈だ。後方支援とは言え戦争を経験した後などは特に。


「じゃあ、イスラム教過激派と戦うことは無いのね」

「降りかかる火の粉は払いますが、こちらからは仕掛けませんよ。人間同士の争いには、我々は興味を示しません」

「…………」


 それは、恐らくは。『天上の世界』若しくは『地底の世界』を、見据えているということ。


「街から兵を引いて、大丈夫だったの?」

「後は彼ら自身がやるべきことです」

「…………そう。まあ利益が無いなら組織はそんなものね」

「ええ。無駄に兵を減らせません。何より大事なのは、街ではありませんから」


 アレックスはアルテに微笑みかけ、アルテも返した。

 双子は、アレックスを信頼しているのだ。

 だから『この違和感』は、美裟だけが持っているものだ。

 それが、どう転ぶかは分からないが。


——


——


 不意に。突然。


「!?」


 銃声が鳴った。


「なに!? 銃!?」

「ママの部屋からよ!」


 続いてガラスの割れる音。それも激しく。

 さらに銃声。連続で何発も。


「アレックスさん!」

「承知いたしました」


 美裟は飛ぶように部屋を出て、そちらへ向かう。『死ねば、治らない』ことは知っている。もしもが、あってはいけない。文月の奇跡を過信してはいけない。


「蹴破るわよ!」

「ええ。合わせます」


 初対面の時から分かっている。アレックスは、相当『強い』。

 美裟とふたりで、鍵の掛かっているだろうドアを勢いよく蹴破った。


「文月!!」

「文月様!」


 一番の心配は当然文月だ。組み伏せられて撃たれれば死ぬ。何か交渉が、決裂したのだろうか。


「…………うっ!」

「!」


 声がした。唸るような男声。文月であると直ぐ様分かる。


「文月! 大丈——」

「!」


 部屋の中は。

 10人ほど居たボディガードは、全て倒れていた。手には銃が握られており、頭から血が流れている。

 瞬時に。


 『自殺』だと分かった。


「何が……!?」


 そして。

 部屋の中心。ベッドの上では。


「うっ……! くそっ! なんでだ……!」


 文月が居た。ソフィアの手を握っている。


「……えっ」


 だがソフィアは。

 目を瞑り。表情は晴れやかに。


 息をしていなかった。


「なんでだ! 治れよ!! くそ『奇跡』!!」

「…………!」


 文月が吼えた。

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