第41話 歓迎

 野戦病院となっていたのは、武道館と呼ばれていた。今回の戦闘に際して借りていたのだ。

 まあそもそも厳密には野戦病院では無いのだけど、と美裟は思う。館を借りていては野外ではないからだ。今となってはどちらでも構わないが。


「皆集まってるって……俺はどうすれば」

「普通で構いませんよ」


 怪我は全て治ったとはいえ、すぐに動けるという訳ではない。ディアナや美裟は特別な例だ。心の傷を癒せない以上、ベッドから出られない患者は今も多い。


「あっ! 神様!」

「はっ?」


 入って、一番。

 文月を見付けた兵士のひとりが、そう呼んだ。


「神様!」

「やめっ! やめてください!」


 それに続き、他の者も集まってくる。館内は大方整理されており、テーブルと椅子が並べられ、兵士達は食事をしている最中だった。


「ぼっ……。俺を、そんな風に呼ばないでください。全然違います。俺は人間。人間ですから」


 必死に弁解する。非常に危険だと思った。この人達は、皆『愛月』の部下だ。『組織』は、宗教団体と言っても良いかもしれない。経緯と、これまでの経験から、母にはそれほどの求心力があるのだろうと想像できる。


「皆、落ち着いて」

「!」


 ぴたりと、喧騒が止んだ。小さな声が全員に聴こえた訳ではない。

 ディアナと、その口の動く姿が、見えたからだ。


「…………!」


 それまで話ながら食べていた者も、何やら酒を飲んでいた者も。勿論文月の登場に騒いでいた者も。等しく全て、押し黙った。

 この『取れ過ぎた統率』も、宗教団体の特徴かもしれない。美裟は何となくそう思った。


 ディアナは、文月へ目配せをした。


「……俺は、川上文月。……川上愛月の息子です。ここの状況とかはよく分かって無いけど、俺の力が必要とだけ聞いて、この島に来ました。取り敢えず皆さんが無事で——何よりです」

「文月……坊っちゃん!」

「そうか! 愛月様のご子息!」

「なに、愛月の息子だ?」

「文月様!」

「救世主だ!」


 また、盛り上がった。愛月のカリスマによるチームならば、その息子へ注がれる視線は神聖化されてもおかしくはない。


「きゅ……っ! やめてください! 俺はそんなんじゃない!!」

「!」


 段々と。大声になってしまった。兵士達も不思議がるように、声を潜めた。


「あ……。いや。……えっと」


 40人ほどの視線が、文月へ注がれる。大勢の前で話す経験など無い彼は、たじろいでしまう。


「…………お兄ちゃ」

「いや」

「!」


 ディアナが助け船を出そうとしたが。

 文月は一瞬だけ目を瞑り、息を吐いた。


「俺の力は、怪我と病気を治すだけ。貴方達の命は救えたかもしれないけど、この先の貴方達の人生までは救えません。俺の人格と能力は別です。『治療』自体に評価してもらえるのは嬉しいけど、『それ以上の期待』はやめてください。俺はまだ18の子供で、母さんとも10年会って無いし、貴方達のリーダーの息子っていう自覚もまだ無いんです」

「………………」


 静寂の中。この場の全ての者が、文月に傾注していた。彼の伝えたい事は、概ね伝わっただろう。


「お兄ちゃん、固いしくそ真面目ね」

「えっ!」


 ディアナがやれやれと一歩前へ出た。


「皆、この人見ての通りだから。『歓迎』してあげて。新入りさんを」

「YEAHHHHHHHH!!!!!!」

「えっ」


 また、騒ぎ始める。この妙なテンポに、文月は戸惑ってしまう。


「おい、あと『女神様』は?」

「ん」


 誰かがぽんと投げ掛けた。その疑問は、文月の後ろに立っていた女性に突き刺さった。


「……あ、あたし!?」

「おう! 勝利の女神だ!」

「カンフー? カラテ? 凄かったぞ!」

「え……ちょ」


 及び腰になる美裟の背中を、セレネが押した。

 文月の両隣に、ディアナと美裟が立った。


「え。えーっと」

「美裟。自己紹介」

「分かってるわよ馬鹿!」


 皆が、期待や羨望、尊敬の眼差しを向けている。実際に美裟の戦闘を見た者はさらに高揚しているだろう。

 神憑り的な動きで、敵を追い返した『女神』である。


「萩原美裟。見ての通り日本人だけど……女神はやめて。結局はボロボロになって、こいつの世話になったんだから」

「ミサ!」

「ミサ様!」

「やめてってば」

「さあ、まずは食べましょ。お兄ちゃんも、美裟さんも。セレネも。あっ。アルテの分は残しておかないとね」

「後でわたし、部屋に持っていくね」

「俺も行くよ。言ってくれ」


 歓迎された。

 それはひとつの、大きな不安の種を取り除く『事実』だった。


——


「文月様」

「ん?」


 しばらく、騒ぐ兵士達に混じって食事をしているとアレックスから声を掛けられた。


「この方が、挨拶をしたいと」

「はい」


 そこには、アレックスに負けず劣らずの体格をしている、30代半ばくらいの男性が居た。


「おう。愛月の息子ってな」

「え。はい。えっと……」

「俺はアルバート。よろしくな」


 がっしりと、握手を交わした。握った手をぶんぶんと振られる。力強く、頼もしい印象を受けた。


「あ。隊長さん」

「え」


 アルバートを見た美裟が呟いた。


「おう。お前さんミサってのか。改めてよろしくな。昨日は本当に助かった。お陰で死なずに済んだ奴は大勢いる」

「え……ええ」


 また握手を交わす。同じくぶんぶん振られる。


「俺は愛月とは結構長いんだ。つっても5、6年くらいだけどな。まあ古株だ」

「アルバートさんは幹部のひとりです」

「幹部」


 アレックスが補足する。


「愛月様が活動を開始した当初は、人を集めようとは考えていませんでした。ですが徐々に、勝手に愛月様を慕う者が増えていったのです。そこである時を境に、きちんと組織として管理することになったのです。愛月様の影響力はそこまで拡大していました」

「——で、あの女は敵を多く作る人生だからな。愛月に惚れて付いてきた以上、あいつを守らにゃいかん。兵隊を作る必要が出来た訳だ。その隊長をやってくれと、俺に白羽の矢が立った訳だ」

「惚れて?」


 その言葉に、反応したのは美裟だった。

 アルバートはくくっと堪えるような笑い声を出した。


「ああ。こいつらは全員惚れちまってるよ。あの女はいつでもモテモテだ。だから、このチームは強いんだ」

「?」

「日本には『コトワザ』があるんだろ? 確か……『可愛いは正義』」

「…………」


 得意気に言うアルバートを見て。

 いやいやと、首を振って。


「真面目な話よ」

「いや、真面目だよ。全員惚れてる。じゃねえとここまでデカくならねえ」

「女性もいるじゃない」

「関係ねえよ。因みに既婚者だって大勢居る。だが関係ねえって。神を愛する信徒は全員独身かよ」

「……違うけど、でも愛月さんは女性で、さかもただの人間じゃない」

「事実はそうだ。だがこいつらにとっては『女神』で過言じゃねえ。人間が神になるケースなんざ、日本じゃ結構あるんだろ?」

「……いやまあ、そりゃそうだけど」

「この組織は愛月が興して集めた団体じゃねえ。勝手に惚れて集まった、デケえ『ファンクラブ』なんだよ」

「…………じゃあ、アルバートさんも?」

「!」


 文月が、それを訊いた。

 既に夫がふたり居る母だ。今更驚きはしない。


「……言ったろ『長い』って。こんだけ居りゃ別の感情になる」

「?」

「戦友だよ。もう仕事だ。俺はあいつの為に戦う。まあ、あいつと俺の家族の為にな」


 アルバートが、首に提げたロケットを取り出して見せた。そこにはアルバートと、女性と、子供がふたり写っていた。


「若い奴らは分からねえがな。あいつと一緒に行動してると、どっかのタイミングで気付くんだ。気付かされる」

「何を?」

「『この女は俺の手に負えねえ』ってな。『この女に俺は相応しくねえ』でも良いが。とにかく、諦めが付く。付くようになってんだ。あの女の生き方が」

「…………分かんないわ。想像できない」

「いずれ会うだろ。今は良い。なあ、アレックス?」

「……私はそもそも、組織に入った経緯が他の方と違いますので。……失礼を承知で答えるならば、愛月様は可愛い姪っ子、といった感じですかね」

「まあとにかく。色んな形ではあるが、全員の中心に『愛月』が居る。そんな奴等の集まりだってことは理解しとけ」


 普通の、国の兵士は。国の為に戦うだろう。国民の為に。

 だが彼らは、たったひとり。愛月の為に命を賭しているのだ。


「加えて『お前ら』だ。反則的な戦力増加に、反則的な『治療』。俺らが無敵だと勘違いするやつも出てきておかしくねえ」

「…………!」


 助けには、なれた。だが『その後』のことを、これから考えなくてはならない。

 文月と美裟は気を引き締め直した。

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