第40話 愛する家族
「起きた?」
「……ん」
見慣れない天井。聞き慣れた声。
文月はすぐに理解した。ここは『堕天島』で、自分は治療に疲れて眠っていたのだ。
「……美裟」
ホテルの一室だった。内装も家具も洋風で、割りと高級そうだと文月は思う。同時に、『そう言えばここのボスの息子だったなあ』とも思った。
「何よ」
起こしに来てくれたであろう、美裟を確認する。同時に窓の外を見て、お昼過ぎくらいだと認識した。
白いブラウスに、赤いチェックのスカート。来たときには着ていなかった服だ。
そうか、戦場で全部ボロボロになったのだ。文月は思い至る。
「良かった。元気そうだな」
「当たり前じゃない。治したのはあんたなんだから」
「…………ああ、そうだな」
美裟は、もう何とも無いようだった。痕ひとつ残らず全て完治している。骨折も切り傷も内臓も全て。
文月は『奇跡』に、感謝した。
「皆待ってるわよ。あんたが居ないと始まらないわ、『坊っちゃん』?」
「う。……からかうなよ」
「はいはい。さあ準備しなさい」
「………………」
いつも通りだった。とても、人生初めての『殺し合い』をしてきて、『死にかけた』後には見えない。いつも通りの美裟だった。それが、彼女の『強さ』なのかもしれないが。
「何よ。まだ寝ぼけてるの」
「……いや」
文月はじっと美裟を見て。
「それ似合ってるよ」
「!」
美裟は固まった。その頬が一瞬だけ紅潮して。
「…………はぁ。分かったわよ」
「え?」
それから美裟が溜め息を吐いて、負けた、とばかりに近寄ってくる。
そして、ようやくベッドから出て立ち上がった文月に、抱き付いた。
「えっ!? はっ!?」
「……ありがと」
「!?」
突然のことに、文月は動揺する。しかし動けない。動いてはいけないと無意識に思ったのだ。
「あんたが居なかったら、あたしは死んでた」
「い。……いや! 別にそれは……!」
「そう言えばハグは初めてねあたし達。なんならキスもしちゃう?」
「はぁっ!?」
美裟は。
文月が自分の『奇跡』を信用していないことを知っている。いつ使えなくなるかと怯えていることを知っている。
「馬鹿じゃないの」
「……!」
ぱっ、と。
不意に離れた美裟は、部屋の玄関まで行ってから振り向く。
「『救われて』んのよ。皆、あんたに。その『感謝』をあんたが受け取るのに、遠慮すること無いじゃない」
「!」
家族が一番大事で、それ以外は二の次。
それはそうかもしれないけれど、もうひとつあると彼は思う。
文月は思う。
最もいとおしくて、一番大事にしたいから。
家族になって欲しいんだ。
「……ありがとう美裟」
「逆だってば。馬鹿文月」
母さんに最愛の夫が『ふたり』居ることも、徐々に理解できていくのかもしれない。
文月は思う。
——
——
「おはようございます文月様。ご体調は」
「俺に体調不良は無いよ。ありがとうアレックス」
部屋を出るとアレックスが出迎えた。その案内で、そのままホテルを出ようとして。
「ほらこっち! ディア姉っ!」
「ちょっ……待ってセレネ」
「?」
慌ただしく、セレネに手を引かれて文月の目の前に現れたのは、ディアナだった。
「……えっと」
「…………!」
文月は、少し困惑する。どう対応したら良いのか。そう言えば初対面で殴られたなと思い出して。
「ご……めん、なさい」
「えっ」
顔を真っ赤にして、ディアナが頭を下げた。
「…………重傷者23人。軽傷者10人。毒ガスによる中毒者、病人も含めて全員、『完治』してる。……あなたが来てから、新たな死者は出てない。現地でも、あなたの恋人が加勢してから被害は出てない。私は、あなたを最大限、もてなすべきだった……から」
今は、誰も見ていない。だがそれは関係無い。
この島の責任者として。愛月から、ソフィアから任された者として。この文月には頭を下げなければならない。
感謝と謝罪と、敬意を。示さねばならない。
たとえ自分が16の子供であろうと。相手が18の子供であろうと。
「……ディアナ、ちゃん」
「!」
どう呼べば良いのか。ぎこちなく『ちゃん』付けしてみたものの。恥ずかしくなる文月。
「終わったんだよね」
「……一旦、は」
「それは良かった」
手を差し出した。
「?」
右手を。
文月はディアナの背後に居るセレネと目が合う。彼女がディアナをここへ連れてきたのは『それ』が目的だろう。
『フミ兄とディア姉が仲良くするには』とでも考えたのだろう。文月も勿論吝かではない。そもそもディアナに対して彼女の事情を鑑みれば、1発殴られた程度のことは気にもならない。
「……?」
訝しそうに、だが礼を失することはできないと、ディアナも右手を出して文月と握手をした。
「えっ!」
声が出た。文月は——美裟とセレネも、にやりと笑った。
その、失っていた血が。擦り切れた指が。破壊された筋繊維が。痛んでいた脚が。
目の隈が。噛み締めすぎて割れた奥歯が。
みるみる『治っていく』感覚が、彼女の全身を包み込んだ。
——
握手はしばらく続いた。ディアナという少女の消耗は凄まじかったのだ。完治するまで10分ほど時間を要した。
その間、ディアナは泣きながら文月の手を握り締めていた。
「…………これが、『奇跡』」
「らしい」
「らしい?」
「能力は凄いけど、俺は大した人間じゃないよ。だから能力に見合う人間になれるよう、これから努力しなくちゃいけない」
「…………そう。変な人」
「えっ」
「こほん」
いつまでも手を繋いでいると恥ずかしくなる。ディアナは咳払いをひとつして離れ、再度文月と向き合う。
「——改めまして。ディアナ・エバンスです。この堕天島と、移動魔術の管理をしています。来てくださりありがとうございます。……文月様」
「ぬっ」
「?」
文月は身体がむずがゆくなった。『なんか違う』と、感覚的に思った。
「……川上文月です。よろしくお願いします。……でさ、『文月様』はやめて欲しい。アルテとセレネのお姉さんだよね。なら、君も俺の妹みたいなもの。ていうか家族じゃないか」
「……!」
話は聞いていた。双子の異母姉妹だと。
ならば自分と血の繋がりは無くとも、妹とは繋がっているのだ。
それはもう家族である。文月はそう考えている。
家族が増えるのは喜ばしいことだ。何故なら愛すべき者が増えるのだから。
その分だけ、また『愛』が増えるのだから。
「わ。……分かったわ。……『お兄ちゃん』」
「うぐっ!!」
ディアナがもじもじとしながらも、そう呼ぶと。
文月は少し、いやかなり。
幸せな気持ちになった。
「それと、美裟、さんも。本当にありがとうございます。未だに信じられませんが」
「良いわよ。あたしが勝手にやったことだし」
「ありがとうございます」
「……確かによく見れば、そっくりね」
「えっ」
美裟はディアナとセレネの顔を交互に見る。今はディアナの方は乱れているが、確かに金髪で、青い瞳。それだけでなく、顔付き、パーツのバランスや醸し出す雰囲気が。
今まではディアナの方がボロボロで気付かなかったが、姉妹だと言われれば納得できるほどふたりは似ていた。
「ほんと! やったあ!」
美裟にそう言われ、セレネが飛び跳ねた。
——
「あれ、アルテは?」
「まだ寝てる。ちょっと疲れ過ぎたみたいだから」
「……そっか。まあ仕方ないな」
「お兄ちゃんの奇跡は?」
「俺のは疲労に効かないんだ。あと精神的な治療もできない。基本的に怪我と病気だけだよ。アルテは寝かせてあげよう」
一行はそのまま、アレックスに付いてホテルを出る。
「(…………ん?)」
美裟は、最後尾から見て。少し違和感を覚えた。
ディアナが、心なしか、文月に妙に、『近い』のだ。
「ねえお兄ちゃん、後で私のママに会ってよ」
「ああ。ご病気なんだろ? 今すぐ行こう」
「あーいや、後で大丈夫。先に皆の所で良いから」
「そっか?」
なんならもう腕でも組むのかと言うくらいに。
反対の手はセレネと繋いでいるが、それは気にならない。
だが。
「(……は?)」
もし、この場にアルテが居たなら。美裟がこの時発していた『オーラ』に気付き、それとなくディアナを文月から遠ざけるように気を遣ったことだろう。
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