第30話 大事なこと

「あたしは文月に付いて行く」

「……そうかい。やっと決めたかい」

「うん。あたしの旅行用バッグどこだっけ」

「は……?」

「だから。明日から海外だから」

「はっ!?」


 美裟はこういう報告は勿体つけない。すぱっと一刀両断するように。


「ちょ……。美裟っ! あんた卒業は!?」

「さあ」

「さあって! いきなり何の話だい!」


 急な話に、母は混乱する。だが美裟はもう決めたのだ。大学もスポーツ推薦も就職も、全て文月の為に蹴る。


「帰って来れるなら卒業式は出たいわね。まあ向こう次第よ」

「海外って、どこ行くんだい」

「知らない」

「はあっ!?」


 普段は肝っ玉母ちゃんなこの母親も、その血を濃く継いだ娘には敵わない。


「色々、ワケわかんないことは沢山あるし。全然意味不明だし。問題だらけよ。けど『それ』と、文月を天秤に掛けて。あたしは『文月』を選んだし、あいつもあたしを誘ってくれた」

「…………!」

「何度でも言うけど。もう明日出発なの。今から荷造りするから」

「美裟っ!」


 冗談でこんなことを言う娘ではない。その口から出る言葉は全て真実で本気だ。何故なら『そのように』育ててきたからだ。育てたのは言うまでもなく、この母だからだ。

 彼女は、ともすれば今にも居なくなってしまいそうな美裟の肩を抱き止めた。


「お母さん?」

「美裟。……いや、文月に付いて行くのは大賛成さ。あの子は、とんでもなく『優しい』。あんたにとって最高の相手だと同時に、あんたが居ないといつか破滅する男だよ」

「……何それ。別に……」

「いいかい。何があっても、味方してやりな。支え、助け、救い、守る。間違えば正してやる。『それ』があんたの役目だ」

「あのねえ。別に嫁に行く訳じゃ無いわよ。ちょっとあいつの家族に挨拶しに、外国に行くってだけ」

「けどいつ帰れるか分からないんだろう」

「まあ」


 必死に、何かを伝えようとする母親に、美裟は少しだけたじろいでしまう。

 そんなにおおごとであるとは言っていないのだが。


「なら『嫁に行く』のと同じだよ」

「!」


——


「文月」

「!」


 翌朝。

 文月が美裟を迎えに家まで訪ねると、玄関に既に、待ち構えていた人物が居た。


 美裟の両親である。


「お……おはようご」

「あたしらは詳しい話は聞いてない」

「!」


 慌てて挨拶をするも、途中で遮られる。


 両親ふたりは、拳を文月へ突き出した。


「これでも神職者で、宗教家だ。『なんとなく』は察してる。……ひと言で説明しな」

「う……」


 文月は怯んでしまったが。

 だがきちんと、ふたりと目を合わせる。


「……僕の母親に会いに、日本を出ます。何やらピンチらしく、危険な旅になるそうです」

「ひと言って言ったろ」

「その旅に、美裟さんを連れて行きます」

「ああ分かった」

「え……」


 突き出した拳を引っ込めて構える。


「あんたへの激励半分、娘を取られる怒り半分さ」

「!」


 そして、1発ずつ。

 父に顔を。母に腹を殴られた。


「……若者には無限の可能性があるけれど。いつかは『ひとつの道』を選らばにゃならん。……だが『人の道』からは、逸れんようにな」

「……はい」


 娘ひとり送るだけで大仰な。

 と思ったのは、美裟だけであった。


——


——


 そして再度、アパートへ集まる。


「……流石に家財道具とかテレビとか食器とか。昨日の今日で処分できないからなあ」

「何がよ」


 文月は名残惜しそうにドアの辺りを見ていた。


「いや、解約しようと思ったんだけど物を処分できないからさ。ずーっと無人のまま家賃だけ引き落とされ続けることになるなって」

「あっそ」

「…………」


 美裟はいつも通りの様子だった。荷物は割と軽めで、小さめのキャリーバッグひとつのみだ。


「文月様が戻られる頃にはこのアパートを土地ごと買い取れるようになっていることでしょう。問題ありません」

「……ああそう……」


 アレックスの荷物もバッグひとつだった。本当に緊急で日本まで急いで来たのだ。


「飛行機?」

「ええそうです。それから船ですね」

「船っ」


 アルテとセレネの荷物は、日本へ来た時と同じ。否、服が増えた為それより多くなっている。

 子供の体格には不釣り合いなほど大きいダッフルバッグを、またもや交代で運ぶようだ。文月が持とうとしたが、アルテに『呪われて死にます』と言われた為、もう手出しができなくなっていた。


「さて文月様。並びに皆様。詳しい説明は道中いたします。まずは移動を」

「車も放置か……」

「あんた部屋とか車預ける友達居ないの」

「居ないなあ」

「悲しい男ねえ。じゃウチに預けといたら?」

「えっ。良いのか?」

「ご不満?」

「いや。是非お願いします」

「じゃ連絡するわ。キーは部屋の中に置いといて」

「……すまん」


 一同はタクシーにて、空港へ向かった。


——


「——さて、まず向かうは新千歳空港ですね」

「はっ?」


 空港にて。アレックスが告げた。

 次の目的地は『北海道』だと。


「……何で?」

「我々の仲間が所有する船に乗るのですが、本州、九州、四国には乗り付けないそうなのです。ですから、北海道ですね」

「……意味が分からないけど、まあ」

「ほっかいど——!」

「でっかいど——!」


 困惑する文月と美裟を尻目に、アルテとセレネは既に旅行気分であった。


「そういえば、あたしパスポート無いんですけど」


 美裟が気付き、アレックスへ訊ねる。アレックスはにこにこと答えた。


「ええ問題ありません。我々は『無法者』ですからね。私も持っていませんよ」

「…………」


 さらりと凄いこと言うなあと、美裟は溜め息を吐いた。


「フミ兄っ! オミヤゲ買いたい!」

「あー。確かになんか菓子折りみたいの持っていった方が良いかなあ」

「買いましょうお兄さま。あの韓国海苔とか良さそうです」

「チョイス」


 振り向くと、兄妹はいつも通りにのほほんとしている。

 気を張っているのは自分だけなんだな、と美裟は思う。


「……昨日は、愛月様の話だけで終わりましたが、『現状』についてはまた、その船の中で行います。機内だとどこで誰が聞いているか分かりませんから」

「それまでは楽しく旅行気分で良いってことね」

「ええどうぞ」


 ふぅ、と。

 息を吐いた。


「文月!」

「うわっ! え? 美裟? 何?」


 そして物販コーナーできゃっきゃと戯れる兄妹の所までやってくる。


「あたしお金無いんだから、これ買いなさい」

「えっ! アイス? てか、小銭くらいあるだろお前!」

「残念。あたしの財産は今朝、賽銭箱に全部ぶちまけて来たわよ」

「何やってんだよお前! いや自分の神社に!?」

「旅の安全よ。死ぬほど祈ってきたから。安心しなさい」

「!」

「あんたこそ、ウチの神様に挨拶したの?」

「う……」

「してないのね。馬鹿文月」

「美裟のご両親のインパクトが強すぎて……」

「言い訳すんなくそ野郎。早く買え」

「ぐ……」


 悔しがりながら、しかし頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらレジへ並ぶ文月。


「ミサ姉、何買うの?」

「アイスよ」

「アイス?」

「ええ。あんた達、この時期に日本来たから食べて無いでしょ? 冬に食べるアイスも良いんだから」

「えっ。アルテ達の為にですか?」

「いいえ。全員よ」


 と言った所で、会計を終えた文月が戻ってくる。


「ほらよ」

「ええありがとう。ほらあんた達、この楊枝持って」

「え?」

「アレックスさん! こっちこっち」

「?」


 ぱかりと、箱を開ける。チョコレートでコーティングされたアイスの塊は、区分けされて6個、箱に入っていた。


「こうやって、ブッ刺して食べるのよ」

「やたっ! わたしこれ!」

「チョコレートアイスですか。美味しそうですね。いただきます」

「ほら文月」

「……お、おう」

「何よ。あたしが自分の利だけで我が儘言う程度の小娘だと思ってたの?」

「……う」

「ほらアレックスさん! これ美味しいから!」

「では失礼して……」


 5人でぷすりと、ひとつの箱からアイスを取り出して口に入れる。


「おいしぃぃぃぃ!」

「これは……!」

「なんと……!」


 セレネが飛び跳ね。アルテが驚愕し。アレックスが目を見開いて震えた。


「おう……。海外組に絶賛だな……」

「『こういうの』って大事よ。例えこれからどんなシリアスになろうともね」

「…………美裟」

「何よ」


 文月はその光景を見て、驚いた。


「そう言えばお前、現役女子高生だったな」

「馬鹿野郎」


 美裟は笑っていた。


「ねーミサ姉。いっこ残ってるよ?」

「あらそうね。じゃあどうやって決めようかしら?」

「!」

「!!」


 不敵に笑いながら、そう言った。瞬間、アルテとセレネが『戦闘体勢』に入る。


「「勝負!」」

「いやお前ら! こんなとこで魔術とか絶対駄目だからな!?」


 楽しい旅である。

 今は。

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