第26話 聖なる糞野郎
「40……億……!?」
「はい」
民宿にて、翌朝。
取り敢えず落ち着いた文月達は、状況を再度整理していた。
「まあ、『悪魔を敵とする思想』を一般的とするのであれば、ほぼ全人類が敵ではありますが。取り敢えずは40億人。それでも、大半は関係無いですよ」
「うん。黙ってればバレないことは証明されてるし。警戒するのは過激派だけで良いと思うよ」
「そもそも、『神の敵』という認識はアルテ達にありましたから。そこは問題ではありません」
美裟とアレックスがしていた会話を、奇しくも彼らも行っていた。アレックスの方が知識はあるが、双子も彼女達で、『悪魔の子』である事実から推察できることは多くある。
「過激派……って、赤橋は?」
「あの人は、恐らく『取引』。つまり第三者ですね。『最も早く、狡猾に』アルテ達を突き止めた実力者です」
「実力者?」
「ずっと、お兄さまを監視していた。そして、お兄さまを張っていればアルテ達がやってくると踏んで待っていた。どの過激派もできなかったことを、無宗教者の彼がやってのけたのです」
「…………俺の情報も、外へ漏らさなかったのか」
「はい。だからお兄さまは、今まで平和に暮らせたのでしょう」
「……!」
「アルテ達と同じく、狙われます。お兄さまを『次の御子』として祭り上げようとする派閥が出てくる筈です。そしてそれを嫌う保守派による抹殺も」
「……そんなの、見込み違いも甚だしいだろ……。俺はそんな特別じゃないし、キリスト教についても詳しくないぞ」
「関係ありませんよ。寧ろ余計な知識が無い方が、『教育しやすい』と考えるでしょう」
「………………」
「関係、無いんですよ。ユダヤ人達はイエスを認めていないし、キリスト者もムハンマドを認めていない。イスラム教徒からすればイエスは御子ではなくただの預言者。『実態』はもう関係無く、『そうだと信じる人の数』で真実はいくらでもねじ曲げられます」
「…………真実」
ひとつ、この会話の中でアルテが気付いたことがある。
悉く、一神教に染まらなかった『日本』。
もしかして、母は。
『それ』に気付いて、兄を産んだのではないだろうか。
彼の者との間に子を授かれば、その子は『その能力』を持つと分かっており。
神や悪魔などと言った不確定な物の存在を容易には信じない国民性を持ち。
『魔女』であろうと味方として受け入れる文化体系が形成されており。
宗教知識の乏しい日本人として。
『川上文月』を誕生させたのだとしたら。
「気を付けないといけませんね。キリストの生まれ変わりを謳うカルト教祖なんて、今の時代でも沢山居ますから」
「そんなの自称する訳無いだろ」
「はい。お兄さまが正しいです。そんなのを自称するのは『頭がおかしい』。生まれ変わりが証明されていない以上、『信じること』でしか肯定できないような不安定な主張など、そもそも信じるに値しません」
この兄を。
変な宗教や主義、思想で歪ませてはいけない。
何も知らぬ無垢な兄を。
世界で唯一、強大で特異なその能力の使い方を誤ってしまう。
「アルテ達は現実を見て、判断していきましょう。能力も魔術も、それ自体は手段のひとつです。そこは、日本的な考え方で大丈夫ですから」
「……ああ……」
瞬時にそう判断したのは、セレネではなくアルテだった。
——
——
「今、坊っちゃんとは連絡が付きますか?」
「いいえ。こちらからは何度も掛けていますが応答しません。恐らく電源を切っているのだと思います」
「ふむ……」
美裟とアレックスは、今後について話し合わなければならなかった。とは言え、当事者無しに話を進める訳にもいかない。どこかで合流はしなければならない。
「急ぎますか? ……ますよね」
「ええ。状況は変わりました。坊っちゃんの卒業を待たず、お迎えに上がらねばならなくなりました」
「…………」
アレックスは、具体的な事は伏せていた。それは彼なりの気遣いでもある。
恋人ですら無いのなら。
部外者だ。
その気遣いは、美裟にも伝わっていた。だからそこまで訊けずに居る。下手に関われば、お互いにとって不利益となる。
「もう一度、掛けてみます」
「お願いいたします」
——
——
「ねえ、ミサ姉は?」
「えっ……」
セレネがふと呟いた。彼女があとひとつ、気掛かりなことと言えばこれしかない。
「…………あ」
受けて文月は、なんとも間の抜けた声を出した。
そのポケットに、数日入ったままだった文明の利器を思い出して。
「……電源、てか充電切れたままだった」
「『あっ』って、お兄さま。もしかして丸っきり忘れてたんですか?」
「う……」
丸っきり忘れていた文月は、いそいそと充電器を取り出して部屋のコンセント差し込み口と繋げる。その様子を、じとっとした目で見るアルテ。
「まあ、色々あったからさ……」
半笑いで取り繕う文月。
「ねえフミ兄。ミサ姉も来るよね?」
「!」
来る、とは。
『組織』のことだろうことは容易に判断できる。
「……どうだろうな。あいつは……」
「もう関係者でしょ?」
「…………」
ひと度思い出せば、様々な感情まで甦る。美裟と話した、病院から。
部外者を危険に巻き込みたくはない。だが確かに、完全な部外者とも言えない。
だが、彼女には彼女の人生がある。スポーツ推薦か何かで大学も決まっているらしい。やりたいことが無い訳では無い筈だ。
「セレネ」
「なに?」
文月が黙り込んでしまった所で、アルテが待ったを掛けた。
「アルテ達の言葉で惑わせちゃったら、きっとお互いに不幸になるよ」
「…………!」
ふたりは勿論、美裟には来て欲しい。もうそれほど懐いてしまっている。頼りになる、大好きなお姉ちゃんだ。
だが、それを訴えて文月が答えを決めれば、後々『何か』あった際に。責任の矛先が自分達へ向くかもしれない。そんなことはしない兄だと分かってはいるが、だが負い目を感じてしまうのは自分達だ。
アルテのひと言で、セレネはそれを理解した。
「!」
「おっ」
その時、丁度。着信音が鳴った。充電ケーブルに繋いだ途端だ。
「……美裟からだ」
「!」
「ていうか267件くらい来てた」
「お兄さまが悪いです」
「う……」
まずは無事を報せよう。そう思い、文月は通話ボタンを押した。
——
「あー……。美裟?」
「くそ野郎! やっと! やっと出やがったわね!」
「うおお……。ははっ。すまん」
「何笑ってんのよ! あのねえこっちは大変だったのよ!!」
「……いやあ。なんか久々だなと思って。『くそ野郎』が」
「はあ!? あんた馬鹿じゃないの。今どこ!? 大丈夫なの!? ふたりは!?」
「ああ無事だよ。……少なくとも怪我は無い」
「何それ。……良い? 今あんたの部屋で、アレックスさんが来てんの」
「はぁっ? アレックス……て、母さんの執事の?」
「そう。なんか事情が変わって早く迎えに来たんだって。合流できる?」
「……分かった。戻るよ。ていうか部屋……大丈夫なのか?」
「ええ勿論。あの子達が置いてった『道具』やら服やら、全部無事よ」
「良かった。や、なんか襲撃とかされてるかなって思ってたから」
「誰のお陰で無事だったのかしらね」
「……えっ」
「良いわよ。あたしも最近なまってたし。良い運動だったわ」
「…………悪い」
「良いってば」
「…………」
「……ねえ文月」
「ん?」
「………」
「……?」
「…………何でも無いわ。とにかく無事で良かったから。早く帰って来なさいよ」
「ああ……。昼過ぎには着けると思う」
「ええ。分かったわ」
「じゃ……」
「…………」
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