第25話 知らなければならないこと

「お兄さまは、これまで通り接してくれますか」

「あのな。そんな心配は要らない。ていうか逆だ。あらゆる『何もかも』がお前達を否定しても、俺だけは変わらんよ」

「……!」


 食べたか食べてないか分からない食事を終えて。一同はまた車を走らせる。


「セレネは……?」

「今は寝ちゃってます。気疲れでしょう」

「アルテは大丈夫なのか」

「はい。セレネが『感じて』アルテが『考える』のです。……何にせよ、ここを乗り越えたら『組織』に帰れます」

「……ああ。そうだな。前向きに行こう」


 変わらない。

 そんな、驚愕すべき事実を追い求めているのだ。そもそも初めから。父親を。家族を。


「どうせ知らなきゃならんことだ」

「その通りです」


——


「ん」

「ああ」


 都市部から離れ、とある民宿へやってきた。3月末まで車で『逃げる』程度の資金は、なんとか文月の手元にあった。


 降りてから、セレネが両手を広げた。

 文月はその表情からすぐに察して、彼女を抱き止めた。

 ぎゅっと、力強く抱き締められた。


「……フミ兄」

「ああ」


 男の話の真偽。信憑性。非現実すぎる回答。信じられないいくつもの要素。


 だがこの双子は驚くべき聡明さを持っている。


 良い悪い、好き嫌いの感情論とは別に。

 心では否定したくとも。

 頭ではもう確定している。


 自分は人間と、『人間ではない何か』との子供であると。

 そしてそれを『分かち合える』のは。


 血の繋がった家族しかいない。


「……フミ兄と居たら大丈夫。もっと知りたい。知らなきゃ」

「……そうだな」


——


——


 場所と時間は変わり。

 文月のアパート前にて。


「こんにちは」

「!」


 美裟はここへ毎日通い詰めている——その幾日目かの朝。

 あれ以来、正体不明の男どもが数度訪ねてきたが、全て返り討ちにしている。美裟というよりは、主に警察であるが。


 取り調べで、『川上文月の妹』である少女達を狙っていることは既に知られていた。

 だが、等の『妹達』の情報は、公式には存在しない。川上文月には兄弟姉妹は居らず、この住所も、登録しているのは母である愛月と本人文月のみ。


「このアパートに住んでいる、川上文月という少年に用があるのですが」

「……!」


 振り向いた美裟にそう問うたのは、外国人。

 白人の男性だった。見た目年齢は、30~40代といった所。金髪は短く切り揃えており、ぴしりと黒スーツを着込み、物腰柔らかながらもそのスーツの奥から筋肉が主張している。身長は180を越えていそうなほどだった。


「また襲撃? 今度は文月? ……それにしても流暢な日本語ね」


 今度の敵は強い。美裟は瞬時にそれを見抜き、距離を取った。交代の時間か早朝だからか、今この場に警察は居ない。

 戦闘体勢を取る。


「来なさい。返り討ちにしてあげる」

「ふむ……」


 それに対し、男性は顎をひと撫でする。美裟の発言と行動で、様々なことを推測で判断できる。


「……坊っちゃんは素晴らしい『恋人』を見付けられたようですね」

「はっ!?」


 刹那の出来事だった。少なくとも美裟には、彼の動きが全く捉えられなかった。


 ぽん、と。

 優しく肩を叩かれた。


 数メートル離れていた筈の距離から。

 一度も目を離していないのに。


「詳しくお話をお聞かせ願いたく思います。……ここに文月坊っちゃん——と、アルティミシアお嬢様、セレスティーネお嬢様。お三方はいらっしゃいませんね」

「!」


 表情は柔らかいまま。スーツも少しも乱れていない。


「申し遅れました。私はアレックス・アルカディアと申します。……川上愛月様の執事——その長を務めております」

「!」


 美裟はまだ動けない。

 本当に敵ならば、確実に殺されていたからだ。


 だがその名前には、聞き覚えがあった。


「……手紙にあった、執事さん……」

「おや。坊っちゃんは貴女にそれほど心をお許しにしているのですね。もしや『魔術』についても既に?」

「…………!」

「そうですか。ならば要らぬ説明を省き、話を早く進められますね」


 この問答で。

 彼らはお互いに『信用に足る本物』だと確信できた。


「どこかでお話はできますか?」

「……そこ(文月の部屋)で良いわよ」

「不在では?」

「鍵、持ってるから」

「おやまあ」


 まだ、心臓が高鳴っている。

 この男アレックスの実力を見れば。

 『組織』と、その長『川上愛月』の『程度』が測れる。


 相当、強力な組織であるらしい。


——


「お名前をお訊きしても?」

「…………萩原美裟……です」

「美裟さん。良い名ですね。ああ、敬語は結構ですよ。坊っちゃんの恋人であれば、いずれ誰もが貴女へ頭を垂れます」

「……いや別に、恋人じゃないですよ」

「『親しい女性の友人』」

「う。……うーん……」

「ならばやはり敬語は不要ですとも」

「…………」


 にこにことしながら、その筋肉は隠せておらず、佇まいは歴戦の武術家を思わせる。アンバランスなアレックスの存在感に、美裟は気圧されていた。


「……じゃあ適当に座ってください。お茶でも——」

「結構です。というより、逆です。場所だけ仰ってくだされば、私が全て行います」

「えっ……」


 気圧されていた。


「——いえ。『私が』アレックスさんをもてなします。遙々日本までようこそお越しくださいました」

「!」


 だが。


「話を聞きたいのは『私の』方です。アレックスさんは『お客様』です。お座りください」


 美裟は、それで大人しく引き下がるような女ではなかった。


「……分かりました。それではお言葉に甘えます」

「はい。と言っても、大したもてなしはできませんが」


 その様子を見て、アレックスは安心した。

 まだ見ぬ『坊っちゃん』——その人間性、交友関係、恋人選び。普段の暮らしや生活。

 それは、美裟を見ていれば『測れる』。


「……手紙では、3月末。卒業を待ってから、とありましたが」


 湯飲みを並べ、アレックスと向かいに座った美裟が切り出した。

 現在は1月である。


「ええ。そのつもりでしたが……刻一刻と状況が変わる以上、予定は常に変化し得るのです」

「……戦争?」

「ええ。……よくお分かりに」

「アルテちゃんとセレネちゃんは一度、誘拐されました。その後、現在までは文月と一緒に彼の車で逃げている、筈です」

「ふむ。……車」

「このアパートにも、変な集団が何回か来ました」

「なるほど」


 アレックスは落ち着いた様子で、湯飲みを傾けながら話を聞いている。


「あの子達は、どうして狙われているんですか?」

「……ふむ」


 美裟の話し振りと様子から、急を要していないことを把握したアレックス。

 湯飲みをことりと卓袱台に置き、口を開く。


「『狙ってくる輩』。傍目から見ればどれも同じに見えますが、その目的は大きく3つ、あるでしょう」

「3つ?」


 3本、指を立てる。


「『始末』『利用』『取引』。この3つですね」

「…………始末」

「そのどれもが、『彼女達の特異性』を考慮したものです」

「魔術ってことですか? でもそれは、練習すれば誰でもって……」

「美裟さん貴女は、練習すれば本当に『あんなこと』ができると思いますか?」

「!」


 ふたりの視線の先に——紐があった。無造作に、床に落ちていた。


 あの時『風が発生した』紐が。


「誰でも魔術が使える。それは当時の教育係が幼い彼女達に対して吐いた、残酷で優しい嘘のひとつです」

「……何故、そんな嘘を?」

「自分達は特別。そんな残酷な事実を受け入れるには幼すぎたのです。ですが今頃はもう、気付いているでしょうね」

「…………じゃあ、その『特異性』というのは」

「ええ。彼女達はふたりとも、『人間と悪魔のハーフ』であるということ」

「!!」

「その事実を知り。一神教の過激派は『始末』を。邪教徒達は『利用』を。第三者はそれら宗教組織との『取引』を。ざっくり簡単に説明するならば、そのような感じですね」

「……一神教?」

「ええ。主にキリスト、イスラム、ユダヤですが……合わせて約40億を越える人口がそのまま、お嬢様達にとって『敵』ということです。何せ悪魔ですから」

「……!!」


 美裟は。

 気圧された。

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