第24話 悪魔の子

 それから、またいくつかの質問を経て。

 男の左目は、文月の手によって治された。その後セレネの魔術により、男の中から『今日の記憶』が消去された。


「………………」


 車内にて。文月は運転中、後部座席のふたりをバックミラーにてちらちらと気にしている。

 今回はどっちが助手席に座るか、という駆け引きは行われなかった。ふたりとも、後部座席にあっさりと座った。


 手を繋いで。


 だが会話は無く、また表情も無い。ふたりとも上の空と言った様子で、なんとなく流れる景色を眺めている。


「(……無国籍児)」


 ショックなのだ。当然。自分達が『人間ではない』と知って。文月も色々と考えを巡らすが、声を掛けられないで居る。


「(そもそも、権利を取得する権利すら無かった……ってことか。この世界じゃ人間以外は全て動物で、動物に人権は認められない)」


 悪魔の子。

 そう蔑まれる名称ではなく。

 本当に『悪魔と人間との間に出来た子』。


「(ていうか悪魔って実体として存在するのかよ……)」


——


「あり得ません」


 アルテは拒否をした。初めは、その事実を。


「悪魔とは、霊的存在として認められてはいますが。肉体を持ちません。そもそも、悪戯心や出来心、傲慢などと言った『人間の心の弱さ』を差す言葉です。人では勿論無く、知的存在ですらない。人格などありません」

「あのな、聖書が宇宙万物の百科事典とでも思ってんのかよ」

「!!」

「説明難しいか、しても意味無い、若しくは悪影響になりそうなモンは『学の無い民にも分かりやすく例えて』教えてやるのが宗教だ。しかも作者の主観が入る。神話と教典の全てを字面通りに解釈しちまったら、矛盾だらけだろうが」


 そして、この場合本当に悪魔(と呼ばれる生き物)が存在するかどうかは余り関係ない。

 現に、『魔術』を扱え。

 驚くほど賢く。

 あり得ないほど『便利』な子供。


 それだけで『動く』組織などそこらじゅうに居る。

 それだけは現実である。


「だがまあ、悪魔は居るぜ。俺はお前ら見て確信したよ」

「えっ」

「お前らは、自分達以外で本当に『魔術で空を飛ぶ』人間を見たことあんのかよ?」

「えっ……」


——


 決め手はそれであっただろう。ふたりにも、思い当たる節があったのだ。

 魔術を教わる時。

 危険だと教わる。それは事実だ。血を肉体を贄とするのだから。

 決して他人に教えてはならないと教わる。まだまだ生徒であり、教える立場に無い。


 ——母、愛月が。魔術を使う所は見たことがない。


 悪魔か、悪魔と契約した魔女のみ、魔術を扱える。

 では、契約などしていない自分達が魔術を扱えるのは何故か?


 悪魔だからだ。


「…………」


 文月は声を掛けられないでいる。『他人事ではない』からだ。


——


「——じゃあ、俺は?」

「あぁ?」


 当然ショック。大いなるショックである。だが。

 放心する双子本人達より、少しだけ冷静さのあった文月は、男に『自分のこと』についても訊ねた。


 訊ねてしまった。


「……てめえが。例の『川上文月』か」

「そうだ。……赤橋……先生、から聞いてるだろ」


 赤橋は、文月にとっては良き先輩であった。恩人であった。それが妹を拐ったとは、未だに実感の湧かない事実だ。


「てめえは『神の子』じゃねえか」

「!?」


 一瞬。

 双子の事すら、文月の頭から離れた。


「『手を当てて癒す』。まるで釈迦やキリストだ。違うか?」

「……!!」

「だがまあ、それは伝説で事実じゃねえ。てめえの力はそれに準えられるが、『別モン』だ。てめえも人間じゃねえのは確かだが、神『の子』はあり得ねえからな。ただの突然変異だろ。……レッドブリッジが言うには、だが」


——


「………………」


 突然変異。分かっていたことだ。神の子。そんなこと、昔から言われ続けてきた。

 冗談だろ。

 釈迦? キリスト?


「……失礼にも程がある」


 余りにも『何もかも』的外れすぎて、笑けてさえくる。あり得なさ過ぎる。かの偉人達と自分が並べられるなど。


『手当て、という言葉の語源がね』


 いつか、赤橋に聞かされたことがある。その御手で患部に当て、癒したという伝説を。


『全く同じではないね。似てるけど』


 自分の力は、そんなに良いものではない。ありがたいものではない。腕は生えないし死人は甦らない。


「似て非なる。……似非えせ


 失礼にも程がある。似非ですらない。


 だが。


「……悪魔の子の……『兄』ときたか……」


 あながち。

 完全に無関係とも、言い切れないのではないだろうか。

 そんな『臨場感』と『緊張感』が、文月の心臓を満たしていた。


——


 しばらく適当に車を走らせて。文月は自身の空腹に気が付いた。バックミラーをちらと見るが、ふたりはまだ放心している。


「……腹、減ってないか」


 呟く。


「…………はい。どこか、落ち着けるような所はありますか?」

「ああ……。どっかファミレスでも入るよ」


 意外にもすぐに返答が来た。アルテである。彼女は目を虚ろにしたまま、はきはきと声だけはいつもの調子だった。


——


「お母さまは、『人間』です。それは間違いありません」

「……そうか」


 奇しくも近くにあったレストランは、彼女達が日本へ来た時に最初に利用した所のグループ店だった。

 ふたりと4人席テーブルを挟み、ソファの真ん中に座る文月。

 セレネは窓側に座り、ぼうっと外を眺めている。


「そして、アルテ達とお兄さまが血縁関係にあることも」

「……赤橋、か? なら嘘かも知れないじゃないか」

「お兄さまはどう思いますか?」

「…………」


 ふたりとの血縁。その証明。文月はアルテとセレネの顔をじっと見る。確かめるように。


「お前達から、母さんの面影を感じるんだ。……どこ、とは言えないけど」

「ありがとうございます」


 ふたりと愛月は確実に血縁者だ。それは言い切れる。

 そして、自分もだ。あの母の実子だと言える。母のカルテも、あの病院にあったのだから。病院での仕事に関してだけは、赤橋は信用できた。というよりそもそも、情報を改竄できるような立場に彼は居なかった。


 この場に居ない……否、10年会ってない母を通じて。

 この3人は繋がっている。


「問題は、そう。……『父親』です」

「ああ……」


 ならば。

 『悪魔』とは?

 『神「のような」存在』とは?


「そもそも、俺は突然変異だ。父親は関係無い可能性がある。俺の話は後で良いよ」

「そうですね……。ですがアルテ達のお父さまは」

「『悪魔』……って、本当に居るのか?」

「『そう呼ばれる』『何か』と、言うことだと思います。本当の意味通りの悪魔は、肉体を持ちませんから」


 肉体が無ければ、子など生まれない。当然である。

 ならば。

 『処女懐胎』によって生まれたイエスは、『誰』を父としているのか?

 決まっている。

 だが。

 『それ』には肉体は——


 文月はそこまで考えたが、今はやめておいた。

 今は、妹達のことで精一杯である。


「……悪魔、悪霊は、人に取り憑くことができます」

「!」

「その『悪魔憑き』の子……なのでしょうか」


 客観的に。努めて、主観を排除して。考察する。『この問題』のみを考えている。

 アルテは、『そうだったら嫌だ』という強い思いを噛み殺していた。だが事実を突き止めなければならない。そのための材料は、どんなものであれ挙げるべきだ。


「……人間に対しても、『人間じゃない』って言うもんな」

「…………はい」


 賢い子だ。

 知恵がある。魔術という力がある。


 その聡明さは。

 『悪魔の特徴』なのではないか。


 ——そうも考えてしまった文月は、一度だけ目をぎゅっと瞑り、言葉にはすまいと誓った。

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