第23話 尋問のアルティミシア

「お兄さまっ……!」

「ああ」

「ごめんなさいっ!」

「…………ああ」


 アルテは、そのまま、文月に抱かれていた。治ったばかりの目からは大量の涙が溢れ、未だ完治しない半身を預けるように寄り掛かっている。


「……怖かったな」

「ううう!」


 ぽんぽんと頭を優しく叩く。その後撫で、抱き締める。

 心底ほっとしたのは、文月の方だった。何か遅れていたら。間違っていたら。

 アルテはどうなっていたのか。


「……ねえフミ兄~っ」

「ん」


 それを噛み締める文月に、羨ましそうに見ていたセレネが現実へ引き戻す。


「それより、この人どうするの?」


 セレネの指す先には文月の上着にがっちりと拘束された、男。


「……ぐ! くそ……!」


 もがき、なんとか脱しようとするも、無意味にくねくねしただけで終わる。拘束自体は強く機能しているようだ。


「あ、ああ。そうだな……って、セレネ!」

「え?」

「手! 血ぃ出てるぞ!」


 文月が見付けたのは、セレネの両手。その指先からぽたぽたと、地面まで滴る赤い血液だった。


「うん。……アルテの後で良いよ」

「俺の力は触れさえすれば関係ない。良いからこっちへ来い」

「……うん」


 手を兄へ見せる。人差し指の爪が痛々しく剥がれ、失われていた。


「何をしたんだ」

「……『魔弾』って言ってね。『必ず敵に当たる弾』。普段から準備してる魔術だから、すぐに使える護身用」

「アルテもか?」


 手を取り、優しく包み込む文月。


「……はい。アルテ達は普段から身体に色んな魔術を仕込んでいます」

「!」

「お兄さま」


 アルテが、文月の腕を離れて立ち上がった。下半身ももう完治したようだ。


「『雪合戦』の勝ちの権利、今使います」

「えっ」


 何でも命令できる。その権利は、勝利チームであるアルテも美裟も、まだ使っていなかった。


「アルテ達が魔術を使うことを、許してください」

「!」


 真っ直ぐ、文月の目を見て言った。


「アルテ達は魔術が無ければ生きていけません」

「…………」


 文月は考えた。


 条件がある。

 必ず俺の近くでやること。

 なるべく、重い罰のものは使用しないこと。


「……分かった。あんまり無茶はするなよ」


 そんなことを一瞬考えたが。彼はそう答えた。

 全面禁止か全面解禁か。非常時になればどちらかしか無いのだと。迷ってなどいられないのだと。


「はいっ」


 アルテは賢い。既に考え終わっていた。悩み終わっていた。難しいことも考えたが、最も分かりやすく効果的な言葉で、文月を納得させた。

 年齢相応の笑顔だった。


——


「——さて」

「!」


 問題はここからである。上着に拘束されて横たわる男。

 もはや観念したのか、暴れることをやめてしまっている。


「流石に放置できないよな」

「その前に尋問ですよ。色々と聞き出さないといけません」

「尋問……!?」


 文月は、いちいち驚いてしまう。双子の使う単語に。その、『小説などではよく出るが、実際は普通に物騒で危険な』単語に。


「このガキどもが。喋る訳ねえだろ」

「でもあなた日本人だよね?」

「は?」


 セレネが、一歩前へ出てしゃがみ込んだ。


「『自分の命より秘密が大事』なんて訓練、受けてるのかな」

「!!」


 そしてコートのポケットから取り出したのは、車にあった工具。つまりドライバーやレンチだった。


「あっ。でも日本人て『そう』なんだっけ? アルテ」

「うーん……。戦時中とかならあったかもね」

「どう? おにいさん。全部喋るか今死ぬかだけど」

「……!!」


 ふたりの目は笑っていない。冗談で言ってはいない。彼女らは躊躇などしないだろう。

 そんな雰囲気を醸し出している。


 文月は黙って見ていた。勿論、殺すなどという選択肢はあり得ない。もし仮に、本当にどうしようもなく殺さねばならない時が来たならば、それでも妹達にだけは手を汚させたくない。だから本当に殺そうとすれば止めようと考えている。

 だがここで口を割って入って、もし演技か作戦ならば台無しになってしまう。敵を拘束した以上、何もかもし放題なのだから見ていれば良い。

 こんな状況に、早く慣れなければ。双子達の方がずっと肝が据わっており、戦いにも慣れているし、賢い。文月はそう考えていた。


「……じゃあ殺せよ!」

「あー。やっぱそうなるか」

「殺しませんよ。ただ、『何でも喋るから殺してください』とおにいさんが言うまで、アルテ達がおにいさんで『遊ぶ』だけです。ドライバー貸して」

「はい」

「!? ちょっ……!!」


 セレネからドライバーを受け取ったアルテが、片方の手で男の顔面を固定するように抑える。


「左目、痛いですよね」

「待……!!」

「まずはめり込んじゃったセレネの爪、ほじくり出して取ってあげます」

「待ってくれ!!」

「はい?」


 寸での所で、ぴたりと止まる。アルテは分かっていたのだ。この男の意思の程度を。


「言う! ……喋るから、やめてくれ!」

「ありがとうございますっ」


 にっこりと、微笑むアルテ。


「……あぁ~……」

「セレネ?」


 その後ろで、セレネが何か納得したように頷いた。


「わたし達って、物凄く『尋問に向いた』チームなんだね」

「…………あぁ~」


 魔術のエキスパートと。

 触れればどんな傷も治せる能力者。


 即死しても文月の蘇生が間に合うのであれば、間違って殺す危険性も低い。さらに人体の構造と痛みを『罰』によって実体験で知る尋問官がふたり。

 納得はしたが、良い気分では無い文月だった。


——


「赤橋先生とは別の組織?」

「いや、そもそもレッドブリッジは『情報屋』だ。特定の組織の人間じゃねえ。奴から得た情報を元に、俺らはここに来たんだよ」

「その『情報』というのは、アルテ達やお兄さまのことですか?」

「そうだ。例の『少女』を手に入れたが、運搬中に逃がしてしまった、ってな」

「運搬中……」

「ああ。既に『買い手』は決まってたらしい。だが逃げたなら『野生』だ。他の奴等も捕獲に乗り出してるよ」

「どれくらい居ますか?」

「さあな。レッドブリッジが新たに雇った奴やフリーを含めるともう分からねえ」

「…………分かりました」


 いくつかの問答を経て、アルテが頷く。『現状』は、把握できた。


「ちょっと待てよ」

「お兄さま?」


 だが横から、文月が口を挟む。


「さっきから『運搬』とか『野生』とか。お前ら人の妹をなんだと思ってんだよっ」

「……いやそりゃお前……」


 明らかに不機嫌な様子の文月。たじろぐ男。


「お兄さま。関係ないのでその話は後で」

「なっ!?」


 そして、諌めるアルテ。


「どうでも良いし、どっちでも良いのです。アルテ達の知らない人が、アルテ達をどう扱おうと。それにアルテ達は、自分達姉妹が『何か特別』であることを自覚しています。……赤橋先生によって」

「……!」


 思わずセレネを見る。彼女も同じ考えだと言うように頷いた。


「(……危険な橋レッドブリッジ)」


 本人がそう考えるのならば、もう何も言うことは無い。文月は口をつぐんだ。


「質問の続きです。『その情報』『特別さ』を教えてください。アルテ達は、あなた方界隈で『どんな扱い』なんですか?」

「!」


 本人達も知らない。文月も勿論分からない。


 この異常な双子の、客観的評価とその正体。


「何故、狙われるのですか? アルテ達を手に入れて、それで何をするつもりなんですか?」

「……知らねえのか」

「知りません。教えてください」

「まじかよ……。本人が。『知らねえ』のか。自分の価値と能力と危険性……正体を?」

「知りません」


 男は、残りの右目を一杯に見開いて驚きを露にする。知らずに狙われていたのだ。まさか。あんなに派手に魔術まで使って?


「……お前らは、混血じゃねえか」

「赤橋先生も仰ってました。母が日本人なのでハーフなのは分かりますけど」

「違えよ人間じゃねえ」

「?」


 不意のひと言。完全に予想外の言葉。……少なくともこの場の当事者3人にとって。


「『悪魔』と。人間のハーフじゃねえか」


 男はそう言った。

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