第2話 うっかりオカルト姉妹
全能の神を信じているだろうか。
俺はあんまり、信じていない。日本人は大抵そうじゃないだろうか。
じゃあ、オカルトは? 超能力とか魔法とか幽霊とか。
俺はさ。
実在が確認されたら、それはもうオカルトとは言えないと思ってる。
貧血? で倒れていた女性は。
女の子ふたりの『儀式』によって瞬く間に治った。
「……今なんとおっしゃいました?」
「え」
修道服の女の子。そのひとりが、俺達に話し掛けてきた。
「『ふみつき』と、そう聞こえたのですが」
「……ええ。そうよ。こいつの名前」
美裟が答える。ていうか礼儀正しい子だな。きちんと敬語を使ってる。それに落ち着いた態度だ。正にシスターさん、という感じ。
美裟とは全然違う。
「……!」
それを聞いて、その子は顔を明るくさせた。
ん? あれ? シスター?
「セレネ、セレネ! この人だよっ」
「うそ! やった! 意外と早く見付かったね」
「ん?」
そしてもうひとりを呼んで。
ふたりが俺達の前に並ぶ。
……そっくりだな。双子だろうか。
そこじゃなくて。
シスターなのに。『その服のどこにも十字架が見当たらない』。
そんなことあるだろうか? コスプレだとしても。
いやまあ、別に絶対無いといけない訳じゃないだろうけど。なんでか、気になった。
「川上文月さん、ですよね?」
「えっ。そうだけど」
礼儀正しい女の子が、自分の胸を手を当てた。
「川上アルティミシア。10歳です」
「はっ?」
そして隣の子も。
「わたしは川上セレスティーネ。同じく10歳だよ」
「おっ?」
川、上……?
「「初めまして。お兄ちゃんっ!」」
ふたり同時に。
俺をそう呼んだ。
——
「ちょっと、本当に言ってるの!?」
美裟の声が高らかに響く。
俺の妹を名乗るふたりが空腹を訴えたので、俺達は近くのファミレスへとやってきていた。
「本当です」
「ていうかお姉ちゃんは誰? フミ兄の彼女ー?」
「フミ兄……!?」
「違っ! ……ただの付き添いよ! 今日は!」
それぞれがそれぞれの言葉に反応する。落ち着いた様子のふたりと、慌てる美裟。
変な呼ばれ方をしてキョドる俺。
「美味しいね、アルテ」
「そうだね。日本のレストランは本当に」
カチャカチャと音をさせながらバクバク食べている。ひとりはドリア。ひとりはパスタ。
日本というか、イタリアン風のファミレスだが。
そして、喉が渇いたと言ってぐびぐび水を飲んでいる。バクバク食べて、ぐびぐびだ。
元気だな……。
「えーっと……」
「アルティミシア。アルテと呼んでください。お兄さま」
「お兄さま」
「わたしがセレスティーネ! セレネでいーよ! フミ兄!」
「フミ兄」
落ち着いた敬語で話すのが、アルティミシア。食器の扱いも上品だ。
反対に、たらこソースを頬に付けまくっているのがセレスティーネ。こっちは10歳相当な感じだな。
「そういえば、お兄さま宛の手紙があります」
「へっ」
ドリアを綺麗に残さず食べ終えたアルテが、俺の目を見て言った。
青い瞳。本当に俺の妹なのだろうか。
「詳しいことは全部書いてるそうです。ええと、荷物が大きいので少し待ってくださいね」
「……荷物?」
アルテは何かを探すように周辺を見て。
「……ええと」
まだパスタを食べているセレネを見て。
「……あれ?」
首を傾げた。
「荷物なんてあったのか?」
「…………あ」
無い。ていうかさっき会った時にも、大きな荷物なんて持ってなかった。
「ああああ——!」
それに気付いたアルテが頭を抱えて叫んだ。
「セレネ! ちょ……! 荷物! アルテ達の荷物!」
「……はあ? アルテが持ってるんじゃないの?」
「飛行機から出るとき渡したでしょ!?」
「…………あれ、そうだっけ……」
「…………」
「…………」
空気が凍った。
——
即行で会計を済ませて、ファミレスから飛び出る。美裟とセレネはまだ食べてる途中だったが、仕方ない。一大事だ。
この状況。説明されなければ意味が分からない。明らかに国籍の違うこのふたりが、純日本人顔の俺の妹とはとても思えない。
「どこで落とした!?」
「うわあん! 覚えてないよ——!」
「やばいです。あれにはお兄さまへの手紙は勿論、色んな『道具』が入ってます」
「道具?」
「着替えもだよー!」
取り敢えず、さっきの女性が倒れていた場所へ戻る。当たり前だが、荷物は見当たらない。
「どんな鞄だ?」
「黒の、ダッフルバッグです。ひとつだけで、セレネと交代交代で持ってました」
焦りを見せるアルテ。それでも冷静に説明してくれる辺り、この子は賢いんだろう。
「取り敢えずここから逆走だ。あと美裟は、落とし物で届けられてないか訊いてくれないか」
「ったく、しょうがないわね!」
美裟はそう返事して、走り出した。
「ど、どっちから来たっけ、ねえアルテ!」
「——こっち!」
慌てふためくセレネ。そりゃ、初めて来た空港でどこの道から来たとか覚えられないよな。
即座に思い出して指示をしたアルテは凄い。
俺とセレネはアルテに続いて走り出す。
——
だが。
「……ゲートか」
出口まで着いた。一直線で来たらしい。だが途中の道にダッフルバッグなんて目立つものは無かった。
「! 美裟!」
スマホが鳴る。美裟からだ。
『届けられてはいないわ』
「……そうか。サンキュ。合流しよう」
「なんてっ?」
「落とし物コーナーには無いって」
「…………ぅぐ」
その答えを聴いたセレネが、涙を浮かべる。
「うおっ」
どうすりゃ良いんだ。こういう時。
「セレネ!」
「っ!」
アルテが叫んだ。
「こうなったら、やるしかないよ!」
「う。……うん! でも、道具も何も無いよ」
「それでもやるの! あの荷物は、絶対要るんだからっ!」
「?」
何かを覚悟したような表情。それに充てられて、セレネも唇をきゅっと結んで返事をした。
そしてふたりは、向かい合って座り込んだ。
「何してるんだ……?」
地べたに。空港のど真ん中で。
ふたりとも女の子座りで。
「『探し』出します!」
「準備は良いよ! アルテ!」
俺の脳に過るのは、さっき見た『儀式』。
「……——~~」
「~~~~……」
同じだ。聞き取れない言葉? をぶつぶつと呟き始める。
「…………」
女の子座り。両目を閉じて向かい合う。手は膝の隣に、軽く握って置く。じっと止まって、小さな口がただ小刻みに動いている。
妙な光景だ。先程の治療? を見ていなければ即止めている。地べたに座り込むなんてはしたなく、汚い。
だが。
このふたりは真剣に『それ』を行っている。そんな雰囲気が滲み出ている。
「『見付け』たっっ!!」
「わっ!」
吃驚して声が出てしまった。急に、セレネが目をカッと見開いて叫んだ。
「どうしよう!? もう空港から出そうだよ!」
「それでも追うしかっ!」
その後即座に立ち上がったふたりは、走り出した。一直線に迷い無く、いずこかの方向へ。
「ちょ……待ってくれよ」
俺も続く。まさか、どこにあるのか分かったのか?
どんな原理で?
「フミ兄っ! 『にしぐち』に一番近い道は!?」
「にしぐち……西口か!? ならこっちだ!」
「お願い! 『黒い帽子で茶色のパーカー』の男の人だからっ!」
「そっ! そこまで分かるのか!」
盗まれたって訳だ。置き引きか。
とにかく、そいつが犯人らしい。俺はすぐさま、美裟に電話する。
「美裟っ! 西口に向かってくれ」
『は!? 今居るわよ! 拾得物管理所がこっちなんだから』
「マジか! 『黒い帽子で茶色のパーカー男』が持ってるらしい! 張ってくれ!」
『分かったわ!!』
凄まじく良い声で返された。良かった。
美裟が居たなら安心だ。
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