第3話 進路確定の瞬間
「あら、遅かったわね」
西口に着いた頃。
「はぁ…………はぁ……」
「……ぅえ……ん」
途中、アルテが思いっきり転んだ。セレネを先に行かせて、俺は足を挫いたらしいアルテをおぶって向かった。
「……荷物はこれで合ってる?」
美裟は。
黒い帽子に茶色のパーカー……その男を『踏みつけ』にして待っていた。涼しげな表情で、ダッフルバッグをセレネに見せている。
「良かったぁぁぁぁあ」
それを見たセレネが、長い溜め息を吐いた。
どうやら合っていたようだ。
「アルテ、大丈夫か?」
「ふぇ。…………だ。大丈夫、です。喉が渇きました」
「わたしもー。お水飲みたいー」
取り敢えず。
一件落着かな。
——
置き引き犯は、警備員の人が連れていった。そこから先はもう知るところじゃない。
「アルテ、ちゃんだっけ。怪我してない?」
「ちょっと、擦りむいただけです。ご心配なく」
美裟が近寄る。顔面からいったからな。怪我しててもおかしくない。
「見せてくれ」
「えっ……」
ベンチに降ろして、様子を見る。すると頬に擦り傷があった。
「大丈夫です。こんなの、いつも——」
「まあまあ」
「!?」
俺はその傷に『触れた』。
「痛っ!?」
反射的に、弾かれたように仰け反るアルテ。
頬を押さえて。
「…………あれ?」
違和感があったのか、何度も頬を触る。傷のある筈の頬を、何度も。
「傷、ないよ? アルテ」
「えっ?」
その頬は。
所謂赤ちゃん肌とも言える。つやが見えるくらい綺麗な、透き通る白人さんの白色だ。
擦り傷なんか『綺麗さっぱり』無くなっている。
「……お兄さま?」
「あとは足だな。どこが痛む?」
「え。……ええと、この辺、です」
「よし」
触る。
右の足首だ。確かに少し腫れて赤くなっている。
いや。
赤くなって『いた』。
「…………!」
もう治っている。
「凄い! 何それ! フミ兄!」
それを見たセレネが飛び跳ねた。
「……これが、お兄さまの『
「知ってるの?」
アルテのそんな台詞に、美裟が首を傾げた。
驚くにしても、まるで知っていたかのような反応だったからだ。
「……お話には。お母さまから聞いていました。お兄さまには、『傷を癒す』力があると」
「…………そっか」
これで確実になった。お互いに。
このふたりは俺の妹で。
俺は兄だと。
——
——
痛くなかったそうだ。
苦しくなかったそうだ。
母さんは。俺を産むときに。
俺の『力』は、原因不明で未解明。当時は色んな医者が俺を診たらしいが、結局その答えを見付けられなかった。
俺の手には、『オカルト』が宿っている。
今みたいに、多少の外傷なら触れただけで完治する。
風邪くらいなら、触ってひと眠りすれば完治する。インフルエンザくらいまでなら、半日で治せる。
流石に欠損した四肢は戻せないし、死人を生き返らせる事はできない。それは『祖父さん』で判明したから分かってる。……生き返ってくれたら良かったんだけど。
重い病気でも、症状が軽くなるし、完治が早まる。それは事実として、記録されている。
『俺を解明』することは、医学の発展に多大な貢献を果たす。
「——病院?」
「ああ。俺の通ってる病院」
「フミ兄病気なのっ?」
「違う違う。働いているんだ。まあ、高校生だから手伝いって感じだけど」
俺を研究している大学病院がある。その報酬があるから、俺は社会性の無い高校生でありながらひとりで暮らせて居る訳だ。
——現在、タクシーで向かっている。俺はアルテの言っていた手紙を開けていた。
『文月坊っちゃんへ』
坊っちゃん?
『私は、お母様——川上愛月様の執事、アレックス・アルカディアと申します』
執事って。
そんなん居るのか、母さん。全然知らなかったんだけど。
『愛月様のことですから、どうせ詳しい説明はしていないと思い、筆を取った次第でございます』
当たってる。
さすが執事。
『そちら——日本へお送りしたふたりの少女。アルティミシア様とセレスティーネ様は、坊っちゃんとは父親を異にする「異父兄妹」という関係に当たります』
「!!」
異父……て!
マジかよ。
俺を置いて海外へ行った先で、誰か現地の男と子をもうけた訳か。
10歳。
母さんは俺が小学校へ上がる時に出てったから、まあ計算は合うか。
ちょっと複雑だな……。
『そして。重要なことなのですが、このお嬢様方は「内密に」日本へ来ております』
内密?
『つまりは坊っちゃんに匿っていただきたいのです。理由はここではお伝えできませんが、しばらくの間、身を潜めてくださいますようお願い申し上げます』
んん?
なんか怪しくなってきたぞ?
『具体的には——3月。坊っちゃんが高校を卒業するまで。その後はまた、こちらから連絡をいたします』
へ?
俺の卒業?
『我々がお迎えにあがりますので。坊っちゃんを含めて皆様を我々の本拠地へとご招待いたします』
俺込み?
本拠地?
『愛月様は、坊っちゃんに我々の組織を継いでいただきたくお思いです』
は?
『それでは、簡単ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします』
は??
『PS.アルティミシア様の好物は韓国料理。セレスティーネ様は甘い物全般でございます』
いや。
はあ?
「はあぁぁぁあ!?」
「わっ」
声に出てしまった。いや。
出るだろ。
隣に座るアルテに吃驚させてしまったようで申し訳ないけど。
「手紙は誰から? なんですって?」
「…………えっと」
助手席の美裟が訊いてくる。因みに俺は後部座席で双子に挟まれている形。
どう要約したものか。この意味不明な手紙を。
「……受験も就活もしなくて良いよ……って感じかな」
「はあ?」
たちどころに、美裟の眉毛は捻れた。
——
「やあ文月。よく来たね」
「先生」
病院へと到着する。アルテとセレネは不思議の世界に来たかのように、辺りを注意深く見回している。特にセレネは好奇心旺盛なようで、目をキラキラさせながらキョロキョロしている。
「萩原も来たのか」
「はい。今日は用事があったので」
萩原は美裟の苗字だ。
先生は俺達を見てから、その視線を下に落とす。
「……この子達は?」
そりゃ不思議だろう。十字架の無い修道服を着た、小さな女の子がふたりだ。しかも見分けが付かない双子ときた。
「俺の、妹らしいです」
「へえっ? 君に妹が居たのかい」
赤橋先生。俺の主治医だ。いや、俺は怪我も病気もしないから、担当医って所かな。俺の『力』の研究をしている。確か30代前半だった筈。
先生はきょとんとした表情を作った。まるで予想してなかったような反応だ。
そりゃそうだ。
「……母が、向こうで産んでたみたいで。俺も今日初めて会ったんです」
するとふたりは辺りの探索を止め、俺の両脇にポジショニングした。
「川上アルティミシアです。よろしくお願いします」
「川上セレスティーネですっ! お願いしますっ!」
そして元気にふたりで挨拶。こういうのがきちんとできる辺り、育ちの良さが窺える。
あの母が? いやいや。
アレックスさんとか、周囲の人の教育とか影響だろうな。
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