第2話 喧嘩はやめてください

「……と、いうことがあったんだけどな」


 死んだ眼で深夜二時の窓の外を見つめながら、コンビニ店員ロウは語りを終える。


「はあ、とりあえず魔王さんと本当にどっかいくことにはならなそうだからいいじゃないですか、先輩」


 声はロウの頭上から聞こえた。

 二メートルの長身が、ロウを見下ろす。


「そうだなあ。結局魔王さんも外行くのめんどいから通販で済ませるとか言ってたし。……なにを買うつもりなのかイマイチわかんねーけどな、ヒルデ」


 黒髪に赤銅の肌、額に二本の角。声の主は、十八歳のオーガの女性、ヒルデだ。

 オーガ族でも恵まれた方の体躯だが、ヒルデ本人は大学へ通ういわゆる貧乏学生というやつである。


「とにかく、もう二度とあんなのはごめんだ。なあ――魔王さん」


 視線は客側のカウンター、その下側へ。


「なんだ店員?」


 床に座り込み、カウンターへ背中を預ける美女――魔王が返事をする。その手にはポテトチップの袋。ぽりぽりと摘まみながらスマホをいじっていた。


「魔王さん、会計前の商品食うの止めて下さい。それと店内ではイートインコーナー以外の飲食も止めて下さい。それから常識を学んで下さい」


「え? いいだろー、どうせ払うんだから」


 ポイとカウンターの上へポテトチップの空袋を放り投げた。さらに紙幣と投げる。


「そういう問題じゃなくて止めて下さいっていってますよね」 


 ロウはバーコードを読み取りながら、会計。釣りを無理やり魔王の手に握らせる。油がついた。気がつかれないように魔王の背中で吹く。


「うるさいなー、おい店員、ジャンプ読みたいからもってこい」


「ふざけんなこのジャージ女」


 現在、魔王の格好は先日の鎧とマント姿ではない。

 小豆色と白ラインのジャージだ。完全に部屋着。髪まで三つ編みにしている。顔には集めのメガネ。近所に買い物にきたその辺の姉ちゃんという服装。実際は近所どころか自宅の中だが。


「ヒルデ、このジャージさんをどっか運べ。ここに座ってられると邪魔だ」


「先輩、ジャージさんをここから動かしても他に置いておく場所ありませんよ」


「ジャージさん言うな! 客をなんだと思ってる!」


「じゃあジャージ着るなよ」


「私が何を着ようと自由だろうが。あ、あの新製品の炭酸飲料おいしいの? このゴルゴンゾーラ味噌味」


「試食で飲んだけどマズいっすね。つーかだから新製品なのに店頭売りで半額になってんスよ」


「先輩、なんでも正直にいうのはちょっと……」



 △ △ △


「俺は一応それなりに真面目に生きてきたつもりなんだが、なんでこんなことになってんだろ」  


 魔王を雑誌コーナーまで追い払い、一息ついたロウがつぶやく。


「真面目さが足りなかったか、真面目だけでは足りなかったんじゃないですかね」


 冷徹に言葉を返すヒルデ。オーガらしからぬ冷静さと静かな口調が彼女の特徴だ。


「俺、アレだよ。普通にいたって平和主義に誰彼と争うこと無くやってきたんだけどね。なんでこんな深夜に腐れニートの相手してんだろ」


「そのニートは一応ボクらの国の代表なので、適当にみてみぬふりをしてもらった方がありがたいのですが。それから、先輩が平和主義で争うことなくやってきたというのは一体何の話なんですか。パラレルワールドかなにか? 世界線を超えたりしたとか?」


「あーおまえ後でゲルバナにしてやるからな。物理的に手作業で」


 魔王とは魔王国の王である。王である以上は、民の代表としての責任がある。魔王国の国民としては、魔王の現在の状態にはなかなかコメントし辛いものがあった。


「魔王さんもちょっと前までは結構テレビとか出てて、露出度高かったんですけどね。一年近く前からパッタリ見なくなって、気がつけば引きこもってたみたいです」


「……魔王がテレビ出んのか?」


「ええ、魔王になったばかりなんで、とにかく国民に顔を覚えてもらおうと出まくってたんですよ。旅番組のローカル線特集とかグルメリポーターとか幼児番組の歌のお姉さんとかバラエティー番組の雛壇に座ってるとかやってましたね」


「せめて仕事選べよ……」


 そこまでやって今引きこもりか。


「最後にみたのは番組の罰ゲームで縛られて崖から蹴り落とされてバンジージャンプやってた時ですね。泣き叫んでました」


 もはや魔王ではなく新人芸人の扱い。


「それが引きこもりの原因か……?」


 雑誌コーナーでやはり立ち読みをしている魔王をみながら、彼女の背景に思いを馳せ、ようとしたが既にロウには魔王という職業がよくわからなくなってきた。


「まあとにかくどういう理由があろうと相手すんの疲れ……あ」


 ピコーン


「あ、いらっしゃぁせぇ」


「いらっしゃいませ」


 無言で自動ドアをくぐる集団。黒の戦闘服。黒の覆面。手にはサイや棍、柳刀等の武器。四人組の大男達だ。

 ロウ達店員を身もせずに、店内を歩き出す。


「あの、先輩……? 彼ら、みんな武器もってますよね?」


「最近物騒だからなあ」


「覆面もしてますよね……?」


「やんごとなき身分の方々だから下々には顔を晒せないのかもしれないだろ。気を使えよ」


 ヒルデの声に、若干泣きが入り始めた。


「武器も覆面も全部入店禁止ですよねぇ……?」


「ヒルデ、客商売はマニュアルだけじゃやってけないんだ。時には臨機応変に客に合わせることも大切だ」


「先輩もう全部めんどくさいだけでしょう……あれ絶対魔王さん狙いじゃないですか……?」


「うるせぇ俺はもう無駄な面倒に関わりたくねぇんだよ」


 時給が低いのだ。ろくでもないことなど首を突っ込みたくもない。


「なあ、店員さん?」


 覆面のひとりが、突然喋りかけてくる。


「この店って、この客が来る?」


 出された写真は、豪奢な鎧と派手なマントを身につけたメイクばっちりな魔王が写っていた。


「……あー、たまに来ますよ」


 どうする。この状況どう流すか。


「たまに? 今日はこないのか」


「毎日来るのはあのイモジャージのねぇちゃんだけですよ。あれが魔王なわけないでしょハハハ!」


「だよなぁ。コンビニに入り浸ってるとかありえねぇか!」


「そうっすよそんな魔王いるわけないじゃないですかお客さん、他いったほうがいいっすよ!」


「おい店員! ヤンマガが並んでないぞ! 早く紐切ってもってこい! 私を誰だと思ってる、魔王だぞ!」


「……」


「……」


 どうしよう、気まずい。


「おい、早くもってこい!」


 うるさい黙れジャージ魔王。


「……え、これが魔王なの? これが? ジャージのねぇちゃんが? ジャンプ立ち読みしてるのに?」


 何度も写真を見比べる覆面。魔王討伐に来るということはこいつもそれなりの強い冒険者なのかも、しれないが、さすがにこれは想定してなかったのか。


「まあ、メイク係りいなかったらこんなもんでしょう」


「えええ……」


「なんだ店員共! 魔王がジャージ着てたらダメか!? コンビニで立ち読みしてたらおかしいか! カップラーメンの残りをめんどくさいから汁ごとゴミ箱に捨てるのはそんなダメか!!」


「ダメに決まってんだろバカやろう! あれおまえか! ゴミ箱掃除したの俺なんだぞ!」


 思わず叫ぶ。ちくしょういますぐ殺処分してやりたいこの腐れ魔王。


「わ、我々は魔王討伐の任を受けた部隊のもの! 魔王、その命もらい受ける!」


「え、あ、うん、あぁ、その」


 取り囲む覆面。魔王の威勢が急速に落ちる。知らない人間と上手く話せない例の病気が出たらしい。


「お、おい! 店員! 店員! こっちこい!」


 うわぁ、無視してぇなぁ。ロウは胃痛に顔をしかめる。


「おい! おい! チビのほうの店員! 早く来い、早く!」


 誰がチビやねん。


「て、店員……なんかおまえのこと呼んでるみたいだが」


「先輩、いって上げないとこの場が収まらないようですよ……?」


「ヒルデ、おまえ呼ばれてねーからそんなこと言えるんだよ……」


 覆面までロウのほうに声をかけてくる。暗殺部隊のくせにこんな時に空気読んでんじゃねぇよ、と内心で毒付きながら、ゆっくりとカウンターから魔王の元へ歩いていった。ゆっくりと、時間をかけて。

 とにかく魔王の元にあまり近寄りたくない。


「遅いぞ店員!」


「うるせぇよ俺を巻き込むのはやめてくださいなジャージ」


「とうとうさんもつけなくなった!?」


「で、なんすか? 乱闘やるなら店の外にしてくださいよ。品物壊れたら店長が俺の給料から引くって言ってるんでね。あと店荒らさせると俺が直さなきゃいけないから面倒くさくて困るんで喧嘩すんのやめて」


 あの店長とはいつか決着をつけねばなるまい。


「よし、じゃあ私の言うことをこいつらに言え。いいか、『おまえらなんぞいますぐ』」


「へーへー。えーと、お客さんこの魔王さんがですね、『おまえらなんぞいますぐ』」


「『店ごと魔法で吹き飛ばしてやるから覚悟しろこのゴミ共』」


「『店ごと魔法で吹き飛ばしてやるから覚悟しろこのゴミ共』……って人の話聞けよバカやろう!!」


「あだっ! 殴った! この暴力店員! 客を殴ったな! 別にいいだろ! 修繕費くらいだしてやるよ!」


 思わず魔王の頭をはたく。だめだこいつ早くなんとかしないと。


「な……! やはり魔王か! 全員でかかれ! やれ! この店員ごとだ!」


「だからー、店の喧嘩すんのやめてくださいよー」


 棍を持ったひとりが躍り掛かる。最短距離からの全体重をかけた必殺の突き。

 を、ロウはするりと避けた。


「な!」


 揺らめくように、小柄な店員の体が消えたと思った瞬間、覆面のすぐそばに現れる。

 ひたりと、右拳が腹部に添えられていた。三センチほどの隙間。ロウの脳内で描かれる。丹田から全身へ『気』が流れるイメージ。練り上げ、束ね、放つ。


「だから止めろっつってんだろアホ共!」


 覆面の巨体が、弾かれたように後ろに吹っ飛ぶ。

 

「うろおおおおおおおおおおおッッ!?」


 ゴロゴロと転がり、カウンター前の特売品コーナーに激突。盛大に飲料缶が床に転がる。ゴルゴンゾーラ味噌味の文字。


「あーやっちまった……今のは正当防衛っすからねお客さん?」


「なっ!? す、寸剄だと!」


 リーダー各らしき柳刀を持った覆面が叫ぶ。


「いいぞ手下! 私が手を下すまでもない、こいつらを血祭りに上げて写真取ってツイッターに上げてやれ!」


 テンションがあがる魔王。こいつ死ねばいいのに。


「誰が手下だよクソニート!」


「やはり魔王の手下か! まずはこいつから仕留めるぞ!」


「だから言語を理解しろバカ共。この空間はバカしかいねぇのかよっと!」


 ロウが叫びながら姿勢を下げる。即座に頭の上をカギ爪が通過。驚愕する男へ、突き上げたロウの掌底。顎を強かに打たれ宙を舞う。そのまま棚を派手に巻き込んで倒れた。床に散乱するカップラーメンの群。


「うわー、やっちまったよ……やっぱ俺が片さないといけないのかこれ」 


「おい、動くな!」


「せ、せんぱーい!」


 レジ前で刃物を向ける覆面の一人。手を上げるオーガ族の女。


「……ヒルデ、なんだお前はいつもこういうときはスットロいんだ? 大人しく人質になってないでオーガならちょっとくらい暴れろよ」


「こ、こういうときはやはり助けて頂けないかなーと。喧嘩は苦手で……」


「このオーガがどうなってもいいのか! 武器を捨てろ!」


「いや俺武器もってねーし。素手だし」


 プラプラと手を振る。なにも持ってないことをアピール。


「その体躯でその威力……魔法か!?」


「拳法だよバーカ」


 つま先を足元にあった缶に引っ掛ける。剄を込めた最小限の動きで、缶が空中にポンと大きく跳ね上がった。


「憤ッ!!」


 胸の高さまで上がった瞬間、ロウの拳が放たれる。上昇から真横へ一気に加速する飲料缶、ゴルゴンゾーラ味噌味。一直線にレジ前へ。


「なっ!」


 剣を持つ覆面の顔面に缶が盛大に直撃。めり込む鼻。即座に缶が盛大に破裂した。

 ゴルゴンゾーラチーズと味噌の匂いが、レジ前に飛び散る。糸の切れた人形のように男は崩れ落ちた。


「先輩、匂いが……というかボクも頭から浴びたんですけど」


「助けてやったんだから我慢しろあほんだら」


「貴様……その拳法流派、内功を重視する南派か! ただのコンビニ店員ではないな」


 覆面の最後の一人、リーダー格らしき柳刀の男が叫ぶ。


「……うるせぇな普通のコンビニ店員だよお客さん? つーかよぉ、南派は四卦八符十六家に三十二豪、その他分派や傍流含めりゃ流派は二百近くあるんだぞ? 南派かどーかわかったくらいでなんの意味があるんだよアホか」


「りゅ、流派くらいは名乗れ!」


 だらりと、脱力するようにコンビニ店員は立つ。普段と変わらない、やる気のない立ち姿。しかし、眼鏡の奥に、殺気がある。


「不詳の弟子なんでな。師匠の恥になるもんで勘弁してくれや。あーあんたは名乗らんでいいぞ。当ててやるよ。その柳刀二刀流の左右の配置は……多分、北派の」


「黙れ!!」


 刀を構え突撃するリーダー格。左右から挟みこむように振るわれる斬撃。


「――暗殺が主体の象形拳法」


 ロウの両腕が回転しながら刃を受けた瞬間、刀が吹き飛ぶ。折れた左右の刃が、天井に突きささった。内功により強化した皮膚と、回転により打撃を軽減する転肢剄てんしけいを組合せたロウの拳法独自の防御方法。ロウ程度の能力ならば安物程度はたやすく折れる、


「くっ!!」


 リーダー格は焦りの声と共にとっさに前蹴りを放つ、がそれもロウの足が膝を踏みつけて防いでいた。


「『蠍』、か。やることが見えすぎだぜお客さん?」


 止められた足の先、ブーツの先に細い刃物が飛び出している。「蠍」という名前からそれに猛毒が塗られていることは魔王にも容易に想像できた。


「お、のれ!!」


「それではお帰りくださいな、功夫クンフーの足りないお客さんよぉ!」


 丹田から練り上げる気。全身の経絡を伝う力の奔流。束ね、放つ。


「ふっっ!!」


 震脚と同時に突き出す拳。コンビニの床がへこむ。捻りを加えられた一撃が、突き刺さる。針の如く尖った気が、覆面の男の中で爆発した。


「ごおおおおおお!!」


 絶叫と共に大きく吹き飛ぶ。背後のペットフードコーナーの棚が倒壊。男の上に降り注ぐネコ缶。


「先輩……これ、どうしますか?」


 近寄ってくる長身。ヒルデが店の惨状を見渡し声を出す。雑誌コーナー前はほぼ全滅。レジ前にはゴルゴンゾーラ味噌味の匂いと缶が散らばる。


「あーあー、やっちまった……まあ、片付けは面倒くさいが、修繕費は魔王さんが持ってくれるってさっき言ってたから、まあなんとか店長にはいいわけが」


「え、私は出さんぞ?」


「……は?」


 思わず、呆ける。


「店員が勝手に他の客と乱闘しただけなのに、なんで私が払わないといかんのだ。私は指一本手を出してないのに」


「いや、ほら、魔王さんが襲われそうだったから不本意ながら平和主義者の俺もやむを得ず助けにきてやっちまったとかそんな筋書きでですね」


「お前さっき私の頭叩いたろ一生許さんからな暴力店員め」


「ふ、ふざけんなこの腐れ魔王!!」


 深夜のコンビニに、目つきの悪い店員の叫びが響く。

 とても近所迷惑だった。

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魔王さんやめてください 上屋/パイルバンカー串山 @Kamiy-Kushiyama

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