魔王さんやめてください

上屋/パイルバンカー串山

第1話 魔王さんやめてください

「ふわあ……あ、あ」


 欠伸が止まらない。

 理由はわかっている。一つは今が深夜三時であること、二つ目はなかなか他の・・客がこないこと。


――なんーもねぇなあ。


 涙が滲む眼を窓ガラスに移す。向こう側は真っ暗だ。室内だから当たり前の話だが。

 そこには彼の姿が写る。

 黒髪と黒目。細いフレームの安物の眼鏡。

 顔立ちはいたって平凡。背はそれほど高くもなく、やや細い体系。

 そして、身にまとう服は暖色のオレンジと白のストライプ。この店の制服。胸元には名札。

 刻まれた名前は、『ロウ・ガンロウ』

 青年は、この店――コンビニエンスストア、デッドラインの店員だ。

 いたって普通のコンビニである。普通に食品を扱い、普通に雑貨を売り、普通に公共料金の支払いも受け付ける。ごくごく普通のコンビニである。ただ一点の部分を除いては。


「あー、……またか」


視線を前に戻す、と同時にロウは呟いた。疲れを表情にだしながら、ゆっくりと歩き出す。カウンター入り口をでて、今現在唯一の客のいる空間へ。


 カウンターの目の前、菓子類コーナー。そのオマケ付き菓子が並ぶ場所に座り込んでいる人影がいた。

 年令は二十代になったばかりに見える。燃えるような紅髪が背面を覆う。黒いマントが波打ち、床に垂れていた。

 全身を覆う鎧は、うねるマグマが固まったような禍々しい異形。

 床に直接座っていても、彼女が長身でプロポーションのいい体型だとわかる。その周りには、オマケ付き菓子の箱が数個並んでいた。

 そして、その顔は、朴念仁とよく笑われるロウでさえはっきりと美人と断言できるほど整っている。

 そんな美貌が、極めて真剣な眼差しで床に置いた小さな機械を見つめていた。スマホを片手に、その機械とスマホを交互に見ている。まるである種の職人のようなプロフェッショナルの眼差し。たぶん、息を止めている。


 機械の上に乗るは箱。書かれた文字は「世界のドールハウスミニチュアコレクション~刑務所編~」


 ロウの眼には、憐れみが浮かんでいた。諦めも浮かんでいた。それ以上に疲労が溢れていた。

 小さく溜め息をはき、やがて言葉を紡いだ。


「――魔王さん、止めてください。お願いですから、止めて下さい」


「……あ? なんだ店員か」


 こちらを向いた後、すぐに魔王は機械に向き直る。視線が機械とスマホを往復。


「お、ピッタリ! これか!」


「魔王さん、店に電子秤持ち込んでオマケ付き菓子のサーチするのは止めて下さい!」


「なんだよ、私はこの店の場所貸してる大家だぞ! これぐらい許せよ!」


「大家でもダメなもんはダメなんスよ! 止めて下さい!」


 デッドラインは、魔王城の中に出店している。その魔王城の主が、このさっきからオマケ付き菓子のサーチを必死にしている魔王だ。


「だいたいそのメーカーは今度からサーチ対策で重りいれるようになってますから、ネットのサーチ情報はもう通じません。計っても無駄です」


「クソメーカーめ……隠しの濡れスポンジ抜きの電気椅子ゲットでコンプなのに。仕方ないな」


 立ち上がりながら、今度は腕をカードゲームのブリスターパックへ伸ばす。


「魔王さん、遊具王カードもサーチ対策で重り入れはじめてますから無駄ですよ」


「世の中クソだな! 封印されしジャングルジム揃わないじゃないか!」


「そりゃメーカーも仕事ですからね。それから床に置いた商品を戻して下さいよ」


 ブツブツといいながら、彼女は床に置いた商品を雑に戻し始めた。


「おい店員。そろそろ今週のヤンジャンとチャンピオンの紐解いて並べ始める頃だろ。早くしろよ」


「また立ち読みで済ますんでしょ? 少しは遠慮してくださいよ」


 魔王、彼女は一応客としてくるが、来る時間は大抵深夜が多い。なにとなく時間を潰しては帰って行く。


「魔王さん、まだ引きこもりなんスか?」


「……うるさいな引きこもってようとなかろうと私の勝手だろ。ラスボスは大抵引きこもっているもんなんだよ」


「そういや、ずいぶん魔王さん、喋るようになりましたね。最初の頃はカゴと店員の方交互にチラチラ見ててなにしてんのかサッパリわかんなかったっスよ」


 初来店の際、魔王は一言も喋らなかった。


「……しょうがないだろ。あの頃は店員がカゴもって付き従う店しか入ったことなかったんだから」


 どうも彼女は本当に箱入り娘育ちらしい。そういった高級店以外入った覚えがなく、オマケに初対面の人間と上手く話せないコミュ障のため店入り口で三十分立ち往生する結果となる。


「たまにゃ魔王城を出てみた方がいいんじゃないスかね。魔王さん、なんか通り名あったらしいじゃないですか。ええと、『七つの大罪を極めた者』とかそんないかにも魔王っぽいの」


「七つの大罪か……お前私の七つの大罪が何か聞きたいか?」


「え、怠惰とか傲慢じゃないんですか?」


 スッと息を吸い、魔王が口を開く。


「オタク、腐女子、コミュ障、引きこもり、根暗、ニート、内弁慶だ」


 これはヒドい。


「……それ、だいたい怠惰か強欲で大別できるんじゃないですか?」


「これをつけたのはな、私の引きこもりに業を煮やした側近の一人が嫌がらせでつけやがったんだ!」


「うわあ」


 部下からも信頼が無いらしい。


「こんな通り名つけられて外に出られるか! 私は自分の部屋にこもるぞ!」


「うわあ」


 ついでに死亡フラグが立ってる。




 ――さってと


 魔王と雑談を終え、カウンターに戻り、店内を見渡す。といっても特に変化はないのだが。

 雑誌コーナーでは魔王が立ち読みをしている。手に取って読みふけっている本は、「月刊薔薇乙女ヘタレ受け特集号」。つまりレディコミのBL雑誌。

 やはり真剣な表情で魔王はページをめくっている。


 ――順調に悪化してんなあ。


 コンビニ勤務を始めて五ヶ月。最初の頃はもうちょっと良家の子女のような雰囲気があったと思うが今は微塵もない。それもこれも全て店長のせいだ。


 ピコーン


「あ、いらっしゃあせぇ」


 無機質な電子音声。来客を知らせるブザーに無意識に反応する。


――え?


 来客者は鎧姿だった。それ自体は魔族が溢れる魔王城ではそれほど珍しくはない。

 腰まで届く金髪と碧眼。儚く透明感のある美貌。そして胸に下げたロザリオ。

 十代後半の武装した美少女が、入り口に立っていた。

 魔王の国では珍しい、ロウと同じ人族の少女。


「魔王さん、ここにいらっしゃったんですね!」


 つかつかと踏み出し、少女に気づいたらしい魔王へと近づく。

 魔王の表情が変わる。みるみる余裕が減っていく。


「側近の方の教えてくださった通り、深夜のコンビニにいたんですね。前の話、考えてもらいましたか? 予定でしたらこちらもある程度合わせられますから」


「え、あ、あの、海とか、そのあ、」


 すでに会話にならない。魔王の口調が明らかにおかしい。

 涙目になっていく魔王。話を進めようとする少女。やがて、限界に達する。


「おい、て、店員! 店員、こっちこい!」


 魔王の振る手に呼応し、ロウは死んだ表情で動き出した。




「で、なんスか?」


 疲れた声で一応は魔王から話を聞く。事態がわからないとどうしようもない。


「なんとかしろ」


 ますますよくわからない。なんとかするために小声で魔王に問いただす。


「あの女の子誰スか? 魔王さんとどういう関係?」


 少女はニコニコと魔王を見つめ微笑んでいた。


「私が魔王だから、他の国から勇者送られるのは知ってるだろ?」


「あーたまに冒険者っぽいのが店に買い物に来ますよね」


 腐っても魔王らしく、他の国から魔王討伐の勇者とやらが来るらしい。


「側近の奴らが引きこもり直すきっかけになるかもしれんとノーガードで私の部屋の前に連れてくるんだ」


「うわあ」


「まあ私も一切部屋から出ないで相手にしないんだが」


「うわあ」


「あの少女は西の国の勇者である聖女とやらでな。なんでか知らんが、私が引きこもりと知ったら説得して社会復帰させようと二週間通い続けているんだ」


 ニコニコと笑う少女の、その真意がよくわからない。


「いや、その、魔王さん。――いい機会だから社会復帰したら?」


「殺す気か」


 いっそ死んでしまえ。


「あー、その、聖女さん、ちょっといいスか?」


「なんでしょうか店員さん?」


「あのー魔王さんがなんでやたら話かけてくるのか知りたがってんですけど、答えてもらっていいですか?」


「わたくし共の宗教の戒律では、『困難にぶつかり壁を作る者には進んで手を差し伸べよ』という教えがありまして、例え魔王さんでもそのような境遇な方には少しでも相談に乗って語りかけていこうかと思いまして」


 宗教関係者らしい。


「あーなるほど。魔王さん、なんかこの聖女さん、勇者ってより市役所辺りから来た引きこもり相談センターの人みたいっスね」


「私はそんなのに電話した覚えないぞ!」


「いい機会だから、話した方がよくないスか?」


「ふざけんな! コイツはな……」


 魔王がヒートアップ。しかし相変わらず聖女ではなく店員にしか話さない。


「あの、やはりダメでしょうか? ――一緒に海に行くという話は」


「え? 海スか?」


「はい、わたくしの友人達と一緒に海に行かないかと誘ってみたのです。少しでも外に出たほうが引きこもりを直す機会になるかと……」


「魔王さん、別に海くらい……」


 言いかけた矢先、魔王がロウを引きずって聖女と距離を取る。少女に聞こえないよう注意して喋り出した。


「あいつは西じゃ有名なセレブのリア充なんだ! ということはあいつの友達もリア充だらけだぞ! 海なんてカップルやらリア充しか行かないんだぞ! リア充に囲まれて、リア充だらけの海なんて行ったら私は一撃で死ぬぞ!」


 ボスの癖にこの魔王には即死攻撃が効くらしい。


「別に海くらいいいじゃないですか。試しに一緒にいってみれば友達くらいできるかも……」


「できるわけがない! できるわけがない! で き る わ け が な い ! 大事なことだから三回も言ったぞ! イヤだと言っても無理やりアイツは誘ってくるんだ! なにか断る口実を……そうか」


 なにか閃いたらしい。聖女の元へロウをグイグイと押し出す。


「ちょ、なにすんですか」


「聖女に、『魔王さんとは俺が一緒に海にいく予定なんで行けません』と言え! それで諦めさせろ!」


 なんて魔王だ。ほんとに手段を選ばない。


「ちょっと、止めて下さいよ! 魔王さんとなんか変な噂たったら責任取ってくれるんですか!?」


「心配するな責任ぐらい取ってやる! 私はまだ処女だぞ!」


 このタイミングでこいつは何を言い出すのか。


「そういう責任じゃねえよ! 俺の社会的名誉や人間の尊厳に与えられるダメージの話だよ!」


「なんで私と噂が立つとそんな話になるんだよ! ていうかなんでキレるんだよ! そんなにイヤか!」


「あ、あのー、何かあったんですか?」


 恐る恐る声を出す聖女。どうやら不穏な空気が伝わったらしい。


「え、あ、あー、そのっスね」


「――言え。早く言わないと店長にお前のことであること無いこと言って苦情申し立てるぞ」


 耳元で脅迫してくる魔王。清々しいほどにクズ。


――あの妖怪みたいな店長と揉めると面倒くさいしなあ……


 死んだ眼で、店員は口を開く。言葉を紡ぐ度、心を殺す。


「あ、あー、実は、魔王さんと俺とで海行く話ありましてね。聖女さんとはちょっと日程が合わなそうというか……また誘って下さいと、魔王さんが言ってます」


 一瞬、なぜか少女に、悲しそうな表情が見えた、気がする。


「そうですか……わかりました。また次の機会に」


 言葉少なに去っていく少女を見送りながら、魔王は額の汗を袖で拭う。


「ふう……手強い相手だった……あんなヤツは海いってナンパされて陵辱系同人誌みたいな目に会えばいいんだ」


「魔王さんのクズっぷりが一周回ってなんだか男らしくさえ見えてきましたよ」


 女性が女性にいう言葉ではない。


「まあ今は危機を脱したからなんでもいい。……なんだったらほんとにお前を海に連れて行ってやってもいいんだぞ?」


「海? 海行ったら死ぬって今言ったばっかじゃないですか」


「ふ、私でも行ける海があるんだ。最も泳げないし水辺もない海だけどな。荷物持ちをするなら連れて行ってやるぞ。私はそこへ買い物にいこうと思っているんだ」


 泳げないし水辺もない。どういう海なのかロウには想像もつかない。おまけに買い物だけとは。


「……それなんて所の海なんですか?」


「ああ、晴海っていうんだと店長が言ってた」


「お断りします」


 なんだかわからないが、イヤな予感がする。店長が絡んでいる時点でとてつもないイヤな予感がする。


「海がイヤか? じゃあ池にするか」


「池? ……湖とかじゃなくて?」


「ああ、池だ。これも店長に聞いたんだが、なんでもそこにはなぜか池はないが、乙女路宇怒オトメロウドという乙女力じょしりょくを競う道があると」


「魔王さん、止めて下さい」

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