第22話 河

「おかえりなさいませ、市長」


 ふう、今度は本当に溺死だった。というかあの水量は反則だろ。


「セリスさん、あの女神像はどうなりましたか?」


「女神像には特に問題ないかと」


「女神像には?」


「言葉で聞かれるよりも、その目でお確かめになった方がよろしいかと」


 心なしか、セリスさんの視線が冷たい気がするんだが。


「わかりました、ちょっと外に出てきます」


「いってらっしゃいませ、市長」


 しかし、自分の目で確かめてこいか。一体どんなことになっているのやらって。


「なんじゃこりゃあ!?」


 小屋の横が川、いや河になってる!?


「あ、親分! お帰りだぞ!」


「あら、ご主人さま、おかえりなさい。またすごいものを作ったわね」


「無事であったか、我が主。しかし、力のある像だとは思ったがこれほどとはな」


「無事ではありませんでしたが、ただいまもどりました。なんというか紅さんの言うとおり、見事な河になっていますね。私もここまでのものとは思っていませんでしたよ」


 ちっぽけな小屋の横に大きな女神像と河。なんとも凄まじい景色だな。


「でもご主人さま。街作りを考えたらお水がたくさんあっても、こまらないんじゃない? ねえ、セリスちゃん」


 セリスさん? いつの間に!?


「その通りですね。ですが限度というものはあるかと思います、市長」


 ですよね。領地の半分くらいが河になっちゃってるもんな。


「それについては申し訳ありません、私もここまでとは予想していなくて」


「ですが鳳仙さまの言うとおり。今後のことを考えれば、悪いことだけではないかもしれません」


「セリス姉と鳳仙の言うとおりだぞ。この水量なら水道も下水道もできそうだぞ」


「ふむ。これだけの水量ならば、交通用の水路として街中に張り巡らせることも可能だな」


 イメージ的にはベネチアみたいな街にしろってことか? 行ったことないけど。まあ、資料くらいならいくらでも集められるか。

 荒野の中の水の都か、なかなか悪くないかもしれない。街作りといわれても漠然としすぎててイメージができなかったが、これでなんとなくのイメージはできそうかな?


「それにしても、この河の水はどこまで流れているのでしょうか?」


「さあ? 市長下流まで行ってみますか?」


「そうしたいところですが、私はそこまで泳ぐのは得意ではありませんので」


「アイテム欄に大きめの木材もあったはず。それを船変わりにしてみては?」


「板切れ一枚で河を下れと」


「何事も挑戦が大切かと」


 挑戦、挑戦かぁ。そう言われると、なんかそんな気もしないでもないが。でもなぁ、流石に板切れ一枚じゃなあ。


「流石に板切れ一枚では心許ないので、止めておきます」


「そうですか、それは残念です」


 なんでそんなに残念そうなんですかねセリスさん。落胆具合が半端ないんですけど。


「それでは今回は見送ることにするとして」


 今回はって……いつか俺に川下りをやらせるつもり全開ですね。貴女は鬼ですか?


「水質を調査した方が良いと思うのですが」


 確かに、飲み水としてつかえるのか?とか農業に使えるのかとか、色々あるな。しかし、そんなことまで気にしなきゃいけないのか。なかなか細かいところまで作り込まれてるゲームだな。


「わかりました。ですがどのように調査するのですか?」


「簡単です。市長が一口口に含んでいただければ」


「え? 私ですか?」


「はい。今この領地で一番一般の方々に近いのは市長ですし。市長が大丈夫なのであれば、これからこの領地にやって来るであろう多くの方々も大丈夫かと」


 確かに。ソフィアさん達は明らかに常識はずれの能力すぎて、参考にならなさそうだし、一プレイヤーの俺が大丈夫なら、他のプレイヤーも大丈夫な可能性は高いな。


「わかりました」


「場合によっては、死に至らないまでも対象者に何らかの不利益を及ぼす場合もあります。注意ください」


「え?」


「もちろん紅さまがおっしゃるように、女神の祝福を受けた像から出ている水ですし、そのようなことはないとは思いますが」


「ですよね」


「ですが、土に強い毒が含まれている場合も考えられます。万が一のこともありますので」


 そこまで念入りに言われると、凄く飲み辛いのですが。


「お気をつけくださいませ」


「ちなみに、その不利益とは」


「死なない程度の激痛が続く、一定時間体が動かなくなる、呪いで他の生物に姿を変えられてしまう等々です」


 ……。


「他に「お気をつけくださいませ」」


「ここは「お気をつけくださいませ」」


 く、退くことは許されないのか。ならば前に突き進むまで! 大丈夫。なんせ女神の祝福だ、何の問題もないはずだ。


「市長? 大丈夫ですか?」


「いえ、ちょっと考え事を。それよりもセリスさん。なぜ私から距離をとっているのですか?」


「市長になにかあった際の為です」


「普通近くにいるものでは?」


「なにかあった時にすぐに助けを呼べるようにです」


 なるほど。たしかに、一分一秒が事態を左右することもあるのかもしれないからな。


「それに広範囲の毒や呪いの可能性もありますので」


「そ「お気をつけくださいませ」」


 ああ、やってやるさ!何の問題もない! 水を掬って!こうだ!


「……」


 特に体調に変化はないな、他の生物に変わる様子もなさそうだ。


「特に問題ありませんでしたよ、セリスさん」


「ぷ」


 笑った!?


「それは何よりです、ぷぷ。素晴らしいお仕事でした、市長、ぷふ」


 く、まさか。またやられたのか!


「せ「親分、セリス姉、後ろだそ!」」


 後ろって、何でまた濁流が!?


「セリスさん!」


 ってあれ? いない?


「親分!!」


 おばああああああああ!

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