第2話

「姫、お下がりを!」

 男の声が聞こえるや否やシンが素早くアイナを庇い前に出る。

「気付いてからの反応速度は素晴らしい。これは不意打ちでも仕掛けた方が良かったかもしれんな」

 いつの間にそこに居たのか。

 シン達のすぐ傍に黒い甲冑に身を包んだ男が一人佇んでいた。

「そうだな、お前は最初で最後の勝利の機会を逃した」

 軽口を叩くシンだったが、内心では驚きを隠せない。

(馬鹿な。声を掛けられるまで俺が気付けなかった、だと?)

 山賊だったシンは、他者の気配に敏感だ。

 何故なら山の魔物は気配を殺し獲物を襲う術に長けている。

 気配察知の術を持たない者が気付かないまま殺される事は何ら珍しくない。

 そんな山で生まれ、ほとんどの人生を過ごしてきた筈のシンが気配に気付けなかったのだ。

(この相手に姫を守りながら戦えるか?)

 聖騎士の装備から流れてくる魔力の加護で自分が以前より強くなったのを感じるシンだが、それでも目の前の男に確実に勝てる自信はなかった。

「安心するがいい。魔王様の命は聖騎士ととなった貴様を打ち倒し、姫を攫う事。姫には一切手を出さぬと誓おう」

「敵の言う事なんか信じられるものか!」

 そんなシンの内心を見抜いたように話す男の言葉にシンは取り合わない。

「その通りだと思うが私は剣を競い合うのは好きでな。それは姫なら知っている筈だ」

「その甲冑と声。レックス騎士団長、ですね……」

 だが、アイナは思うところがあるらしく、悲しげな表情で会話に応じ始めた。

「覚えていてくれたようだな。もっとも今はダークスと名乗り魔王軍で将軍などやらせてもらっているんだが、なんだ? 思ったより驚かないというか、むしろ納得したような顔だな」

「姫様?」

 敵の言葉を肯定するのは癪だったものの、確かにアイナの顔に疑問の色はない。

「……かつて平民出ながら、その圧倒的な剣技が認められ騎士となり、最前線の砦で魔物を食い止め人を守り続けた一人の人間が居ました。その功績は素晴らしく、瞬く間に団長まで上り詰めただけでなく近い内に将軍に抜擢する事まで決まっていたのです」

 説明を求めるようなシンの視線にアイナは言葉を持って答える。

「その通り。だが、それを面白くないと思った貴族が物資の供給を遮断し、挙句の果てに魔王軍の情報を偽装した」

 補給もままならず奇襲染みた進軍を受けたのでは、どんな名将が居たとしてもひとたまりもなかった事だろう。

「それでも仲間を出来るだけ逃がし、戦死したと聞いていましたが魔王軍に降っていた、という事ですね……」

「そういう事だ。これでも姫、貴女が他の貴族とは違う事は知ってるし恨みもない。攫って来いという命ゆえ、手荒な真似はさせないでくれると嬉しいんだが――」

「姫は渡さん!」

 ダークスの言葉が終わるのも待たず、シンは切り掛かっていく。

 それはあまりに速過ぎる剣だった。

 並の剣士どころか、達人と呼ばれる程の剣の使い手さえ遥かに凌ぐ速度は、最早僅かに剣檄の光が見えるだけで、目で捉える事さえ許さない。

 絶え間ない斬撃が次々にダークスへと襲い掛かる。

「速いだけで剣が荒い!」

 だが、ダークスの剣捌きは神掛かっていた。

 文字通り目にも止まらぬ速さのシンの斬撃を時に避け、時に受け流し、直撃を許さない。

 どれだけシンが攻撃を続けようと、掠る程度で済ませてしまう。

(いけます! このままならシン様の勝ちです!)

 けれど傍で見ているアイナにも解る程、戦力差は歴然であった。

 ダークスは防御に精一杯で反撃する暇さえないのだ。

 単純な剣の腕だけを見ればシンはダークスに劣っているだろう。

 しかし伝説の装備を身に纏い、加護の魔力で身体能力が大幅に上昇した今のシンは多少の技量の差など覆す。

 このままいけばシンの勝利は確実。

 ――の筈だった。

(なんだ、この不気味な感覚は?)

 自分が押しているにも関わらず、シンの磨き抜かれた勘が警鐘を鳴らしていた。

 このまま続ければ倒されるのは自分だという確信めいた予感があった。

(何か奥の手でもあるのか?)

 事実、速度では圧倒的に上回っているのに倒し切れてないのは確か。

 長引けば何があるか解らない。

(なら、それを出させる前に決める!)

 決定打こそ入れられないものの戦いの主導権を握っているのはシンだ。

 更に剣檄の速度を増しダークスを力任せに吹き飛ばすと――

「これで終わりだ! 《》《》《》【騎士の剣閃】!」

 距離が開いた隙に自身最大の必殺技を叩き込む。

 それは膨大な魔力を剣に集中させ解き放つ、シン最大の必殺技だった。

 魔力消費が大きい上に魔力の集中に僅かな溜めを要するものの、その圧倒的なまでの破壊力は巨岩どころか鉄の塊でさえ軽く消し飛ばす程の威力を秘めている。

 もしダークスが魔力で多少防いだところで、被害は甚大。

 戦局は一気に傾くだろう。

(この技を避けられなかった時点でお前の負けだ!)

 荒れ狂う魔力の奔流がダークスを飲み込もうとして――

「掛かったな!」

 そこでダークスが会心の笑みを見せた。

「騎士の剣とは敵を倒す剣に非ず! 守りの中にこそ究極の技が宿るのだ!」

 全てを飲み込むとさえ思えたほどの魔力の奔流を自らの剣で絡めとっていくように捌いて受け流したかと思うと、威力をそのままに方向だけをダークスの方に変換して跳ね返す。

「これぞ守りの極致、【月鏡の剣】!」

 本来、ダークスを飲み込む筈だった暴力的なまでの魔力の奔流が、勢いをそのままにシンへと襲い掛かってきた。

(身体が動かない!)

 回避を試みようとするシンだったが、身体が一歩も動きそうになかった。

 それも仕方ない事だろう。

 シンが持つ技の中でも最大の威力を誇る【騎士の剣閃】だが、強力だからこそ代償もなしに使える技ではない。

 どうしても発動前と発動後に大きな隙が生まれてしまうのだ。

 そして、それは何も肉体的な事だけではない。

(駄目だ、防御に回す魔力を練っている時間もない!)

 魔力を集中して放つ性質上、暫く魔力が使えなくなるのだ。

 今のシンは伝説の鎧に身を包んでこそいるが、丸裸も同然であった。

(ここで死ぬのか?)

 やけにゆっくりと感じる時の中、跳ね返された魔力の奔流がシンの命の火を散らそうと迫りくる。

「シン様、危ない!」

 その時だ。

 アイナの叫び声が聞こえたかと思うと、シンに衝撃が走り身体が吹き飛んだ。

「っ姫様!」

 それがアイナに突き飛ばされたのだと気付いて、振り向いた瞬間だった。

「――」

 にっこりと。

 言葉一つ発する事なく、本当に幸せそうに微笑むアイナの顔がシンの目に映る。

 直後、アイナの身体が魔力の奔流に呑み込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る