姫と騎士

早見ロキ

第1話

「準備はいいですか、シン様」

 アイナ姫の声が祭壇の前に響き渡る。

 ここは王家の遺跡の奥地。

 かつて魔王を倒した聖騎士が使っていた伝説の装備が封印されている祭壇だ。

 姫であるアイナは次代の聖騎士候補であるシンに装備を託す為、この地に訪れていたのだ。

「本当に俺でいいのか?」

 しかし、アイナ姫の声に答えるシンは迷いを捨てきれずにいた。

「ええ。聖騎士に相応しいのはシン様しか居ません。自信を持って下さい」

「だが、俺は平民どころか山賊だ。もし装備が闇に染まれば――」

 というのも、この装備は持ち主の心に反応し光にも闇にも染まると言われており、もしシンが装着して装備が闇に染まった場合、アイナは王家の秘術をもってシンを殺さなければならない。

 その命と引き換えに。

 それが聖騎士を選ぶ者の使命だった。

「俺を選んでくれたのは感謝している。だが――」

「いいったらいいんです! シン様以上に聖騎士に相応しい人なんて居ません!」

 煮え切らない態度のシンにアイナは突然、ぷくーっと頬を膨らませると駄々でも捏ねるように叫び始める。

「ちょっ、姫様?」

 かと思うと戸惑うシンをアイナは無視して祭壇の前に立たせて――

「かの地に眠りし英霊達よ、子孫であるアイナの声に応え、この者に聖魔の武具を与えたまえ!」

 シンの了承を得ないまま、伝説の装備を呼び出し始めた。

 はたして。

 その言葉に応えるようにシンの身体が光に包まれ見えなくなったのは一瞬。

 光が消え姿を表したシンの手には光り輝く大剣が握られ、全身はまるで水晶か宝石ででも作られたかのような煌びやかな鎧に包み込まれていた。

「姫様、これは――」

 山賊であった自分が光の装備に選ばれる可能性は低いと考えていたらしく、信じられない想いで自分の姿を眺めるシン。

「ほら見た事ですか!」

 だが、そんなシンの戸惑いなど吹き飛ばすような勢いで姫の歓喜の声が響き渡る。

「なーにが下賤の血だの平民以下の山賊ですか。血筋以外誇るものもない馬鹿大臣と阿呆神官、シン様の価値すら微塵も解らない愚か者は貴方達の方でしたね、ざまあみろです!」

 ついでに怨嗟のような声までまき散らす。

「それにしてもなんて神々しい御姿。これには天使どころか神だって平伏してもおかしくありません! ああ、でも野性味と逞しさを秘めたシン様なら闇の装備だって完璧に着こなした筈!」

 おまけとばかりに「闇に呑まれたシン様に襲い掛かられる、凄くありです!」なんて付け加えると、くねくねと身をよじらせ始めた。

「姫様?」

 闇の方になってたらお互い死なないといけないのでは?

 なんて突っ込みすら忘れて、姫の肩に恐る恐る手を伸ばすシンだが――

「い、いけません。その嫌という訳じゃなくてむしろ待ちわび過ぎて寂しかったまでありますが、せめて服は破かないで……いえ、そこまで我慢出来ないくらい私を求めてくれるのは嬉しいというかその激しさこそツボでウェルカムなのですが――」

 どうやらアイナは現実と妄想が混ざっているらしく、近付いてくるシン相手に余計興奮していくばかり。

「あの、姫様?」

 これにはシンも精神的どころか物理的にも引き、伸ばした手を引っ込めて冷めた視線を向けるしかない。

「……失礼、少々取り乱しました」

 さすがにシンの引いた視線はアイナには堪えたようだった。

 コホンと軽く咳ばらいをして気を持ち直す。

(少々? いや、うん。姫様が言うなら些細な事だな)

 色々突っ込みたい言葉があったような気がしたシンだったが、その全てを忘れる事にした。

 それは決して優しさという訳ではなく、単に見なかった事にしたいという願望からくるものだったが、それこそ些細な事。 

「早く帰って大臣達に見せ付けてあげましょう。本当に高貴で偉大な人間が誰だったのかを」

 目的を達した以上、もうこの場所に留まる意味もなく、それ以上にシンを馬鹿にした大臣達を見返してやろうと意気揚々と帰りを促すアイナ。

「残念ながらそれは出来ない相談だ」

 しかし、そんなアイナに冷や水でも掛けるように不意に男の声が届くのだった。

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