第3章 商業都市ベモジィ

第1話 街道を行く

 商業都市ベモジィは、エラム帝国最西端である港湾都市モヘレブから南東の方向にある。モヘレブから帝国中央部に伸びるドエ街道をまっすぐに馬車で五日間行き、エラム帝国を東西に結ぶセズトン大街道を道なりに十日間ほど進んだ場所だ。帝国の東西を結ぶセズトン大街道と、南北を結ぶトワイト大街道、それに加えて、エヒャ、ベセムアイの二つの街道を繋ぐ交通の要所であり、首都ガパに次ぐ帝国第二の都市とされている。

 帝国を縦横無尽に走る街道の中継地であることに加え、街の中央にはロムガ河が流れている。エラム帝国中から陸路を通って集められた物資は、川下の方にある首都ガパへと運ばれていた。


 西の交易の拠点であるモヘレブとベモジィを結ぶドエ街道からセズトン大街道は、人や馬車などがひっきりなしに行き交い、たいそうな賑わいを見せていた。車が行き交う時の威勢の良い挨拶の声や、露天商の客引きや物乞いの声、パカパカいう馬の蹄鉄の音、馬車の車輪がきしむ音や、奴隷が鎖を引き摺る音などが、荷馬車の幌の中にいるナギル・ルルーシュの耳にも届いていた。

 モヘレブを出立する前日、ナギルたちは、太守ヒドーサ・ワゼギムから通行手形をもらい、二頭立ての木製の荷馬車を借りていた。黒毛の牝馬ドゥーニアに跨り、黒いフードで全身を覆ったサレハ・イスマーンが荷馬車の前を歩いて誘導している。御者台にはクレメンテ・ドゥーニが立ち、その横にジル・イルハムが腰掛けている。ナギルとジャファル・クルスームが、幌の中で周囲の音に耳を澄ましながら、胡坐をかいて座っていた。

 旅の初めの頃は夜の帳が下りると、サレハとジャファルは宿を探したが、ナギルが野宿で構わないと言ったため、それからは馬車を止め、交代で火と馬の番をしながら過ごした。

 ベモジィまでの旅の途中、ナギルたち一行は一度盗賊に襲われた。盗賊に襲われたのはドエ街道でモヘレブを出て三日目の夜の出来事だった。街からも関所からも遠く治安が行き届いていない場所で野宿していたのが狙われたようだった。


「命が惜しいなら金目の物を置いて行きな」


 それは静かな月の美しい晩だった。月の光の下、半月刀の刃をキラキラとひらめかせながら盗賊たちが、薪の番をしていたサレハとジャファルに声を掛けてきた。


「……金目のものはない」


 サレハがいつものように言葉少なに答える。七人ほどになろうか。銘々に武器をちらつかせて凄んでいた盗賊たちは怯えも驚きもしない二人に困ってしまって言葉を詰まらせながら啖呵を切った。


「……そ、それじゃあその馬を置いて行ってもらおうじゃないか!」


 主人が自分のことを話しているのが分かるのか、ドゥーニアがブルルと息を吐き、首を振った。


「断る」


 サレハが地面に置いてあった長槍に右手を掛け立ち上がった。


「……や、やろうっていうのか!?……そいつぁ面白――」


 瞬間、先鋒を務めているのであろう口数の多い盗賊の言葉が詰まる。


「自分が死ぬのが面白いのか?」


 盗賊の話す言葉が終わらないうちに、サレハが持っていた槍の切っ先を先鋒の男の喉元に突き付けずんずんと歩き出した。槍を突きつけられた男も勢いずんずんと一歩ずつ後ろに後退する。盗賊仲間が邪魔にならないように左右に散り散りになった。


「……い、いや……た、助けて――――――っ!!!」


 先鋒を務める盗賊が遂に足元にあった小石に気づかず足を取られて後ろにつんのめって倒れた。サレハが手出しする前に、勝手に転んだ。


「……きつ!貴様―――!!!……よっ!よくもヨゾを!!!」


 盗賊たちの一番後方にいたリーダー格らしい熊の革で作った服を着てフレイルを持った男が叫んだ。


「お前ら!やれ!!!やれぇぇぇぇぇ!!!」


「……へ、へい……お頭……!」


 突然頭に無茶振りをされ、残りの盗賊たち五人がへっぴり腰になりながら、サレハとジャファルを取り囲む。


「オレたちの方が人数は多いんだ!!!降参するなら今のうちだぞ!!!」


「悪いがそれはできない。……お前たちが去れ。去るならオレたちは手出しはしない」


 サレハが両手に槍を構えるのの横で座っていたジャファルだったが、本格的な戦闘になりそうなのを見て取って、面倒くさそうに鉄扇を片手に立ち上がった。


「そんなに馬が大事なら、あっちの……ばっ、馬車馬でもいいんだぞ」


「それもダメだ。……仲間を乗せなくてはならない大事な馬車を引く馬だ」


「……なっ、仲間がいるのか!!!」


 盗賊の頭は下調べすらしていなかったのか、目の球をひん剥いて驚いたように叫んだ。


「そうだ。だから静かにしてくれ……仲間が起きる」


 仲間がいると知った盗賊たちは血相を変え、互いの顔を見合わせ、最後に一斉に頭の方を見た。明らかに襲撃するグループの選択を誤ったことに気づいたようだ。


「……お、お前たちがそんなに……仲間を起こしてまでオレたちに命乞いするというのなら、逃がしてやらんでもない」


 サレハは盗賊の頭の顔を怪訝な顔で見ていた。隣でジャファルがくすくすと笑いだしそうなのを堪えながら、ほとんど棒読みで言った。


「ああ、はい。どうか今回ばかりは見逃してください」


「……ふ、ふん!いいだろう!!!今夜はこのぐらいにしてやろう!!!オレたちが心優しい盗賊でお前たち、命拾いしたな!!!……行くぞ!!!」


――こういった具合のことがあっただけで、暗殺者アサシンに狙われることもなく、モヘレブからベモジィへの道中は平和なものだった。これは暗殺者たちがまだ、ナギル・ルルーシュがベモジィへ向かっているということを突き止められていないということでもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る