4 旅人と二人



 分かれ道の真ん中に立った旅人が振り返った。

 薄汚れた服は何色かわからないほどに色褪せ、その端からは切れ切れに糸が出ている。見れば、どこにも武具の類いを持っていない。両足の膝から下と、先ほど化け物をつかんだ両腕に、分厚く布切れを巻き付けてあるだけだ。


 旅人は虫明かり以上に儚げな白桃色の光を、頭の覆いにしている古布の端を掛けた左肩へとのせていた。

 ほの白い明かりは光を蓄える野の花、蓄光花だ。一昼夜は光り続けるが、これ以上ないほどの薄明かりである花一輪で、あの見るからに足場の悪い道と闇の中を進んでくるなど、従者には信じ難かった。

 腹をすかせた大ヤモリが追って来ないか気になって、従者の少年が奈落へ振り返ると、旅人は言った。


「そっちは、ぐるりと回って地上へ出る。そこも違う入り口へたどり着くのか。では、こちらだ」


 王女と従者は自分たちがやって来たほうへと目を向けた。当然ながら日の光は、もう見えない。旅人がこちらと言った分かれ道の先を見やり、王女は従者へひとつうなずいた。

 振いもしない剣をまだ握っている二人へと、旅人は宣告した。


「いまからでも戻っては? さっきの調子では王様を助ける前に、君らの最期が来る」


 坑道の反響を通じて、先ほどの会話を聞いていたらしい。旅人の失礼な言いようにも驚き、王女が音を立てて息を吸った。

 貴人としては無作法になるのだが、従者は良しとした。息を飲んだだけでそのまま怒鳴ったりしなかったのは、一国の王女としての立場が感情をあらわにしないようにと怒りを制したからだろう。

 王女は努めてゆっくりと、吐く息を静かな声に変え、おごそかに言い返した。


「あなたこそ引き返すべきでは? 鉱石の品定めをするには、ここはいま物騒ですし、戦利品拾いにしては時期尚早というものです」


 こんな時に地下へとやって来るのは、くず石から宝石の原石を探し、かすめ取ろうという小ざかしい盗人か、兵士の遺品を横取ろうという罰あたりかなにかに決まっている。

 王女と従者に泥棒だと疑われているとは思いもせず、旅人は肩にのせた光の花へと顔を向けるように、小さく首をひねった。淡い明りに、ろう細工にも見える白い顔をさらして、旅人は二人に聞く。


「赤玉の王とは何者か、君らは知っているのか? 姿を見たことは?」


 旅人が原石でなく、あの悪魔を探しているとは思いもしなかったせいで、王女はついに声を荒げてしまった。


「あなたは何をするつもりなのです! 異形の者と何の関係が? 答えなさい!」


「関係? それは聞いてみないと、わからない」


 そう言って分かれ道の先へと歩み出した旅人は、距離を取り後ろを付いてくる王女と従者へ、続けて答えた。


「探しているだけだ、赤い石を。玉とは宝石のことも言うのだろ? 赤い石も宝石かもしれない。それでここへ来た。赤い石を知っているかと、たずねに」


 王女は旅人の背へ、盛大にため息を吐きかけた。かなりの無作法だが、こういう時にそれをたしなめたとして、従者に良いことはない。自分も旅人と同じに呆れられるだけだと、賢明な従者は口出しを避けた。

 従者が思った通りに「呆れた」と一言、王女から投げやりな言葉が出、それへ説教が続く。


「あなたこそ、赤玉の王が何者か、わかっているのですか? 異形の怪物に人家を襲わせ、強奪に人殺し、あらん限りの暴虐を働く大悪党ですよ。あなたはさっさと、ここから出ていくべきだわ。あの悪魔は、ものをたずねに行くような相手ではありません、決して!」


 王女は剣を鞘へと収めつつ、旅人を諭す。従者も王女にならって、剣を腰へと戻した。盗人でないなら警戒するほどもないと判断した主だが、前を歩く旅人のことは、こんな時に現れるなど、はた迷惑なやつだと思っておいでのことだろう。

 そんな気も知らずに旅人が、もう一度、王女へ聞く。


「それを知っていても君らが引き返さないのは、なぜ?」


「帰るわけがないでしょう! あなたと違って私は命を賭けているのです、この戦いに! 異形の者を、赤玉の王を打ち倒さないかぎり、私は太陽のもとには戻りません」


 王女の答えにはいら立ちや焦りや、それらのせいで上手く言い表せない、高ぶった感情があらわになっていた。それを聞いて顔を曇らせた従者へと、わざわざ身をひねって振り返り、旅人はたずねた。


「君は? 戻りたいのでは? この人のように、死にたいようには思えない」


 地の底から足首でもひっつかまれたかのようにして、唐突に歩みが止まる。思わず立ち止まってしまった従者の少年は、すぐに首を大きく振って答えた。


「縁起でもないことを! 戻りませんよ、王女様の御供ですから!」


 迷いが気づかれないようにと笑みを作り、従者の少年は居もしない地獄の亡者の手から逃れ、早足で前の二人を追った。

 王女が気遣わしげにやっていた目を前へと戻す。虫明りに背を照らされた旅人は、もう後ろの二人に振り返ることもなく、闇に浮かびあがる道の先を、ただ目指していた。




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