彼らから学ぶことができないならばもう一つの、競争の概念を伝えるのに集中すべきだろう。


 しかし、そちらの方がはるかに難しそうだった。


 そもそも彼らには欲がない。


 ここでは欲しい物は大半が簡単に手に入る。


 仕事もしなくてもいいし、してもいい。


 功名心も薄く、研究して新たな発見をしたいとの好奇心はあっても、そうして名を残したいという願望はない。というか、彼らの墓にはその故人についての事細かな記録が記載されており、制限なく誰のものでも閲覧できた。なので名を遺す意味は薄かった。


 因みに、一番閲覧された回数が多いのが蚊だそうだ。


 研究の一環として運動して体を鍛えているものもいるが、肉体の限界を知りたいだけで順位だと競争新記録だとかにもあまり興味がなさそうだった。


 そんな彼らに、競争を教えるのは、難しいだろう。


 それでもと思い、挑戦してみる。


 悪意がなく、説明しやすく、単純でわかりやすいゲーム、真っ先に思いついたのは神経衰弱だった。


 試しに紹介したのだが、五十二枚の絵柄を暗記する程度のこと、彼らにとっては一桁の数字を暗記する程度の難易度でしかなく、合わせようとすると膨大な数のカードが必要になるので止めた。


 七並べやババ抜きは共同作業だった。


 ポーカーやブラックジャックのような手札を隠すゲームには震え出した。


 トランプは無理のようだった。


 そこで今度は、ベタにリバーシ―を取り出した。


 八×八のマス目に白と黒のコイン同色に挟まれた相手コインはひっくり返り、最終的に表の多い色の勝ち、というおなじみのルールを彼らに解説する。


 …………意外にも、ものすごく食いついてきた。


 彼らにマスメディアはないが口コミはあり、そのせいか惑星全土に広がる大ブームとなった、らしい。


 全体を見渡せるマスメディアが存在しないため、実感はわかないが、新しい彼らに会う毎に握手とオセロの話題が出るようになったから、影響は小さくないのだろう。


 第一歩、踏み出せたようだ。


 やっと一仕事、できた。


 満足して一日過ごし、寝る前に彼らから中間報告があった。


 まだ全てを解き終わった訳ではないが、現状では後攻が多くなる予測だそうだ。


 彼らは、リバーシーをどちらが勝つかのゲームではなく、どちらが有利かを求める問題だと捉えていたようだ。


 ……やはり、こちらの方がはるかに難しそうだった。

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