第106話 さらにヤバそうなのが追加されたんですけど!

 俺たちはイカの居る場から騎士たちが待機している砂浜に向かっている。


 入り江の出口から、騎士や漁師たちが待機している砂浜の海岸線迄1500mほどはあるだろう。それほど大きな入り江なのに入り江の出口は極端に狭く、その周辺は岩礁帯の磯になっているために波消しの効果も大きく、天然の港に使われているみたいだ。


『♪ マスター、ちなみにこの入り江は波の浸食によって出来たものではなく、隕石の落下によって出来たクレーターです。……という設定のようです……』


『設定かよ!』


 まぁ、この世界は創造神によって日本のラノベやMMOなどのゲームを参考に突如創り出された比較的新しい世界だそうなので、『そういうものなんだ』と考えるしかないだろう。


『あ~、でも隕石跡地ならこの変な地形も納得できる。元々あった陸地が円形状にえぐられたらこうなるかもしれない。海側から陸地側に少し斜めに突入したって感じかな?』


 その時、ドレイク部隊が到着して騎士たちと合流したようだ。フル装備の騎士が乗ったドレイクが14騎もいる。こりゃディアナの出番はないかもしれないな。


 この海塩都市はフォレル王国の中で最も重要度が高い場所だ。ドレイクを常時これくらい揃えていることからも、この地の重要度が伺える。





『あるじっ! こ奴ら、妾の獲物を横取りする気じゃぞ!』

「いや、俺たちの方が後から来たんだからな! 威圧すんのやめろって!」


 ディアナはあっという間に砂浜に到着して、上空からドレイクたちに「グルゥゥウゥゥッ」と小さな唸り声をあげて威嚇しているのだ。


 もうそれはそれは可哀想になるくらいドレイクたちはプルプル震えて脅えている。


 俺は【フロート】の魔法を使いディアナから飛び降り、一際豪華なハーフプレートアーマーの騎士の前に降り立つ。


「ルーク殿下とお見受けいたす。わたくしはこの海都を治める領主、パイポ・D・アルペンハイムと申す。非常時故、無作法をお許し下され」


 王族に対し帯剣したまま片膝をつかず、礼を欠いていることを詫びてきた。


「ヴォルグ王国第三王子のルークです。緊急時故お気になさらないでください。こちらこそ正規のルート外からの訪問をお許しください」


 双方の非礼を詫びて固い握手をする。


「ディアナっ! いい加減威圧を止めないかっ! 失礼だろ!」


 未だに上空から「グルグル」と小さく唸り声をあげているディアナを叱る。


「ルーク殿下、古竜様の気に障るようなことを我々が何かしてしまったのでしょうか?」


「いえ違うのです。どうやらあのイカの魔獣はディアナの好物のようでして……ドレイクたちに先を越されて食べられないかと心配しているみたいなのです……申し訳ない」


「エッ⁉ あのS級魔獣をただの餌扱いなのですか⁉」

「ええ、古竜種にとって、あれは旨い『食材』でしかないようです。そこで相談なのですが、あのイカの魔獣――」


 その時、砂浜の高見櫓の上から【拡声】の魔法を使った声が上がった。


「領主様っ! 新たな魔獣が! 【テンタクルズ】と【クラーケン】が外海で戦闘を始めました! 高波が来ますので砂浜から退避してください!」


「何だと! 【テンタクルズ】はひょっとしたらもう1匹いるかもとは考えていたが、【クラーケン】まで現れるとは。退避! 全員退避だっ! 防壁の中に全員逃げろっ! 殿下も急いで避難してください!」


 領主であるパイポさんの決断は速かった。


 どうもこの時期に現れるイカの魔獣は番(つがい)で居ることが多いのだそうだ。


 イカはこの時期に海岸線にやってきて海藻や岩礁に卵を産み付ける習性がある。だから雄と雌の番で居る場合が多いとのこと。今回はそこに血の臭いで寄ってきたS級魔獣の【クラーケン】が加わってしまい、ちょっと手を余すようだ。



 広い砂浜と街の間には、高さ50mほどの大きな防壁がある。この壁は海からの魔獣の防壁になるのは勿論、高波から守る防波堤の役割も兼ねている。


 壁の厚みも10mほど在り、壁の上にはバリスタなどが幾つも並べられていて弓兵や魔法兵も沢山いるようだ。


「ルーク殿下、我々だけで対処するつもりでしたが、古竜様にも御助力していただけないだろうか?」


「勿論そのつもりです。むしろ邪魔になるので、他の竜騎士たちはディアナに近寄らないでください」

「それは……何もしないのは、この地を守る領主として存在価値が……」


 辺境伯という地位は世襲制の固定職ではない。魔獣や隣国から守るという戦闘力が必要になる最前線の地に赴くことが多い役職だ。ましてこの地は隣国の沿岸国と常に緊張下にある土地なのだ。


 他国の王子に全て任せてしまうというのは、辺境伯のパイポさんからすれば容認できないのだろう。


「う~~ん、アルペンハイム辺境伯の仰ることは分かるのですが……とりあえず城壁の上に移動しましょう」


 数分後には小舟で待機していた騎士や漁師たちも防壁内に無事逃げ込んだようだ。




 防壁の上から見るS級魔獣同士の戦闘は凄いの一言に尽きる。

 2匹が暴れる度に白波が立ち、結構離れているのに「バリバリッ」という放電音や「ドンッ」という強い打撃音がここまで聞こえてくる。


 俺は外海で戦闘をしている魔獣を観察しつつ、ある人にコールする。ちなみにララやアンナたちも今はディアナから降り、俺の横で口をあんぐり開けて観戦中だ。


「ゼノ国王、今お時間宜しいですか?」

『ルーク君……何やってんの? 俺、今君のために頑張って外交調整やってるのに……ガイルの娘の友人も連れ去ったんだって? あいつ凄く怒ってたよ? で? 海塩都市まで行ってS級魔獣と戦闘させろって?』


「つ、連れ去ってないですよ! 言い方! それと、あれ狩って喰わせないとディアナがめっちゃ拗ねそうなんですよ。どうもあのイカとタコはディアナの好物らしくて……俺の横で口から涎垂らして見つめています」 


『古竜様が? イカとタコって君はさらっと言うけど、相手はS級魔獣なんでしょ? 危険はないのかい?』

「どうも餌としてしか見ていないようで、ディアナの涎が酷いです……」


 ディアナは竜の姿のままで俺の傍で居るが、時々涎が俺に落ちてくるのだ。何度かディアナの周囲を【クリーン】で綺麗にして対処している状態だ。



『君に危険な事はさせたくないのだけど?』

「でも、それだと狩りが好きなディアナが拗ねますよ?」


『う~ん、仕方がないか……じゃあ、辺境伯のドレイク部隊と一緒に――』

「ディアナが戦闘の邪魔になるからダメって言ってます。ディアナの【暗黒炎ブレス】に当たったら骨も残らないとか言ってますよ」


『え~~っ……う~~ん……』

『お主らいつまでグダグダ言っておるのじゃ! 【メガロドン】や【シーサーペント】が相手じゃあるまいし、あやつらの腹が満たされて、おらんようになったら許さぬぞ!』


「いやいや、それってトリプルSランクの魔獣じゃん! 流石に狩りたいとか言われてもSSS魔獣を相手にするのは嫌だからね!」


 ディアナのこの言葉でゼノさんから渋々許可が出た。但し、暗部AちゃんとBさんも連れて行くのが最低条件とされた。居ても居なくてもあんま意味ないけどね。





 入り江の中のイカは未だ食事中だが、岩礁の外の外海ではイカとタコが暴れている。その余波が砂浜に押し寄せているが、今のところ被害はなさそうだ。


 だが、あれらが湾内に入ってきて暴れたら、直接高波が起こるため、砂浜に建設された製塩所の施設は壊れてしまうだろう。



 俺はパーティ編成でイリス・アンナ・ララ・ダリアちゃんの4名を加える。暗部のAさんBさんと騎士2名は組み込まない。ナビーには俺だけの単独にしろと言われたが、防壁の上でお留守番しているイリスやララにもS級魔獣の経験値を分けてあげたかったのだ。


 邪神討伐を控えている俺は、ナビーの言う通り単独で経験値を得た方が良いとは思ったのだが、アンナも来年学園入学だし、ダリアちゃんはララの学園での従者候補らしいので、ララとあまり差が開かないようにしてあげたいと最終的に考えて判断した。イリスはひょっとしたらレベルが30に達し、上級魔法が使えるようになるかもしれないしね。


『♪ マスター、どうもマスターのパーティー内経験値分配範囲はこの世界の者たちと違うようですね』


 普通は目視できる範囲の4・5㎞なのだそうだが、俺は現状1㎞で分配範囲が途切れたそうだ。防壁から飛び立ってすぐにナビーからそう報告がきた。


『何で俺だけ効果範囲狭いの⁉』

『♪ おそらく女神様から転生時に特別に頂いた【周辺探索】の影響ですね。熟練度を2つ上げてみてください』


 そういえば現状レベル1で、探索範囲は1㎞だった。街中では十分有用な範囲だったのでレベルはそのままにしていた。


 【周辺探索】の熟練度を2つ上げると、効果範囲は3㎞になり、パーティ認識有効範囲も3㎞に広がった。これで防壁にお留守番しているイリスたちにも経験値が分配されるだろう。


 一般的な効果範囲は4・5㎞なのだと考えたら、俺の場合は熟練度さえあげれば10㎞まで効果範囲を伸ばせるそうなので規格外的に有用そうだ。




「さあディアナ、狩りの時間だ!」

『うむっ! 主様との狩りじゃ、嬉しいのぅ!』



 とりあえず湾内に入ってきているイカの上空に来てみた。

 4・5mほどありそうな大きなマグロの頭部付近が齧られているために血が流れ、その血に誘われサメが寄ってきたのか、イカの周りに背びれがいくつも見え隠れしている。


 S級魔獣相手に、レベルの低い俺が無謀に挑むにはちゃんと訳がある。最終的にディアナが何とかしてくれるだろうという楽観的な考えもあるが、あいつらタコとイカには致命的な急所があるのだ。


 勿論この世界の漁師たちも知っていてそこを狙って攻撃するが、そう簡単にいかないからS級の魔獣と判定されている。



『ナビー昨晩頼んでいたモノでいけそうか?』

『♪ サイズ的に無理ですので、新たに大型化して作りました。今のところ本体を2つ、飛ばす銛は4本出来ています。銛は順次作製していますので出し渋ることなくお使いください』


 昨晩ナビー工房に2つの品を頼んでいたのだが、1つは【ファッションドレッサー】と名付けた変装用の魔道具。もう1つがマグロを狩るための銛を飛ばす魔道具だ。この海塩都市への遊覧遠征は、昨晩から考えていた計画的なものなのだ。


 だって大きなクロマグロが、この時期に湧く小魚を追って岬付近に寄って来ているってナビーが言うんだもん!


 そのマグロを狩るために作ったのは木刀サイズの太さの銛だが、このイカを狩るには小さ過ぎるとのことで、長さが3mもある銛を新たに作ってくれたようだ。


 銛を飛ばすエネルギーは火薬ではなく圧縮空気にした。いわゆる空気銃的な原理のやつだ。ナビーに火薬武器の製造は禁止してある。魔力のない一般人でも使える火薬武器は絶対ダメだよね。


 この魔道具は、2mちょっとある金属筒に3mの銛をセットし、底部で空気を圧縮した【エアロラボール】を炸裂させる簡単な魔道具だ。急激に内部圧が高まり、銛が空気圧によって勢いよく射出されるという原理だ。


『ナビー、これ、超重いんだけど……』


 【身体強化】のレベルを上げて、筋トレを毎日していなかったら持てなかったかもしれない。


『♪ ミスリルの純度を増やせば軽量化は可能ですが、それでは大赤字になりますよ』


 撃った銛を回収できなければ大赤字になると言われたら我慢するしかない。


 銛にミスリルを混ぜたのには訳がある。錆止めの効果もあるが、そんなことよりも先端部に【刺突強化】と【切断強化】の付与を付けるためだ。マグロ相手ならこの付与強化は必要がないのだが相手はS級魔獣だ。特に【クラーケン】は筋肉の塊だし、更に【刺突耐性】がある為に普通の銛では刺さらない可能性が高い。



「ディアナ、あのイカとの戦闘時に何か注意することはあるか?」

『そうじゃの、主様はヨワヨワじゃからあまり近づかん方が良かろう。イカには2本特別長い腕があっての、あれの先はトラバサミのようなギザギザ付いており、強い雷を流してくる。あのギザギザに吸い付かれると主様では一溜まりもないじゃろうの』


 このイカ、電気を流してくるのか。特別長い腕ってのは多分触腕のことだね。そういえば外海で戦闘中の少し離れた所からバチバチ放電音が聞こえてくる。


 マグロを捕食中のイカをよく観察する。イカは海面近くに浮いており、見た目はソデイカやアオリイカに近い。色は岩礁に擬態しているのか黒と白、黄土色のまだら模様をしている。ディアナが言っている触腕部分は、マグロに絡ませているために現在あまり脅威はなさそうだ。


「いつもどうやって狩ってたんだ?」

『妾だけの時は目の間に暗黒ブレスを吐いて終いじゃ。まあ1/3ほどダメになるがの……』


「それは勿体ない。足の部分も美味しいらしいし、これを使って上手く狩らないとね」

「それなに……?」


 暗部Aちゃんが、俺が脇に抱えて持っているロケットランチャーみたいな砲筒銛を指して聞いてきた。


「これは銛を射出する魔道具だよ」

「でも、S級魔獣には普通の銛や矢は刺さらない……」


「この銛の先端はミスリルが使われていて【刺突強化】が付与されてるし、刃の部分には【切断強化】が付いている武器なので、多分あいつにも効くんじゃないかな」


「ミスリル武器! 凄い!」


 この暗部Aちゃん、なんか可愛い。


『♪ はぁ~、これじゃゼノの思惑通りじゃないですか』

『いや、そういう嫁や彼女にしたいとかじゃないからね! って、この娘にゼノさんの思惑がなんかあるの?』


 早く撃って見せてと言わんばかりに目をキラキラさせている暗部Aちゃんを見つつナビーに聞くが、例のごとく今は戦闘に集中しろと誤魔化された。


 まあ良いけどね!

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