第107話 S級魔獣より、俺はマグロが欲しいのです

 銛の威力は使ってみないことには分からない。インベントリの工房内でアバターたちが何度も試射はしてくれているが、魔獣の防御力や水の抵抗で威力がどれほど落ちるかの検証がなされていない為、『ぶっつけ本番』だと言ってもいいだろう。


『♪ マスター、捕食中で動きのない真下の個体にとりあえず一発撃ってみてください。威力が足りないようであれば、都度強化いたします』


 ミスリルの純度を上げたり、付与魔法の強化や込める圧縮魔法の威力も使っている魔石の質を上げることで更に威力増強が可能なのだそうだ。


『分かった。そういえばこの魔道武器なんて名前にしよう。品名がないのはやっぱ不便だよね』


『♪ マスターが決めれば宜しいですが、ネーミングは後でよろしくないですか? 早くしないと外海で戦闘中の魔獣が負傷でどんどん痛みますよ?』


 確かにそうだ……凄い戦闘音がしているのだから、美味しい部分が負傷して痛んでいるかもしれない。それにどちらかが倒されて、経験値が得られなくなるのも惜しい。


 まあ、適当に仮名称でもつけておくか。


 この銛の発想は『捕鯨砲』が元になっている。火薬で飛ばすか、魔法の圧縮空気で飛ばすかの違いはあるが、イメージは正にあれだ。なので『捕烏賊砲』で良いか。


『♪ ダサッ……』


 ナビーがぼそっとダサいって言った!


『♪ だって捕鯨砲(ほげいほう)はなんかゴロが良く発音の響きはカッコいいですが、捕烏賊砲(ほいかほう)はなんかゴロが良くないというか……』


『主様よ! 何をグダグダとやっておるのじゃ! はようせぬのなら妾が狩ってしまうぞ!』


 焦れたディアナに怒られた。


「ごめん。すぐ撃ち込むから」


 射撃の射線上にディアナの体が被さらない位置に移動してもらい、イカの上空10mの位置についてもらう。筒の底部に埋め込んでいる風の魔石に魔力を込めた後、イカの目の間を狙ってトリガーを弾いた。


 パシュッという発射音とともに強い反動があったが、ほぼ狙った部分に命中。一瞬で右半分が真っ白に変色した。驚くほど綺麗に真っぷたつに半分だけ変色したのだ。


『♪ マスター、生き締めは半分成功ですが、左片側はまだ生きています。逃走しようとしていますので次射急いでください』


 【インベントリ】に銛のなくなった砲身を仕舞い、新たな装填済みの捕烏賊砲を取り出す。この交換の間にさっき収納した空の砲身にアバターたちが銛を装填してくれるので、装填に時間を取られることなく連射が可能になる。


「ディアナ、外したくないので5mの距離まで詰めて!」


 さっきの位置よりほんの少し左側に撃ち込んでみる。左半分も一瞬で白く変色し、生き締めが成功したようだ。


「凄い……」


 後ろから声がしたので振り返ると、暗部Aちゃんが目をキラキラさせて捕烏賊砲をじ~っと見ていた。



『あっ! 主様よ、サメどもが妾のイカを喰おうと寄ってきたぞ!』


 イカが死んだのが分かったのかどうかは分からないが、マジでサメが狙ってやがる! 俺は海面から出ている数匹のサメの背びれに雷魔法の【サンダラスピア】を撃ち込んだ。


「ディアナ高度を下げてイカが沈む前に【亜空間倉庫】に!」

『了解じゃ!』


 すぐにディアナが回収してくれて、サメに齧られずに済んだ。


『ん? 流石に一匹で空きがもう少なくなってしもうたの……』


 どうやらイカの食べかけの大きなマグロも一緒に【亜空間倉庫】に入ってしまい、容量に余裕がないようだ。ちなみに銛は突き抜けたのか、2本ともイカには刺さっていなかったそうだ。


「あ~っ! 俺が倒したサメの魔獣を、今度はシャチの魔獣が横取りしやがった!」


 さっきまで湾の隅っこに脅えて隠れていたシャチたちが、俺の電撃魔法を喰らって浮いているサメを襲いだしたのだ。


 どうやら死んでしまったサメは喰っているが、生きているサメは脅して湾内から追い出しているみたいだ。


『♪ このシャチたちは、あまり湾内を血で汚さないよう躾けられているようです。砂浜で製塩をしているからでしょうね』


 賢い! まあそういうことならサメはご褒美にシャチたちにあげるとするか。


 その時、俺の胸元から顔だけ出していたハティがなにやら魔法を発動した。


「なんだ? ナビー、ハティがなんかしたぞ?」

『♪ シャチに回復魔法を掛けてあげたようですね。サメの背びれは鋭利な刃物のようになっているようで、負傷したシャチに気付いたハティは回復魔法を掛けてあげたようです。何気にこの子、ずいぶんレベルが上がっていますよ』


 シャチの一匹が海面から顔を出してこっちを見ている。ハティに回復してもらったシャチかな?


「サメは喰っていいぞ。あ、そうだ。この銛が底に沈んでないか? 可能なら取ってきて欲しいんだけど……」


 テイムされた従魔は賢いようなので、ひょっとしたらと一縷の望みを持って言ってみた。じっとこっちを見ていたシャチが潜ったと思ったらすぐに銛を1本咥えて出てきた。


「お前賢いな! ありがとう! もう1本ないか?」


 ディアナに海面ギリギリまで降下してもらい、咥えている銛を受け取った。すぐに潜ってもう1本回収してきてくれた。


『♪ 本当に賢いですね。マスター、御褒美をあげてください。シャチの魔獣は魚類ではなく哺乳類に属するので、魚をあげるよりオークやホーンラビットのお肉の方が喜びますよ。ちなみにあのシャチの魔獣名の総称は「タイガーフィッシュ」と言われています』


『魚(ふぃっしゅ)+虎(たいがー)=鯱(しゃち)でタイガーフィッシュね……俺はもうこういうのに突っ込まないからね!』


 ちなみにシャチは英語だと『killer whale(キラーホエール)』か『orca(オルカ)』と言う。


「銛を取ってきてくれたお礼に、オークのお肉をあげよう」


 大きく口を開けているシャチの口内に、4等分にぶつ切りにしたオークを放り込んであげる。シャチはバリバリと骨ごと鋭い歯で咀嚼して食べたのだが、相当嬉しかったのかディアナの周りを何度もジャンプして「キュイ~♪」という鳴き声を響かせている。


 めっちゃ可愛いんだけど!

 パンダもそうだが、黒地に白い模様ってなんか可愛いよね。タイガーフィッシュとか命名してるのに虎柄じゃないんだよ。


『主様よ、まさかそのお肉は妾のではないじゃろうの?』


 あっ! ついついドレイク時分にディアナ用に用意してあったオーク3頭分を全部シャチたちにあげてしまった。


「そうだけど、少し古くなっていたからね。血抜きも不十分だったし、ディアナにはもっと良いお肉をちゃんと美味しく料理して食べさせてあげるからね」


 「妾の肉をやったのか」と不機嫌に聞いてきたディアナだったが、俺の返答が正解だったのか超機嫌が良くなった。


『主様よ、次はあっちじゃ! 2匹いるので今度は妾も加勢するでの♪』

「ああ、よろしく頼むね。でも少しだけ待って、ちょっと調整するから」


 予想以上に銛の威力が強かったのだ。2本とも貫通して紛失してしまったぐらいだ。シャチが賢くなかったら、そのまま海の底に沈んだままだっただろう。


 倒した魔獣の回収もディアナ任せではもう入らない。一度置きに戻っても良いが、容量的にディアナでは1匹のみだ。片方サメに喰われるのは流石に勿体ない。


『♪ マスター、【自動拾得】というスキルが有用です。ダンジョンでも有効で、少し距離があってもドロップ品の回収を自動で行ってくれるスキルです。それと、銛を改造いたしました』


 銛の先端から50㎝ほどの所に、少し出っ張りのあるスイッチ的なものを付けたようで、ここに圧が加わると、お尻部分に10㎝の2本の棒が開く仕組みになっている。この開いた棒が返しになって貫通して突き抜けることがなくなるようだ。


 あと、【ホーミング】というスキルを獲得した。これは投擲や弓、魔法攻撃などの遠距離攻撃が狙った場所に追尾して必ず当たるようになるというぶっ壊れスキルだ。獲得ポイントはもの凄く高かったが、きっと役に立つだろうとナビーも獲得に反対しなかったほどだ。




「私もそれ撃ちたい」


 うん? さっきまで大人しく後ろで見ていた暗部Aちゃんが、俺の捕烏賊砲が気になったのか「撃ちたい」と言ってきた。


「あ~、ごめん。今回はダメだね。君に経験値が流れてしまう」

「私も経験値欲しい……」


「イリスがもうすぐ種族レベル30になれそうなんだ。条件を満たしていたら、ひょっとすると上級回復魔法が使えるようになるかもしれない。分配の人数が増えると経験値が足らなくなる可能性があるので、悪いけど今回は遠慮してほしい」


「ん、分かった……でも、それいつか撃ちたい」

「帰り道でなんか魔獣が居たら撃たせてあげるね」


「うん。ありがとう」


 パーティーに加えて今すぐに捕烏賊砲を撃たせてあげたくなったが、なんとか我慢した。流石に部外者にまで構っていたら、邪神なんて倒せなくなるだろう。ついつい八方美人に成りがちだが、自分なりに優先順位をしっかり決めておかないとね。




 戦闘中の2匹の上空に移動する。岸から近い岩礁帯の上だが、ここの深さは2mぐらいしかないようだ。


「よし、ディアナ準備が整った。あのタコは何か注意する点はあるか?」

『うむ。タコはイカより物理耐性が高い。イカは逆に魔法耐性が高いが、タコもかなり高いので、個体としてはタコの方が強いのじゃ。ほれ、現にこのまま遣り合っておればタコの方が勝ちそうじゃろ?』


 ディアナの指摘通り、鑑定魔法で見てみたら、HP残量はイカが3割ほど減っているのに対し、タコは1割ほどしか減っていなかった。


「あれほど凄い戦闘なのに、イカの方でもまだ3割しかダメージ喰らってないんだな……」

『って、何でイカが直立してんだよ! 某ゲームのイカじゃないんだからおかしいだろ!』

『♪ ナビーに言われてもそういうものだとしか……ちなみに、さっきのまだらのイカがメスで、こっちのまだら模様に白いラインが横に縞模様に入っている方がオスです。オスの方が大きくなるのも特徴らしいです』



 「タコ殴り」という言葉があるが、この語源の解釈には幾つかあるそうだ。

 1つはタコを調理する際、身をさんざん叩いて柔らかくするという下処理が行われるが、これを「たこ殴り」の語源とする説。もう1つは、「タコの8本足」という発想から、手数を費やして殴りに殴る、という姿をタコになぞらえた、という解釈。もう1つは、さんざん叩きのめされた者がぐったりしている様子を、骨がないタコの姿に見立てている、という説だ。


 で、いま目の前で起きているのは正に2つ目の解釈の『タコ殴り』だ。タコがこれでもかってぐらいに、手数でイカを殴っている。


 イカは10本の足で直立し、2本の長い触腕部に雷を纏ってタコに攻撃している。その直立した姿の体高はナビーの測定では18mあるようだ。一方、タコは4本の足を鞭のようにしならせて、イカを『タコ殴り』していた。こっちも4本の足をしっかり地につけ、頭部を上にやや後方に倒して立っている。こいつの体高はイカよりは低いが、それでも13mはありそうだ。10mほど体高があるディアナが小さく見えるほどだ。


 もう一度言う……無脊椎の軟体動物がなんで立ってるんだよ!


「あ、スミ吐いた……」


 暗部Aちゃんが言うように、「タコ殴り」にされたイカが、堪らずタコに向かってスミを吐きかけたみたいだ。負けじとタコもイカにスミを吐いた。


『♪ おや、双方のスミ吐き攻撃は、魔法攻撃の一種のようです。どっちも【ブライン】効果が発動したようです。マスターこれはチャンスですね。一応イカの触腕の雷魔法とタコの漏斗状になっている口から射出される【アクアバレット】にだけはご注意ください』


 【ブライン】を喰らうと暗闇状態になって【盲目】の状態異常に陥ってしまうのだ。つまり、今あの2匹は何も見えていない状態になっているということだ。


「なんか棚ぼた的に美味しい状況だけど、ディアナ行くぞ! とりあえず先に強いタコに一発入れてみる!」


『了解じゃ!』


 ディアナが下降してタコを撃ちやすい位置に着いてくれたので、速攻で銛を目の間に撃ち込んだ。


『先っちょしか刺さっておらぬの。やはりタコは物理耐性が高いの』

「ディアナ、俺は攻撃をイカに切り替える。タコは任せていいか?」


『うむ。妾に任せておくがよい』


 【ホーミング】機能で放った銛は、イカの急所の目の間に吸い込まれるように刺さった……即死だった。すぐに【自動拾得】が発動し、イカの魔獣は俺の【インベントリ】に収納される。


『主様よ、もう倒したのか? 主様はやっぱ凄いのぅ~♪ S級魔獣が相手でも瞬殺じゃの♡ 妾も負けてはおれぬな』


 そう言いながらタコに向かって急降下し、俺が最初に撃ち込んだ銛を殴って突き入れた。ディアナも瞬殺だ。元々【ホーミング】で急所を狙っていたので、そのまま深く突き入れたら『生き締め』できるのは当然の結果だ。


「おお! ディアナも瞬殺だな」

『うむ♪ 妾にとってはこやつらなんぞただの食事の一回にすぎぬからの♪』


 超ご機嫌さんだね。ちゃんとこういう場面では褒めておかないとね。


 タコを収納したら、防壁の方から一斉に大きな歓声が上がった。




 防壁の方に戻っていたら、漁師たちが必死に砂浜に走ってきて船を出し始めた。

 シャチに船から伸びたロープの先に付いた浮き輪を咥えさせ、船を引かせてこっちに向かってきているのだ。俺に用があるのかと、湾内の真ん中上空で待機していたら、俺に一礼してそのまま通り過ぎ、入り江の出口を塞ぐように刺網を入れ始めた。


 よく見たら、シャチたちは等間隔に並んで入り江の出口付近に待機していた。


『♪ あ~なるほど、どうやら漁師たちは入り江に入り込んできている魚を一網打尽にする気のようです。イワシ・サバ・アジ・ハマチやワラサ・カツオ・マグロなどの青物系が結構入ってきているようです』


『マグロは俺も欲しい! 元々はそのために作った銛砲なんだよ』


『♪ 【ホーミング】を獲得した今のマスターであれば、造作もないのでは? 目視で捉えさえすれば、放った銛は込めた魔力が尽きない限りどこまでも追いかけますよ』



 防壁の上で領主が待っているようだが、どうしても俺はマグロが欲しい!

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