第105話 なんかヤバそうなのがいるんですけど!

 あと少しで海塩都市に着こうかという時にやらかしてしまった。


 急に風に煽られ、一気に5mほど下降したために強い浮遊感が一瞬起きたのだが、その際に少年だと思っていた人物から可愛い「キャッ」と言う小さな悲鳴が聞こえてきて、驚いた俺はつい胸に手をやってしまったのだ。無意識に性別の確認をしようと考えたのだとは思うが……こっちの世界でも同意のないお触り行為はNG案件だ。


 なのだが……少年だと思っていた人物は女の子だった。さらしをきつく巻いて胸の膨らみと揺れを抑えていたようだが、柔らかい物がちゃんと付いていたのだ。


 耳を真っ赤にした姿を見て、あまりにも申し訳なく思い、彼女に付与の付いたペンダントをあげて謝罪した。


 暗部Aさんは、今後学園で俺たちの護衛に付くらしいので回復手段になる物を持たせておいて損はないだろう。俺やイリスが居ない際の回復手段はあった方が良い。むしろ班員全員に回復手段は持たせておいた方がいいくらいだ。


『♪ 回復の手段というだけで良いのなら、普通に回復剤と解毒剤を持たせておけば良いのでは? わざわざ国宝級のアクセサリーにして持たせる必要はないかと進言いたします』


 うっ……おっしゃるとおりですね!


 ぶっちゃけると、俺は皆の喜ぶ顔が見たいのだ。そしてみんなから感謝されつつちやほやされたいのだ。


『♪ クラブやスナックのお姉ちゃんたちに貢いでちやほやされたい「夜の紳士」たちと同じ感性なのですね』


『いや全然違うから! 俺をキャバ嬢に貢いでる人たちと一緒にしないでくれる! 班員の娘たちは俺の婚約者だったり、その従者だからね! 俺はいくら貢いでも関係性が進展しない「夜の蝶」には絶対あげないから!』


 と、叔父さんに同じようなことを言ったら鼻で笑われたけどね……。「俺からすれば『夜の蝶』は簡単に捕まえられる」のだそうだ。よく分からん。


『♪ 彼女たちはお金大好きですしね』

『えっ! そういうことなの?』


『♪ お金の無い、ケチ臭い男に付いて行く嬢は居ないでしょう。勿論、お金しかない中身がぺらっぺらな男も同じくといった感じです』

『そういうことか……お金持ちの叔父さんにとって、10万、20万円の品を買ってあげたとしても、感覚的には俺の千円、2千円程度のものなんだろうね。まあそんなことより、遠慮しているララが可愛いんだけど!』


 ナビーとくだらない雑談をしていたら、暗部Aちゃんが質問してきた。


「【クリーン】や【アクアラヒール】はどうやって使うの?」


 ララのことも気になるが、まあ空の上なのでそっちは後にしよう……流石にペンダントを何種類も出して品定めさせるには危険だしね。




「ペンダントの猫の部分を握り、使いたいスキルを具体的なイメージを持って【クリーン】と魔力を込めつつ発言すれば、短縮詠唱で発動するよ。例えば、体の汚れを落とすイメージで【クリーン】を発動すれば体表に付いた軽い汚れ程度なら綺麗になる。発動時のイメージが大事で、『全身』を綺麗にしたり、『顔だけ』、『頭だけ』、『手だけ』というふうに部分的な発動もできる。ただ、効果範囲は狭く、せいぜい半径1mぐらいかな。回復魔法や解毒魔法も同じ感じにね」


「短縮詠唱での発動凄い。【クリーン】」

「んなっ!」


 思わず変な声が出てしまった!


 だって薄汚れたガキんちょだったのに、【クリーン】で小綺麗になったら、美少女になっちゃったんだもん!


『♪ ちょっとロリロリしていますね。成人している女性には見えませんが、あれでもミーファと同い年です』


 ナビーの失礼発言なのだが、確かにロリっ娘だ。17歳には見えない。

 土埃で汚していた灰色がかった髪も艶やかな黒髪になっているし、炭や泥で黒ずんでいた顔も白くて綺麗な小顔の美少女になっている。


「あっ!」


 俺が変な声を出した後、じーっと見ていたので、 【クリーン】を発動したことにより変装を自分で解いてしまったのに気付いたようだ。彼女は慌てて【亜空間倉庫】から泥や土を出している。


「ちょっと待て! 騎乗人数の関係で護衛を減らしてきたので、君にはララとアンナとダリアの傍で護衛をしてほしい。薄汚れた格好では、俺たちの傍にいるのが不自然に見える。今日はそのままの格好で使用人風に行動してほしい」


 いつもなら、暗部の護衛は俺たちにすら気取られないように少し離れた位置から付かず離れずといった護衛の仕方をする。直接守るというよりは、事前に危険になりそうな対象を排除するのが主な仕事だ。


 髪や顔を汚していたのも悪目立ちしないための変装メイクだ。美少女は普通に歩いているだけで注目されるからね。


 だが、逆に上位貴族の傍で護衛するとなったら汚れた格好では違和感しかない。


「ん、分かった」


 王子に対しての言葉遣いではないが、嫌な感じはしない。

 ヴォルグの王城にいた時は、丁寧な敬語だったにもかかわらず侮蔑を滲ませた発言で随分不快な思いをしたからね。それを思うと短文の片言な返答でも全然問題ない。



『主様よ、海の水面(みなも)が見えてきたぞ。どうするのじゃ? 少し街の手前で降りた方が良いのかえ?』


「俺の目ではまだ見えないな……。う~ん、町に入る前に海の方に行ってみよう。先に空から広い海をみんなに見せてあげたい」


『了解なのじゃ』


『♪ おや、マスター。何やら湾内の海岸線が騒がしいようです。少し過去ログを調べてみますのでお待ちください』


 どうやら何かあるらしい。ナビーが神のシステムに記録されている過去の映像から詳細に情報を引き出してくれる。


『♪ お待たせしました。どうやら――』

『主様よ! でっかいイカじゃ! あれは旨いのじゃ!』


 ナビーの説明の前にディアナが叫んだ。


『♪ まあ、そういうことです。マスターのお目当ての一つだったマグロを追って魔獣の【テンタクルズ】が湾内に侵入した模様です。ちなみにマグロはイワシを追っていたハマチやカツオを追っていたようです』


『何その食物連鎖的なやつ! 結局大型魚に追われたイワシが湾内に逃げ込んだために起こった騒動なんだね? あれ? 大きなイカの魔獣は「クラーケン」じゃないの?』


『♪ この世界ではイカの大型魔獣は「テンタクルズ」と言われています。英語では触手や触腕があるような生き物の総称のようです。「クラーケン」は大型のタコの魔獣ですね。でも、地域によっては逆な場合もあるようです』


 まあシステム的にはタコの方を『クラーケン』としているようなので、そっちに合わせた方が無難なようだ。


 で、すぐに俺の目でも見えてきたのだが……デカすぎる!

 イカの魔獣は湾の出口付近で大きな魚を捕らえ、頭に嚙り付いていた。


「おっきい!」

「あれは何ですの⁉」

「ディアナちゃんより大きいわね……街の人は大丈夫かしら」


 ララ、ダリア、アンナの順の発言だ。

 ディアナは竜の姿時で10mほどの体高があるのだが、あのイカは胴体部分の長さが15m以上ありそうだ。触腕の長さまで入れたらどれくらいになるのやら。




 この海塩都市は大陸の最も東に位置している。

 東の岬はフォレル王国側に三日月の形をして湾曲しており、大きな入り江になっている。出口は岩礁で狭まっていて、湾内は砂地の遠浅になっているみたいだ。そしてその湾内の砂地の場所を利用して製塩しているのだそうだ。


 ララとダリアちゃんに海の広大さと美しさを見せてあげたかったのに、イカの魔獣に全部持ってかれた!


「満潮」


 暗部Aちゃんが一言ぼそっとつぶやいた。


「満潮?」

「ん、湾内と外洋の境は岩礁ですぼまって浅くなっているの……」


 ん? その話の先は?

 少し待っても続きを話さないから促す。


「……それで?」

「浅いから、普段は大きな魔獣は入ってこないし、これない……今、満潮」


「あ~、なるほど。満潮時間と重なって、運悪く魚を追っていた大型のイカが入ってきちゃったんだね」


『♪ 補足です。通常の満潮時ですと、湾の出口付近の岩礁帯の水深は5mほどしかありません。ですが、月が二つ同方向で重なる満潮時は7mほどになるようです。今日はその月が二つ重り、更に太陽も重なっているために8m近く深さがあるようですね』


『日食や月食が見られるの?』

『♪ そこまでぴったり重なっているわけではありません』


『う~ん、でも普段の水深が5mもあれば大抵の水棲魔獣は入ってきそうだよね』

『♪ 魔獣除けにテイムされたシャチの魔獣を数頭入り江内で飼っているようです。強さ的にはBランク下位から中位の魔獣ですので、ほとんどの魔獣は恐れて入ってきません。とはいえテンタクルズはSランク魔獣ですので、シャチたちは隅っこで脅えて今回は役に立ちませんね』


『まあSランク魔獣が相手じゃね。それよりあのシャチって魔獣なんだ?』

『♪ 体内に魔石があるので魔獣ですね。普通のシャチより2mほど大きいです。テイムされていないシャチは凶暴で、頭が良いという点でも厄介な魔獣です』


 入り江の外でも漁師たちは漁をするそうなのだが、出遭った際には即逃げするそうだ。頭が良いので群れで連携して襲ってくるらしい。



 出口付近は岩礁帯になっていて浅いが、湾内の深い部分は水深30m以上あるそうだ。そういえば、この入り江はかつて水竜の住処だった場所だと聞いている。シャチの魔獣にとって住みやすいのかもしれない。



「ルーク殿下、ここから早く離れた方が宜しいかと思われます。砂浜の騎士たちが古竜様に驚いているようです。間違って攻撃されかねない状況です」


 暗部Bさんが忠言してきた。


 湾の出口から騎士が待機している砂浜迄はかなり距離があるのだが、騎士や漁師たちが銛や長槍を持って何隻かの小舟を出して乗り込もうとしている。


『ナビー、騎士や漁師たちでこのイカを対処できる?』

『♪ 対処できますが、あの魔獣はS級下位の魔獣でかなり強いです。戦闘になれば結構な死人が出るかと思われます。魚を食べたら出て行くかもしれないと今は様子見しているようですね』


『主よ! 騎士たちが船に乗り込んでおる! はよう倒さぬと先を越されてしまうじゃろうが! あれは旨いのじゃ!』


 ディアナがめっちゃヤル気になってる……これ、狩らないと絶対拗ねそうだ。


 とはいえ、ここは他貴族の領地だ。あの魔獣も俺たちが先に見つけたわけでもない。勝手に狩ると横取りになってしまう。


 様子見をしているということは、極力戦闘は避けたいのだろうと考え、俺はディアナの為に騎士たちの下に交渉に向かうのだった。

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