第101話 介護娘たちの行く末

 鮮魚店を出た後、料理長のダンリルさんと別れ、明日の仕込みのために古着屋に寄ろうとしたらナビーに止められた。


『ナビー、なんで必要ないんだ? 庶民の服装の方がトラブル回避になって良いんじゃないか?』

『♪ 逆です。明日、イリスも行くのですよね?』


『うん。置いて行くとか言ったら絶対拗ねるよ。ひょっとしたら最近ディアナと仲が良いアンナも行くって言うかもしれない』


『♪ では尚更そのままの格好が良いです。可愛い娘を何人も連れて歩いていたら、ナンパ目的のアホどもが寄ってきますよ。ルークがヴォルグ王国の王都で一度も絡まれていないのは、分かりやすいほどの王子様服を着ていたからというのもあるのです』


 そういえばルーク君、騎士の護衛なんか連れていないのに、街中で絡まれた記憶が全くない。遠巻きにクスクス笑ったり、小馬鹿にするような目を向けられてはいたが、直接バカにしてくるようなアホは居なかった。


 今にして思えば、事故後に俺を軟禁するために部屋の前で見張ってた若い騎士たちの態度が何気に一番酷かった。



 本来王家の者はあまり外出が許されていない。護衛を沢山引き連れての行動になるため、もの凄く仰々しくなるからだ。『何事かと』人だかりができることもあるため、移動は基本的に馬車で、事前に貸し切り状態にした店舗前に直着けされる。今回のように表通りを徒歩で見て回ることなど滅多にないのだ。


 ミーファやララがもの凄く楽しげにしているのもそういう理由があるからだ。


『♪ まあルークはあまりにも有名で、「下手に絡むと何されるか分からない」と街の悪党どもですら敬遠していたのですけどね』


『マジか~……ルーク君、悪戯は一杯していたけど、酷いことはしてないんだけどなぁ~』


『♪ 吟遊詩人が他国でネタにして歌っているぐらいですからね。いろいろ尾ひれが付いて「オークプリンス」と言われるほどの悪童扱いになったのでしょう』


 よく小悪党のことを『ゴブリンのような奴』と揶揄するが、『オークのような奴』って言われる奴らは、女を襲って犯し、男は皆殺しにする山賊や野盗のことを指す。『品性のかけらもない豚(オーク)のような存在』ってことなんだが、それと同じ扱いって……。



『♪ という訳で、明日は堂々と行動していた方が安全です。それ以前に、ゼノやガイルの方は大丈夫なのですか?』


 今日、二人が外出に対して何も言ってこなかったのは、騎士6名の護衛の他に、国王付きの手練れの暗部の者を5人遠巻きにこっそり付けていたからだ。明日の早朝にゼノさんは王都に帰るため、国王付きの暗部の者も一緒に帰るはずだ。


 それにディアナに乗って移動し、他領の散策となると護衛が付けられない。そうなると許可が出るとは思えない。


『明日のララの予定だけ空けておいてもらって、こっそり連れ出すかな』

『♪ 怒られますよ』


『だろうね。でも、行動を縛られるのも嫌だし、今回すっとぼけて連れ出してどのくらい怒られるか様子を見てみることにするよ』




 あまり遅くならないように帰宅し、俺は診療所化しているお屋敷に向かった。


「ルーク殿下、お待ちしておりました。グレイ・アーキンスでございます。母の治療本当にありがとうございました。これ、つまらないものですがお納めくださいませ」


 エーデル夫人が居る部屋の前に、既にグレンさんは来て待っていた。

 何を勘違いしたのか、菓子折りと一緒にお金の入った革袋を差し出してきた。


『♪ 治療の際に「家格に見合った寄付金の要望」と事前に伝えられていたので、支払いのための呼び出しと考えたようですね』


「これは何のお金です? 言っておくけど、俺は治療費の請求や、個人的な金銭の受け取りは一切行っていないよ」

「そうなのですか?」


「うん。今後公爵家から寄付の要望があるだろうけど、そのお金は公爵家主催の診療所建設のための寄付金になる。お金はその時に無理しないで払える範囲でよいので寄付してあげてください」


「了解しました。あの、母の顔を見ることはまだできないのでしょうか?」


 結核患者は現代医療でも隔離案件なので、当然家族であろうが訪問者の面会を許していない。


「人に移る病なので完治するまで会わせるわけにはいかないけど、エーデル夫人ならもう大丈夫かな。少しだけここで待ってて」


 いつもの治療を行い様子を見る。よし、やっぱ今回で完治だ。


「グレイさん、今回の治療で完治しました。ですが、帰宅は念のため明日の朝の診察後にしましょう。もう中に入っていいですよ」


「お母さま! 良かった! ルーク殿下、本当にありがとうございました!」

「グレイ、わざわざ迎えに来てくれて嬉しいですわ」


 二人は泣きながら抱き合って、生きていることを喜んでいる。



 それから部屋を移して、グレイさんとカスタル領の現状を詳細に聞き出す。


 貴族視点からと、商人視点からの両方の見解が聞けて大変参考になった。


「では、ルーク殿下がいずれカスタル侯爵領の領主となられるのですね?」

「そうだね。もうすぐ公式に発表されるけど、まだ秘密ね」


「了解いたしました」


 俺が領主になることで、侯爵領から公爵領にランクが上がることも伝えておく。家格が上がれば、それに対して国から貰える公金が増えるのでいろいろ予算を割り振ることができるようになるので、これは結構重要だ。




 そして、本日呼び出した真の目的を明かす。


「実はこれの製作販売をうちの領内の商人に任せたいと考えている」


 カエルさんポーチを5色並べる。ついでに、似たようなデザインで小型化したガマ口の小銭入れも各色並べる。


「これはララお嬢様が肩から下げていた物ですね……なるほど、小物入れでしたか」


 やっぱ気付いてたか……ララの腰元をちらちら見てたもんね。だからこの人を選んだってのもある。目利きのできない商人に任せる気はない。


 グレンさんは、がま口を開け閉めしたり、革の手触りや中の裏布の質などをじっくり調べている。


「これは間違いなく売れます! ルーク殿下、宜しければうちに任せてはいただけないでしょうか!」


「グレンさんのところで製造から販売まで出来るのかな?」

「はい、わたくしの店自体はそれほど大きくはありませんが、製造できる革職人の知り合いも何人か居ますし、金属加工の得意な鍛冶師とも懇意にいております。販売ルートもこの商都や王都にもございますので、ぜひ任せてください!」


「これは元々ララのために作った物だったんだけど、周りの女子たちが皆欲しがるんで一般販売することにしたんだよ。俺は忙しいからこの事だけに構っていられないんだ。領主になるための教育や、医療回復魔術や薬師としての技能も上げたい……いろいろホント忙しいんだ。だから助言はするけど、材料の仕入れから販売まで、そっちで全部やってくれるという条件付きだ」


「了解しました。面倒な商人ギルドへの商品登録も全てこちらで手配いたします」


 うわ~、商品登録とか面倒そう。


「そうだ、肝心な分配金とかの話もしておこうか。まあ、一般的な分配基準で良いけど、俺に入るお金は少し削ってもいい。その分を職人たちの方に回してあげてほしい」


「宜しいのですか?」

「ええ、但し、売上金の税収はうちの領内に入るようにね」


 わざとここでニコッと笑っておく。


「なるほど、そういうことでございますか。結局は領主となるルーク様の方にもちゃんと利があるのですな」


 皆まで言わなくても理解しているようだ。これなら任せても大丈夫かな。


「あと、これは金属部分に錆びないようにミスリルを10%混ぜているけど、一般用には真鍮などの安価な素材を使って、貴族用と一般用で販売価格を変えるようにね。販売価格も薄利多売する必要はないけど、ぼったくるような値段は付けないようにしてね」


「はい、承知しております。決してルーク様の名に傷が付くようなあこぎな販売はしないと誓います」


「じゃあ、これ準備金。5千万ジェニー入っている。どうせやるなら大々的にやろう。専門職に外注の生産委託するのではなく、できれば街の外れにでも自家の生産工場を確保して、流れ作業的に一人が行う作業を固定した方が良い。作業を細分化して固定作業にすれば、専門の職人を数人雇い指導してもらうだけで、素人でも数カ月後には手慣れてきてぐんと効率が上がると思う。経費の削減にもなるしね」


「こんなに……了解いたしました。不正に加担していた商人のお屋敷や倉庫がいくつか格安で売りに出される予定になっているようですので、そこを押さえることにします」


 そこの販売金はうちの今後の資金になる予定なんだけど……あんま安く買い叩かないでね。


 というわけで全てグレンさんに一任した。



  *     *     *



 夕飯に出された舌平目のバターソテーはめっちゃ美味しかった!

 エビの入ったトマトスープとレモン風味のあっさりとしたエビのサラダも文句なしだ。



 めっちゃ堪能した夕飯後に食堂でお茶を飲んでいるのだが、ララが今日あったことをサーシャさんやエミリアに楽しそうに話している。それを聞いたサーシャさんやエミリアの表情が優しく微笑んでいて、もの凄く可愛い!


『♪ エミリアより人妻のサーシャの方が好みとか……マスターは特殊な性癖をお持ちですね』


『言い方! でも実際俺の中身って26歳だろ。見た目20代後半のサーシャさんや、19歳のイリスの方がしっくりくるんだよね。16歳のエミリアや17歳のミーファはちょっとまだ幼さが残ってて……』


 ナビー特製コスメを使い始めたサーシャさんは、ぼさぼさの髪も綺麗に散髪して整えられサラサラヘアーになり、お肌の質も肌理細やかになって、見た目が随分若返ったのだ。




「私も行けば良かったな……」


 アンナがララの話を聞いてぼそっとつぶやいた。


「なら明日行くかい? ララも明日の予定は空いてるかな?」


「ララお嬢様は午前中にピアノのお稽古があるだけですが、アンナお嬢様は他にも幾つか習い事がございます。護衛の手配もありますし、前日に急に申されると困ります」


 すぐに侍女長のパメラさんが答えてくれたが、ぴしゃりと釘を刺された。でもそれはごもっともな話で、急に予定を変えるようなことをすれば、訪問予定を組んでいる講師陣にも迷惑がかかるだろう。


「護衛など妾だけで十分じゃ。明日は妾が付いて行ってやろうではないか」


『♪ ディアナは、ララが食べたというオークの串焼きが気になったようですね』


「へー、それは良いね。子供たちの明日の予定はキャンセルして、古竜様と遊んでくるといい」


「兄上! また勝手なことを!」


 アンナもララもガイルさんの子供なのに、勝手に二人の予定をゼノさんが変えようとしてガイルさんがお怒りだ。


 ゼノさんがガイルさんにそっと耳打ちしたら、なぜか明日1日の外出許可が下りた。


『ナビー、ゼノさんは何を言ったんだ?』

『アンナとディアナの仲の良さを指摘し、そのメリットを話したようです』


 まあ日々のお稽古事より、古竜と親睦を深めて仲良くなる方がメリットは大きいからね。




「あ、そうだ。ガイル公爵、サーシャお義母様を看病してくれていた使用人たちの今後をどうする予定ですか?」


「まだ決めかねているが、庶民が数年分生活できるお金を褒賞として渡し、奴隷から解放する予定でいる」


「う~ん、それはあまり良くないですね」

「どうしてだ? 終身奴隷になった者は解放を切に望むと聞いているぞ?」


「そうなのですが、実際解放された後に大抵の者が解放前の生活より酷い目に遭っているようですよ。解放されても仕事先も行先もなく、結局実家に帰ることになるわけですが、『終身奴隷』になるような事情のある娘達って、小さな村の貧しい家庭の農民の娘が多く、戻った村では『娼婦』のように蔑んで扱われるそうです。下手したら再度親に売られるとかもあるみたいですよ。それなら、解放してくれるような優しい主人の下で働いた方がずっと幸せだと思いますね」


「う~む、そこまで考えが至らなかった。ではうちが口利きをして、どこかの商人や男爵家に使用人として雇わせるのはどうだ?」


「そもそも本人たちに農作業ぐらいの知識しかないのが問題なのです。読み書き計算等の『学』があれば、数年分のお金が有れば親元から独立してもどこかに就職できるので問題なく暮らせるんです」



 手っ取り早く当人たちに希望を聞くことにした。


 ララに聞かせるような話ではないため場を移す。

 会議室のような場に居るのは、俺・ガイルさん・サーシャさん・エミリア・侍女長のパメラさん、そして介護娘三人だ。



「「「このお屋敷で働かせてください!」」」


 まあ、そうなるよね。


「公爵家では奴隷や元奴隷等も正規雇用で雇っていない。何年か生活できるお金を褒賞として渡し、奴隷から解放しようと考えているが、どうだ?」


「「解放⁉ 本当ですか⁉」」

「それはダメです!」


 三人のうち二人は喜んだが、一人が即座に拒否した。


「エッ、なんで! 折角解放してくれるって仰ってくれているのに? この機会を逃せば一生死ぬまで奴隷だよ?」

「そうだよ。でもどうしてダメなの?」


「私の村で何人か奴隷から解放されて実家に帰ってきた女の人いるけど、性的な奉仕は全然してないって本人が言ってるのに『汚れた女』とか言われ村八分にされてた。結局また親に売られたり、自分から逃げるように村を出て行ったり、中には自殺した女の人もいるのよ……私たち馬鹿だから、解放してくださっても街に働く所なんか全然ないのよ」


 さっき俺が言ってたことまんまだね――


「あ、私の村もそうだ……」

「家に帰ってもお父さんならまた私を売りそう……男手は要るけど、お前は無駄飯食いの非力な女だからなって……グスンッ」


 酷い話だ。


「じゃあ、俺が雇ってやろう。『終身奴隷』から5年の『雇用奴隷』にし、旧カスタル侯爵領でこれを製作とか販売をしてもらう。お前たちが教えてくれたカエルの革から作った物だ。『雇用奴隷』なので勿論給金は出すし、その間に読み書き計算も教えよう。勉強して知識と手に職が付けば、5年後に他で就職しても良いし、そのまま俺の所で働いても良い。少なくとも衣食住の心配は要らないし、村に帰るより良い暮らしをさせてやると約束しよう」


 カエルさんポーチを取り出し、彼女たちに見せる。


「「「可愛い~」」」


「私、ルーク様の下で働きたい!」

「「私もお願いします!」」


「よし、じゃあ、アーキンス家のグレイを呼び出すか」


「いつの間にアーキンス家と! お前、勝手に何やっとんじゃ!」


 事情を聴かれ正直に話すと、ガイルさんにめっちゃ怒られた……。


 旧カスタル侯爵領の貴族や商人たちは、潰すか残すかの選別の真っ最中というのに、何も情勢を知らない俺が勝手に介入していたのだから怒るのも無理はない。


 ナビーちゃん情報があるから大丈夫なんだよとは口が裂けても言えないしね。


 ちなみに、介護三人娘たちなのだが、ヴォルグ公爵家のお屋敷での使用人はだめだが、事業雇用の方でなら良いということで、俺雇用に切り替わることになった。


 俺の行動を黙って見ていたエミリアの目が優しげで、目が合った時頬を赤く染めたのを見て、ちょっとドキッとしてしまった。

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