第99話 カエルさんポーチって売れるかな?
神殿からの帰り道、少し寄り道して買い物をしようと表通りを歩いているのだが、俺の横でミーファがご機嫌斜めだ。
神殿でシスターたちにモテモテだったのが気に入らないようだ。とはいえ、あからさまに不機嫌なオーラを漂わせているわけではないところが微妙に扱い辛い。不快オーラ全開なら即謝るのだが、俺が悪いわけでもないのに下手に謝って感情に火が付き、さらに不機嫌になる可能性も……とかまぁいろいろ考えてしまい扱いに困っている。
『♪ マスターが鼻の下を伸ばして可愛い娘の胸ばかり見ていたからですよ』
ぐっ……不機嫌なのはシスターたちにちやほやされてた方ではなく、そっちだったか。
でもそう言われても、聖属性や水系回復持ちの女の子の胸はなぜか大きく育っているのだから仕方ないじゃないか。動くたびにプルンと揺れるお年頃の綺麗な女性の胸に目が行くのは男の性だ。
『♪ そういう男性の感情をミーファは実体験で理解しているからあからさまに怒れないでいるのです。不愉快ではあるが理解もしているので今の微妙な態度になっているのでしょう』
『ミーファのおっぱいでっかいもんね。そりゃみんなの視線で男はそういうもんだと分かっているか。そういえば、イリスは逆に機嫌が良いのは何でだ? 嫉妬とかないのかな? それはそれで何だか寂しい気も……』
俺の後ろを歩いているイリスはミーファと違いニコニコ顔で機嫌が良い。
ちなみに今同行しているのはララとお付きの専属侍女1名、ミーファとお付きのエリカ、俺とイリスだけだ。前後に騎士が3名ずつ付いて護衛しているけどね。人数が増えると護衛が大変になるので、エミリアやアンナはお留守番だ。そのアンナが『おやつをあげる』とディアナを誘ったためにディアナも来ていない。
ハティは俺の服の胸元から顔を出し、鼻を引くつかせながら周囲の様子を興味深げに眺めている。
『♪ 先ほど行った神殿関係者は全員イリスと顔馴染みなのです。特に仲の良かった者たちにはマスターとの婚約が本日正式に決まったことを報告して羨ましがられていました。そういう経緯があるので機嫌が良いのでしょう。ミーファとイリスではフォレスト領と王都の神殿関係者に対しての親密度合が違いますからね』
神殿関係者からはヴォルグ王国でもルーク君の評判は良かったのだが、どうやらこの国でもそれ以上に好意的に見てくれているようだ。神殿の診療所でアルバイトをしていたイリスにとって、俺との婚約が自慢できることなのだと分かりもの凄く嬉しい。
外出の機会の少ないミーファとの折角のお出かけだ。この雰囲気はなんか嫌だ。……とはいえ、感情が色で分かってしまうミーファのご機嫌取りは難しい。俺があからさまにそういう態度に出たら逆効果になりそうで怖い。
「ミーファ、ちょっと顔に触れるよ。今日は天気が良すぎて日差しがきついからこれ塗っておこうか」
「はい?」
【インベントリ】からナビー特製の日焼け止めクリームの入った小瓶を取り出し、きょとんとしているミーファの顔に優しく塗り広げていく。
「日焼け止めのクリームだよ。これ塗っておくと、将来日焼けによる肌のシミにならなくなるんだ」
「まあ! ありがとうございます♪」
よし! 上手くいった!
それにしてもやっぱミーファ可愛いよな~。お肌も張りがあってスベスベで、クリームを付けた指先の滑りが良い。
「えっ⁉ 日焼けすると将来シミになるんですか? ミーファ様だけズルい……」
まあそうなるよね……他の者より遠慮のないエリカからやんわりと催促がきた。でもシミの話は2回目なんだけどね……さては前回聞いてなかったな。
「みんなの分もちゃんと有るよ。でもエリカは自分で塗ってね」
せっかくミーファの機嫌が良くなったのに、ここでエリカにヌリヌリしたらまた機嫌を損ねかねない。そんなドジはしないよう気を付け、日焼け止めクリームが入った小瓶を女性たちに手渡す。ララお付きの侍女にもちゃんとあげて抜かりはない。何気に一番喜んでくれた。それを見てララも超ご機嫌だ……ララは本当に優しい娘だよね。
その後散策を続け、気になった物を見かけたら手当たり次第に購入している。
現在ガラス製の製品をメインに取り揃えている小物店に入っていたのだが、後から入店してきた小さな女の子がすぐに俺たちの方に駆け込んできた。
「止まれ!」
店内の隅の方で控えていた護衛の騎士2名がさっと間に割り込んだのだが――
「なにそれ可愛い! ね、ね、それどこで買ったの?」
騎士のことは目に入っていないのか、視線はララの腰のあたりでロックオンされている。ララよりは年上っぽいがまだ幼い女の子だ。
その後に入店してきた父親らしき人物が、騎士二名に挟まれた我が子を見て顔面蒼白になった。
「も、も、も、申し訳あります、せん! う、うちの子が何か致しましたでしょうか? こらっ! 貴族様相手に何している! こっちにき、来なしゃい!」
まあ、騎士に護衛された者に下手に絡むとヤバいしね。お父さんがこうなるのも仕方がないよね。カミカミなうえに今にも泣きだしそうでちょっと可哀想だ。
とはいえ、外に4人騎士が待機しているはずなのだが――何してたんだ。
『♪ マスターが入る店を貸し切りにする必要はないって事前に言ったからですよね』
『そういえば言ったかも。なるほど、こういう突発的なアクシデントを無くすために上位貴族は店を貸し切りにするのか……』
「お父さん! あたし、あれがいい! あれと同じやつ買って!」
ララの腰元にはピンクのカエルさんポーチが肩からたすき掛けにして提げられている。どうやらこの少女はそれが気に入ったようで、父親におねだりしている。
「ごめんな~、これ限定作製品なので売ってないんだ。そのうち売り出すからそれまで待っててね」
「あ、ごめんなさい」
俺が声を掛けたことによって、こわ~い騎士さんに睨まれているのに気付いたようで、女の子が急にしおらしくなった。君、カエルさんポーチしか見てなかったもんね。
カエルの皮自体は安い。それに一般販売するならただの小物入れとして付与も付ける必要はない。これ売れるんじゃね?
【材料】
・カエルのなめし皮
・がま口に使う真鍮
・肩ひも
他にも細かいことを言えば縫い針や糸なんかも要るが、それらを全部含めても原価は3千ジェニーほどだ。量産するなら2千ジェニーほどに抑えられるだろう。金貨1枚(1万ジェニー)ほどで売れば十分採算が取れる。
これを見た女子のほとんどが欲しいというのなら、コスメ商品とは別枠でカエルさんポーチも商品として売り出してみようかな。デフォルメキャラが可愛いと受けがいいのなら、ウサギやクマも人気商品になるかもしれない。
お父さんは女の子を連れてそそくさと店を出ようとしていたので声を掛ける。
「驚かせてしまったね。お嬢ちゃんごめんね」
「ううん、あたしこそ大声出してごめんなさい」
首を横に振りながら、急に大声を出して話しかけたことを逆に謝ってきた。
「このお店に買い物に来たんでしょ? 俺たちに遠慮しないで見ていくといいよ」
女の子は父親の顔色を伺いながら、断りを入れてきた。
「いいの、今日はあたしの10歳の誕生日なの。お父さんが好きなものを買ってあげるっていうからいろいろ見て回っていただけなの」
何ですと⁉
この世界では毎年誕生日を祝う風習はない。が、10歳の誕生日は盛大にお祝いをする。特に貴族は社交デビューも兼ねてこれでもかってぐらい親は気合を入れて我が子を着飾りお金を使う。
抗生剤がまだ開発されていない世界での子供の死亡率はもの凄く高いのだ。10歳まで生き延びればもう大丈夫だろうという意味合いも強くあって10歳の誕生日は平民でも周囲の者を呼んで祝うようだ。
「そっか~、今日はお嬢ちゃんの10歳の誕生日なんだ。おめでとう」
「えへへ、ありがとうお兄ちゃん!」
俺は前世の叔父さんの影響もあって『縁(えにし)』を大事にする。
叔父さんが言うには、「知人の中にはそういう巡り会わせで、会うべくして会ったとしか思えない間柄の者もいる。普通と違う出会いをしたと感じたときは、その縁は大事にしなさい。中には後々関わってくる奴もいるからね」とのことだった。だから花売りの娘もそうだったが、この娘との縁も大事にしておこうと思う。
「じゃあ、俺から誕生日プレゼントだ。この中から好きな色の物を選ぶといい」
赤・青・黄色・緑・桃色と5色のカエルさんポーチを亜空間倉庫から取り出す。
「えっ! いいの⁉」
「め、滅相もないです! そ、そのような高価な品、受け取るわけにはいきません!」
「あなたにあげるわけではない。驚かせてしまった詫びも兼ねて、その子の誕生祝にあげるのだ」
騎士の一人がお父さんに近寄り、耳元でなにやら二言三言囁いたら顔が更にひきつってしまった。あの騎士、いったい何言ったんだ?
『♪ 「騒ぐなよ」「あの御方は高貴な身分の者だ」「逆らわずに受け取ってさっさと退店しろ」とのようなことですね。マスターとエミリア嬢との婚約の話は街中に広まっていますので、おおよその見当がついたのでしょう。まあその見当はばっちり当たってますけどね』
デブな貴族家の男子ってあんま居ないもんね……エミリアの実家のおひざ元なんだし、勘の良い者なら今の騎士の発言で分かっちゃうんだ。
『♪ まあマスターのその体型見ればね……まんまオークですし。「オークプリンス様だ!」ってすぐピンときたようですよ』
言い方! ストレート過ぎて傷つくから!
『♪ マスターは周囲の悪口なんか全然気にしてないでしょ』
まあぶっちゃけるとそうだけどね。特に今の体型のことや過去の悪戯のことを言われたところで、『それ俺じゃないもん!』が発動してあまり気にならないんだよね――
「あ、ありがとうございます。ほら、ジェシカ、早く好きな色を選びなさい!」
ジェシカちゃんって言うんだ。でもお父さん、何もそこまで急かさなくても――。
「殿下、あの品をあげて大丈夫なのでしょうか?」
ララ付きの侍女が声を潜めてそっと聞いてきた。
「うん? ああ、付与のことかな? あれには何の付与も付いてないよ。ただのカエル革製のショルダーポーチだから心配はいらないよ。まあ取り出し口の金属に少しミスリルを混ぜているので安くはないけどね」
「そうでございましたか。余計な差出口でした、申し訳ありません」
「いや、そういう忠言は正直ありがたい。少しでも気にかかるようなことが有れば今後もよろしくね」
『♪ ところでマスター、店舗内でのプレゼントは感心できません。店に迷惑をかけているのに、さらに店の顧客を奪ってどうするのですか』
『なるほど、それもそうだね』
この女の子が来るまで見ていた小さな小瓶をまとめて買い、カウンターの側に置いていたハンカチも一緒に購入する。これで店の迷惑料には十分だろう。
「あたしも桃色のにしていい?」
「ええ、お揃いですね」
ララに同じ色にしていいか確認を取るあたり、しっかりした教育を受けている家の子供だと判断できる。この親子の身なりも上品で小綺麗なものだ。
『♪ この街で中規模の宿屋を経営している者ですね。主な宿泊客は商人と冒険者なので、貴族の応対は不慣れなのでしょう』
選んだ桃色のカエルさんポーチにさっき買ったハンカチと、小瓶に詰め替えた軟膏を入れてあげる。
「小瓶に入っているのは、擦り傷や軽い切り傷、あかぎれ、火傷などによく効く回復軟膏だよ。塗る前に傷口を綺麗な水でよく洗い流してからたっぷり塗っておけばちょっとした傷ならすぐ治るよ」
「お母さんの手も治るかな? いっつも手から血が出ているの……」
ナビー情報では、この子の実家は宿屋兼酒場らしいので、大量の洗い物によるあかぎれかな?
「うん。あかぎれなんかすぐ治るよ」
「ほんと! おにいちゃんありがとう!」
ジェシカちゃんは、カエルさんポーチをララのようにたすき掛けにして腰元に下げると、笑顔でお礼を言って父親と帰って行った。
うん? なにやら視線を感じてそっちを見たら、俺たちのやり取りをにやにやしてエリカが見ていた。
「なんだよ、エリカ。嫌らしい顔して」
「え~~、そんな嫌らしい顔なんてしていませんよ。ルーク様って誰にでもそうなんだなって思っただけです」
エリカに揶揄われながら、その後も散策をしていたのだが、気になる食材を見つけてしまった。
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