第98話 何やら邪神側に動きがあるようです

 カレーは好評で、皆お替わりをしていた。オークカツを作ったララもそれを見て大満足のようだ。ガイルさんに褒められて嬉しそうにしている姿がなんとも微笑ましく可愛い。


 それを眺めて悦に浸っているのに、ピエールさんがさっきから何度もコスメ関連に使う植物について声を抑えて聞いてくる。流石に大声でべらべらと秘密にする内容を喋ることはないようだけど、ちょっと不用心すぎる。


 正直、今はちょっとウザい。食事の時に仕事の話スンナ!


『♪ マスター、顔に出ていますよ。そう邪険にしては可哀想です。予算が厳しい状況での新たな事業の立ち上げです。失敗したら没落して、一家全員奴隷落ちなのですから不安でしょうがないのでしょう』


『奴隷落ちなの? なんで?』

『♪ 土地や屋敷すべて売り払っても、事業で出来た借金が返せなければ、残るは己自身の「体」と「将来の時間」だけしかありません。国の法の下、強制的に終身奴隷として身を差し出すしかありません。そして大事な点がありまして――家業として貴族家が借金をした場合、それが返済できずに破綻した際には家族は勿論のこと正規雇用の役職者にまで責が及ぶという点です』


 貴族家を支える役職者という立場なのに、破綻する前に諫めなかったという理由で連帯責任とのことらしい。それはちょっとやりすぎな気がするが、貸主に少しでも補填するための制度だと言われれば納得するしかない。


『親家とかからの救済は?』



『♪ 親家は基本的に初期段階の開拓支援はしても、以降の支援はしないという暗黙のルールがあります。何でもかんでも支援していては、お金のことをあまり考えず最初から親家の資金を当てにして突っ走る輩が出かねませんからね。その為の開拓計画表を提出させてからの開始なのです。同じ理由で国からの救済もありません』


 マジか。『自己破産』などの救済的な法はないのだそうだ。とはいえ、開拓中に起こった突発的な魔物被害や自然災害等の場合は親家も普通に救済支援するとのこと。


 まあ、犯罪者に甘い日本の法よりはずっと良いのか? 日本の法では貸した人より借りた人の方を守る法ばかりが充実している。借り逃げして後日捕まったとしても不起訴になるか、起訴できても少額の罰金刑か、執行猶予付きでほぼお咎めなし。『後は民事で争ってね』ってのが通例。民事裁判を起こしたところで『支払い能力』のない奴からは一切返ってこないってのはよく聞く話だ。



『要は金銭的に心許ないからピエールさんは不安なんだろ?』

『♪ ですね。公爵家と王家が融資するって話になっていますが、やはり自家に貯えがないので、「何かあったら」一気に没落って考えてしまうのでしょう』


 不作や洪水、流行り病、大量の魔物の発生、盗賊団の領地侵入……領主として突発的にお金の掛かる案件は沢山あるからね。


 さて、どうしたものか……ふと、ゼノさんとガイルさんの腕に目が留まる。


 ゼノさんもガイルさんも大きな金製の腕輪を左手首にしている。なんと1㎏近くあるらしい……【耐毒(中)】の腕輪とのことだが、実に重そうだ。毒による暗殺か~……やっぱ怖いよね。


 ルーク君は幼少時より微量の毒を師匠に盛られ、毒物全般に中位の耐性を得ている。実際に【毒状態】にならなければ【耐性】は付かず、危険を伴うようなこういう訓練は暗殺業を生業にしている家でもない限り実行しないだろう。大賢者と言われ、薬学に関しては右に出る者が居ないほどの師匠だから成せる業でもある。


「ところでゼノ国王様、ガイル公爵、ミスリル製のちょっとお洒落な【耐毒(中)】のチェーンネックレスかチェーンブレスレットが有るんですけど、これ幾らで買います?」


 まだ付与は付けていないが、【インベントリ】から見本品を取り出す。


「君の言い値で買おう! ぜひ譲ってくれたまえ!」


 ゼノ国王が即喰いついた! つい国王口調になってるし!


「俺も言い値で買おう」


 ガイルさんも欲しいみたいだ。


「言い値か~。俺、相場が分からないです。まあいいか、【耐毒(中)】の毒耐性と中級解毒魔法【アクアラキュアー】、中級回復魔法の【アクアラヒール】、浄化魔法の【クリーン】も付いていて、1つ10億ジェニーでどうですか? 但し、【個人認証】も付いていますけどね」


「「買う!」」


 即断かよ!


 中位の毒耐性が有るのに、中級の解毒魔法は要らないと思うかもしれないが、毒を食事に混ぜて暗殺を狙う場合、一緒に食事をした周囲の者を巻き込む場合も多いのだ。暗殺の場合、上級や特級魔法じゃないと治療できないほどの猛毒が使われるが、中級解毒魔法を使うだけでも時間稼ぎの延命にはなるので、所持しているだけでも気は楽になるはずだ。

 


『♪ 【耐毒(中)】だけでもそれだけの値はしますからね。1つの品に4つの有用スキルが付いたものとなると、市場には出回らない超レアな付与付きアクセサリーになります。オークションで売ればいくらの値が付くことやら』


 安すぎたのか? まあ、身内価格ってことで今回は良しとしよう。


 俺の気が変わらないうちにと、速攻で現物を強請られ、血を1滴垂らし【個人認証】をさっさと済ませてしまった。ちなみに二人ともチェーンネックレスの方を選んでいた。チェーンブレスレッドの方だと、戦闘の際に邪魔になるとのことだ。ガイル公爵はお金まで直ぐに用意して払ってきた。


 10億あれば当分の費用になるだろう。


「ミハエル伯爵、このお金を結納金としてお渡ししますので、農地開拓に活用してください」


「エッ⁉ 良いのですか?」


 ピエールさんは俺ではなく、ゼノ国王やガイルさんの方を伺っている。金出したのはそっちだけど、あげるのは俺なんだぞ!


「ルーク様、宜しいのですか?」


 イリスも心配そうな顔で聞いてくる。


「うん、問題ないよ。これまでの開墾でミハエル領の財政がカツカツなのは聞いているからね。俺が依頼するこれからの開墾でイリスが不安になるのは嫌だから、その分は先渡ししておくよ」


「ルーク殿下、ありがとうございます」

「ルーク様、大好きです♡」


 正式な婚約がなされて、ちょっとイリスは大胆になったようだ。可愛いけどね。



「ところで、ブレスレットタイプのも有るんだよね? 良かったらそれも売ってくれないかな~なんて……」


「2つ着けても効果は一緒ですよ」


「いや俺じゃなくてね。長男にもあげたいなと思って。ほら、これ【個人認証】が付いているので国宝や家宝として後継できないでしょ?」


「ですね。【個人認証】処理した本人のみですので、要らなくなっても誰かに譲ることはできません」


 長男は優秀で、既に次期国王として内定しているそうだ。とはいえ、会ったこともない奴の為にホイホイ作るようなことはしないと決めている。自分ルールというやつだ。


『♪ マスター、自分ルールは良いのですが、次期国王になる相手に今から貸しを作っておくのも大事なのではないですか? それと、王太子とは二度幼少時に会ったことがおありですよ。ルークのいたずらが酷くなったあたりから来賓の応対時やパーティーには呼ばれなくなり、会う機会もなくなったようですけど……』


 うちのジェイル兄様とも仲が良いとナビーが教えてくれた。


「ど、どうかな? 我が息子にも譲ってくれると嬉しいのだけど――」


 ゼノさん、めっちゃ低姿勢だな。


『♪ あまりクレクレとせっつき、マスターの機嫌を損ねてしまうと今後一切付与品の有用な物が得られなくなると本末転倒ですからね』


 沢山欲しいが、俺の機嫌を損ねるのは避けたい。あとミーファに釘を刺されているってのもあるようだ。


「量産すると俺の付与の能力が無くなってしまう気がするんですよ……。ほら、ダンジョン産のレア物も大体【個人認証】が付いているでしょ? それってレアリティー維持のために神が敢えて付けていると思うんですよね。だから、考えなしに俺が配布しまくっていると、急に神の恩恵を取り上げられてしまい【付与魔法】が使えなくなったりしそうで……」


「神によるレア度の維持はあるかもしれないね。頻繁にダンジョンで得られるようになると、それはもうレア物じゃないしね。なるほど、そのためにルーク君はあえて【個人認証】付きの品にしているんだね。そうなると安易にお願いできないか……神の加護や恩恵の損失はよくあると聞くしね」


 恩恵の損失って本当にあるんだ⁉


 ミーファが居るので、『気がする』とか『しそう』という風に言葉を濁して表現したのだが、これが上手くいったみたいだ。


「まあ、あくまで可能性の話ですけどね。他人のためにどこまでやれば能力損失になるかなんて試すまでもなく、俺の付与能力のことは隠しておく方が良いと考えています。それと知られてしまった相手には、最初からいくら頼まれても『あげない』し『作らない』と言っておいた方がトラブル回避になるでしょう」


「そうだね。公に知られるとかなり危険かもしれないね。できるだけ秘匿した方が良いだろう」


「まあ今回は義兄になるお相手なので、王太子の分は了承しました。以降のお願いはご遠慮願います」


「息子の分の作製を引き受けてくれてありがとう。以降のお願いは控えるね」


 しっかり釘を刺しておくが、「了承」ではなく「控える」と上手く交されてしまった。



   *     *     *



 食後に神殿に行ってミーファとララのジョブを獲得した。


 二人とも予定どおり【魔術師】を選んだ。ガイルさんがララには【剣士】の適性があることを言ってきたが、ララは俺の教えた考えに賛同してとりあえず剣術の練習もしつつ、幼少時は魔力量を増やす訓練をメインにすることになった。


「ルークお兄様! 魔力がいっぱい増えました!」

「良かったね。増えた分だけ魔法の練習ができるよ」


「はい、嬉しいです♪」


 ララが可愛いいよ~~!


 ララの総魔力量はこれまでの約3倍になっている。思っていたより増えたので安心した。そもそも魔法適性が低いと【魔術師】のジョブ自体獲得できないのだが、ララは魔法より物理攻撃の方に適性が高いので【魔術師】を勧めた俺としては少し心配していたのだ。


 そしてミーファの総魔力量は4倍に増えた。


「ルーク様、4倍は凄いことですよね?」

「そうだね。でも、これって聖獣のスピネルが来てくれるほどの素質がミーファにはあったってことの証明だよね」


 まあそこはララもミーファもやはりサラブレット仕様で誕生した王家所縁の者だってことになるのだろう――魔法適性が遺伝的に継承される世界で、容姿端麗で頭脳明晰、そして魔法適性の高い者たちが数千年単位で王子たちへ『最良の嫁』として選ばれてきた結果がこれなのだ。



 でだ……俺は今めっちゃモテている。神殿に仕えているシスターたちにだ。


 王都の神殿同様、神殿に併設されている診療所と孤児院へ各100万ジェニーずつ寄付をしたのだが、お礼を言いつつお年頃のシスターたちが笑顔ですり寄ってくるのだ。


 それをミーファがジーッと静かに無表情でこっちを見ている。ちょっと怖い。


『♪ 労咳治療の発明者ですから当然の結果でしょう。ここ数年、労咳で亡くなられる人を一番見てきた者たちです。そのうえ神獣まで従魔にしているとなれば、神殿関係者の者からすれば神の寵児として尊敬の念を抱くこと必至ですよね。皆お近づきになりたいと思っているようですよ』 


 なるほど……国に何かあり、使徒が現れる際には聖女に神託が下りる。なにもないので『使徒』とまでは思われてはいないようだが、『神の寵児』と思われているのか。


 モテていると勘違いしていたが、身分差故に恋愛対象としては見ていないそうだ。つまりはこういうことだ――


 診療所に入院している患者で15分ほど結核治療を実演講習した。2名治療できるようになったので、あとはその者から学ぶといい。




 その後、礼拝堂で俺一人にしてもらい女神とコンタクトを取る。要件はミーファについての相談だ。


『ルークさん、実はですね、少し邪神側に動きがありまして――』


 どうも邪神を崇拝している輩たちがいて、邪神復活をもくろみ俺の祖国に戦争を仕掛けようとしているらしい。


『どういうことですか? 邪神だけ倒せば良いって話じゃなかったんですか?』

『そうなのですが、実際はこうやって変な輩が涌いてくるのですよね……』


『邪神が復活したら世界が滅ぶんですよね? なぜ復活させようとするのです?』

『邪教徒たちの目的が正に「世界の滅び」だからです。一度滅ぼして新たな理想郷の世界に創り変えようというのが教義のようです。邪神の神力の糧になるのが恨みつらみ等の負の感情ですので、手っ取り早く大きな戦争を起こすのが邪神の復活を早めることに繋がります』


 うわ~、ラノベでよくあるやつだ。


『デ、オレハドウスレバイイノデスカ?』

『もう、そんな嫌そうに言わないでください。ちょっかいを掛けているのは4カ国に対してですね。ヴォルグ王国と沿岸3国のうちの2カ国、そして獣王国です。とはいえ、今は何もできることはありません。下手に絡むとそれが火種になってしまう可能性の方が高いです。現状、邪教徒たちの数は少数ですので、大きく動くことはないでしょう。今のところヴォルグ王国の悪口を広めて、少しずつ悪感情を高めていく計画のようです』


 沿岸国との確執は高い。数千年前からお互いの領地を狙っているのだからまあしょうがないけどね。


 獣国とも確かかなり前に大きな戦争をしたと聞いている。とはいえ、世代が数十世代代わり昔ほど緊迫した気配はなく、現状休戦状態が長く続いている。



 事が大きくなる前に『邪神教』は潰したいところだが、俺のレベルが低すぎて今は何も任せられないとのことだ。


『じゃあ、その国の聖女様に神託を下して神殿騎士たちに退治してもらうのはどうですか? 何も俺一人で一切合切やる必要はないですよね?」


『ええ、そのうちそうするつもりではいます。ですが今は混乱を招くだけですので、何もしないのが得策でしょう。本格的に輩どもが暗躍し始めたら、国の暗部に動いてもらおうかと考えています』


 うわ~、混乱を最小限にするために『暗殺』するって事だよね? 女神、怖!


 いろいろ面倒ごとが控えているようなので、ミーファにはもう少し『邪神』のことは言わないでおくことにした。


 やっぱレベルを上げて目を治すのが先だよね。

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