第97話 カツカレー

 女性陣の希望で、3カ所の候補地の中から前侯爵領を貰うことになったのだが、少し疑問がわいた。


「そういえば、俺がヴォルグ姓を名乗るって話なら、領地の名前も変更になるのですか?」


 国の場合、建国した際の初代国王になった者の姓が国名になる。


 開拓村の場合は、開拓者の主導が貴族ならその貴族の家名が村の名になる。冒険者や農民が集まって開拓した場合は、開拓者のリーダーが好きに決めて良いことになっている。


 今回のようになんらかの理由で元からある領地を引き継ぐ場合、引き継いだ貴族の姓に領名を改名することの方が多いそうだ。


 領地名に貴族の方が改姓するパターンとしては、有名な特産品があり、その商品名に使われている場合は貴族も渋々家名を変えるそうだ。家名を尊ぶ貴族としては、没落したり、領地を没収され爵位を剝奪された貴族名を名乗ることは屈辱的で、相当悩んだ末に決断したことだろう。


 とはいえ、地名が変わったことで特産品が売れなくなる可能性が高いとなれば貴族も諦めるしかない。


 あっちの世界だと、ワインによく地名が使われていた。滅多にワインを飲まない俺でも、ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュぐらいは知っている。


 それに、あまりにも有名になった領地名はそのまま使った方が当人の為でもある。例えば、「ボルドー伯爵様、お初にお目にかかります」とか言われて、「いや、私の家名はミハエルだ……」ってな感じで、元の貴族家由来の商品名より知名度の低い事実を晒す羽目になり、何度も恥ずかしい思いをすることになるだろう。


 まあ、どちらにしろ、長きに渡って領民に慕われている場所だったら、改名直後は大なり小なりの反感は有ると思う。日本でもそういう事例は沢山あったしね……球場とか、公的施設など。


「そうなるね。ヴォルグ公爵領と改名する予定だよ。現在領内にいくつかの属領があるけど、取り潰す予定の貴族も数家あるので、子家となる家臣たちの詳細は少し待ってもらうね」


「その辺はさっぱりなのでお任せします」

「うん、その方が良いね」


「仮に頂いた領内で誰かが新規開拓した際の領地とかどうなるんですか?」

「そもそも『勝手に国内の領地で開拓してはいけない』と法で決めてあるからね。事前に許可を求める申請があるはずだよ。それが貴族家なら君の子家となる。平民の場合、開拓村から正式な村として認められた際に『騎士爵』の爵位が与えられて管理を任せることになるね」


「ん? でも、騎士の爵位は一代限りで世襲できないのですよね? それだと平民は1から開拓するほどの魅力がないのでは?」


「『騎士爵』の位は世襲で継げないとなってるけど、開拓領地持ちは別扱いだね。犯罪行為や不正等の行為がない限り領地没収になることはないよ。でも、村自体の立地的価値は有るのに何世代にもわたって町へ昇格できなかったり、領地防衛ができず何度も軍の派遣要請がでるようなら取り上げることはあるかな――」


 よくよく聞けば、事前にちゃんとした開拓計画表を提出して国の審査があるのだそうだ。治水工事なんかやれば、川の下流域に多かれ少なかれ迷惑がかかることだし、審査は色々厳しいみたいだ。


 それに赤字にしかならない場所に村を作られても、資金要請が親家に何度もくる羽目になるだけなので事前に止めるそうだ。


「なるほど、在学中にそういうのも勉強しておきます」


「そうだね、学園の選択科目にも『領地経営学科』とかもあるので選択するといいよ。ところで、ルーク君の治療の方はいつ頃までかかりそう? 卒業生のイリス嬢はともかく、ミーファやエミリアたちをそう何日も休ませるわけにはいかないので、明日の朝、俺たちに便乗させて連れ帰ろうと考えているんだけど、どうかな?」


 母が心配で付いてきたエミリアだが、完治した今となってはさっさと学園に戻った方が良い。これからすぐ馬車で帰ったとして、王都まで3日掛かる。移動手段が馬車だと俺の治療が終え、ディアナに乗って帰るのと大差ないのだ。それならゼノ国王の竜騎士部隊に便乗して送ってもらった方が良いだろう。


「そうですね、治療の方はもう2・3日掛かりそうなのでそうしてください。ミーファ、エミリア、それでいい?」


「ルーク様と居たい気持ちもありますが、分かりました。お父様、よろしくお願いしますわ」


 可愛いことを……嬉しくてちょっとにやけてしまった。


「久しぶりにミーファを後ろに乗せて飛べるね。楽しみだ」


「わたくしもお母様が元気になられたので、安心して勉学に励めます。ルーク様、本当にありがとうございました。あの、それで国王様、わたくしを送って下さる竜騎士様は、どのような方なのでしょうか……」


 まあエミリアとしては重要案件だよね。男性騎士とタンデムとか無理だろう。


「ああ、心配いらないよ。ちゃんと君用に女性の竜騎士を同行させてきている」

「ご配慮ありがとうございます」


 どうやら国王は忙しいらしく、明日の早朝には帰るそうだ……中々の過密スケジュールだ。こういうの見ると、人の上に立つ立場の領主なんかに成りたくないんだけどな~。




『♪ マスター、イリスがこのまま話が終えそうでそわそわしていますよ。イリスの立場を明確にしてあげないと、不安で胃に穴が開いちゃいます』


 イリスの方をちらっと見たら目が合った。


「結婚式を学園の冬休みに行うということですが、イリスについてはどうなっています?」


「結婚式や披露宴を冬休みにするのはね、ルーク君の誕生日が11月ってのもあるんだけど、毎年恒例の10歳の社交デビューパーティーと年始の定例会議が1月にあるでしょ、それに合わせようかと思ってね。イリス嬢についてはいくつか確認しなければならないことがあるね。まず、君たち二人は現在好き合っていて、結婚したいという気持ちはあるのかな?」


 名家であればあるほど姫の結婚披露宴に出ないわけにはいかない。魔獣や盗賊の出るこの世界では、騎士や冒険者で護衛を固めての移動になるため、かなりの出費になるのだ。年に何度も王都に足を運ぶことになったら、貴族たちから不平不満が出かねない。



 俺の気持ちを問われたのだが、本音を言えば16歳で『結婚』とかはまだしたくはないんだけど、この世界での貴族の常識では『お付き合い』=『婚約』→『結婚』なのだ。可愛いからと手を出し『純潔』を奪おうものなら、貞操観念が強い貴族令嬢がお相手だと責任が伴って将来の面倒を見ないといけなくなる。それを蔑ろにして知らん顔してると、貴族令嬢たちが盛大に尾ひれを付けて周囲に悪評として広められてしまうのだ。


 イリスの場合、俺が手を出していなくても周りはエロ王子に貞操を奪われている娘として見られ、嫁ぎ先は傷物として『妾』が妥当と周りは勝手にそう判断するのだそうだ。


 イリスは俺の侍女になる際に、相当悩んで『妾』になる覚悟までしたと言っていた。もし俺が引き取らなかった場合、回復に関係する職に就ければ最悪貰い手がなく生涯独身でもいいのだそうだ。


 そういうのも含め考えた結果、俺はミーファとの結婚を決めた際にイリスのことも責任をもって嫁にすると決意した。 


「はい。イリスはとても魅力的な女性です。俺、学園卒業後に、イリスが他の男と腕を組んで歩いているのを見かけたら、多分イラっとすると思うんですよ。だからそうならないように俺が貰い受けます」


 いくら了承済みだとはいえ、ミーファの心情を考えればちょっと心が痛い。


「もの凄く例えが生々しいですが、そのプロポーズお受けいたします。ルーク様と一緒の寮で暮らし始めてまだほんの少しの期間なのに、日に日に自分がルーク様のことを好きになっていくのを感じていて、今ではもうルーク様以外の殿方とか考えられません」


「それは喜ばしいことだね。国としても大歓迎だよ」


 それは『回復属性持ち』の子供目当てでしょ!



 その後、先に訪問治療に向かい、帰宅後にミハエル夫妻と結婚の話を詰めた。


 俺は先日言えなかった「娘さんを下さい!」を発動し、正式にイリスと婚約関係を結んだ。イリスの嬉しそうな笑顔を見ていると、俺も幸せな気分になれた。


 ミハエル伯爵だが、先日のダメっぷりが嘘のように国王や公爵の質問に応対している。農地提携の話になり、ガイル公爵も「ミハエルは優秀だ」と口添えしてきて、コスメ関連の共同運営も発足することになった。どうもピエールさんはコレット夫人に昨晩かなりしつこく俺との農地提携を勧められたようだ。



   *    *    *



 なんだかんだで話が長引き、もうお昼になった。


 昼食は俺が作ると料理長のダンリルさんには昨日の時点で伝えてあり、米だけ大量に炊いて準備してもらっている。そう、今日のお昼はカレーだ。既に食堂にみんな集まっている。



「ルークお兄さまのお料理楽しみです♪」


 ララ、可愛すぎる!


 よし! カレーをカツカレーに昇格してあげよう!


 オークのロースブロック・小麦粉・生パン粉・玉子・塩・胡椒を【インベントリ】から出してララに声を掛ける。


「ララ、また俺と一緒に作ってみる?」

「お料理したいです!」


「そうだ! ルーク君、なんで俺が居ない時にララの初めての獲物で作ったララの初めての手料理を食べてしまったんだ! 酷いではないか!」


 うわ~、サーシャさんの言った通り、このおっさん拗ねちゃってるよ。

 ゼノさんの方を見たらこっちは大丈夫そうだ。


『♪ ゼノも一言いいたかったようですが、ガイルの馬鹿親っぷりを見て口を噤んだようです』


 まあ、第三者から見たらこれはちょっと恥ずかしいよね。


「生ものですし、居ない人のことまで知りませんよ」

「君は【時間停止】機能の付いた収納ポーチを持っているではないか!」


 確かにそうだが、俺の知ったことではない。


「そんなことまで一々考えてられませんよ! ララ、変なおじさんは無視して、まずは【クリーン】で手を綺麗にして、一緒にやってみようか」

「はい!」


 「変なおじさんだと!」とか聞こえてくるが無視だ。


「ルーク様、私も見ていてよろしいでしょうか?」


 傍で控えていた料理長のダンリルさんが声を掛けてきた。そういえば先日レシピ盗みを咎めたんだった。だからこのまま見ていて良いのか聞いてきたのか。


「ええ、良いですよ。ただ、俺のオリジナルレシピの料理は、結婚披露宴の時に使うつもりですので、それまでは公爵家の者以外に公開はしないでくださいね」


「了解いたしました。それまでは一切作ることも致しませんのでご安心くださいませ」


 う~ん……。


「いや、むしろ他のレシピも教えますので、披露宴までに一杯練習して、当日は王都へヘルプに来てくれませんか?」

「よ、宜しいのですか⁉ あ、でも勝手に出張はできないですね。公爵様の許可が要ります」


「我が家の食事メニューが増えるのなら問題ない。ただ、王宮の料理人たちに教える形になる。そうなると公爵家の威信にも係わってくるので、ルーク君に教えてもらったレシピはしっかり練習しておくように」


「畏まりました」



 まな板と包丁を出して、ララと並んでブロック肉を2㎝ほどの厚さに切っていく。今回は厚切りに。


1、豚ロースは筋切りをして、塩こしょうをふる。

2、小麦粉をつける。

3、バットに溶き卵、サラダ油を少し入れて混ぜ合わせ、2をくぐらせる。

4、生パン粉を全体にまぶす。

5、油を150℃に熱し、4分ほど揚げたら一度取り出し、1分ほど放置。

6、その間に油の温度を180℃に上げ、再度投入して二度揚げする。


「こんがりキツネ色になったら完成だよ。油への投入の仕方は覚えてる?」

「はい、そっと手前から奥へです」


「うんうん、ちゃんと覚えているね。じゃあやってみようか」

「はい!」


 ここにいる人の枚数を揚げた時点で、料理人たちと交代する。だってめっちゃやりたそうにしているんだもん。


 完成済みのカレーが入った寸胴鍋を2つ取り出し、平皿によそったライスの上にカツをのせルウを掛ける。


「少し辛い料理です。辛めと甘めの二種用意していますので、お好みでどうぞ。辛いのが苦手な人は、甘い方から味見した方が良いかもです。ライスよりパンが好きな方は、スープ皿にルウをよそってパンを浸して食べるのも美味しいですよ」


「「「旨~~‼」」」

「「「美味しい!」」」


「辛!」

「だから最初は甘口からって言ったのに……」


 アンナは辛いのはダメなようだ。それに忠告を無視して食べておいて俺を睨むんじゃない! 睨みながら水をがぶ飲みしててつい笑ってしまった。さらに睨まれたけどね。


「ララはこっちの辛い方が好きです♪」


 日本のカレーは偉大だ。大抵の国で『旨い』と言われ、どんな人種の味覚にもマッチしている。この世界の人の舌にも合うようだ。


 壁際で物欲しそうに見ている使用人たちに「沢山あるので後で食べさせてあげるね」と声を掛けたら、驚くほど喜んでいた。何気にまた俺の株が上がったみたいだ。


 流石に国王が食べている会食時に皆を同席させるわけにはいかないからね。その辺の線引きは大事だ。



 当然カレーのレシピも料理長のダンリルさんが聞いてきたが、それは後日とした。


 さて、午後からはミーファとララとジョブ獲得のために神殿へ行くことになっている。 聖獣を与えられたミーファに、邪神のことを話すかどうか迷うところだ。


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