第95話 面倒なことだらけで嫌になる

 例のごとくナビーは言葉を濁して面倒ごとの内容を教えてくれない。


『なんでそんな意地悪するんだよ! 中途半端に情報開示されたら、その内容が気になってずっとモヤッとするだろ! それなら最初から知らない方がまだ良いよ!』


『♪ 意地悪なんかじゃありません。ナビーはマスターの為だけに存在しているのですから、マスターの気分を害する行為は極力致しません。とはいえ、全くなにも知らせないと「事前に分からなかったのか?」とマスターに思われてしまいます』


『そんなこと思ったりしないよ!』


『♪ そうですか? ですが、マスターにナビーの優秀さをアピールしたいので、さわりだけは心構え的にお知らせします』


 ナビーが優秀なのはアピールしなくても認めているのに――


『だから、中途半端に教えられるとモヤッとするんだって』

『♪ ですが、ミーファやララが側に居るのに、本来知っているはずのない情報をマスターが知っているのはまずくないですか?』


 う~ん、確かにそれはマズいかも。


 意地悪ではなく、ちゃんと理由があって教えなかったのか……それならそう最初から言ってくれれば誤解しなかったのに。


『噓発見器のミーファが居るの忘れてたよ。ゼノさんと会話中に知らん顔して「へー、そうなんですか?」とか適当な相槌を入れた時点でミーファやララには違和感として感知されるだろうね。時々「あれ?」みたいな顔でこっち見てる時あるもんな~』


『♪ はい。ミーファは嘘吐きな人は嫌いです。知っていることを知らんぷりで会話すること自体は噓ではありませんが、不審に思われるようなリスクは避けた方が良いでしょう』


 モヤッと感はあるものの、『事前予告』はやはり欲しいのでこれまで通り行ってもらうことにした。




「ルーク様、今日はどうなされます?」

「そうだね。天気もいいし、公爵家の庭でも散歩がてら散策してみようか?」


 というわけで、ゼノさんが間もなく到着するそうだが、その情報を本来まだ知らないはずの俺はいつも通りイリスと散歩を行う。


「へ~、ハーブ類もいろいろ植えてあるんだね」

「あ、このハーブは気を付けないとあっという間に増えてしまうのですよ」


 イリスは薬学科を専攻してただけあって、こういう知識も豊富のようだ。

 まあ、ルーク君はエルフの師匠からこの手の知識はイリス以上にあるみたいだけどね。  


「そうだね。ちゃんと管理できる庭師が居るからここは大丈夫だろうけど、素人が下手に庭に植えると花壇や家庭菜園のエリアまであっという間に侵食しちゃうんだよね。あ、この白い花はドクダミだね。師匠が言うには、葉を火にあぶり、腫れ物に貼ると腫れを散らす効果があるそうだよ。浴剤としても効用があって、化膿・湿疹・冷え性・痔疾にも効果があるらしい。他にも煎剤としてお茶にして飲むと利尿薬として淋疾・尿道炎に効果があるし、血管補強作用もあり、動脈硬化予防や高血圧にも薬効が期待できるって言ってたよ。お茶はちょっと癖があって俺には合わなかったけどね」


「ルーク様は大賢者エドワード様のお弟子様でしたね♪ いろいろなこと教えてもらっているのでしょうね。羨ましいです」


「俺が知ってることはイリスにもこうやって教えるけど、知っていることの方が多いかもしれないね」

「いえいえ、ドクダミに腫れを散らす薬効や利尿作用があるのは知っていましたが、これほど沢山他にも効果があるとは教科書にも載っていませんでした。今後もご教授よろしくい願いしますね♪」


 傍から見れば、若い男女が綺麗な庭で花を愛でながらイチャイチャしているようにしか見えない散歩を終え、サーシャさんの最終診察に向かう。




「うん。もう治療は必要ないですね。鑑定で『健康体』と出ています。今後は落ちた体力を戻すよう軽い散歩などをお勧めします」


「ルークさん、本当にありがとうございました。頑張って元のように動けるよう体力作りに励みます」


「そうなさってください。ところで、介護をしていた彼女たちはどうされています?」


 ここにいない介護娘たちのことが気になって聞いてみた。


「今日明日は休暇を与えました。お小遣いをいくらか渡してあるので、街に出て自由にするように伝えてあります。実はガイルがもうすぐ帰宅いたします。帰ってきてから彼女たちのことは話し合うことになっています。コールで昨晩相談するつもりだったのですが、相当忙しかったようで「そのような些細な事案は後だ!」とちょっと叱られてしまいました。ルークさんにすぐにでも相談したい案件があるようで、お屋敷に居てもらってくれと頼まれましたのよ」


 そういえばミーファとララを伴って神殿に行く手配をしていたんだった。


「じゃあ午前中に神殿に行く予定でしたが、ガイルさんに会った後に行くことにします。でも訪問診療だけは行ってきますね。俺が決まった時間に行かないと患者たちが不安になりますからね」




 そうこうしている間に、侍女長のパメラさんが国王ゼノ様ご到着の知らせを伝えに来た。


「え? もう帰宅したのですか?」

「はい、奥様。どうやら雨が止んですぐ、まだ暗いうちに王都を御出立なされて来たとのことです。ルーク殿下と奥様と一緒に御朝食をなさりたいとお申し出ですが如何いたしましょう?」


「俺はいいですよ」

「勿論わたくしもお受けいたしますわ。あ、でもこの普段着では少し恥ずかしいですね。パメラ、すぐ準備をしてくださいまし」


「了解いたしました。ルーク殿下は先にご案内いたします」



   *    *    *



 「朝食を」ということだったので食堂に行くのかと思いきや、二階にある会議室のような個室に案内された。誘われたのは俺とサーシャさんだけだったので、イリスは部屋で待機してもらっている。


「やぁルーク君おはよう。ここでもいろいろ大活躍だったと聞いているよ」

「おはようございます。ゼノ国王はなんかげっそりしていますね。夜間飛行なさって来られたのですか?」


「少し取り急ぎの案件ができてね」


「ルーク君、おはよう。サーシャのことありがとう。昨晩完治したと連絡があって、とても感謝している。それと娘たちにマジックポーチをプレゼントしてくれたそうで、本当にありがとう。ララやアンナが喜んで俺に知らせてきたよ」


 へ~、アンナもあれは嬉しかったのか。


「いえいえ、どういたしまして。でも先に言っておきますが、量産はしませんので催促しても無駄ですよ」


 ゼノさんの方から「うぐっ」って聞こえたが無視だ。


「で、急ぎの案件というのは俺が関係していますか? 爵位や領地を与えられなくなったとかの話ですか?」


「領地の話もあるんだが、そっちより急ぐ事案だ。まあそっちも気になるだろうし、先に伝えておこうかな――与える爵位は『公爵』の位に満場一致で決まったよ」


 家格として王家を除けば最上位の公爵位が貰えるのか。


「バカ王子に公爵位を与えても宜しいので?」


「あはは、君が噂通りのバカじゃないと、君自身が証明して見せたじゃないか。君の治療法で助かった貴族たちが日々増えているんだ。満場一致で反対する者などいなかったよ。そして与える領地は3カ所から選んでもらうことにした。1つ目は――」


「あ~、選択地を今言われても、俺全くこの国の情勢も地理も分かりません。領地の件はミーファやエミリアが居る時にお願いします」


「エミリアならそういうのも詳しいはずだ。うちの娘はその地の特産物や周辺にあるダンジョンの数までしっかり勉強していたからな」


 ガイルさんが娘自慢を始めた。そういえばエミリアが今年の首席合格者ってイリスが言ってたのを思い出した。


「じゃあ、面倒案件を先に済ませるか――実は3カ国から君に対して物言いがきているんだ」


 物言い――つまり、何らかのクレーム案件か?


「俺にですか?」

「まあどれも言いがかりレベルの話なので、アピール的な事だけでもしておこうという考えなんだろうね。1つはエルフ国。これは神獣ハティのお母さんがエルフ領にある御神木の世界樹周辺を守っている土地神様なので、「フェンリル様のお仔はエルフが面倒見る」といちゃもんを付けてきた。まあ向こうも言い掛かりだというのは分かっているようで、とりあえず『召喚者に会わせてほしい』との要望だ」


「マジで言い掛かりじゃないですか。俺に会ってどうするつもりなんでしょう? 殺してハティを奪っていくつもりとかじゃないでしょうね?」


「そこまで馬鹿じゃないでしょ。君に危害を加えたら、逆に神獣様のお怒りを買うだろうし、君の本国も黙ってないからエルフとの全面戦争になっちゃうよ」


「う~~ん、面倒そうな話ですね……。で、他の二国はどこですか? やっぱハティ案件ですか?」


「もう一つはドワーフ国だね。こっちはディアナちゃん案件だね。ほら、一時期ドワーフの採掘場のふもとの仮設村に出入りしてた話したでしょ。俺たちからすれば伝説のおとぎ話的なことなんだけど、長寿の彼らからすればまだ存命者が居て、ディアナちゃんのことをドワーフ国の守り神だと主張してきているんだよね」 


 つまり、黒帝竜様はドワーフ国の守り神なので返せと言ってきているのだ。


「はぁ~、これも言い掛かりじゃないですか。そもそもディアナもハティも召喚によって従魔になったのであって、俺の魔力が気に入って向こうから来てくれたものです。卵や仔狼を国が管理している場から盗んで育てて従魔にしたとかならともかく、向こうに何の権利もないでしょう」


「だね。それは向こうも十分承知での言い掛かりで、ドワーフ国も君に会わせろとのことだよ。で、もう一国が一番厄介そうな魔国なんだよね……」


「魔国が何と言ってきているのですか?」


「理由も告げずルーク君の「顔が見たい」「会わせろ」の一点張りなんだよね。言い掛かりなら突っぱねるだけの話なんだけど、国王自らコールしてきての『面会依頼』なので無視もできないし、国の外交や親睦のためにも会わせないわけにはいかないんだ」


「急ぎの相談ってのはこのことですか……会わないってのは無理ですよね。魔国おっかないですし」


「そうなんだよ。魔国の王はヴァンパイアの真祖で不死者なんだよね。噂じゃ世界が誕生したと同時に彼も生まれたとかいう噂があるほどで、いつから国王やってるのかも分からないほど古参の国王なんだ。この大陸では魔国にだけは戦争を仕掛けてはダメってのが共通認識だからね」


 魔国と戦争になれば、大国であるうちの実家でも負けると父様は予想していた。魔国の住人の一人一人の戦力がもの凄く高いのだそうだ。 


「魔国に返答する前に、一応俺に許可取っておこうという話ですね」

「そういうことだね。面倒ごとなのでコールで済ませていい話じゃないからね」


「分かりました。でもあくまで俺は学生で、この国に来てからまともに授業を受けられていません。俺はこの国の地理や歴史なんかはさっぱりなので人より努力する必要があるのです。雑事は一度で済ませたいので、3カ国の使者と同時に面会できるよう調整してもらえますか?」


「本当に済まない! だよね~、授業2日しか受けてないよね。ミーファにも言われているのに、いろいろお願いしてごめんね!」


「妻のために申し訳ない。そして本当に君には感謝している」


 ちょっと言い方が悪かったかな? ガイルさんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「サーシャさんのことは俺が望んでやっていることなので謝罪は必要ないですよ。使者との面会を休日になるよう調整の方はお願いしますね」

「勿論だ。その辺の調整は任せてくれ」



 その時支度を済ませたサーシャさんがタイミングよく案内されてきた。


「ゼノ国王様、お久しぶりでございます」

「サーシャちゃん、前回会った時と比べたら見違えるように顔色が良いね!」


「国王様、もういい歳なのでちゃん付けはお止めくださいと何度も申していますでしょ」

「サーシャ! おお! 見違えるようだ!」


「あなた、お帰りなさい。ルークさんのおかげで完治いたしました。ゼノ様、あなたが強くルークさんをこの国に望んだとガイルから聞いております。ルークさんと引き合わせて下さったこと、感謝いたしますわ」


「いや~、まさかルーク君が労咳治療までできるとは思っていなかったんだけど、結果的にラッキーだったよね。ユリウス国王には睨まれちゃったけど」


 ガイルさん、俺たちが目の前に居るというのに、サーシャさんに抱き着いて涙を浮かべている。なんかこういうの良いな……将来ミーファとこういう夫婦になれたら幸せだろうな。


「話が終えた後、この4人で食事をしようと思っていたけど、与える領地はミーファたちと相談がしたいとのことなので、場所を移して皆も呼んで食事をしながら決めようか。君に与える候補地だけど、3つのうち2つが問題を抱えている厄介な場所だからね」


「エエッ⁉ そんな場所要らないですよ! 問題のない領地でお願いします!」

「まぁまぁ、そう決断を急がないで、ミーファやエミリアたちにも聞いてみようよ。問題はあるけど、貴族なら喉から手が出るほど欲しがる優良地なんだから」


 問題のある場所なんか要らないよ! どうせディアナの戦力を当てにして選んだ候補地なんだろう? 俺は面倒ごとに係わっている暇はない。邪神討伐のためのレベル上げが最優先なんだ!


 面倒ごとばっかでホント嫌になる! 女神様いい加減にしろ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る