第94話 醤油の解禁とディアナへのご褒美

 お風呂を上がって果汁ジュースをハティにあげようとしていたら指にチクッときた。何だろうと思い調べたら、乳歯が生え始めていた。


「え~~、もう歯が生えてきてる……いくらなんでも、成長早すぎるだろ」

『♪ 魔獣の成長は普通の動物なんかの成長よりずっと早いですね。神獣の成長も魔獣同様に随分早いようです。危険な森の中での子育てですし、授乳は母親が寝転んで与える必要があるので、そういう危険を伴う期間を減らすためなのでしょう。魔獣にとって神獣の赤ちゃんとか魔力に溢れた非力なごちそうでしかありません』


「成程。あのおっかない母親が守っているとしても、魔獣たちは虎視眈々と親の目を盗んで狙ってくるわけだ」


『♪ そうなります』


「となると、赤ちゃん時分は却って街中で暮らす方が安全かもね」

『♪ 何とも言えないですね。街中は神殿に神が授けた【結界石】があるので魔獣の脅威はないですけど、その分欲深い人間がハティを手に入れようと狙ってくるでしょう。知恵がある分魔獣より厄介だと思います』


 それもそうか。うちの父親も帰って来いとうるさく言うぐらい、国レベルでハティには価値があるのだ。まあ、ナビーが監視してくれているので問題ないそうだが、気を付けるに越したことはないだろう。


「まだ指先に少し当たるぐらいしか生えてないので、固形物はちょっと早いかな?」

『♪ 流石にまだダメですね。でもこの分だと来月にはお肉も大丈夫そうです』


 哺乳瓶でミルクや果汁ジュースをチューチューと吸うハティは可愛いのだが、果汁を摩り下ろしたり、哺乳瓶を持ってあげたりと、手間と時間はどうしてもかかる。まあ可愛い従魔たちのためなら手間暇を惜しむつもりはないけどね。




「主様よ、お風呂出たからお肉じゃぞ」

「分かってるって、ちゃんと俺が味付けして作ってやると言ってるだろ」


 さっきから何度も俺とディアナでやりとりされている会話だ。

 会話中に『お肉』という単語が入ったので、また気になって聞いてきたのだろう。口の端から涎を垂らしそうな勢いなので、さっさと食べさせてあげましょうかね。



 魔導コンロとフライパンを出し、自室で調理することにした。


 煮込むものは時間がかかるので、簡単に焼くだけのものとレバ刺しを作ってあげようかな。


≪ディアナのご褒美メニュー≫

・霜降りサーロインステーキのスパイスバター焼き

・サーロインステーキのガーリック醤油焼き

・生レバー刺し



 まずは霜降りのサーロインからだ。ステーキスパイスは事前に作ってある。


 ≪ステーキスパイスの材料≫

 塩・胡椒・レッドベルペッパー・ガーリック・パプリカ

 コリアンダー・グリーンベルペッパー・パセリ・オニオン

 唐辛子・マジョラム・オレガノ・バジル

 粉末調味料(醤油・乾燥昆布・乾燥椎茸)


 12種の香草を【粉砕】魔法で粗挽きにし、粉末にした調味料をまぶしてある。粉末調味料にカツオがないのが残念だ。なんにでも合う鰹ダシが最強だと俺は思うんだけどね。



 厚さ2㎝、重量300gの筋や脂身を取った霜降りサーロインにステーキスパイスを両面に振り、バターを引いたフライパンでミディアムレアに焼くだけだ。


「うみゃー! 主様よ! 旨いのじゃ♪」

「ルーク様、美味しいです!」


 ディアナは勿論のこと、料理上手なイリスにも好評のようだ。

 事前にイリスから食べ過ぎを注意されている俺は、就寝前なので一切れだけ頂く……美味しい。


「香草類は薬にもなるので高価だけど、絶妙な配分で料理に使うと格段に美味しくなるね」

「ですね。私は薬師として学園で2年間学びましたが、こういう使い方は習わなかったです。やはりルーク様の知識は素晴らしいです」


 1年時の魔法科は全クラス共通授業なのだが、2年時からは共通授業プラス専攻教科ごとに移動教室になる。1年時は個々の属性を調べたり、基礎的な魔力量の増加や適した使い方を目的として授業が組まれている。


 2年時の選択教科は基本自分で選べるのだが、定員人数が教科ごとに決まっているので、そこは成績が良いものが優先される。3学期の中間試験後に選択教科を担任に提出し、成績や得意属性などから選択教科が認められるのだ。



「お替りじゃ! 主様よ、もう1枚良いかの?」

「いいよ。ディアナの場合、いくら食べても俺みたいに太ったりしないからね」


「ヤッターなのじゃ! そうじゃ、主様よ、お昼にアンナとやらに馳走になったのじゃが、あやつらも呼んであげてはダメかの?」


 そういえばおやつをもらったって言ってたな。美味しいものを独り占めしないで、世話になった者にも食べさせてあげたいというディアナの優しい気質は良いことだ。


 まあ作るのは俺だけどね。


「良いよ」


 なんとディアナはアンナやララとフレンド登録してやがった! 義兄になる俺とはまだしてないのに、アンナめ~~!


 アンナとララを誘っておいて、それを後でミーファが知ったら拗ねそうなので、エミリアやエリカ、ナタリーも含めて呼んであげることにした。当然こうなるとララが「お母さまも……」という流れになり、俺の部屋ではさすがに狭いので食堂に移動した。



 2品目はサーロインの赤身の多いものを選び、ガーリック醤油で焼いてみる。


≪赤身サーロインのガーリック醤油焼き≫

 ・すり下ろしにんにく大1片

 ・醤油大さじ2

 ・みりん大さじ2

 ・砂糖小さじ1

 ・赤ワイン小さじ1

 ・ニンニクスライス1片


 牛脂で油を引き、その油でにんにくスライスをきつね色になるまで炒め一度取り出す。そのニンニクオイルで両面を焼き、最後にニンニク醤油ダレとさっきのニンニクスライスをかけて軽く火が通ったら完成。


「「「美味しい!」」」

「これも旨いのじゃ♪」


「それは良かった」



 女の子たちは食べる前にはニンニクの量の多さに口臭を気にしていたが、一口食べた後はみんなガッツリいっていた。



「妾は主様なしではもう生きてゆけぬ体になってしもうた」


 ディアナ、言いかた!


 皆の分を焼いている最中に、レバ刺しをさっと作る。

 日本じゃもう食べられなくなった牛生レバーだ。勿論【鑑定】魔法で食中毒等の安全は確認してある。


≪牛生レバー刺し≫

 ・新鮮な生レバー

 ・塩ひとつまみ

 ・胡麻油


 材料はこれだけで超うまいものが完成。


 生レバーはお好みで、醤油を少量垂らしたり、すりおろしたニンニクやネギなどを薬味にしてもいい。


 だが、ニンニク醤油は失敗だった……暴力的な甘辛い香りがお屋敷内に漂い、使用人たちが食堂に集まってきてしまったのだ。


 鼻を引くつかせ物欲しそうに見てくるが、決して「食べたい」とは口にしない。


『♪ マスター、なんか可哀想です』

『仕方ないな。お肉は一杯あるんだし、イリスたちにも手伝わさせるか……』


 そう思っていたところに、本職たちが現れた。料理長のダンリルさんたち料理人だ。


「ルークさま、このかぐわしい甘い匂いはいったい何なんでしょうか?」

「あらら、さすがダンリルさん。気づいちゃいましたか?」


「あはは、気づいちゃいました」


 一切れ口にあ~~んしてあげる。


「こ、これは! 美味しいですね! う~ん、魚醤のような気もしますが、風味が全く違いますよね。きつい魚の臭みもなく、深いコクがあります」


「魚醤と製法は近いものがあります。魚醤は魚を発酵させたものですが、これは大豆を発酵させて作ったものです。魚の臭みがないので、いろいろな料理に合わせやすい調味料です」


「素晴らしい! ルーク殿下、これはヴォルグ王国の王都で手に入れられるものでしょうか?」


「購入先ですか?」

「ええ、ヴォルグ王国の王都の大手商会とも取引しているのですが、この品は見たことないので気になりまして……」


 あ~~! そういえば海を渡った先の日本に似た島国でしかまだ作られてないって女神さまが言ってた。いろいろごねる俺に、仕方なく代替えの侘びとしてシャンプーや醤油や味噌を作れるように『ナビー工房』を作ってくれたんだった。


 まあ、いいか。

 入手先や製法などの説明が面倒だからと隠そうと考えていたが、それだと食べられる場所が限定的になってしまう。


 自領がもらえるなら、シャンプー同様自領で製造販売した方が将来的に良いだろう。



「これ、俺が開発しているものですので、今のところ非売品です」

「なんと! 不治の病の治療法だけではなく、このようなものまで研究しておられるのですか⁉」


「見ての通り、美味しいものが食べたいのでね」


 自分の体型を指さしておちゃらけてみた。


「ルークさん、この品はたくさん作られているのですか?」


 黙って聞いていたサーシャさんが話に割って入ってきた。


「お義母様、まだ開発途中ですので沢山は無いですね。でも一度仕込めば大量にできますので、その際は公爵家にもプレゼントしますよ」


 醤油を2リットルほどの壺満杯入れて、ダンリルさんにプレゼントした。



 もう夜9時を過ぎたのに、食堂は盛大に賑わっている。

 料理人たちも参加して、俺直伝肉料理を教えガンガン焼いて使用人たちにも振舞った。


 料理レシピの秘匿云々より、ララが今後も美味しものが食べられたら良いなと思う気持ちの方が強いからね。



   *    *    *


 翌朝、いつものようにイリスがカーテンを開け、朝日で俺は目が覚める。

 今日は昨日と打って変わり良い天気のようだ。


「ルーク様おはようございます。今日は良い天気ですよ」

「おはようイリス」


『♪ マスターおはようございます。ゼノ国王とガイル公爵がもうすぐ到着するようです。まだ暗いうちに王都を出たみたいですね』


『そうなの? そんなに慌てる必要ないだろうと思うけど、何かあるのかな?』


『♪ 実は慌てる必要があるようです』

『マジ? それってそこに俺が関係してる?』


『♪ 残念ながらど真ん中で関係していますね。面倒ごとではありますが、多分大丈夫でしょう』


 何で大丈夫だと言い切れるのか尋ねたら、身の危険のありそうな事案なら、ユグドラシルシステムが事前にナビーに知らせてくれるようになっているのだそうだ。


 なにやらガイルさんたちが面倒ごとを持って帰ってくるようだ……勘弁してほしい。



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