第93話 古竜様の死因

 イリスとの訪問診療を終え帰宅しているのだが、また雨が一段と強くなってきた。馬車からの乗り降りの際の一瞬だけで、俺もイリスもずぶ濡れになってしまった。


「ルーク殿下お帰りなさいませ。まあ! お二人ともびしょ濡れではありませんか! お風呂の準備ができております。ささっ、すぐにお入りくださいませ」


「じゃあイリス、先に入っておいで」

「何をお言いになるのですか? お気持ちは嬉しいのですが、ルーク様が先に入ってくださらないと私が怒られちゃいます。でも、お心遣いありがとうございます。そういうお優しいところは好きですよ♡」


 イリスの言い分もごもっともか……。目の前には侍女長のパメラさんもいるしね。


 そのパメラさんだが、イリスの「好きですよ」発言の時、一瞬ギョッとした顔になったのを見てしまった。俺が風呂に入ってる間に、イリスが問い詰められないかちょっと心配だ。


『♪ 心配ご無用です。イリスが公爵家雇用から王家雇用に変わった際に、「嫁候補の一人なので、今後はうちの見習い侍女ではなく客人扱いするように」とガイルの方から言い含められているみたいです』


『そうなのか……短期間の間に何人も婚約者増やして、「噂どおりね」とか公爵家の使用人たちに思われていないかな?』


 折角使用人たちから認められてきているのが、『やっぱり!』って思われないか心配だ。


『♪ いえ、どちらかと言うと、身持ちが固すぎて行き遅れになりかけているイリスを笑っていた見習い侍女たちから、「新人に出し抜かれた!」とイリスの方がいろいろ陰で言われていますね』


 どうも俺よりイリスの方が噂のターゲットになっているらしい。


 そういえばここに来ている見習い侍女の多くは、サーシャさん没後のガイル公爵狙いだったな。イリスと違い、在学中に婚約者ができなかったのではなく、確固とした標的が家で決められていたためにあえて恋人を選べなかった可哀想な者たちだ。


『♪ そういう「可哀想」とかの心配は見当違いです。本人たちも「公爵夫人」という肩書に憧れて自ら選択してここに来ている女の子たちです。容姿も綺麗な者ばかりなので、公爵夫人への望みが絶たれた今となっては、すぐに違う相手を探すでしょう。マスターを狙いに来る娘も居そうですよ……クククッ』


 そういう面倒そうな女の子はちょっと無理かも……とりあえずびしょ濡れのイリスの服を乾かすのが先だ。



「分かった。とりあえず【クリーン】で服だけ乾かしておくね」


 侍女長のパメラさんが出迎えてくれたのだが、速攻でお風呂に誘導された。


「ふぅ~~、気持ちいい~~♪」


 俺、やっぱ風呂は大好きだな~。

 

 ピカッ! ゴロゴロゴロ~!


 お風呂場の明かり窓のガラスが光った後、大きな雷鳴が轟いた。


「おお~、結構近いな……」


 湯船で独りごちっていたら、ディアナから念話が入った。


『主様よ! どこにおるのじゃ⁉』

『ディアナってナビーみたいに俺から離れていても念話できるんだね』


『制限は有るがの……それよりどこにおるのじゃ?』

『診療に行ったらずぶ濡れになったので、今お風呂に入ってる』


 その時、またピカッっと光ってすぐにドンッという激しい音と軽い揺れがきた。


「これ、近くに落ちたな……」


「あるじーー‼」


 バタバタッと廊下を駆ける音が近づいて来たかと思ったら、ディアナが服を着たまま湯船に飛び込んできて俺にしがみついてきた。


「イタタタッ! ディアナ、力抜いてくれ!」


 よく見たらディアナはガクブル状態だった。


「ディアナ、ひょっとして雷が怖いの?」

「そ、そんな訳なかろう……妾は古竜なんじゃぞ……」


 これ絶対嘘だな……今も俺にしがみついてプルプルしてるし――

 そういえば、公爵家に来てから窓から空を見上げてずいぶん雨を気にしていたな。


「ディアナ、『雷』がダメならちゃんと今言っておこうな。戦闘時に相手が雷魔法を使った際に、ディアナが動けないとかなった時に困るからね。それと靴や服着たまま湯船に入っちゃ駄目だよ」


 ディアナは俺にしがみついたまま、湯船から出ないで器用に靴と服を脱いで洗い場に放り投げた。


 う~~~ん、この体勢はまずい!


 すっぽんぽんになったのはいいが、ディアナは俺から離れようとしない。その状態がコアラ抱っこなのがいけない……。 


 雷に怯えて震えているディアナに欲情なんかしないが、他の者がこの姿を見れば誤解しかねないのがまずい。すっぽんぽんの男女が、湯船の中で『対面座位』状態なのだ。


 俺はプルプルしているディアナの背を優しくなでながら問いかける。


「で、ディアナは雷が怖いのか?」


 少し待ってみたが、返答がない……困ったな。


『♪ ディアナ、あなたが話さないのなら私が言いますよ』


 その時ナビーが現れて、俺たちのすぐ側にポチャンと入ってきた。勿論服はちゃんと脱いでいる。


「う~~っ、分かったのじゃ……妾は自分で上手く話せそうにないので、ナビーに頼むのじゃ」


『♪ 分かりました。マスター、今回のことはディアナというより、古竜の記憶が起因になっているようです』


「古竜様が雷が怖かったから、記憶に引っ張られたディアナも雷が怖くなったと? ドレイク時分のディアナは雷とか平気だったもんな~」


『♪ ちょっと違います。古竜も雷は全く恐れていませんでした。今回のことは古竜の死因が雷を受けての「墜落死」というのが原因のようです』


 古竜様の死因は気になっていたのだが、これまで聞きそびれていた。


『♪ ドレイク時分のマスターを庇っての墜落死と、古竜の記憶から体感した雷を受けての墜落死、二度の「墜落死」から、より痛みを伴った『雷』がディアナに恐怖として刷り込まれたのでしょう』


「そっか、戦争に参加した者の中には、『大きな音』が銃声に聞こえて街中で暮らせなくなったとかTVでやっていたけど、雷がトラウマになっても仕方がないのかな。飛ぶこと自体ができなくなったわけじゃないので、雷のことは少しずつ克服できればいいね」


『♪ それと、古竜への落雷は、雷帝竜との戦闘時に誘雷によって意図して落とされたものです』


「うん? 雨の日に飛んで、運悪く雷が自然発生で落ちてきたんじゃなく、戦闘によるものなの?」


「あやつは妾に嫁になれと何度もしつこく絡んできておったのじゃ!」

「『嫁』⁉ 断られた腹いせにカミナリ落として殺したってこと?」


『♪ それも違いますね。当時の黒帝竜の【雷耐性】はレベル7もあります。流石に落雷を受ければダメージは受けますが、落雷で死ぬことはないはずでした。直接の死因は雷による筋硬直で受け身をとれないまま地面に激突し、自らの体重で首を骨折しての即死のようです』


「竜の大きな体があだになったのか……」


『♪ 雷帝竜も意図してのことではなく、しつこく口説いていたら怒った黒帝竜に襲われ、逃げる際に自分の雷魔法が全く効かなくて相当焦っていたみたいです。ちょうど雨天で雷雲が近くにあったこともあり、雷帝竜は逃げるために落雷を誘雷させたのです。まさかそれによって墜落死するとは思ってなく、相当ショックだったようです。まあ現状ディアナの生存は分かっているみたいですが、ディアナが雷帝竜のメールやコールを着信拒否しているので、あちこち心当たりを探し回っているようです……』


「うわ~、それ再会した時に面倒そうだな。ディアナ自身はどうなんだ? その雷帝竜に好意はないのか? 恨んでいるとかもない?」


「悪い奴ではないがの……手当たり次第に雌に声を掛ける奴など妾は好かん! 殺意が無かったのも分かっているので、とくに恨んでもいない。それに、今の妾は主様一択じゃ!」


 そう言ってまた俺を強く抱きしめて、胸元に頬擦りしてきた。


 いくらディアナに欲情しないといっても、膨らみかけの胸とかが当たるとドキッとしてしまうので止めてほしい。人化中のディアナはやわやわなうえにすべすべで、容姿ももの凄く可愛いのだ。


 ん? あれ? ディアナの番の対象って俺なの⁉


 悪いが俺にそんな気は一切ない。ルーク君の卵から育てた記憶から、ディアナのことは娘や妹的に感じている。ディアナも俺のことは父親や兄的に想っているのだと考えていたのだが――


『♪ このディアナの感情は、古竜の記憶の影響ではないでしょうか? ちょうど古竜は婿探しを始める年齢で、当時番を探し始めていたようです。ちなみにドレイク時分のディアナは、さっきマスターがおっしゃっていたような感情を持っていたようです』


 ナビーが俺にだけ直通で念話を送ってきた。


 成程ね。婿探しを丁度始めていた時の古竜の記憶から影響を受けたんだね。でも、ディアナが成人する頃には、俺はとっくに寿命がきて死んでいるだろう。


「あれ? と言うか、竜と人じゃ子供出来ないだろう?」

「あるじよ、何を言っておるのじゃ? 竜と人との子は存在していて有名じゃろ?」


『♪ ディアナの言う通りですね。竜と人とのハーフとされる「竜人」や「ドラゴニュート」と呼ばれる人たちのことはマスターも知っていますよね?』


「エッ! あれってただの噂じゃなく実在するの⁉」


『♪ 数は少ないですが実在します。人化できる竜種が人の姿で行為に及んで種付けが成功したとします。雄の人化の場合、相手は人族の女性になるので、生まれてくる子は全て「ドラゴニュート」となります。人は卵を産めませんからね。そして人化中の雌が人族の男によって受精した場合、そのまま雌がある程度の期間人の姿を保っていれば「ドラゴニュート」が、すぐに竜の姿に戻ってある程度まで育てば卵として竜が生まれます。「卵」か「人」か確定した時点で、出産するまで人化や竜に戻ることができなくなります』


「へ~、そうなんだ。知らなかったよ」

『♪ 雄が人と子を成そうとすれば「ドラゴニュート」一択ですが、雌は生まれてくる子の性別は選べませんが種族の選択ができるのです。種族によって寿命が違ってくるので卵を選ぶ母親が多いようですけどね』


「寿命が違うんだ」

「うむ、確か『ドラゴニュート』は2千年ほどじゃったかな? 卵を選択して竜として生まれても、ハーフ種は3千年ほどしか生きられぬ」


 寿命か~。まあ、万年生きる古竜種の百年なんかあっという間だろう。俺が死んだ後にちゃんとしたお相手を探し始めてもさほど問題ないよな? その間はできるだけディアナのことは大事にしてあげようと思っている。


「まあ、ディアナにその気がないのなら、雷帝竜のことは関わらない方向でいこう」


「うむ。妾ももうあやつと関わり合いたくなどない」


 年齢的には雷帝竜の方が年上だとのことだが、強さ的には黒帝竜が圧倒していたそうだ。


 折角風呂に入っているのでハティもイリスに連れてきてもらい、従魔たち3匹を洗ってあげた。


 ディアナはピカッと光るたびに怯えていたが、「お風呂の後はお肉焼いてあげるね」と言ったらもの凄く喜んでいた。

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