第92話 サーシャ夫人が完治しました

 シャンプー類を大量に作った後、イリスと使った道具に【クリーン】魔法をかけながら後片付けをしていたら、ディアナがハティを連れて部屋に帰ってきた。


「ディアナ、どこに行ってたんだ?」


 ナビーに聞いて知っているけど、言っておくこともあるので確認する。


「うむ、アンナとやらがお茶に誘ってくれたので、ちと遊んできてあげたのじゃ」


 遊んでもらったの間違いでしょ……。まあいいけど。


「そうなんだ。仲良くしているなら良いけど、何かしてもらった時は俺にちゃんと報告してね。ディアナの契約主として俺からも後でお礼を言う必要があるからね」

「了解じゃ」


「それと念のために言っておくけど、公爵家に迷惑かけるようなことしちゃダメだよ。ディアナの粗相は俺の責任になるんだから」


「分かっておるのじゃ、妾を子供扱いするでない」


 ちょっと余計なことを言ってしまったようだ。でも黒帝竜の記憶があるといっても、中身のディアナ自身はまだ5歳で言動が子供っぽいから心配なんだよね。


「念のためだってば……そんなにむくれるなよ」


 ディアナはプイッと拗ねたように俺から顔を背け窓の外を見た。


「また雨が強くなってきておるのぅ……」

「そうだね。でもナビー予報では明日は晴れるそうだよ」


「ナビーが言うなら間違いなかろう。妾は雨は嫌いじゃ」

「俺は今みたいな大粒の雨や土砂降りとかは好きじゃないけど、しとしと降る小雨なんかは周囲の雑音が丁度良いくらいに消され、その静寂さとか翌朝の澄んだ空気とか好きだけどね」


「うむ。ところで主様よ、妾との約束は覚えておるか?」


「ん? 約束?」


 いきなり話が変わって俺が何だろうと思っていたら、イリスが気付いて教えてくれた。


「あ~ほら、ディアナちゃんの背に乗せてもらう際にしたお肉のお約束ですよね?」

「そうじゃ。イリスはちゃんと覚えておるのに、あるじは忘れたとか言わぬよな?」


 あ~、そういえばそんな約束したな。


 竜の体は燃費が良いといわれているが、ディアナの元の姿の巨体を維持するとしたら、人間の食べる三食分の食糧では当然ながら全然足りない。だが従魔契約したディアナは俺の魔力を喰っているので食事は必要なくなるのだそうだ。とはいえ味覚や嗅覚などはそのままなので、嗜好品としての食事を与えないというのは俺的に有り得ないと思っている。


「忘れたとか言ってないだろ。ラッシュバッファローのお肉をイリスが美味しく料理して食べさせてあげるというやつだろ?」


「うむ、妾はイリスの料理したお肉を早く食べたいのじゃ」

「でもここは他人の家だし、勝手に厨房を使うわけにもいかないので、学園の寮に戻ってからだね」


「そうは申すが、主様はお昼に厨房を借りて何やら作っておったではないか。妾のためには借りられぬと? ちと悲しいのじゃ……」


 クッ、痛いところをついてきやがる。しかも下から見上げるように少し目をウルウルさせて訴えてくるのだ……あざと可愛い。


 まあ余程の量を毎日与えない限りはディアナが太ることはないだろうし、多少の可愛い我儘は聞いてあげるよ。だってディアナは命懸けで俺のことを守ってくれるほど俺に懐いてくれているんだもん。可愛いく思わないわけがない。


 うん、やっぱうちの従魔たちが世界一可愛い!


『♪(チロリ~ン) どこの飼い主もそれ言いますよね。客観的に見るとかなり引きます。特にSNSなどに動画投稿している方たちは変です。「猫吸い」とか「犬吸い」って……ちょっと怖いです』

『あはは、ナビーも世界一可愛い俺の従魔だよ。ナビーは花の良い匂いがするよね』


『♪ ……いつの間にナビーは吸われたのでしょう。恥ずかしいのでこっそりナビーの匂いをかがないでくださいね。それと、あまりディアナを甘やかしすぎないようにしてください。調子にのって、我儘なのがデフォルトになっても困りますので』


『そうだね。気を付けるよ』



 目をウルウルさせて俺の返答を待っているディアナの頭を撫でて応える。


「お肉だな、分かったよ。でももうすぐ夕飯時間だから、とりあえず公爵家の料理人が用意してくれるものを食べよう。ディアナとの約束のお肉は、今晩お風呂の後にでも夜食として俺がもの凄く美味しいのを作ってあげるよ」


「主様が作ってくれるのか⁉ それは楽しみなのじゃ!」


 もの凄く嬉しそうに満面の笑顔になった。


「お肉~♪ お肉♪ 美味しいお肉~♪ 牛さんのお肉~なのじゃ♪」


 なんか変な歌まで歌い始めて俺の周りでクルクルと小躍りし始めた。こういうところがどうも幼く感じて少し不安なんだよな。もの凄く可愛いけどね。



  *    *    *



 夕飯に呼ばれたのでサーシャさんを迎えに行く。


「今回の治療で悪い菌を完全に体内から消滅できたみたいです。肺の炎症ももう大丈夫そうですね……。よし、今回ので完治したと鑑定できました。一応もう1日だけ様子を見てみますが、行動制限はもう必要ないので今後は自由に行動して良いです」


「本当ですの! もう駄目だと思っていたのに……なんてわたくしは幸せ者なのでしょう。まだ幼いララや子供たちを残して先立たなければいけないと毎日泣いていたことを思えば、あなたに一生感謝してもし尽くせないですわ」


 サーシャさんは大粒の涙を流しながら、俺に頭を下げてお礼を言ってきた。


 もう少し日数がかかると思っていたのだが、俺の回復魔法の再効果に最も適した時間が6時間と分かった時点で朝晩2回治療することにした。これのおかげもあって思ったより治療日数の短縮になったのだ。


『ナビー、外傷などのような怪我の治療は連続使用でも効果が有るのに、病気の治療は連続的に魔法をかけても効果が薄いのは何でだろう?』


『♪ 怪我は下手したら数十秒で死亡するからだそうです。神たちはこの世界の人口をもっと増やしたいという思惑があるのではないでしょうか』


 外傷による出血死やショック死を防ぐためかな。まあそういう仕様なのだと思って順応するしかないよね。



「お義母様、頭をお上げください。実は俺、労咳の治療は初めての試みだったので上手くいってほっとしているのです。このまま放っておけば死亡確定だと思い、検証もしていない魔法をお義母様に使ってしまいとても反省しています。師匠に知れたら大目玉確定事案です」


「医療界の革命と騒がれるほどの世紀の大発見ですのよ。弟子の活躍は師匠としても鼻が高いでしょうし、むしろ褒められるのではないでしょうか?」


「結果は褒めてくれるでしょうけど、師匠は人体実験的なことは絶対しないお方です。まず人種に近い魔獣や動物で何度も治験して、人体での安全が確証できてからでないと魔法治療は行いません。まあ今回のはピンポイントで滅菌をイメージする概念的なことなのでそれほど怒られはしないかもですけど」


「医療関連のことはよく分かりませんが、わたくしが感謝していることを覚えておいてくださいね。そして何か困ったことがあれば相談してください。わたくしの裁量で解決できることなら、最大限尽力いたしますわ」


「分かりました。何かあったときはよろしくお願いします」




 サーシャ夫人を伴って食堂に行くと料理長が居た。

 どうやらお昼に俺が食堂でカエルのから揚げを調理をしたのが気に入ったらしく、魔導コンロをテーブルにセッティングして料理長自ら目の前で実演調理してくれるとのことだ。


「今日は何を作ってくれるのかな?」

「はい、メイン料理は七日前に草原で獲れたサンダーオストリッチのお肉がギルドで売りに出されておりましたのでそれを香草焼きにいたします」


 オストリッチ? ダチョウのことかな? 雷ダチョウ?


『♪ その認識で合っています。サンダーオストリッチは体高3mを超える、大きな鳥の魔獣です。飛べませんが走るのがもの凄く速く、雷を放ち結構凶暴で冒険者ギルドではCランク魔獣に格付けされています。大きな卵も美味しいそうですよ』


 ダチョウの卵かぁ~。どんな味なんだろ、食べてみたいな。


「ちょっとダンリル! 七日も前の古いお肉を私たちに食べさせる気なの⁉」


 アンナがちょっと驚いたように大きな声を上げた。


 料理長の名前はダンリルと言うのか……。一度聞いた記憶はあるのだが、例のごとく忘れていた。


「アンナ、お肉はすぐ食べると良いものと、数日寝かせて熟成させてから食べた方が美味しいものがあるんだよ。オークのような豚系なら3日、牛系のお肉なら3~10日、今回のような鳥系なら6~12日ほど熟成させたお肉が最もおいしいとされているんだよ」


「素晴らしいですルーク殿下、まったくその通りでございます。アンナお嬢様、お肉や魚などは何日か保存庫などの冷所で寝かせておくと旨味が増すとのことです。サンダーオストリッチのモモ肉は高級肉でして、ギルドが品質管理して熟成させてから一番美味しくなった頃に売りに出されるのです」


「ダンリルごめんなさい、知らなかったわ。食べ物は全て新鮮なものの方が美味しいと思っていたの」


 アンナは一言多いけど。こうやってすぐに謝れるとこはこの子の良いところだね。





 うん、美味しい!


「「「美味しいです」」」


「やっぱ目の前でジュージュー音をさせて焼き上がったお肉は、バターと香草のこうばしい香りも相まって美味しいね」


「旨いのじゃ! 妾はお代わりを所望するのじゃ!」




 実演調理は大盛況で、料理長のダンリルさんも満足げな顔をしていた。


 サーシャ夫人が帰り際に教えてくれたのだが、実演調理は貴族のパーティーなどではあまり行われないそうだ。理由は、着ている高級なパーティードレスなどの衣類に匂いが移るとクレーム事案になるのだそうだ。



  *    *    *


 俺は食後すぐに診療所と化している近所の屋敷に向かい治療を行う。そして回復した者には帰宅の許可を与える。


 あと数名完全回復させるのに数日かかりそうな人が居るが、ここに連れてこられた者たちの命は全員救うことができた。

 


「やっぱ師匠の滋養強壮剤は凄いな~」

「私もそう思います。お食事を摂らなければどんな者でもやがて死んでしまいますからね。でもルークさまの開発した魔法の効果が有ってこそお薬の効果も生きるのだと思います」


「まあどっちも大事だってことだね。俺の薬師としての熟練度は頭打ちになってきてるから、はやく種族レベルを上げたいところなんだけど、しばらくは今日のような雑務が続きそうだし、なかなか時間が取れないね」


「でも皆さんとっても感謝してくれていました。ご家族の方も喜んでいましたよね」

「うん。回復して笑顔になるのを見る瞬間は、治癒師として一番嬉しいよね」


「はい、私に聖属性の適性があって良かったと何度神殿の診療所で思ったことか……」


 まあイリスが俺の侍女になることを望んだのも、こういう感情が元々強くあったからなのだろう。


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