第91話 指輪の性能
幼い女の子が『お揃いだね!』とキャッキャしている姿は微笑ましい。
サーシャさんとその光景を二人の邪魔をしないようにしばし眺めていたのだが、ララのお付きの侍女から声が掛かる。
「ララお嬢様、先生をお待たせしておりますのでそろそろ」
「そうでした! あの、ルークお兄さま、良かったらご一緒して……」
ん? なんか尻すぼみに声が小さくなって途中で止めてしまった。
『♪ ララはピアノの練習に来てほしいようですね。マスターが忙しそうにしているので迷惑かなと思い途中で言い淀んだみたいです。本心はマスターの超絶ピアノを、ピアノの先生と友達に聞かせて「ララのお兄さま凄かろ?」的に自慢したいようです』
『そうなの?』
『♪ まあ6歳の子供の考えることです。ですがララにとって、マスターはもう身内なのです。「ララのお兄さま」と思っているので、マスターが友人から「凄い!」と言われるとララはエミリアやアンナが褒められた時と同じくらい嬉しいのでしょう』
う~ん。これから夕食までシャンプーなどの補充をしようかと思っていたのだがどうしよう。
『♪ イリスは現在コレット夫人と入浴中ですよ。居ない時に作業したと分かると、今回は絶対拗ねて不機嫌になると思います』
『そうだった。今回は特に居ない時にやったらダメだろうね。なにせ、付与効果のある指輪をあげたので、錬成魔法の【抽出】や【分離】、【粉砕】などのスキルを早く自分で使ってみたいと思っているだろうしね』
というわけで少し時間が空いたので、ララの可愛いお願いに付き合うことにする。
「ララ、ピアノの練習をこれからやるのなら俺も見学していいかな?」
当然ララの顔がぱぁ~と笑顔に変わる。可愛い。
「はい! 嬉しいです♡」
『♪ まぁ! この子、マスターが気を利かせたことに気付いているようです。でもこの分だとまだ6歳なのに普段から気苦労してそうですよね』
どうやらララの常時発動型のスキルが、俺の心情的な色を見せているために、詳細とまではいかないが色々分かってしまうらしい。6歳の子供には知りたくもない情報が勝手に分かってしまうのはきついだろうな。
ピアノの先生は少しご年配の方で、公爵家が依頼するだけあってかなりの腕前だった。そして優しい人だった。ララとダリアちゃんがもの凄く楽しそうに練習しているのでそう伺える。この二人はきっと上手くなるだろう。
親に強制させられての『お稽古ごと』は、嫌々やるからあまり身につかない。それでも使った時間分のある程度の技術は身につく。でもこうやって競う相手もいて楽しみながら『上手くなりたい』と自主的に練習した技術は格段に早く上達する。
「ララお嬢様のお持ちになっていたこの練習用の譜面はすばらしいですね。順番にこなせば、指使いが効率的に上達できるようによく考えられています」
ララに先日あげた譜面を何曲か弾いた先生が驚いている。
そりゃそうでしょね。ピアノ製造会社が、初めてピアノに触れる素人でもピアノ技術が身に付くようにと何十年も手を加えて今に至っている教本なのだ。初心者用から講師資格受験用の上級者向けのものまで沢山出版されている。
「詳しくは分かりませんが、ある国のピアノ製造元が作成したものらしいです。製造元がもっと世間にピアノを広めようと、手のまだ小さな子供でも練習できるよう初心者用に開発したそうですよ。俺もこれで練習して今に至るので、宜しければ先生にも差し上げます」
「ありがとうございます。これは写本して生徒の子供たちにあげても宜しいのでしょうか?」
「ええ、もちろん構いませんが、あくまで無償配布としてください。この練習用の教本で誰かが利益を得ることは望みません」
なんだかんだでピアノのお稽古は1時間ほどで終わった。このぐらいの年齢の子供が飽きない疲れない時間が1時間ぐらいまでなのだそうだ。
ピアノは週に1回の授業で、前回与えた課題の発表と、次回迄の1週間に練習する課題曲を先生が何度も聞かせて次回の課題曲を少し練習するのが通常授業のようだ。俺が子供の頃やったこととほぼ一緒だね。
1週間前の授業より上手くなっていると褒められ、『ドヤ顔』のララが可愛かった。
ちなみに中級レベルのアンナの授業は別の日に行われているとのこと。彼女は現在ハティとディアナを部屋に連れ込んで餌付け中……おやつの時間のようだ。
* * *
コレット夫人たちの入浴後に、イリスから「母がルークさまとお話ししたい」と言っていると言われたが、あえて今回は時間を開けることにした。まあ、大体言いたいことは分かっているしね。
「これから少し忙しいので、明日にしてもらってほしい。まあ、言いたいことは予想できるけどね。コスメ商品関連のことだろう? 明日俺の話を聞いてから、御主人と話し合って決めればいいと思うよ。彼の家臣の中にも相談役とかいるだろうしね。即断しろとかの話じゃないから慌てる必要はないよ」
「そうですね。分かりました。父と母にそう伝えます。お父さまたちは今晩近くに宿をとったそうなので、明日国王様たちが来られてから再訪する予定だそうです」
俺がそっけない態度をとったのでイリスがシュンとしてしまったけど、商業提携しないとかではないのだ。
「了解。ここで泊まるんじゃないんだね」
「当主様がご不在ですので、こういう場合は他の貴族家から変な噂をたてられないように泊まらない方が良いのです」
上位貴族の公爵家からお呼ばれすらしたことない貴族家が、妬みひがみであることないこと変な噂を流すこともあるようなのだ。
「公爵領に邸宅を構えていないんだ」
「うちから商都まで馬車で半日の距離なのです。普段は日帰りですみますのでお屋敷を構える必要はないのでしょう」
「それもそうか。ところで話は変わるけど、俺は今から減ったシャンプー類の補充をするのでイリスも手伝ってくれるかな?」
「勿論です! この頂いた指輪に付与されている錬成魔法が試せるのですね♪」
さっきまでしょんぼり気味だったのにあっという間に機嫌が良くなった。それほど待ち侘びてたんだね。
イリスの入浴中に勝手にやらなくて良かった。ナビー工房に任せれば一瞬の作業なんだけど、イリスの錬成魔法習得のためにどんどん本人にやらせる必要があるのだ。
俺に与えられた自室でイリス以外立ち入り禁止にして作業しているのだが……なんだこの可愛い生き物は!
イリスは俺の話を真剣に聞いて作業を食い入るように見ていたのだが、いざ自分の番となり、錬成魔法が上手く発動した瞬間に顔がにへらっと崩れて笑みに変わったのだ。
それに至近距離にいるイリスからほのかに良い匂いがするんだよね。これはシャンプーの匂いじゃなくてイリス本人から出ている【個人香】の香りかな?
俺が作るシャンプー類は、匂いに敏感なハティやスピネルが不快にならないようにすぐに消える程度の超微香に抑えているからね。
「ルークさま、上手くできました! 【粉砕】魔法も【分離】魔法もばっちりですよね?」
「うん、良い感じだよ。じゃあ次は人体に良くない成分を分離して残ったものから、肌に良い有効成分だけを【抽出】してみようか?」
「分離作業をしなくても、真っ先に良い成分だけを抜き取れば、作業は1度で済むのではないですか?」
「良い質問だね。俺もそう思ってやってみたんだけど、やっぱ上手くいかなかったんだよね。師匠に聞いたら、毒も使いようによっては薬になるから『良い成分』というくくりで抽出しようとすると、魔法の発動に引っかかって薬になる毒素も一緒に抽出されてしまうそうだよ」
「だから先に毒素だけ抜くのですね。納得です」
「ちなみに『分離』と『抽出』は成分を抜くという意味では似てるけど、内容は全く違うからね」
イリスはその辺の基礎はちゃんと理解しているようなので省略した。
説明後に抽出作業も上手くいってまたイリスは笑顔になる。どうも俺はこの笑顔に弱いみたいだ。俺があげた左手の薬指に着けている指輪を右手で大事そうに包み込んで微笑んでいるイリスがもの凄く可愛く見えてしまう。
「前回の時と違って、短時間で大量に出来たね」
「はい、やはり【粉砕】魔法があるだけで随分作業が捗りますね」
「もう薬研を使ってゴリゴリしたくないな」
前にやった時は薬研や乳鉢、すり鉢などでゴリゴリ時間を掛けて砕いたのだが、【粉砕】魔法を覚えた今ではもう今後二度とゴリゴリやることはないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます