第90話 ララのお友達
ピエールさんの誤解は解けたのだが、この人に対して不安が残る一件だった。
「イリスからある程度の話は聞いていると思いますが、具体的なことはゼノ国王やガイル公爵を交えてからにしたいです」
「はい、公爵様にもそう聞き及んでおります。『俺のいない間に欲をかいて、ルーク殿下から余計な言質を取ろうなどと奸計などしおったら叩き潰すぞ』と昨晩コールにて脅されました」
「それ、俺に聞かせちゃダメなやつでしょ!」
それからも何度か残念発言があって、俺的にコスメ関連の提携をする気が失せてしまった。
言ってはいけないことをポロッと口にする人を採用する気にはなれない。
『♪ どうも彼は意図的に時々迂闊なことを言ってマスターの反応を見ているようです』
『はぁ? 何のために?』
『♪ 本人から聞いてみてはどうですか?』
ミハエル伯爵が理由を言わなかったらナビーが教えてくれるとのことなので、ストレートに聞いてみた。
「ミハエル伯爵、さっきから意図的に自分が不利になるような発言をしているように見えますが、何か思うところがあるのですか?」
一瞬だが彼は驚いたような顔をした。そして少し悩んだ後に話し出した。
「お恥ずかしい話なのですが、現在うちの財政は厳しい状況なのです。娘から絶対家の為になる儲け話だと言われておりますが、正直下手に手を出していい経済状況ではありません。治水工事がやっと終わり、今は人を増やして農地拡大に力を入れている段階です。農業なので利が出るのは早くて数年後なのです」
うん?
「最初から農地提携の話は断るつもりとかなのでしょうか? 伯爵自身の評価が下がりかねない残念発言の理由と伯爵家の経済難と何の関係が?」
「そうですね……いくつか理由があります。一つは先ほど話した我が家の財政難。農地をご所望とイリスが言っていましたが、植えるのが美容品の原料と……どうにも危険な事業に思えてしまいます。そして申し上げにくいのですが、ルーク殿下のヴォルグ王国でのお噂をいろいろ聞き及んでおりましたので反応を見たかったというのもあります。イリスから回復師としての有能さは聞いておりますが、商売となるとまた違う能力が必要ですので――」
「なるほど、反応を見たかったというのは商人としての才覚の方ですか。でも、それは悪手でしたね。面談をしているのはこちら側です。取引をするしないはこちらに決定権があるのです。話を聞いたうえで受けるかどうかあなたが決めればいいですが、すでに俺はあなたと商売をする気を失くしてしまっています」
「ルークさま!」
「イリス、悪いけど商談とはそういうものだ。少しでも相手に良い印象を持ってもらえるよう努力しつつ、いかに自分に好条件を引き出すかの駆け引きをする。その為に商人たちは相手の好みを調べ上げて手土産を用意したり、高級な飲食店や夜のお店などに誘って接待をする。営業努力というやつだ。だが君のお父さんは俺に対して逆のことをした」
イリスは悲しそうに沈黙してしまったが、今この場で始まってもいない商談を打ち切るつもりではない。ゼノ国王とガイル公爵を交えてから判断しようと思っている。
場の雰囲気が悪くなって気まずいなと思っていたのだが、扉がノックされサーシャ夫人が入ってきて救われた。とてもじゃないが『お嬢さんをください』的な話を切り出せる雰囲気ではなかったのだ。
「サーシャさま、お久しぶりでございます! 御快復おめでとうございます」
「ええ、コレットさんもお元気そうで何よりです」
どうやらイリスのお母さんと、エミリアのお母さんはお茶会の友達で仲が良いようだ。
「サーシャ夫人、御快復おめでとうございます」
「ありがとうピエール伯爵。今日はこの雨の中ようこそ御出で下さりました」
「ガイル様のお呼びとあれば、たとえ火の中水の中でも馳せ参じます」
よくある口上が目の前で展開されているのだが――
「お義母さま、髪を整えたら見違えるように綺麗になりましたね。俺の開発した美容品の使い心地はどうですか?」
サーシャさん、めっちゃ可愛くなっている!
痛んでボサボサだった髪は切り揃えられ、回復効果のあるトリートメントでエミリアのような光沢のあるしなやかな髪になっている。清拭だけでは落ちなかったこびりついた皮脂などでくすんでいた肌も、化粧水などの効果により病気前よりも艶々のお肌になったと喜んでいる。
「あまりの効果におどろいております。たった1回使っただけで10歳ほど若返ったようにお肌がみずみずしさを得たようです」
「あはは、10歳は大袈裟かもですが、エミリアの姉と言っても誰も疑わないぐらいには若く見えますよ」
それからピエール領の近況とかの話もサーシャ夫人と話していたのだが、どうもピエール伯爵よりもコレット夫人の方がコスメ商品に大いに興味を持ったみたいだ。
「では一度コレット夫人も使ってみますか? 先に効果のほどを確認された方が商売になるかどうか一つの判断基準になると思います」
先ほどサーシャさんが入ったばかりなのでまだ湯は温かいままだ。これからすぐにコレットさんは入浴してみるとのことだ。
「ではルークさま、私が母と一緒に入ってきますね」
なんだか嬉しそうにイリスがコレットさんとお風呂に行ってしまった。
「お義母さま、今日は朝から動きっぱなしなので、この後は夕食までお部屋でゆっくり休んでください」
「そうですわね。お風呂に入ってスッキリして、とても寝られる気分ではないのですけど、たしかに体は少し疲れているかもしれません」
婚約者のお父さんと一緒とか、ちょっと気分的に居辛いのでピエールさんのお相手は侍女たちに任せてサーシャさんと一緒に逃げるように部屋を出た。
1階の応接室から外に出て、3階に上がるために階段の方に来たのだが、ロビーの方からララの声が聞こえてきた。
「ダリアちゃん会いたかったです!」
「ララさま、私もです!」
どうやらララに来客のようだ。わざわざ玄関ロビーで待つほど仲が良いみたいだ。
「ララお嬢様は、これからロッシェル伯爵家のダリアお嬢様とピアノのおけいこをなされることになっております」
侍女の一人がそっと教えてくれる。
『♪ ダリアは6人ほど用意されたララの『ご友人候補』の中の唯一の生き残りのようです』
『生き残りって、言い方!』
『♪ 心を見透かすことができるララにとって、親に強制的に「仲良くしなさい」「絶対失礼のないように」と言われて来ている子供たちが合うわけもなく、あっという間に一人だけに……』
『あ~なんとなくそれだけでこれまでの経緯が見えるようだ。じゃああの子はララのお眼鏡にかなった良い娘ってことか?』
『♪ そうですね。裏表のない良い子ですよ』
こっそりサーシャ夫人たちと廊下から覗き見ているのだが、ララが可愛すぎる!
「ララさま、そのカエルさんのバッグ可愛いですね。どこで買われたのですか? ダリアも同じものが欲しいです」
そうなのだ。
ララはさっき俺があげたカエルさんポーチを部屋の中なのに肩から下げて、仲の良い友達に自慢気に見せているのだ。
あげたものを気に入って使ってもらえるのは何気に嬉しいものだ。
「ごめんなさい。これはどこにも売ってないのです」
『♪ ララはカエルさんポーチを自慢したかったけど、見せびらかしたかったわけではないみたいですね。相手の子が残念な気分になったのではと気に病んでしまったようです』
『そうか……で、量産体制はできてる?』
『♪ 勿論です!』
やっぱりね……このタイミングでナビーが言ってくるということは、そういうことなんだろう。
サーシャ夫人と一緒にロビーに顔を出す。
「あ、ルークお兄さまとお母さま! ララのお友達を紹介しますね」
「ダ、ダリアです。初めましてなのです」
「こんにちは。ルークだよ」
王族とか小難しいことは言わなくても良いだろう。
サーシャ夫人も初めて会うみたいで、和気あいあいと自己紹介がすんだ。
「ダリアちゃんもそのカエルさんのポーチが気に入ったのかな?」
「はい、でもララさまが売ってないって」
「それは俺が作った物だから売ってないんだよ。欲しいならあげるよ。どれが良い?」
ララと色違いの物を数個並べる。
「ルークさま! いけません!」
サーシャさんが語気を強めて止めに入った。
「ああ大丈夫ですよ。【亜空間倉庫】の付与は軽いものになっています。【時間停止】の機能は有りますが、1マスの容量は10キロで5マスしかありません。日常生活がもの凄く便利にはなるでしょうけど、商売や戦に使えるほどの容量はないのでこれの為に争いになることはないでしょう」
伯爵家の御令嬢程度では、公爵家のように常時移動の際に沢山護衛が付くわけではない。国宝級の品なんかそう易々とあげていい物ではないのだ。サーシャさんはそれを心配したのだろう。
「そうですか、失礼しました。安易に誰彼かまわずおあげになるのかと心配いたしました」
「見た目は同じですが、留め口に使っているミスリルの含有率がかなり違うのです。ララ、ポーチの使い方をダリアちゃんに教えてあげてね」
「はい! ルークお兄さま、ララのお友達にもプレゼントしてくれてありがとうございます♡ ダリアちゃんとお揃いです♪」
二人とも『お揃い』だと、めちゃくちゃ嬉しそうだ。
一応【個人認証】をして、ダリアちゃんのお付きの侍女に仕様の説明をしておく。
ちなみにダリアちゃんが選んだカエルさんは黄緑色だった。
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