第89話 ミハエル家の人々

 家令のオルクさんからミスリルの延べ棒20本、約20kg相当を受け取ったので、さっそく自室にて作業を開始している。


ナビーも亜空間倉庫内の工房で大忙しのようだ。


『♪ マスター、イリスがここに向かってきているようです』

『了解!』


 大急ぎで机の上の物を【インベントリ】内に片付ける。


 コンコンッ。


「はい」

「ルーク様、イリスです。いま宜しいでしょうか?」


「いいよ」


 部屋の中に入ってきたのだが、鼻をヒクヒクさせた後「なんか金属粉の臭いがします」と――そして机の上をちらりと見て、ムスッとしたような顔をする。


「ルーク様、私がいない間にまた何か作っていたのですか?」

「えっ? なんで? 何もしてないよ」


「どうして私に嘘を吐くんですか⁉ 机の上に金属を削った時に出たと思われる粉が一杯残っています!」


 【クリーン】を掛ける暇がなかったので、痕跡からバレてしまったみたいだ。


「そんな怒んなよ。こっそり作ってプレゼントして驚かせようと思ってたんだよ。左手出して」


 よく分からないまま差し出されたイリスの左手を手に取り、薬指にさっき作ったミスリルリングを嵌めてあげた。


「えっ! ルーク様、これって!」

「婚約指輪……デザイン的にはどちらかというと結婚指輪かな。まだ両親の許可すらもらってないけど、俺からの婚約の証として受け取ってほしい。サイズは丁度いいみたいだね。付与に【魔力回復速度上昇】【粉砕レベル2】【錬成魔法レベル3】を付けてある。イリスがこのリングの魔法を使う時に、魔法発動の魔力の流れを意識しながら発動すると、短期間でそれらの魔法を自己習得できるように作ってある」


 会話しながら指輪付近の皮膚を少し傷つけ、【個人認証】をさっと済ませておく。


「【錬成魔法】を習得できるのですか⁉」

「分離・抽出・合成ができるようになるから、前回イリスができなかったシャンプーとかの成分の分離や毒素抽出作業もやってもらうね」


「ルーク様、ありがとうございます! このような貴重な品……有難くて……嬉しくて……この今の想いをどうお返しすれば良いのか……グスンッ……」


 鼻をすすって泣き出してしまった!


「どうしたイリス!?」


『♪ そんなに慌てなくても、嬉し泣きです。習得を諦めていた【錬成魔法】を得られることと、自分も婚約してもらったという形としての証が貰えたことが相当嬉しかったようですね』


 薬指にはまった指輪を胸の前で大事そうに抱いて泣いているイリスが無性に愛おしい。『恋』とか『愛』のことはよく分からないが、今のこの気持ちは大事にしたいと思う。


『♪ マスターは結構チョロいですよね』

『うっ……否定はできないけど、イリスが可愛すぎだろ』


 少し落ち着いたのを見計らって声を掛ける。


「イリス、俺に何か用があったんじゃないの?」

「あ、そうでした! 両親が先ほど到着して、客間で待っています。宜しければこれから会ってもらいたいのですが、お時間宜しいでしょうか?」


 そういえば今日だった。本当ならガイルさんが戻って来る予定だったので、ゼノさんも交えてイリスとの結婚や、コスメ商品等の製造や販売などのあれこれを話し合うつもりでイリスの両親も公爵家に来るように言っておいたのだ。


「この雨の中、わざわざ来てくれたんだね」

「公爵様のお呼び出しですし、国王様も御出でになるとなっては、うちの父は台風でも絶対に来ますよ」


 だろうね。


「どうしよう。俺はこの国の派閥とかについて全く知識がないので、イリスとの結婚が周囲にどう影響するのかさっぱり分からないんだよね。ゼノさんたちがいない間に話を勝手に進めると、後からゼノさんにその条件ではダメとか言われることがあるかもしれない」


「具体的な話はゼノ国王様がお越しになってからで良いのではないですか? 今日はルークさまに私の両親を紹介したいだけですので、そういう話はしなくても良いと思います」


「それもそうだね。じゃあ案内してくれる?」



  *    *    *


 イリスに案内されて客間に入ったのだが――


「どうしたイリス! 何があった! まさかお前、殿下に虐められているのか!? 暴力やエッチなこととかされているのか!?」 


 俺が客間に入ると、40歳前後の夫婦がさっと立ち上がってこっちを見たのだが、イリスをちらりと見たおっさんの第一声がこれだった。


「お父さん!?」「あなた!?」


 そういえばさっきまで俺の部屋でイリスは泣いていたんだった!


 目元を赤く腫らせたイリスを見て、なんか勘違いしたようだ……とはいえ、俺の本国での噂ありきの発言なのは間違いないだろう。


 娘を想っての発言なので父親としては好印象なのだが、ちょっとだけイラッとしたので、注意も兼ねて弄ってみる。


「イリスの父親にしては随分と失礼な奴だな。虐めだの暴力だのセクハラしてるだの、挨拶もしないでこのような暴言をいきなり吐かれたのは俺も流石に初めてだぞ。他国の王子に対してありえない暴挙だ。イリス、お前の父親は大丈夫なのか?」


「「申し訳ありません!!」」


 あ、イリスと母ちゃんが速攻で俺の前で土下座してしまった。


 それを見た父ちゃんも――


「ルーク殿下! 平にご容赦を! 娘の目元が明らかに泣き腫らしていましたので、ついカッとなってしまいました! 先ほどの御無礼、どうかお許しくださいませ!」 


 ミハエル伯爵夫婦の接客をしていて、中から扉を開けて俺を迎え入れた侍女2名も、扉の横でこの状況に戸惑っているみたいだ。


 その二人と目が合った――20歳前後の若い可愛い娘と、少し前に妊活話で盛り上がっていた侍女の一人だ。正規雇用されている彼女が、貴族教育の為に来ている侍女見習に指導していたのかな?


 とりあえずこの状況はいけない……若い侍女見習に声を掛ける。


「君、俺にも紅茶をもらえるかな?」

「ひゃいっ! すぐにお入れいたしまちゅ!」


「あ、噛んだ!」


 特殊な状況下で緊張していたのか、急に声を掛けたので返答を噛んでしまったようだ。


「も、申し訳ありません!」


 え~~~っ!

 俺が「噛んだ!」と大きな声でツッコミを入れてしまったら、なぜかミハエル伯爵の隣に土下座しちゃたよ。

 

 ミハエル家の3人は未だ土下座中、そこに可愛い女の子がさらに追加――


 カオスだ……。


「ルーク殿下、これどうするのですか」


 妊活侍女さんに指摘されるが――


「いや、俺悪くないだろ」


 とはいえ、俺が『御許し』の声掛けをするまで、みんなの土下座状態は続くので順番に声を掛ける。


「とりあえず君はすぐ立って。王族が相手でも、緊張して噛んだくらいで土下座なんかする必要はないよ。そこまで王族も偉くはない」


「はい、申し訳ありません」

「それとイリス……俺は怒ってないから、お父さんたち立たせてあげて」


「ルークさま、父がとんでもない発言をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」


「イリス、もういいから! 早くみんなを立たせて! この状況を誰かに見られたら、また変な噂が流れちゃうだろ!」


 イリスをなだめて、皆を立たせてもらった。





「ふぅ~。改めて自己紹介するね。ヴォルグ王国第三王子のルーク・A・ヴォルグです」


「先ほどは失礼いたしました。ピエール・D・ミハエルと申します」


「お初にお目にかかります。妻のコレットと申します。先ほどは夫が大変失礼な発言をしてしまい申し訳ありませんでした」


 イリスはお母さん似だね。可愛い感じの人だが、ちょっと涙目になっているのが居た堪れない。さっきのは完全に旦那の暴走だったからね。


「いや、状況を理解したうえで揶揄った俺も悪かったからね」

「ルークさま、さっきのは父をわざと揶揄ったのですか⁉」


「勿論注意もかねてだよ! 流石に初対面の王族に対してあれはいけない。と言う訳で、イリスが責任をもって目元が腫れぼったくなっている理由を自分で説明してね」


「え~~っ! 私が自分で説明するのですか⁉ いくら何でも恥ずかし過ぎます! 意地悪言わないでルークさまが説明してください!」


 なんかまたイリスが涙目になって、それをみたピエールさんの雰囲気が剣呑な感じになってきたので俺が説明することにした。




「――と言う訳なんです」

「うちの娘は、婚約指輪をつい先ほど貰って嬉し泣きしていたというのですか? でもそれ、ミスリルリングですよね?」


「ええそうですよ。 うん?」


 ピエールさんが、イリスの指を見ながら疑問気に首をかしげているが、何がおかしいのだろう?


「失礼しますルーク殿下、少し進言いたしても宜しいですか?」


 妊活侍女の人が説明してくれるようだ――ちなみに名前は忘れた。


「ふむ、頼む」

「では、わたくしも今ミスリルリングをしていますが、これは婚約指輪ではなく、常に身に纏うためにシンプルなデザインになっている結婚指輪なのです。一般的に貴族家の婚約指輪は、男性が見栄とプライドと家の威信を掛けて宝石類を散りばめた豪華なものをプレゼントいたします。披露宴でそれを身に着けることになるので、婚約指輪は男性側の財力の象徴とも言えますね。おそらくですが、ピエール伯爵様はそこに疑問を持たれたのではないでしょうか?」


「ええ、君の言う通りで合っている」

「なるほどね」


「お父様、この指輪ですが、ただのミスリルリングではなく、付与付きのモノなのです。しかも国宝級の超レアものです。あ! これ、ダメかもしれない……」


 イリスが急にしょげた顔をして黙り込んでしまった。


「イリス、何がダメなんだ?」

「ルークさま、この指輪だとミーファさまやエミリアさまのモノより価値が何倍も、いえ、何十倍も高い物になってしまいます。正妻のミーファさまより価値の高い物を私が頂くのは――」


「別にそんなのどうでもいいだろ」

「ダメですよ! 陰で私がネチネチと他の貴族家の奥様方に言われるのです。『正妻のミーファ姫を差し置いて』とか『これだから田舎の農民貴族の娘は』とか、暗黙のルールを無視すると皆に陰で言われるのですよ」


 何気にお父さんがダメージ受けているから止めてあげて!


「あ~~めんどくさい! じゃあ婚約指輪の方で思いっ切り差を付けるから、披露宴の際にでも皆にはそう印象付くようにするよ」


「あの~ルーク殿下、娘のその結婚指輪はそれほど価値のあるものなのでしょうか?」


 ピエールさん、『娘さんをください』とかの話は一切していないのに、すでに結婚確定みたいな感じになっている。イリスから事前に『プロポーズされた』とかの話をしているのだろう。


「価値ね~、強いて言うなら、『値段の付けられないほどの価値のある物』となるかな。具体的には【魔力回復速度上昇】【粉砕レベル2】【錬成魔法レベル3】の付与が付いているレアリングです。これを身に着けてリングの魔法を使うと【錬成魔法】の分離・抽出・合成の習得が早まるという効果付きですので、薬師を目指している者たちからすれば、【魔力回復速度上昇】【粉砕レベル2】も含めて考えると天文学的値を付けるでしょうね」


「そのような物があるのですか! 確かに国宝級の品です! それを売れば我が家の財政危機も一気に回復できる――


「結婚指輪だって言ったでしょ! なに娘の結婚指輪をしれっと売りに出そうと考えてるんですか!」


 それを聞いたコレットさんが、横にいたピエールさんを張り倒した。お母さん苦労してそうだね。


「イリス、お前の父ちゃん本当に大丈夫か? ちょっとコスメ商品の販売提携するのが不安になってきたぞ」


 ピエールさん、悪い人ではなさそうだけど、ちょっと不安だ。

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