第88話 宝物庫のお宝

 エミリアの男性恐怖症への治療法を話すつもりだったのだが、『子だくさん』を期待されているミーファや医学的なお話に知識欲を刺激されたイリスが食いついてしまい、排卵や精子の話にまで発展してしまった。


 だいぶ脱線はしたが、最終的にエミリアは『強くなって襲われても返り討ち!』という俺の単純で分かりやすい案に大賛成なのか、表情が柔らかくなり、実に嬉しそうだったので俺としては良しとする。


 夏休みまで1カ月あるので、それまでに戦闘ができるようにミーファとエミリアの武器や防具を買ったり、冒険者ギルドに登録したりといろいろ下準備をし、夏休みは班員でレベル上げするという話でまとまった。




「ルークさま、エミリアやイリスのことを受け入れているからといって、先ほどのお話のようにハーレムを許しているわけではありませんからね」


「勿論分かっている。そもそも俺は妻は一人いればいいと考えているぐらいだ。でも今更こういうこと言うのもなんだけど、俺は『愛』とかよく分からない」


「「「えっ!?」」」


「婚約してからこう言うと失礼だけど……俺は『愛』だの『恋』とかの基準がよく分からない。ミーファからはもの凄く『愛』を感じ取れる……気がする。そこでイリスに質問するけど、イリスの俺に対する好意は『愛』なの? 『恋』なの? それとも単に他の男よりはマシだから『妥協』して結婚しても良いって感じ?」


「妥協とかじゃありません!」


 流石に『妥協』とか言われて、怒ったイリスにめっちゃ睨まれた。


「ごめん。でも、好意にも色々あるよね? 恵愛・ 仁愛・愛心・情愛・恋愛・慈愛・敬愛……どれも『愛』が付く言葉だけど、どこからどこまでが『愛』と呼べるんだろう? イリスは俺との関係を両親に反対されたら諦めるでしょ?」


「両親に反対されたぐらいで諦めたりはしません」


「じゃあ、反対してくるのがゼノさんだったら?」

「国王様がですか? 流石にそれだと諦めるしかないのではないでしょうか?」


「そう、それ! そこなんだよ……自分の意思ではなく、誰かの都合や理由で諦められるって、それって本気の恋、本当の愛なのかなって思うんだ」


 イリスは言葉を詰まらせて黙ってしまった。代わりにミーファが聞いてきた。


「ルークさまはルルティエさんのことを御想いなのですね?」

「まーね。未だに心に棘が刺さった感じだけど、俺は『仕方ない』『俺には勿体ない』と、自分に言い訳して彼女を諦めてこの国に来た。本心に蓋をしているわけなんだけど、でもそれって本気じゃなかったってことなのかとも考えてしまうんだよね」


「仕方ないとはどういうことでしょうか?」

「馬鹿なことをやってパートナーの騎竜を死なせてしまい、竜騎士学校に居場所がなくなり、俺への周囲の評判もさらに悪化したんだ。事故後に俺は自室謹慎になっていたんだけど、食事を運んできてくれた侍女なんか、俺が話しかけても完全無視で返事すらしないで部屋を出て行くんだよ。そんな俺と結婚とか彼女があまりにも可哀想と思ってしまったんだよね。そんなことを謹慎中に一人自室で考えている時に、王命で隣国へ婿に行けと言われて、これはもう仕方がないのかなと……」


「難しいところですね。好きだから諦められない、我慢できない、となってしまうと、最終的には理性を無視して獣のように襲うことになります。周りのことや相手の気持ちとかもお構いなしになりますよね」


「『好き』を突き詰めていくと、最終的にはそうなると思う。弱肉強食の自然界での生存競争を勝ち抜くために、人間以外の殆どの生物はそうしているしね。結局自我だけを通せば、相手の気持ちや感情なんか二の次になってくる」


「でもさっきルークさまご自身で言っていたではないですか? 人と獣の違いは『理性』があるかないかだって。人は知性で法を作り、法で縛ることによって理性で感情を抑えることができると……犯罪者になりたくないのであればお相手を諦めるしかないのではありませんか?」


「俺が相手だとルルティエが可哀想と相手を想って諦めることもあるかもしれないけど、それってどうなんだろうね? 例えばミーファは俺が『やっぱなし』って言ってルルティエの所へ帰っても諦められる?」

「だ、ダメです! ルークさまは絶対わたくしと結婚してもらいます! 結婚してくれないなら死にます!」


「うわ~~! 「死ぬ」とか、もうそれ『狂愛』レベルだよね! 理性とか諦めるとかの次元の話じゃないでしょ。まぁミーファのことは好きだから結婚するつもりだけど、でも子作りとかはもう少し待ってね?」


「はい。でも赤ちゃんができやすい日とかについてもっと知りたいです――」




 しばらく侍女たちも一緒にお茶とお菓子を楽しみながら『妊活』話で盛り上がっていたのだが、扉がノックされて侍女たちの顔が青ざめた。


「エミリアお嬢様、いま宜しいでしょうか?」

「どうぞ」


 侍女長のパメラさんの声だ――


「エミリアお嬢様、ルーク殿下はこちらにおいででしょうか?」

「ええ、いらっしゃいますよ。どうぞ中へ」


 既に侍女たちは席を立ち壁際に何事もなかったような顔をして控えている。

 足音を一切させず、実に素早い動きだった。


 この人たちひょっとしてけっこう強くね?


 パメラさんは素顔を晒しているエミリアを見て一瞬驚いていたが、なにも言わずに嬉しそうな顔をしたあと俺に話しかけてきた。



「ルーク殿下、奥様の御髪が切り整えられました。奥様は体調も問題ないとのことでしたが、この後どうすればよろしいでしょうか?」


「ナタリーとエリカで入浴介助してあげて。エミリアとミーファは一緒に入りたければ行くといい。これ、ナタリーに渡しておくね。使用後の残りは全部サーシャさんにあげていいよ」


「これ全部差しあげても宜しいのですか? 化粧水や美容クリームもですね。分かりました」


「ルーク殿下、入浴のお手伝いに当家の使用人は本当に必要ありませんか?」

「ええ、必要ないです。あ、そういえば、サーシャさんは普段は入浴の際に介助人をつけられていたのですか?」


「はい、一人お連れになって身の回りのお世話をさせていただいておりました」

「じゃあ、その者も今回一緒に入ってもらって、ナタリーから各種洗剤の使い方を習ってもらえますか?」


「はい、さっそく手配いたします。それと宜しければこの後、オルクが宝物庫にご案内いたしますが、お時間はどうでしょうか?」


「ぜひお願いするよ」


 

 パメラさんはテーブルをちらっと見た。


「あなたたちは少しお話がありますので、このあと執務室に来るように」


 ここにいる侍女たちも含めた人数分のティーカップがテーブルにあるもんね。パメラさんやっぱ優秀な人だよね。ちらっと見ただけでエミリアのことも、侍女たちのおサボりも正確に把握しているみたいだ。


「パメラさん、俺が侍女たちに聞きたいことがあったので、引き留めて一緒にお茶させたので怒らないであげてね」


「……そうでございましたか、業務をさぼっていたのではないのでしたら問題ございません」


 また嘘ついてごめんなさい。まぁ、俺が庇っているのを分かったうえでお許しが出たみたいだ。



  *    *    *



 部屋の外に待機していた家令のオルクさんに連れられて、フォレスト家の宝物庫に来ている。


 なんか思っていたのと違う……あんまり物がない。

 テンションMAXで入ったので、ちょっと残念に思ってしまった。


『♪ 歴史ある名家と違い、ガイルが引き継いでからまだ日は浅いのでこんなものでしょう』


 どうやら前公爵家の資産は国が没収したため、この宝物庫にあるのはガイルさんの代になってから手に入れた品なのだそうだ。




「旦那様から『宝物庫内にルーク君が欲しいものがあるようなら言ってくれ』と言伝てされております。ゆっくりご覧くださいませ」


 剣や防具、何か分からない魔道具類……色々あるが、特に欲しい物はないな。


『♪ あ! マスター、ダンジョン産ですが、その火竜と水竜の魔石が欲しいです!』


『魔石なんか貰ってどうするんだ?』

『♪ ナビー工房で使いたいのです。できればA級とB級、C級の魔石も欲しいです』


 どうやらまた趣味に走るらしい。ナビーにはいろいろ世話になっているし、欲しいものがあるなら優先的に手に入れてあげようと思う。


 S級魔獣の竜の魔石はS級魔石なので結構値が張るそうだが、ダンジョンから定期的にドロップしていて手に入れやすい物だと言って二つ返事で頂けた。


「ルーク殿下、ミスリルの武器や防具もありますがいかがでしょうか?」

「今は必要ないですね。俺の腕前ではこの剣でも過分ですし、同じく金属製の防具も良いのもらっても、今の俺の筋力や体力では重くて動けなくなりますからね」


「そうでございますか。ではまた入用ができた際にわたくしめにお知らせくださいませ」


 どうやらガイルさんは、サーシャさんを治療したお礼だと言っていて何でもくれるらしい。子家の者や家臣たちの治療の件も含まれているとのことだ。


 ナビーは良いものが手に入ったと俺より喜んでいる。




 オルクさんからミスリル鉱石を受け取って、さっそく自室にこもって作業開始だ。


 先ずはディアナの人化時の服の換装魔道具だ。これはナビー工房に任せて、最後に俺が付与だけ行うことにした。


 サイズ的にはピアスが一番ミスリルの量を節約できるのだが、ディアナの皮膚に孔をあけられるか自信がなかったので結局指輪にした。


 それでもかなり大きい物になりそうだ。



 次にイリスの結婚指輪だ。

 彼女の両親と会ってどういう話になるか分からないが、結婚できなかったとしても付与付き指輪はあげようと思っている。


 う~~ん、やっぱどうせあげるならイリスに合ったものをあげたい。


 【魔力回復速度上昇】【粉砕レベル2】【錬成魔法レベル3】【個人認証】


 約束していた【魔法効果上昇】ではなく、実験も兼ねてイリスが欲しがっていた【粉砕】魔法と【錬成】魔法を付与してあげた。


 何度も指輪の効果を使うことによって、使った魔法の特性と魔力の流れの感覚を覚え、多少でも適性があるのならスキルを自己習得できる仕様にしてみた。


 それとイリスのは指輪のサイズをピッタリにして、【自動サイズ調整】を付けずに有用なものを付けた。皆のも後でそうしようと思う。【自動サイズ調整】で1枠潰すのは勿体ないからね。


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