第81話 カエル実食

 労咳患者だと思われる者を集めたお屋敷は、公爵家から近かった。

 公爵家の家臣のお屋敷だそうで、徒歩で10分、馬車だと2、3分ほどの所にある。


 従魔たちはお留守番だ。病人を集めた場所に連れてきたくなかったからね。



 治療自体は全員診ても1時間かからないのだが、サーシャさんが患者と一人ずつ俺を紹介しながら会話をしたため、午前中いっぱいかかってしまった。





「お義母さま、大丈夫ですか?」 


 帰りの馬車でぐったりしているサーシャさんに声を掛ける。


「ちょっと疲れました。ルークさん、今日はありがとうございました。意識が 朦朧としていた友人も、会話ができるぐらいまで回復して本当に驚きました」


「師匠特製の【滋養強壮剤】を飲ませましたからね」


「凄いお薬です。ルークさんも調合できるのですか?」


 サーシャさんのこの質問にイリスが目をキラーンとさせたが、残念ながらルーク君は未習得だ。


「【錬成魔法】の熟練レベルは足りているのですが、基本となる俺の種族レベルが足りていないので調合できないです。師匠がいうには、種族レベルが30以上ないとなぜか出来ないそうです」


「ルークさま、【上級回復剤】はお作り出来るのに、【滋養強壮剤】が作れないのはなぜでしょう?」


 イリスが興味津々に疑問を口にする。


「おそらく【特級回復剤】と同じ扱いなんじゃないかと考えているみたいだけど、師匠もなぜかは分からないそうだよ」


「私も作れるようになるでしょうか?」

「イリスはまず【錬成魔法】の習得が必要だね」


「そうですか……残念です。私には【錬成魔法】の適性がないので諦めます」


「習得は難しいけど、【錬成魔法】は聖属性と闇属性の複合魔法だから、イリスに適性がないということはないよ。イリスはもともと聖属性特化タイプだし、個人差はあれど、生まれつき全員闇属性の【亜空間倉庫】を所持しているのだから適性はあるはずだよ」


「そうなのですか!?」

「うん。最初の1回目の『抽出』や『分離』の魔法発動までにもの凄く時間がかかるから、自分には適性がないと思って諦める人が多いんだそうだよ。元々適性のかなり高い人はすぐに習得しちゃうから、授業で同時に学び始めて、1年やってもできない者は適性がないと考え断念するんだよね?」


「はい、1年もやってできなければ、やはり適性が低いので諦めた方がいいのではないでしょうか? 3年時の選択教科は適性の高い教科を選択して学んだ方が有意義です」


 学園の1年次は共通科目で皆同じ基礎的なことを学ぶが、2年次からは1年次の授業を通して判明した自分の適性を伸ばすために、共通基礎学+選択制で学びたい専攻を選べるようになる。


 攻撃魔法・支援魔法・回復魔法と同じ水魔法でも三系統あって、ルーク君は回復に特化していて攻撃魔法は苦手だった。


 俺の魂と替わり、邪神討伐のために各属性の神より加護や祝福を盛りだくさん得ている今の俺に苦手な属性や系統はないので、訓練すれば攻撃魔法も上手くなるだろう。


 2年次の専攻をどうするのか、イリスの希望も聞いて選びたいと考えている。



「あはは、師匠に言わせれば、『学生が授業で1年やったところで、どれだけ修練したのか』って笑ってたよ」


「どういうことですか? みんな頑張っていましたよ?」


「おっと、もう公爵家に着いちゃったね」

「ルーク様! ここでお話を止められたら、気になって何も手が付かなくなっちゃいます!」


 まぁそうだろうね。笑いそうになるくらい必死だ。


「お義母さまを部屋に送って昼食迄休んでもらうから、俺の部屋でお茶でも飲みながら続きを話そうか」



  *    *    *



「学生が週に1回専攻授業で【錬成魔法】を学んだからといって、実際1年で何回魔法の発動を行ったかということなんだよ。薬学はもの凄くお金がかかるから、授業は座学メインで実習授業は少ないでしょ?」


「そうですね。実習だと実際に薬草が要りますからね。授業以外だと自費で薬草を買っての練習になるので、お金のない学生は厳しいです」


「だよね。俺の場合、師匠が王宮内で貴重なレア薬草を栽培していたし、毎日神殿からいろいろな薬草が届けられていて、魔力が尽きるまで練習させられていたからね。授業で1年やっても実際に薬草を使う実習練習なんか数十回程度でしょ? それで適性がないからと諦めるとか、年間数千本単位で納品していた俺からしたら、実習不足としか言えないよね」


「数千本ですか……」


「べつに【錬成魔法】が使えなくても、中級回復剤までなら素材を厳選すれば作れるので、家が破産するような借金してまで習得する必要はないけどね」


「確かに借金してまで習得する必要はないかと思いますけど、【錬成魔法】で成分抽出された回復剤の効果は普通に調合されたものとは格段に違います。私もできれば習得したいです」


「初級回復剤用の薬草だって一束銀貨5枚は要るからね。お金に余裕がないと最初の1本が成功するまでに心が折れちゃうよね。学園に戻ったら効率のいい【錬成魔法】の習得方法を教えてあげるから、イリスも練習してみようか?」


「はい! お願いします!」


 うわ~~、こういうときのイリスは本当に嬉しそうな良い笑顔をする……可愛い!



  *    *    *



 昨日お昼は要らないと言ったので準備されていない。つまり、俺が作らないといけない。


 午前中に仕込むつもりだったけど、外での治療に時間を取られたので何も準備していない。


 昨日のあれでいいかな……。


 厨房での調理ではなく、食堂のテーブルに布を敷いて、そこに魔道コンロを2つ置く。実演調理は見ている方も楽しいし、目の前で完成したらすぐに出される熱々の出来立ては一段と美味しく感じるものだからね。


「ルークお兄さま、今回は何を食べさせてくれるのですか?」


 ララが俺の準備作業を見て質問してきた。


「「わたくしも楽しみですわ♪ どんなものを食べさせていただけるのでしょう」」


 ミーファやサーシャさんも、前回俺の料理を食べているからか、ちょっと期待度が高すぎる。


 食堂にはすでにララやアンナやサーシャさんもきて席に着いている。学園生組も勿論いる。他にも侍女長と侍女2名が俺が問題行動を起こさないかと目を光らせている。


「昨日釣ったカエルを調理しようかなと……」


 カエルと知った侍女長に睨まれた。


「え~~っ、カエルですか?」

「あんた、なんてもの食べさせるつもりなのよ!」


「嫌なら食べなければいい」


 イリスやアンナはゲテモノなのであまり乗り気じゃなさそうだ。 

 侍女長に止められる前にさっさと準備をする。


 底の深めなフライパンに油を入れて熱する。今回は菜種油を使う。


 糸の付いたカエル肉をだしてサーシャさんに素材の説明をする。


「この赤い糸の付いたカエルの足のお肉は、ララが初めて自分で狩猟した獲物です。そして皮も自分で剥いて、解体作業もララが頑張って一人で行ったものです」


「えっ、そうなのですか⁉ あ~~でもそれだとガイルが僻みそうですわね……」

「奥様、間違いなく旦那様は拗ねると思います」


 侍女長さんが断言したが、なんのことだろう?


 どうやらララのことが大好きなガイル公爵は、『なんで俺のいない時にララの初獲物を食べちゃったんだ! 俺も食べたかった!』と、後で知った時に拗ねるかもしれないとのことだった。


「まあ、いない人のことはしょうがないです。ララ、折角ここまで一人でやったんだ、最後まで自分でやってみようか」

「はい、ルークお兄さま♪」


「「カエルの足に付けた色違いの糸はそういうことですか。流石です、ルークさま」」


 イリスとエリカが何やら感心してつぶやいていた。


「ちなみに赤糸がララ、白がミーファ、黄色がエリカ、緑はエミリアが最初の一投目で釣ったものだよ」


 ミーファが釣った白い糸が結んである足肉をインベントリから出して糸を外す。

 どうしようかな……骨付きより、一口サイズの方が食べやすいかな。


 まな板と包丁を出して、骨から身を外して一口サイズにカットする。ララも俺の横で見よう見まねで上手くカットできた。鳥のもも肉より大きいので、片足から16切れも取れた。


 1匹のカエルから、2本の大きな後ろ脚のもも肉と、手羽元サイズの前足の2本が取れる。そのうちの1本ずつを昨晩から醤油ダレに漬け込んで寝かせてある。


 油が熱したので、味付けしていないものを素揚げする。味付けしたものや粉をまぶしたものはすぐ油が汚れるから揚げる順番は大事だ。


「ララ、こうやって手前から奥にそっと置くように入れるんだよ。奥から手前に入れたり、高いところから投げ入れると油がこっちに跳ねる可能性があるから、手前から奥にそっと入れようね。敷布をしたのも油が跳ねるからだよ。敷いてないと油汚れは掃除が大変だからね。掃除する人の配慮も忘れないように」


『♪ おや、控えている侍女長たち3人の好感度が少し上がりましたね。そういうちょっとした配慮は、人の好感度を上げるのに意外と効果あるのですね』


 『ジュ~ッ』と油の跳ねる小気味よい音が鳴る。

 実演しながらララが火傷しないように教えてあげる。


「こうですか?」

「うん、そんな感じで良いよ。とりあえず、6個ずつ入れてみようか。一度に沢山入れすぎると油の温度が下がって、からっと揚がらないから注意ね」




「ルークお兄さま、美味しそうな匂いがしてきました♪」

「音も変わって、肉から発生している気泡も大きくなったからそろそろ良い感じかな。美味しそうなきつね色になったら油から上げて、余分な油を切ったら塩胡椒を振って完成だよ」


 そして実食。


「意外と美味しいな。でもちょっとあっさりし過ぎかな。衣をつけた方が良さそうだ」

「ルークお兄さま美味しいです! お母さまもララの作ったお料理を食べてみてください!」


 ララちゃんは初めて自分で釣って、初めて自分で料理したものだから格別にそう感じるのだろう。


「まぁ! 本当に美味しいわ♪ ララが初めて作ってくれたお料理ですもの、不味いはずがありませんわね」


「ララお嬢様、わたくしにもおひとついただけますか?」

「はい、どうぞです」


 侍女長、あなたも食べるんだ。


『♪ 彼女はカエル肉というゲテモノを食べたことがないので、公爵家の御令嬢たちに食べさせて良いものか一度自分で食べて確認したいようです。それと、自分もララの初料理を是が非でも食べておきたいようです』


「……美味しいですわね。塩胡椒だけのあっさりした味わいですが、噛むとジューシーな肉汁がでてきて大変美味しゅうございます」


 良かった。侍女長からお墨付きがでたので他の面々にも食してもらおう。

 鶏肉と違い、肉汁はそんなにないけどね。侍女長怖いからあえて突っ込んで言わない!


「ララ、あなたが初めてお料理したやつなら私も食べてみたいわ」

「はい、アンナお姉さまも食べてください」


 結局アンナも食うんかい!


 何気にエミリアがアンナの後ろに並んでいる。自分が釣ったやつがあるのに、可愛い妹の手料理が食べたいんだね。


 いいもん……俺のを食べてくれる人、ちゃんといるもん!


「フ~、フ~――ミーファ、あ~~ん」

「えっ! あ、はい! あ~~ん♡」


 恥ずかしそうに口を開けてくれたので、『フ~フ~』と息を吹きかけ冷ましたお肉をミーファの可愛いお口に差し入れる。


「美味しいですわ♡」


 やっぱミーファ可愛い!


「主さまよ! 妾も食べたいのじゃ! あ~~んなのじゃ!」


 うん、ディアナはお肉大好きだもんね……可愛くあけた口からヨダレ垂れてるよ。

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