第82話 カエルさんポーチ
カエルの素揚げは意外と好評だ。
俺的には身があっさりしていて淡白なので、塩胡椒だけではちょっと味気ないと感じてしまった。
みんなが2個ずつ食べたところで、一晩タレに漬け込んだものにかえてみる。
粉は小麦粉か片栗粉……今回は片栗粉かな。
「ララ、今度は昨日フォークでザクザクやってタレに漬け込んだお肉にこの白い粉を付けてから揚げてみようか」
「はい、ララも一緒にもっとお料理したいです」
実は片栗粉はこの世界ではまだ売っていない。ジャガイモからでんぷんを抽出した俺の自作だ。片栗粉はジャガイモさえあれば意外と簡単に作れる。労力を考えると小麦を脱穀から挽いて粉にするまでの過程より簡単だ。
《片栗粉の作り方》
ジャガイモの皮を剥いですりおろし、すりおろしたものを綺麗なきめの細かい綿の布に入れ、水を張ったボウルの中でモミモミする。
しばらく水の中でモミモミしたら、モミモミして白く濁った水を30分ほど放置しておく。
放置しておくと底の方に白いものが沈殿するのだが、それが片栗粉になる。
30分放置後に上の濁った水を捨て、再度水を入れ掻き混ぜてまた放置。
数回それを繰り返すと、上澄みの白く濁った水が綺麗に澄んでくるので、そうなったら底の沈殿物の白いものを乾燥させてやると片栗粉の完成だ。
濁った水が出るうちは、灰汁となるえぐみや余計な不純物が混ざっているので、上澄みの水が綺麗に澄むまできっちりやるのが美味しい片栗粉を得るためのコツだ。
厳密に言えば、片栗粉は、本来はカタクリという植物の地下茎から作られたデンプンの粉のことで、じゃがいものデンプンから作るものとは違うものなんだけどね。
タレ漬けカエル肉をお手頃なサイズにカットして、まんべんなく片栗粉をまぶす。
「揚げ方はさっきといっしょだから、油跳ねに気を付けてそっと入れるんだよ。余分な粉は落としておかないと、油がすぐに汚れちゃうから注意してね」
「分かりました、お料理楽しいです♪」
ララはすっかり料理にはまったようだ。
自分で釣った獲物を自分で料理をしてみんなと食べる。この楽しさを俺に教えてくれたのは叔父さんだ。12歳の頃、ピアノばっかりやって家から余り出なかった俺をキス釣りに連れて行ってくれたのだ。
俺が初めて釣ったキスを、叔父さんは「天ぷらにして晩飯にするか」と魚の捌き方から天ぷらにするやり方まで教えてくれた。みんなが俺の初めて作った天ぷらを食べて「美味しい!」と喜んでくれた時の笑顔は一生忘れられない。
ララにも同じ気持ちを体感してもらえたらいいなと思って事前に目印の糸を付けておいたのだけど、ララの笑顔を見る限り上手くいったようだ。
「うわっ旨っ! 俺はこっちの方が素揚げより好きかも」
「ルークお兄さま、ララもこっちの方が美味しいと思います!」
「ハフッハフッ、旨いのじゃ!」
ディアナは俺の横に来て揚げたてをかっさらっていった。舌、火傷するよ。
外はサクッと、中はジューシーで醤油とニンニクと生姜のパンチの効いた味に仕上がっている。カエル肉の肉汁は少ないのだろうけど、フォークでザクザクやっておいたのでタレがしっかり染み込んでいるのかジューシー感はある。
ディアナに全部喰われる前に、タレ漬けの方の唐揚げを21個確保して俺の【インベントリ】に収納しておこう。
みんなにも好評で揚げるのが追い付かないほどだ。
唐揚げだけだと少し物足らないので、厨房に言ってパンとサラダと簡単にできる卵スープを出してもらう。
「ララ、自分で釣って、自分で捌いて自分で料理したものは最高に美味しいでしょ?」
「はい、とっても美味しいです!」
「ルークさん、ありがとうございます。この子にとって、とてもいい経験になったことでしょう。ララ、アンナ、エミリア、わたくしたちが普段食べているお肉も、誰かがこうやって狩って解体して調理してくれたものだということを忘れないで、日頃から感謝していただきましょうね」
「「「はい、お母さま」」」
大盛況で昼食会は終え、カエルは意外と美味しいということが分かった。
少し汚れたが、油はまだ使えそうだ。このまま捨てるのも勿体ない。
自作スライサーを出して、皮を剝いたジャガイモをシャカシャカと前後に動かして薄くスライスする。
さっと揚げて塩をまぶせば、ポテトチップの出来上がりだ。
「「「美味しい!」」」
「主様よ! これはなんなのじゃ!」
ディアナうるさい……。
みんなにもポテチは好評だ。
だが、カエルの唐揚げより好評なのは仕方ないことなのか?
唐揚げVSポテチの揚げ物ではポテトチップの完勝だったのは言うまでもない。
* * *
「あら、主人からメールですわ。強い雨が止みそうにないので、帰宅は明日にするそうです」
外を見たらこっちも結構降っている。
雨具を着てドレイクで雨天飛行をすることもあるが、緊急じゃない場合は安全のため飛ばない方が良いからね。
「ミーファ、午後からララとファーストジョブ獲得に行く予定だったけど、雨が酷いので明日に見送ろう。濡れて風邪でも引いたらいけないからね」
「そうですわね、ジョブ獲得後のステータスの違いを早く確認したい気持ちはありますが明日にいたしましょう」
「ララ楽しみにしてたのに……残念です」
「あはは、ごめんよ~。でも濡れて体が冷えてララが風邪でも引いたら俺が怖わーい侍女長に怒られちゃうからね」
余計なことを言って侍女長にまた睨まれた。
二人とももの凄く残念そうだ。
「そのことですが、国王様や旦那様に一度ジョブの選択をお聞きになられた方が宜しいかと思われるのですが……」
侍女長が自分の名前が出たついでとばかり、会話に入ってきて進言してきた。
「そうですわね、一応主人の意見も聞いた方が良いかもしれませんね」
自分の生涯に係わるジョブの選択なのに、父親の許可がいるのか?
「お義母さま、生涯に係わるジョブの選択なのに、自分で決められず父親の許可がいるのですか?」
「許可というより相談もなく勝手に決めちゃうと、うちのガイルは拗ねちゃいそうで……」
『うちのガイル』って、すぐ拗ねる子供かよ!
「なるほど。ミーファはどう? ゼノ国王も勝手に決められると拗ねるタイプ?」
「そうですわね、うちの父も拗ねるかもしれません」
「となると、侍女長のおかげで父親たちに拗ねられるのを回避できたね」
まぁ、親の顔を立てるのも大事なことか。
「ルークさま、わたくしのファーストジョブはなにが良いと思います?」
ミーファが自分の獲得するジョブの相談をしてきた。
「うん? ミーファもララもファーストジョブは【魔術師】一択だよ」
「そうなのですか?」
「ルークお兄さま、ララは魔法職より剣士に向いていると言われました」
「そうだね、ララは火系統の肉体強化を生かした方が実際伸びは良いはずだ。それを生かすジョブなら【剣士】とか【戦士】のジョブが良いのだけど――小さいうちから無理な体作りはどのみち良くないから、子供時分に良く伸びる魔力を増やした方が絶対良いよ」
「そうなのですか?」
「うん。エリカのような代々警護や護衛を生業にしている騎士の家系なら【剣士】のジョブを選択した方が良いけど、ララは守られる側の公爵令嬢なので、剣術は護身程度で良いんだよ。ララが男児なら適性の高い【剣士】を取って本格的に鍛えた方がいいけど、上位貴族の女の子は【魔術師】を取って、前衛のサポートをできるようにした方が良いよ。護衛のプロのエリカはどう思う?」
「ルークさまの意見に賛成かな。ミーファ様やララ様ぐらいのお立場の方が馬車から降りて護衛と一緒に戦う事態だと既に詰み状態だし、中途半端な剣術で参戦されると、こっちは守りながらになるのでかえって足手纏いなんですよね。それなら後ろから魔法でも放って敵をかく乱するよう援護してくれた方が凄く助かります」
「だよね。ララが学園に通い始めるまでは幼少時に伸びやすい魔力の最大値を上げた方が良いかな。MP量が増えれば、剣術のスキルを放てる回数も増えるので、どのみち損することはないからね。ララが剣術の方が好きなら、学園に通う時に騎士科を選択し、ジョブを【剣士】に替えれば良いからね」
俺の説明を聞いて、ララもミーファもファーストジョブを【魔術師】にすると決めたようだ。
そろそろ昼食会もお開きかな。
「ララ、ちょっとこっちにおいで」
「はい、ルークお兄さま?」
とことこと俺の前にやってきたララにプレゼントを渡す。
「ララが初めて狩った獲物の皮で作った『カエルさんポーチバッグ』だよ」
「わ~~♪ 可愛いピンクのカエルさんです♡」
モーモーガエルはカエルの背の部分はグロテスクなこげ茶と緑の迷彩柄だが、お腹の方は白色だったので、食紅を使って染めたらピンク色になったのだ。
大きさはタテ20cm、ヨコ15cm、マチ10cmほどのものだ。
見た目は可愛くデフォルメされたピンク色のカエル。正面が背の方になっていて、まん丸な大きな目を付けている。お腹の方は白いままにしていてそれもなんだか可愛く見える。
そしてカエルの口の部分がガマ口になっており、ガマ口財布のようにポッチを捻ると口が開くようになっている。
昨晩一生懸命ヤスリでギコギコやってた部分がこの口の金属部分だ。
その口の両端から、アラクネーの蜘蛛糸を束ねて組紐にし、ピンクに染色した肩紐が付けられている。
「ララ、これはただのポーチバッグじゃなくてね、時間停止機能の付いた亜空間収納ポーチだから大事に使ってね」
「ルークさんちょっと待ってください! 【時間停止】の付いた【収納ポーチ】なのですか⁉」
サーシャさんが慌てたように質問してきた。まぁ、【収納ポーチ】はともかく、物が腐らなくなる【時間停止】機能付きは超が付くレアものだしね。
「ええ、1マス10kgですが、1枠分の50マスの収容ができるものです。【個人認証】機能付きなのでララしか使用できないものになりますが、闇属性の適性があまりないララにとっては、生活が便利になる有難いものになるでしょう」
「そのような国宝級の品、頂いてもよろしいのですか? あれ? でも先ほどルークさんがお作りになったと……」
「神獣のハティと黒帝竜のディアナの加護を得てから、いろいろできるようになったんです。勿論気に入った人にしか作ってあげないですし、『私も欲しい』とか言う輩が後を絶たなくなりますので、俺が作製できるということはご内密にお願いしますね」
真実ではないが嘘でもないので、この言い訳でいくつもりだ。
ルーク君は自分の薬師としての能力を師匠の助言もあって慎重に隠してきたが、俺はやりたいようにやるつもりだ。だってハティのお母さんとディアナがめっちゃ強いからね。俺を害するなら『ディアナさんやっておしまい!』ってお願いするもんね!
まあ他力本願で情けないが、俺を害するなら国が消滅するくらいの覚悟がいるってことだ。防衛手段があるのだから、便利なチート能力は隠すことなく遠慮なくやりたい放題やるつもりでいる。
ララの手を取ってチクッと親指に針を刺し、血液をガマ口の金属部の付与をつけた紋章部に垂らす。紋章がほのかに光れば収納可能になり、以降ララと作製者の俺しか出し入れできなくなる。
「【アクアヒール】。使い方は左手をガマ口の中に入れ、右手を収納したい物に向けて【亜空間倉庫】に入れる時と同じようにイメージすれば、ポーチの【亜空間】に収納できるよ。ガマ口に手を突っ込んでいる間は【ステータスプレート】が現れて、【亜空間倉庫】と同じような表示がされるから、空き容量や何が入っているかの確認も簡単にできる仕様だよ。出すときはちょっとコツがいるから、何か出し入れして練習してごらん」
ララはポテトチップの入った皿を何度か出し入れして大はしゃぎだ。
「ルークお兄さま凄いです! ララ、大事にしますね♡」
「「「ララちゃんだけズルい!」」」
まあ、そうなるだろうことは予想してた。班員分はミスリルを手に入れてから、牛革でもっと大人っぽいお洒落なものを作るつもりではいたのだけど、アンナちゃんも欲しいの?
「妾もカエルさんポーチが欲しいのじゃ!」
「いやいや、黒帝竜のディアナは闇属性特化で【亜空間倉庫】の容量、俺よりめっちゃ多いだろ!」
「主は分かってないのじゃ! 妾は【収納ポーチ】が欲しいのではなく、可愛い『カエルさんポーチ』が欲しいのじゃ!」
クッ! ドラゴンのくせに、上目遣いで可愛くおねだりしやがって!
結局みんなの分を作るはめになりそうだ。
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お読みくださりありがとうございます
ご感想、沢山頂いておりますが返信する時間が……ごめんなさい
カエルさんポーチのイメージが文章では上手く伝えにくかったので、参考資料を近況に貼っておきます
資料1と資料2の画像を足して2で割ったようなものだとご想像くださいませ
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