第80話 お義母さまの腹黒いのに優しい思惑
体を揺すられて目が覚める。昨晩遅かったので正直まだ眠い。
「ルークさま、おはようございます」
どうやらイリスが朝の散歩の時間になったので俺を起こしにきたようだ。
公爵家に来ていても、勿論ダイエットメニューは継続です!
「ふぁ~~、おはようイリス、いま何時?」
「もうすぐ5時になります。でも、今朝は雨が降っていますのでお散歩は公爵家の屋内訓練場で行おうと考えていますが、どうでしょうか?」
「うん、それでいいよ……ってか暑いし重い」
ディアナが俺の右横にくっついて寝ていた。シーツをめくるとやっぱディアナは裸だ。腹の上にはハティが乗っている。
「暑いのも重いのもまたこいつらのせいか……【クリーン】」
「まぁ! ディアナちゃん、また服脱いじゃったの?」
とりあえず寝汗を掻いていたので、皆も含めて【クリーン】で綺麗にする。
シャワーしなくても一瞬で綺麗になる【クリーン】の魔法は便利だ。
ハティのモフモフも、ディアナの柔肌のプニプニも気持ちいいものだが、夏になるにつれて暑苦しくなってくる。
ドレイクの頃から俺と一緒にお昼寝したかったというのがディアナの夢の一つと言われているし、なにより幸せそうに眠るディアナに、ダメと言いにくいのが現状だ。
だがこう毎日続くと何か対策を考えないといけないな。
連日の光景にイリスも見慣れたのか、ディアナを叱ることもなくなった。というか、諦めた?
「お前ら起きろ! なんでハティは毎回俺の上に乗って寝るんだよ、起きて散歩に行くよ」
≪♪ マスター、イリスおはよう≫
「うん、おはよう」
「ナビーちゃんおはよう」
ハティは散歩と聞いて飛び起きたが、ディアナは朝食まで寝るそうだ。
「ルークさまは昨晩あれからもあの作業の続きをされていたのですか?」
「うん。ちょっと遅くまで作業してたからまだ少し眠い」
昨晩21時ごろに一度イリスが部屋にやってきて今日の予定の確認をしてきたのだが、この娘は自分がいない時に俺が何かやっていると拗ねるみたいなのだ。
イリスが習得していない【錬金魔法】、【錬成魔法】や【付与魔法】のことであっても、何か得るものがあるかもしれないので見学したいとのことだ。
「シャンプーを作られるときは必ず呼んでくださいね!」
イリスたちにあげた分がもう少ないんだろう。
「シャンプーは今日作る予定なので、その時は手伝ってね?」
「はい、勿論お手伝いいたします」
室内訓練場に行くと、隅の方でエミリアとアンナ、ララの三姉妹が剣の稽古をしていた。そういえば記憶の中のルーク君や兄姉たちも朝練をやらされていた。もっともルーク君は『薬草や花壇の水やりが~』とか理由をつけて逃げていたから、【剣術】の熟練度は低かったけどね。
「みんなおはよう」「皆さまおはようございます」
「ルークさま、イリス、おはようございます」
お! エミリアが普通に挨拶してくれた!
「ルークお兄さまおはようさまです!」
ララちゃん朝からめっちゃ元気だね!
「おはようございます。あんたが訓練とかやってるとは思わなかったわ」
アンナの奴、朝から絡むね!
そしていつの間にかエミリアはハティをモフっている……やるなエミリア!
「そういえば、昨晩ララがまたお泊りにやってくるかと思って待っていたのに来なかったね?」
「昨日はエミリアお姉さまと一緒に寝ました」
「そっか、久しぶりに帰ってきたお姉ちゃんに甘えられたんだね。良かったね」
「はい! お願いしたら、一緒に寝てくれました」
昨晩のことを思い出したのか、嬉しそうにはにかんだ……可愛い!
女騎士から【剣術】の訓練を受けている三姉妹とは別行動する。俺が行うのはダイエットがメインだからね。
訓練場に行ったのは失敗だった。
エミリアたち以外にも若い騎士たちが自主練していたのだが――
当然大国の王子である俺が行くと騎士たちは委縮してしまう。
そのくせ、俺の横について走っているイリスのことを好色の目で眺めてくる。
まあ騎士たちの気持ちは分かるんだけどね。
18歳のお年頃の可愛いイリスが、お胸をポヨポヨさせて走っていたら見ない方がおかしいよね。
「ルークさま、今日は歩かないで走るのですか?」
「訓練場だからね。流石にここで歩くのは騎士たちに笑われそうで……騎士たちのエッチな視線が気になるのなら、イリスは待機していていいよ」
「ふふっ、お優しいお心遣いありがとうございます♡」
そう言ってイリスは訓練場の隅に移動した。やっぱエッチな目で見られるの嫌だったんだね。
『♪ マスターはナビーの助言がなくても、イリスの好感度を上げまくってますね。今のマスターの対応を見ていた三姉妹の好感度も少し上がったようですよ』
『流石にあんな嫌そうな顔して走っていたら誰でも分かるよ』
『♪ 騎士と言っても今いる者たちは騎士学校を卒業したばかりの10代、20代前半の見習い騎士たちですからね。歳の近いイリスのことが気になって仕方がないようです。特に未婚の騎士2人はどうにかして話すきっかけができないかと狙っています』
『じゃあ、イリスは先に帰らせた方が良いか?』
『♪ ですね。マスターと離れたので、イリスに話しかけに行こうと考えている者が何人かいます。ナンパ目的の相手など、イリスからすれば迷惑でしかないでしょう。イリスは公爵家の侍女として少しの間働いていたので、独身の騎士たちの間でイリスに婚約者がいないというのは噂になっていましたからね』
器量の良い回復魔法の使える嫁。生傷の絶えない騎士からすれば、イリスは結婚相手として超優良物件だろう。
自分たちが仕える公爵家の娘であるエミリアやアンナにナンパ目的で近寄ろうとする馬鹿は流石にいないが、伯爵家の御令嬢ならワンチャン狙いたくもなるか。
「イリス、独身オオカミに狙われているみたいだから、先に部屋に戻ってお茶の準備でもしていてくれる?」
「町のゴロツキとは違って変な絡み方はしないので大丈夫ですよ」
「でも、ナンパとかされても相手をするのも面倒だろ?」
「その時はこう言います。『殿下の訓練中にお付きの侍女をナンパとか、不敬ですよ!』って」
近くにいた騎士に聞こえる程度の声量で言い放った。
イリスを狙っていた騎士の一人がさっと顔を伏せてしまった。
「あはは、そりゃそうだ。じゃあ最後まで付き合ってもらおうかな」
屋内なのでそれほど広くはないが、20周ほど内部を走ってヘロヘロになり、いつもの腕立てや腹筋、剣の素振りを消化した。
* * *
朝食のお迎えにサーシャさんの部屋に向かう。
「「「あ! ルーク殿下おはようございます。昨日はありがとうございました。とっても美味しく頂きました♪」」」
介護人の娘たちが部屋にいて、サーシャさんの朝の身だしなみを整えていた。どうやら昨晩カエルのお肉を焼いて食べたそうで、香草やコショウを使って調理して食べたのが初めてだったらしく、めちゃくちゃ美味しかったとお礼を言ってきたのだ。
農家の家庭では、普通は塩だけだそうだ。
「それは良かった。だけど君はまだ働かない方が良いよ」
「でも……熱もないですし、どこも具合は悪くないです」
「治療の魔法が効いているからね。でも体力も落ちてるし、完治するまであと数日は安静にしていなさい」
「そうですか。はい、分かりました。お部屋に戻って安静にしています」
「うん、そうしなさい。ああそうだ、昨日言ってたカエルの解体だけど、侍女長から許可を得たので、今日お願いできるかな?」
「「はい。今朝、そうお聞きしました」」
彼女たちはサーシャさんが部屋を出た後、シーツ交換と部屋の掃除をしたらやることがないのだそうだ。
これまではサーシャさんの容態がかなり悪かったので、食事介助や排泄、嘔吐や吐血などの処理などやることも色々あったので常に部屋に控えていたそうだが、今は寝込んでいた2人が回復して介護人が3人になっている状態だ。過剰人数なのは当人たちも分かっていて、厄介払いされないか恐れているみたいだ。
こうやって何か仕事を与えてあげた方がこの娘たちも安心できると思う。
今日帰ってくるガイルさんに言って、早めにこの娘たちの身の振り先を決めてもらった方が良いだろう。
「あなたたち、少しの間部屋の外で待機していてもらえますか? ルークさんにお話があるのです」
なんだろう? サーシャさんが、イリスも含めて俺以外を部屋から出してしまった。
「ルークさん、あなたの指示で高位回復師がこちらに主人たちと一緒に今日来ると聞きました」
「ええ、ある程度回復した今のサーシャさんなら上級回復魔法1回で完治できます。俺だとあと数日かかりますけど、高位術者に任せれば、明日みんなと一緒に俺も学園に帰れますしね」
「わたくしはルークさんに治していただきたいのです……」
「???」
俺に治してほしい?
俺に惚れたとかではないだろうし、何か理由があるのかな?
「理由があるのですよね?」
「はい。わたくしだけじゃなく、以前ルークさんから提案され、領内から集めた労咳患者もルークさんに治療していただきたいのです」
そういうのに時間を割きたくなくて、目立つの承知でウイルス治療法を神殿の関係者メインに伝授したのに――
『♪ なるほど、サーシャはマスターに貴族の腹黒い部分を見せたくはないが、マスターの今後ためにあえて自分が泥を被って進言しようとしているようです』
『どういうことだ? さっぱり分からん』
『♪ 不治の病だったサーシャを「マスターが完治させた」という結果を残したいのです。そうすることによって自分の娘やガイルは勿論のこと、公爵家に仕える家臣たちのマスターの評価を上げられると考えているようです。1カ所に集めた者たちの治療も同じ理由ですね。その集められた者らは主に公爵家に関わる派閥の者たちです。あえて敵対派閥や中立派閥の者も数名加えていて、この機会に恩を売ろうともしているようです』
『うわ~~、確かに貴族的な腹黒さだね。でも、それが俺のためだというのも理解はできる。他国出身でなんの実績もない悪評高い俺が、この国で手っ取り早く味方を得るのにこれほど適した機会はないだろう』
『♪ 前回会った時、サーシャはマスターの悪評のことは一切知らされていませんでした。死にゆく者が不安になりますからね。ですが回復すると分かったので、マスターの本国の評判なども事細かく今は教えられ知っています』
『サーシャさんは俺の悪評を手っ取り早く改善したいわけだね』
「ああ、そういうことですか。俺に手っ取り早くこの国にある悪い風評を覆して、好印象を与えようと考えてくれたのですね? 俺が完治させることで、家臣からも信頼を得られるし、派閥の取り込みも同時にできると」
サーシャさんに言いにくいことを言わせないために、あえてナビーから得た情報を口にする。
「その通りですわ。あなたを利用するのは申し訳ないと思います。本当にごめんなさい」
「謝らないでください。十分メリットのある提案だと思うので、俺が治療します」
「ルークさん、ありがとう。あの、その際わたくしも連れて行ってほしいのですが可能でしょうか?」
「病気自体は【エアシールド】で他の者にうつすことも、もらうこともないので問題ないのですが、お義母さまの落ちた体力だと長時間の行動はまだきついのではないでしょうか?」
「頑張ります! わたくしが赴くことで、不治の病で死を身近に感じている者たちも、実際に良くなって出歩いているわたくしの姿を見れば希望も湧くことでしょう。【コール】や【メール】すら返してこなくなった友人のことも心配ですし」
面倒事はさっさと終わらせたかったので、午前中にその1カ所に集めたというお屋敷に赴き治療しまくった。
かなり容態が悪く結構ヤバかった人もいたので、俺が午前中に赴いたのは正解だったかもしれない。
サーシャさんは久しぶりにお茶会の友人と再会できたようで、お互いやつれた姿を嘆きつつも抱き合って喜んでいた。
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