第78話 オリジナル料理レシピは家の宝です

 侍女長さんごめんなさい。

 ララの今の良い雰囲気を壊さないために、少し強引に話をまとめてしまった。


「お風呂の準備もできておりますが、どういたしますか?」

「一応【クリーン】で汚れは綺麗に落としている。後片付けが遅くなっても迷惑だろうし、食事を先に頂こう」


「かしこまりました。食堂にてお待ちくださいませ」

「俺はお義母さまを迎えに行ってから食堂に向かうので、みんなは先に行ってて」





 サーシャさんを連れて食堂に入ると、従業員一同が待機していた。


「「「ルーク殿下、ミーファ殿下、エミリアお嬢様、御婚約おめでとうございます」」」


 ということらしい。

 家令の人が代表で声を掛けてきた。


「正式な祝いの席は明日以降に催すと旦那様から承っております。此度は我々の気持ちをどうしてもお伝えしたくて集まらせていただきました」


 見目麗しい侍女見習の娘たちではなく、公爵家に正式採用されている者たちだけのようだ。皆の視線はディアナとハティとスピネルに集まっている。


 そりゃ気になるよね~。


 『ありがとう』と礼を言うと、一同で頭を下げた後、使用人たちは食堂から退出していった。


 驚いたことに、俺の側のテーブルにイリスとナタリーが席に着いている。


「あれ? 今回はイリスとナタリーも一緒に食べるんだね?」


「はい。どうやら私は公爵家雇用の侍女ではなく、王家雇用の扱いになったようです。なので、今回はルーク様お付きの者として、客人扱いしていただけるようです」


『♪ イリスの実家が伯爵になったばかりの弱い立場なので、王家雇用にすることで、王家の威光でイリスを守ることになります』


 俺がミーファと婚約したから、俺お付きの侍女であるイリスに王家との縁を求めて言い寄る輩が増えると判断したようだ。王家雇用にすることで、どこからの言い掛かりも捻じ伏せられるようにした方が面倒がないのだろう。


 今回ナタリーは男の俺がいるので、エミリアが緊張するだろうと家令の人が配慮したみたいだ。


 日頃からエミリアはナタリーに依存気味のようだ。


『♪ 今回エリカの食事も出ているのは、同じ班員で一人だけ食べられないのも可哀想だという理由ですね。前回はジェイルもいた為、国賓扱いでしたが、今回は身内だけの会食ということも緩くなっている理由の一つです』



 軽い前祝との話だったが、料理長めっちゃ頑張ったんだね。

 前回同様、コース料理が出された。


 本日の夕食

 1、前菜

 2、スープ(ホーンラビットの煮込みスープ)

 3、パン

 4、魚料理(レインボーフィッシュのムニエル)

 5、果汁のシャーベット(ブドウ果汁)

 6、メインの肉料理(オークのガーリックステーキ)

 7、サラダ(生野菜の果汁ソース掛け)

 8、チーズ(高原ヤギのチーズ)

 9、デザート(フルーツの盛り合わせ)

 10、紅茶、焼き菓子


 料理長は前に俺がこの地域の魚料理を食べてみたいと言ったのをちゃんと覚えてくれていたようだ。


 最後の焼き菓子と紅茶が出された時に、料理長を呼んでもらった。


「ルーク殿下、いかがでしたでしょうか?」

「美味しかったよ! 特に魚のムニエルが俺の好みに合っていた」


「それはよろしゅうございました。今朝南の湖で獲れたものを氷漬けにして運ばせたものです」


『♪ どうやらマスターがいつ来るか分からないので、事前に明日、明後日も届くように手配しているようです』


『えっ? 俺が魚食べたいって言ったから?』

『♪ そのようですね』


『下手なこと言えないな。まぁ余った分は貰おうかな』

『♪ 残念ながら余ることはないですね。明日以降届く魚は従業員の食事として出されますので、無駄にはならないです。むしろマスターがくれと言うと、高級魚の食事を楽しみにしている従業員たちががっかりしてしまいます』


「次は魚が食べたいと言ったの覚えてくれていたんだね。美味しかったよ」

「お褒めのお言葉、ありがとうございます」


「あ~そうだ。あなたの伝手で、新鮮な牛乳・卵・チーズは手に入らないかな?」


 俺の言葉に料理長の目がキラ~ンと光ったように見えた。


「ルーク様、またなにか作られるのですね! すぐに手配いたしますよ!」


 こいつまた俺のレシピ狙ってる!

 最初『殿下』と畏まって敬称をつけてたのに、料理の話になるとだんだんフランクになってくるんだよね。


「ああ、よろしくお願いするよ」


 お腹一杯になったので、今日俺が作って食べる予定だったものは明日にする。

 明日の晩にはゼノ国王も来るそうなので、お昼に出そうかな。夕飯はまた料理人が張り切って作るだろうしね。


「あ、それと明日のお昼はここにいるメンバーの分は要らないので、作らなくていいよ」


「ひょっとして、ルーク様がお作りになられるのでしょうか?」


 また目がキラ~ンと光った!


「そのつもりだけど……」

「宜しければ調理の際はご一緒させていただけないでしょうか!」


 手伝わせてほしいと言ってきたが、ちょっと問題があるんだよね。


 ナビー工房で作った『マヨネーズ』とかならまだいい。問題は『醤油』や『味噌』とかだと、大豆から発酵の説明まで掘り下げないといけなくなる。邪神討伐後ならともかく、ヨワヨワな今の俺にそんな暇はない。カエルでも狩って少しでも経験値を稼いでレベル上げをした方が良い。


 発酵製品は完成までにもの凄く時間がかかるのだ。


 ちなみにナビーに某大手有名メーカーの醤油を頼んだのだが、同じものはできなかった。


 全く同じ工程で作っても、同じにならない理由があったのだ。


 『麹菌』これは生きているのだ。種分けでもしない限り、2つと同じものはない。各メーカーはこの『麹菌』を代々守って製造しているようで、似たようなものはあっても同じ味にならない最大の理由でもある。


 同じ理由で、味噌や酒などの麹菌を使ったものの味がメーカーごとに特色があるのも当然なわけなのだ。


 可哀想だが教えてあげる時間もないので、今後のことも考え突き放すことにする。


「う~~ん、料理人が人の開発したレシピを盗むのはあまり感心できないね」

「そうですよね……申し訳ありません」


「この家に婿入りするという前提だったので前回は教えたけど、どうも爵位をもらえるようだからね」


「ケチケチしないで料理ぐらい教えてあげればいいでしょ」


 アンナちゃんが横槍を入れてケチケチするなと言ってきた。


「アンナ、目新しいオリジナル料理のレシピというものはとても価値があるのですよ」


 サーシャお義母さま分かってらっしゃる!


「そうだぞ。誰も食べたことのないような美味しい料理が会食やパーティーで出されてみろ、『流石は公爵家の料理人!』ということになり、それを作った料理人は勿論のこと、腕の良い料理人をお抱えにしている家の名声も上がるんだぞ。俺もこの国で家名を持つことになりそうだし、世間に出回ってないようなオリジナルレシピは俺の家の大事な資産でもあるんだよ」


「へ~そうなんだ。知らなかったわ、ごめんなさい」


 お、素直に謝ってきた。

 ツンツンしないで、こうやって普通に接してくれたら可愛いのにな~。



 作ってくれた料理を褒めるつもりで呼んだのに、しょんぼりとしながら料理長が部屋を出て行ったので、場の雰囲気が少し暗くなってしまった。


 ここでまたララちゃんが場の雰囲気を変えてくれる。


「ルークお兄様、ララにまたピアノを聴かせてください」


 ガイル公爵が『ララは人の感情が色で見える』と言っていたけど、こういつも人の顔色を窺っていては気疲れするだろうな。


「ルーク様、わたくしもぜひ聴きたいですわ」


 ミーファからも催促されたので、仕方がないな。


『♪ 本当は喜んで弾きたいくせに、素直じゃないですね』


 実はこの食堂に入ってから、ず~~~とピアノが気になっていた。




 前回はショパンで構成したので、今回はベートーヴェンでいこうかな。


 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、1770年12月16日生まれのドイツの作曲家だ。ショパンより激しい、叩きつけるような曲調が多いのも特徴だね。


 まずは、ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 作品57 『熱情』第3楽章。

 第1楽章も好きだが、1~3楽章弾くと20分にもなるので、今回は第3楽章のみにする。これを超速弾きで聴かせる。前回と違って、今回はナビーが異世界のシステムより取り寄せてくれた楽譜があるので不意な譜面忘れも安心だ。


「ルークお兄様、凄いです!」

「主様よ、なんだか分からぬが、胸がブワーッとグワーッと熱くなるのぅ!」


 俺もディアナの言ってることがなんだか分からん!


 ララは興奮気味で褒めてくれたのだが、他の面々は呆けた顔でこっちを見ていた。

 ディアナもピアノの旋律に興味津々のようだ。


 気にせず2曲目だ。


 交響曲第5番ハ短調 作品67『運命』第1楽章、今回はリスト編曲バージョン。

 この曲はベートーヴェンをよく知らない人でも聞いたことあると思う。

 『ジャジャジャジャーン!』のフレーズで有名だよね。


 元々難曲なのだが、天才リストによって超難曲に編曲されたこの曲を上手く弾けると羨望の眼差しで見られること間違いなしだ。


 現にミーファの目が♡になっている。


 3曲目はピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27-2『月光』第3楽章。

 これも俺の好きな曲の一つだ。そしてこの曲も例のごとく超難曲だ。


 みんな興奮気味なので、最後は俺の中で1、2を争うほど好きな曲にする。


 ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27-2『月光』第1楽章。

 これはこれまでの激しい曲調とは打って変わって、もの悲しいがとても心に響く美しい旋律の静かな曲だ。ピアノ中級者の腕でも弾けるものだが、弾く人のタッチによって随分受ける印象が変わってくる曲でもある。


「この曲はね、俺の好きなピアニストが亡くなる前に作ったものなんだけどね。病気で目も耳も殆ど見えない、聴こえなくなってきた状態だったらしいのだけど、こうやってピアノに耳をくっつけながら作曲したそうだよ。なんだかもの悲しいけど、凄く好きな曲なんだ」


 彼は30歳になる頃には殆ど目も耳もダメになっていたそうだ。原因は諸説あるが、現代医学では鉛中毒説が最有力候補だとか。そして56歳という若さで亡くなっている。


 しっとりと弾き終えた時には、またミーファが泣いていた。

 ふとみんなを見たらサーシャさん、ララちゃん、エミリアも泣いていた。


 他の娘はうっとり聴いていたが、泣くほど感動しなかったようだ。 


『♪ エリカ、ナタリーは音楽より剣術に興味がありますからね。アンナは魔法に、イリスは薬学と回復魔法にしか興味がないので、泣くには至らないようです』


『まぁ俺も大好きな曲だけど、泣いたことはないな。むしろ詩もないのになぜ泣けるのだろう……理解できない』

『♪ え~~っ! あれほど素晴らしい演奏をしておいて、作曲者の心情が分からないのですか⁉』


 そんなこと言われても、曲調からもの悲しさは伝わってくるが、作者の心情や心意とかまでは俺には分からない。後世に勝手に講釈している奴は沢山いるが、作者の生の声で心意を語っている者など存在しないのだ。直筆の譜面などは沢山残っているが、『ここはこういう心情で弾いてください』とかの詳細な注釈なんか入っていない。楽譜の音符から読み解くしかないのだ。


『イリスも弾けるの?』

『♪ この国の貴族家の女子は嗜み程度には幼少時よりピアノの練習をしていますからね。男子が剣術を必須で習うのと同じようなものですかね』


 その後、ミーファ、エミリア、ララと、3人がピアノを演奏してくれた。


 エミリアの腕前もミーファほどではないが素晴らしいものだ。それよりララちゃんが前回より随分上手くなっていることに驚いた。


『♪ 前回聴いたマスターの影響を受けて、あれから毎日結構な時間練習しているようですよ』


 それは嬉しい。自分の好きな趣味に共感してくれたら嬉しいものだ。


「ララちゃん、前に聴いた時より随分上手くなってるね」

「本当ですか、嬉しいです! ララ一生懸命頑張りました♪」


 ああ~~可愛い!


「ララちゃん、ピアノは好きかい?」

「はい! ルークお兄様のように上手く弾けるようになりたいです!」


「じゃあララに練習用の楽譜をあげよう。この順番の通り練習すれば、俺が弾いてた曲もいずれ弾けるようになるよ。俺が実際に練習に使っていたやつだから間違いないよ」


 この話にはサーシャさんやミーファ、エミリアも喰い付いてきた。


「上級者のお義母さまには練習用の譜面は必要ないかと、俺がさっき弾いてた楽譜をお渡ししますね」


「「わたくしも欲しいです!」」


 ミーファとエミリアにもメールに貼って送ってあげましたよ。



 その後、従魔たちとお風呂に入り、宛がわれた自室である物を作るために錬金

魔法を使い金属加工する。

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