第77話 カエルの解体は意外と簡単なようです
領主である公爵家の敷地は広い。
公爵邸の正門とは反対の位置にメインの大きな用水路が流れていて、そこから更に庭園や洗濯などの作業用の場に使い勝手の良い細い水路を通し、細い方の水路の水は最終的に下水へと流れるように設計されている。
で、今回メイン水路の方でカエル釣りをやっているのだが、結構な数を狩ったのに、まだうじゃうじゃいるのだ。
種族レベルが一桁の者のレベルは面白いように上がってくれる。逆にレベル20を超えている俺は、ミーファが2レベル上がった間に1レベルも上がっていない。
俺の隣では、エリカとエミリアが実に楽しそうにバカデカいカエルを釣っている。大人しそうなエミリアの違う一面が見れてちょと驚いている。
後ろでイリスと居るミーファがちょっと退屈そうだな。
「ミーファちょっとおいで。1匹だけミーファも釣ってみようか?」
「わ、わたくしがですか!」
「あれ? ミーファもイリスみたいにカエル苦手なの?」
「そうですね……好きではないです」
「そうなんだ」
「色とか模様がなんか不気味です」
「触る必要はないから、釣るのだけやってみない? 一緒に手伝ってあげるから」
「一緒にですか? じゃあお願いします」
ミーファに竿を持たせ、その横から手を添え一緒に竿を握って投げ入れる。
当然のように即喰ってきた。喰った時点で竿から手を放しミーファ一人に任せる。
「あわわわ、ルーク様、グイグイ引っ張られます~!」
「竿を立てて水路から引き上げるんだ!」
アワアワ言って慌てているミーファ可愛い!
カエルが泳ぎを止め、水の抵抗がなくなった瞬間引っこ抜かれたのだが、勢いよく引き抜かれたカエルは、勿論こっちに飛んでくる。
勢いよく飛んできたカエルは、俺たちの頭上を越えて更に後ろに飛んでいった。
『ビチャッ!』という音が聞こえた――
見たらイリスの顔に、頭より大きなカエルがへばり付いていた。
「キャー!!!! ルーク様! なんてことするんですか!!」
なんで俺? それやったのミーファだよね!
「ごめんイリス! 【クリーン】ほら、綺麗になった!」
そんなことで許しません! みたいな顔でめっちゃ涙目で睨んでいる。
「イリスごめんなさい! わたくし、わざとではないのですよ!」
「ミーファさまは悪くありません……すべてこの悪戯王子が悪いのです!」
イリスが『悪戯王子』って言った!
「え~~! 悪戯じゃないよ! ほんと偶然起こった事故だから! ミーファが引き抜いたらそっちに飛んでいくような計算とかしてないからね!」
「え~~と、イリス、嘘ではないようですわ。本当にごめんなさい。わたくしも初めてでしたので、エリカたちのように上手く上げられませんでした」
ミーファの言葉で、半泣き状態だったイリスも自分の発言の失態に気付いたのか俺に詫びてきた。
「ルーク様、先ほど『悪戯王子』などと大変不敬な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした! どうかお許しくださいませ!」
「いや、怒ってはないよ。確かに自国では悪戯ばっかりやってたけど、でも本当にさっきのは事故なんだからね。そこは誤解しないでね」
「はい。それもちゃんと理解しています。私もさっきはあまりにも衝撃的な事態で混乱してしまい、あのような暴言を……本当に申し訳ありませんでした!」
よっぽど怖かったんだろうな。怖いというより気持ち悪い?
女の子からすれば、『身の毛もよだつ』とは正にこういうのだろうね……マジごめんなさい。
ララがこっちにやってきて、タイミングよく場の雰囲気を変えてくれる。
「ルークお兄さま、レベルが10になりました!」
「おお! ララちゃんおめでとう! 明日ミーファと一緒に神殿に行ってジョブを得ようね」
「「「ララちゃんおめでとう!」」」
「はい! みなさんありがとうございます! 嬉しいです♪」
見知った者が相手なら、公爵家の御令嬢に相応しい受け答えがちゃんとできるんだな。
もう夕飯ができる時間だし、ララがレベル10になってキリも良いのでここまでとする。
「じゃあキリも良いし、そろそろ終えようか」
「「「は~い」」」
とは言ったものの、この大量のカエルどうしよう。
『♪ マスター、実はそのカエル良い値段で売れます。1匹あたり3千ジェニーぐらいですね。皮が千ジェニー、お肉が2千ジェニーほどです』
買取価格でその値段なら結構高値なのかな。
『カエルの皮とかどうすんの?』
『♪ 防水性に優れ、とても柔らかく弾力があり丈夫。靴や財布、カバンや背負い袋等に使われています。ナビーの工房で処理しますか?』
『う~~ん、いや、こっちでやるよ』
* * *
介護三人娘のいる小屋に向かう。
元々この小屋は、庭師の者たちが生活していた場所だったそうだ。
本邸のお屋敷から少し離れていて、大きさもそれほどではないので、感染予防のため介護人たちを隔離するのにもってこいの場所だったみたいだ。
この小屋に元いた庭師たちは、急遽新しく建てた新築に移動でき、部屋も大きく綺麗になって喜んでいるらしい。
「ねえ君、カエル獲ってきたんだけど、捌き方とか分かるかな?」
「えっ! ルーク殿下がカエル捕まえてきたのですか⁉」
「うん、これ美味しいんでしょ? 解体のやり方とか知ってるよね?」
「はい……」
俺にカエルが美味しいと言ってしまったのを後悔しているのか、後ろにいる侍女の方を見ている。自分の発言が怒られる事態になっていないか心配しているのだろう。
『♪ 正にその通りです。マスターがカエルを追いかけまわしている姿を想像し、自分の言った言葉で王子様にカエル獲りなんかさせて、「これ絶対怒られる」と考えています』
侍女はコクリと一回頷き、了承の合図を送った。
「とりあえず1匹解体してみてくれないかな」
ここにきた理由。庭師が生活していただけあって、炊事場が小さいながら備わっているのだ。庭師たちの普段の食事は本邸の仕様人用の食堂で食べるが、小腹が空いた時や、自分たちが休憩時に飲むお茶なんかはここでお湯を沸かしてすませるのだ。
本邸の厨房は現在料理人たちが俺たちの夕飯の準備に使っている。なので、さっき見かけたここの料理場を借りようと思ったのだ。
彼女は解説しながらカエルを解体してくれる。
「まず、ここの頭の部分にぐるりと皮に切れ込みを一周入れます。この皮は弾力があって刃が通りにくいので、この作業が一番危険ですので注意してください。そしてその切れ込みを入れたところの皮を手で掴んでギュッと力いっぱい胴体の方に引っ張れば皮がツルンと簡単に剥けます」
見ていたら本当に綺麗にツルンと剥けた。
もう1匹出して、俺も隣で同じようにやってみる。
「おお! ちょっと力がいるけど、綺麗にむけるね」
「この皮は売れるので、こうやって綺麗に剝いた方が高く売れるんです。皮がむけたら、後ろ脚と前足を外します。この後ろ足のお肉が美味しいのです」
胴体と足の繋がっている関節部分にナイフを入れ、あっさり切り離した。
「鶏のもも肉より大きいね。前足も手羽元ぐらいあるかな」
「そうですね、大きさ的にはそんな感じです。でも鶏は皮が付いているので美味しいんですよね。カエルの皮はちょっとムニムニと弾力があって美味しくないので全部こうやって綺麗にむいちゃいます。先っちょの手の部分は気持ち悪いので、これも手首の関節部分で切り落としちゃいます」
どうやら皮はゴムのような食感で食べられたものじゃないそうだ。
水かきのある手の部分は確かに気持ち悪い。
「あとはお尻部分と、背中、目の周りからお肉が少し取れますが、あまり美味しくないです。それに火の通りが悪いと、お腹が痛くなることもあるのでその部分は食べずに捨てる人の方が多いです」
「そうか、う~~ん、そうだ! さっきかなりの数のカエルを狩ったんだけど、捨てるのも勿体ないから、売ろうと思っている。解体しないで売ると解体料を引かれるので値が下がるでしょ? 明日、君たち3人にカエルの解体作業をしてもらいたいのだけど頼めるかな?」
3人で顔を見合わせ、上司の侍女長の許可がでたらやってくれるとのことだ。
「100匹くらいいるので大変だろうけど、解体した皮とお肉を売ったお金は全部あげるから、君たち3人で分けてお小遣いにするといいよ」
一人10万ぐらいにはなるので喜ぶと思ったのだが、3人とも微妙な顔だ。
『♪ 三人は終身奴隷なので財産の所有ができません。彼女たちが得たものは、全て主の物となります。それに現在奥方の介護以外で部屋から出ることを禁止されているので、お金をもらっても使い道がありません』
『なるほど。この娘たちの将来はガイルのおっさん次第ってことか。サーシャさんの快気祝いと、その報奨として奴隷からの解放ってのが無難なのかな?』
『♪ そうとも限りません。終身奴隷ということは、彼女たちはお金と引き換えに実家に捨てられたのです。家に帰るとまた売られるだけだということは彼女たちも承知なので、実家には帰れません。いきなり解放されても明日の住むところにも困ってしまいます』
『うわ~~、重い話だな。それもガイルのおっさん次第か~』
『♪ まあ、サーシャ夫人がその娘たちのことを気に入っているようなので、悪いようにはならないでしょう』
俺が今どうこうできる話じゃないな。
「ララ、エミリア、エリカ、1匹だけ自分で解体してみないか?」
「ララやってみたい!」
「わたくしはちょっと……」
「私も解体はやりたくないです」
エミリアとエリカは流石に解体作業のようなグロいのはダメなようだ。
「じゃあ、ララちゃんだけやってみようか」
カエルの足に赤・白・黄・緑色の糸を結んであるやつを亜空間倉庫から取り出す。
ララの力じゃちょっと厳しかったようで、俺が手伝いながらなんとか皮を剝ぎ、足の部分を切り離せた。
他の糸付きカエルも、俺がさっと解体した。
「ララちゃん、次はこのフォークでモモ肉をグサグサと刺して、小さな穴をあけようか」
木のボウル皿に、下味用のタレを作り漬け込む
・酒
・醤油
・みりん
・おろしニンニク
・おろし生姜
・ハチミツ
「ここにはお茶用の鍋しか置いてないんだね」
この質問には控えていた侍女が答えてくれた。
「はい。元々ここは庭師の宿舎だったのですが、庭師たちが移転の際、新舎の方に全部持って行ったようです」
それもそうか。
カエルを新たに3匹だし、フライパンと小さな壺に入った塩・コショウ、ニンニク・乾燥された2種のハーブと菜種油をとりだす。
「君たちはもう夕飯は食べているだろうけど、夜食にでもすればいいから食材を置いていくね。フライパンと調味料は今回のお礼として君たちにプレゼントだ」
「「「ルーク殿下、ありがとうございます!」」」
めっちゃ喜ばれた。
女の子とはいえ食べ盛りのお年頃だ。お肉は別腹なんだとか。
そんなこんなでカエル釣りでレベル上げを行ったあと屋敷に戻る。
食事の準備はとっくにできていたようで、待ち構えていた侍女長にやんわりカエル釣りを怒られた。
「ルーク殿下、お嬢様方に変なお遊びを教えないで下さいまし」
言っていることは分かるんだけど、せっかく皆が楽しい良い雰囲気なのを壊されたくないので素直に謝るようなことはしない。
「何を言っている。お遊びとは失礼な! これは狩猟だぞ! 決して遊びなどではない! 美味しいお肉を手に入れ、安全に種族レベルも上げる。実に効率のいい狩猟だ。ララちゃん、さっきの狩りでレベルはいくつになった?」
「はい! 種族レベルが10になりました♪」
「わたくしも先ほど種族レベル10にして頂きましたのよ。明日ララと神殿に行ってジョブを得てこようと思いますので、馬車の手配お願いできますか?」
「えっ⁉ 僅か1時間少々でララお嬢様のレベルが10に達したのですか⁉」
真面目そうな侍女長の女性は、俺に『変な遊び』と言ったことを詫びてきた。
いや、なんかごめんなさい!
遊びです……カエル釣りは遊びでした!
あなたの言っていることの方が本当は正しいです! ホントごめんなさい!
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