第76話 釣り
公爵家にはもう一人完治していない者がいるので治療に向かう。
「ララ、少しの間この子預かっていてくれるかな?」
胸元から顔を出しているハティを取り出し、ララに抱っこさせる。
「うわ~、ふわふわです♡ ルークお兄さま、ララが預かっても良いのですか?」
「うん。ハティはララのこと気に入っているようだし、起きている時にずっと服の中は可哀想だからね」
「ルークさん、その子が神獣様ですか?」
サーシャさんも既に神獣召喚のことは聞いているようだ。
「ええ、神獣と言ってもまだ赤ちゃんなので、今は可愛いだけの仔狼ですけどね」
「わたくしも撫でさせていただけませんか?」
置いていくので好きにして良いと言ったら、真っ先にアンナちゃんが触りにいっていた。
* * *
俺一人席を立ったのだが、エミリアも来るようだ。
「お母様、お食事の時にまたお会いしましょう。わたくしも一度介護してくれている者に会ってお礼を伝えたいです」
「ええ、とても良い娘たちよ。わたくしの病気がうつって、一人寝込んでしまっています。わたくしの代わりに見舞ってあげてくれると嬉しいわ」
ルーク君の記憶では、公爵家の御令嬢が奴隷にお礼とか言わないよな。
対価を払って奴隷商で購入し、仕事を与える。その仕事はやって当然であってお礼を言うようなことではない――という考えが奴隷に対する一般的な扱いだ。
廊下に出ると案内してくれた執事はいなくなっていたが、代わりに侍女が控えていた。部屋の外に出たエミリアと親し気に話している。
あ、そうだ。治療に行くならイリスを呼んであげないと後で拗ねられそうだな。
決してエミリアと二人なのが気まずいからと呼び出すんじゃないからね!
* * *
「その後どう?」
「はい、特に調子の悪いところはないです」
おでこを触るとこの娘も少し熱が上がっている。
「少し熱があるじゃないか。遠慮しないで具合が悪い時はちゃんと報告しないとダメだぞ。治療しておくね」
「ありがとうございます。先生、本当に私は治るのでしょうか?」
先生ではないんだけど、否定するのも面倒だし、まあいいか。
「心配しなくてもすぐに治るよ。あと二日もあれば治るんじゃないかな」
ほっとした顔の後、また不安そうな顔になった。
「心配かい?」
「あ、私の病気の方ではなく、奥様が治られた後のことが不安なのです――」
「ルーク殿下にお話しするようなことではありません。口を慎みなさい」
俺を案内してくれた侍女がすぐさま言葉を遮った。
「うん? どういうことかな?」
「…………」
侍女の睨みが効いているため、それ以上の発言はない。
『ナビー、なんかこのままだとすっきりしないので説明よろしく』
『♪ 了解しました。彼女たちは奥方の治療の為だけに買われた「終身奴隷」なのです。ですが、上位貴族である公爵家では本来奴隷は使いません。このお屋敷でもっとも身分の低い者でも、平民の中から一般雇用で雇った「使用人」や「下人」と呼ばれる者たちです』
本来雇用しない奴隷を召し抱えた理由。『終身奴隷』は生殺与奪の権利まで購入者にあるのだ。任期のある『借金奴隷』や『契約奴隷』を危険な鉱山で使役するのは問題ないが、死亡率の高い結核患者の看病は問題になるのだ。任期が終えたら解放する奴隷は使っちゃダメで、衣食住と生命の保証はしないといけないのだ。
『あ~ね、それでサーシャさんが治った後に、自分たちがどうなるか心配なんだ』
『♪ 先日この娘たちに食事を運んだ下人が、色々と小馬鹿にした発言をしたようです』
『嫌だね~~、どこの世界でもやっぱそういう奴は居るんだね』
『♪ ですね。この娘たちは感染し、いずれは死亡する前提で買われた娘たちなのです。せめてもの罪滅ぼしなのか、ガイルが下人より良い食事を出すよう指示していたようです。下人の男はそれが気に入らなかったみたいで「要らなくなったら娼館行きだ」とか「奴隷商にまた払い下げだ」とか言われたようです』
ムカつくことを言う奴だ。後でガイルのおっさんにチクってやろう。
「ひょっとして身の振り先の心配? それなら心配しなくてもいいよ。命懸けで奥方の治療を一生懸命やってくれた娘たちを無下に扱ったりしないから、俺からも一言口添えしておくよ」
「ええ、お母さまからとても気配り上手で丁寧に看病してくれていたと聞いています。あなたたちの身の振り方も、お父様と相談して良いようにいたします」
「「「エミリアお嬢様、ありがとうございます!」」」
『♪ 今の配慮はエミリアとイリスの好感度アップでしたね』
『好感度を上げるために言ったんじゃないけど、結局ナビー情報が役立ってるね』
それにしても外がうるさい。
公爵家の屋敷の中では全く聞こえなかったのに、この離れの小屋の中だとカエルの鳴き声が凄いのだ。
そう、ララとお風呂に入った時に、ララが鳴き真似していたあいつだ。
「ところで、『ブモーブモー』と、もの凄くうるさいのはカエルか?」
「はいそうです。この建物の裏手に流れる用水路に一杯居るみたいです。いつもはこれほど騒がしくないのですが……ひょっとしたら今晩か明日にでも雨が降るのかもしれませんね」
「雨か、そういえば少し曇っていたな」
「部屋から出られないのが残念です。あれ美味しいんですよ」
看病人の娘の一人が、最後にボソッとつぶやいた言葉が気になる!
病気を撒き散らす可能性のあるこの娘たちの行動範囲は著しく制限されている。基本サーシャさんの看病時以外はこの小屋から外には出られないみたいだ。
「美味しいの?」
「あ! あわわ、お、王子様が口にするようなモノじゃないです!」
「いや、俺もカエルのもも肉は鶏肉みたいで美味しいと聞いたことがある。で、君的には実際どうなんだ?」
「お、美味しいと思います……。お塩で焼いて食べたらウサギのお肉より私は好きかもです」
「やっぱ美味しいんだ。どうやって捕まえるの?」
「牙や毒もないですし、攻撃性もないので、私は追いかけて素手で捕まえます」
食べるとしたらゲテモノだが、むっちゃ気になる。
だが、俺のこの体じゃ追いかけて獲れる気がしない。
よし釣ろう!
『ナビー、いくらなんでも竹の乾燥はまだだよね?』
『♪ はい、工房の時間経過を進めた乾燥室に入れていますが、釣り竿に適した状態まで乾燥させるにはあと三日ほどかかります。蜘蛛糸のラインの方は数種類のサイズで完成済みです。ですが、カエルを釣るなら、竿はただの棒の状態の方が良いかと思われます。今マスターがイメージしているカエルより3倍ほど大きいですよ。ハティやスピネルより大きいかもしれません』
マジか……。
今日粘土採取に寄った河原の側で竹を見かけたので、20本ほど切っておいたのだ。節の多い布袋竹に似た竹だが、そのうち川遊びで使えるかなと思ってのことだったが、早速役に立ちそうだ。
とりあえず離れの小屋から出て、【ライト】の魔法で周囲を明るく照らす。いつの間にか日が暮れて外はすっかり暗くなっていた。裏庭で竹を3mぐらいの長さに切る。でかいカエルのようなので竿先も大きいものを選ぶ。
蜘蛛糸をナビー工房で4本ヨリのラインに加工してもらったのだが、PEラインみたいだ。これも結構太い糸にした。そして、かえしのない針を結んで完成だ。
「ルーク様『それ』でなにをなさるおつもりですか?」
黙って見ていたイリスがついに口を開いた。いつ止められるかドキドキだったが、その冷ややかな目は止めてほしい。
「カエル釣りだ……」
「美味しいと聞いたからですよね? ですが王子様のやることじゃないですよね?」
だよね~。
イリスの奴、あえて『王子様』と言いやがった。
「そうだけど、あれはダイエット食としても優秀なんだぞ」
「え? そうなんですか?」
「牛・豚・鶏肉より脂分が少ないからね」
【周辺探索】でカエルを検索したら、用水路の方にうじゃうじゃいた。
『ナビー、この水路は下水じゃないよね?』
『♪ はい。飲水用ではありませんが、農水用や洗濯等に使われる上水用の水路ですね。公爵家では庭園や芝の水やりの為に水路を引きこんでいます』
「警戒して逃げられるといけないので、みんなはここに居てくれ」
「私は頼まれてもやりませんからね!」
イリスのさっきの冷ややかな目はそういうことね。カエルがキモいんだ。
【隠密】と【忍足】を持っている俺には好都合だ。MAPを見ながら気配を消して近付く。竿の長さ3m+ラインの長さ3mで、実質は5mぐらいが射程範囲だ。
餌にオークの切り身を付けてカエルの目の前に落とす。
一瞬で『バクッ』とキタ~~!
「うわっ重っ!」
水路から一本釣りだ!
「デカッ!」
ウシガエルの3倍どころか4~5倍ぐらいありそうだ。
体長80cm、体重5kgってところか。
それと、あまり近付きすぎると逃げるが、3mほどの距離までなら一切逃げもしない。それほど慎重になる必要はなさそうだ。
『ナビー急所はどこだ?』
『♪ 目と目の間の頭部ですね』
カエルを足で踏んで押さえつける。
「ニ゛ャャアー‼」
びっくりした!
踏んづけた瞬間、カエルが猫のような大きな鳴き声をあげたのだ!
不気味な鳴き声だった――
イリスを見たらもの凄く嫌な顔をしていた。
可哀想だが短剣をカエルの急所に差し入れる。
『♪ あっ! そのカエル、予想以上の経験値を持っていますよ! なるほど、その用水路で共食いを含めたかなり激しい生存競争があるようです』
『今いる奴らは、その苛烈な中での生き残りってわけだ』
無害のカエルなのに、フィールドにいるオーク並みの経験値を持っていた。
そうと分かればこれはチャンスだ。
レベルが8しかないミーファと、狩りに出たことがないララを呼び出す。
3人でパーティーを組み、経験値稼ぎだ。
「ミーファはそこに居るだけでいいからね。ララちゃんは俺と一緒にカエル釣りだ。ズボン姿も可愛いね」
ララには汚れていい服で来るように伝えていたのだが、騎乗用のズボンを着てきたようだ。
「ルークお兄さま、モーモーガエルを釣るのですか?」
モーモーガエルって、まんまだね。
「無害だから怖くないよ。でもカエルが気持ち悪いのなら見ているだけでいいよ」
ルーク君は子供のころ、これより遥かに小さなアマガエルを手に持ち、ルルティエ嬢を追いかけまわして泣かせていた。見た目がキモいカエルは、イリスやルルティエのように嫌な女の子も多いだろうからね――無理強いはしない。
あ~なんかカエルを持って、イリスを追い回したい衝動が――いかんいかん、またルーク君の記憶の影響がでているみたいだ。
「やってみたいです」
「カエルが気持ち悪いようなら無理しなくていいからね」
二度俺が実際にお手本として釣って見せたあと、5mの距離まで近付いて竿をララに手渡す。
ララは見よう見まねで何度か竿を振るが上手く投げられず、カエルの前になかなか餌が落ちない。
諦めることなく投げ入れていたら、良い感じの所に餌が落ちた。
パクッ!
また速攻で喰いついた。腹減ってるんだね。
「ルークお兄さま! 引っ張られます!」
「負けずに引き上げるんだ!」
ララは、水路を泳いで逃げようとするカエルに悪戦苦闘している。
まあ、それでも4、5kgほどしかないカエルだ。なんとか一人で釣りあげることができた。
俺はララが釣り上げたカエルを足で踏んで押さえつけているのだが、この後どうしようか迷っている。
カエルとはいえ生き物を殺すのだ。6歳の子供にやらせてよいものか。
ララを見たら、踏まれた猫のように不気味に鳴いたカエルを指さして、『変な鳴き声!』と言ってケラケラ笑っている……大丈夫そうかな?
「ララちゃん、止めは刺せる?」
「やってみます」
短剣を手渡したら、俺がやっていたように目の間に『エイッ!』っと気合を入れて差し入れた。
「あっ! ルークお兄さま! ララのレベルが上がりました!」
どうやらララは殺生も平気のようだ。というより生き物を殺したという鬱な気分より、レベルが上がったことの嬉しさの方が勝ったのかもね。
「おめでとうララちゃん。このままカエル釣りでもう少しレベル上げしよう」
「ルーク様、わたくしもレベルが上がりましたわ♪」
「おめでとうミーファ。もう1レベル上げて、明日神殿に行ってファーストジョブを獲得しようね」
「ジョブ獲得! お願いします! 嬉しいですわ♪」
丁度ミーファもレベルの上がるタイミングだったようで、とても喜んでいる。
二人とも嬉しそうな笑顔が可愛い!
「ルーク様、私もカエル釣りやってみたいです!」
「それでしたらわたくしも少しやってみたいです」
当然のようにミーファにくっついてきていたエリカがカエル釣りに興味を持ったようだ。それに連ねてエミリアも?
イリスは予想通りカエルが嫌いなようで参加しようとしない。
ミーファがレベル10になった時点でパーティーは解散し、俺とエリカとエミリアが釣り、ララが止めだけ刺し、ソロで経験値を独占させるように効率重視に切り替えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます