第70話 過去の経験からくる女性への不信感

 講習会を1日で予定していたのだが、高位の回復魔法だと1回の治療で完治してしまうため、午前中で終えてしまった。


 例の死にかけていた国王の友人も完全回復し、体力が戻り次第現場に復帰するそうだ。


「後のことは教皇様に丸投げしたので午前中で終わっちゃったね」

「教皇様も聖女様も喜んで引き受けてくださいましたね。それにしても今日のルーク様、とってもかっこ良かったですよ!」


 現在、イリスと馬車で学園に戻っている最中だ。で、向かいの席で頬を紅潮させたイリスが『かっこ良かった』と褒めてくれているのだが、ちょっと照れくさい。


「予定より早く終わったから、みんなを回収してこのまま公爵家に行きたかったのになぁ~」


「それは仕方がないですよ。国王様からすれば、他国への牽制の為にルーク様のお立場をはっきりさせておきたいでしょうしね」


「それは分かるんだけどね。あまりにも早急で気持ちが追い付いていないんだよ……はぁ~」


 思わず馬車から外を眺めながらため息が出た。


 実はゼノさんにこのまま公爵家へ行くと伝えたら、『待った』がかかったのだ。


「ルーク君には『召喚の儀』の閉会式に出てもらいたい。もし君さえ良ければ、その場でミーファの婚約者として紹介したいのだけど……どうかな?」


 とのことだった。


 要はフォレル王国で神獣と黒帝竜が召喚され、その召喚者はフォレル王国第二王女の婚約者なので誰も手を出すなと閉会式の場を借りて公式発表する気なのだ。


『♪ マスター、どうなさるおつもりですか? ミーファとはお付き合いからという話でしたのに、王家から公式に婚約発表されると、もう結婚は確定事項になりますよ』


『だよな~……。まだ友人としても付き合いは浅いのに、結婚とか早すぎる』



  *    *    *



 学園の自室に戻ると、ミーファたちが揃って待っていた。丁度学園もお昼時間なのだ。俺はミーファやエミリアと話し合うために、国王からの昼食のお誘いを断ってこっちにきたのだ。


「ルーク様、お帰りなさいませ。さきほどお父様からコールがあり、婚約発表のお話をお聞きしたのですが……」


「ただいま。うん、今からその話をしようか。イリスとナタリーは昼食の準備をお願い」


「お昼の準備はわたくしが済ませてあります。温め直すだけですぐにお出しできます」


 どうやらナタリーがすでに準備済みのようだ。


「じゃあ、食べながらになるけど――」



 いつもの席に着き食事を始めたのだが、空気が重い。


「ルーク様、申し訳ありません。周りがどんどん話を進めようと――」


「そうだね。ミーファは俺と結婚したいってことで良いんだよね?」

「はい。むしろルーク様以外とは考えられないといいましょうか……わたくしの我儘のせいで申し訳ありません」


「いや、それはいいんだ。じゃあ後は俺の気持ち次第ってことなんだね」


「ルーク様はやはりわたくしのような特殊なユニークスキル持ちと結婚するのはお嫌ですか?」


「そういうのじゃないんだよ。はっきり言って友人としても付き合いはまだ殆どないでしょ? 王族の結婚観はこういうものだと承知はしているけど、先に伝えたようにできれば相思相愛の者と結婚はしたいと思っている」


「わたくしはお慕いしておりますが、現状ルーク様のお気持ちがないということですか」


 う~~~ん、こういう言い方だとミーファからすればそういうことになるのか――

 滅茶苦茶しょげてしまった。今にも泣き出しそうで居た堪れない。


「正直に言うと、大好きだったルルティエと引き離されてまだ気持ちの整理もついていない。最近ではイリスのことも気になっているんだよね」


「やはりそうでしたか。イリスのことは気付いていました。イリス自身もルーク様が気になっているようです。ですよね?」


 ミーファがイリスに問い詰めるような質問をした。


「いえ、わたくしは………………はい、お慕いしています」


 嘘吐くとミーファに嫌われちゃうもんね。イリスは少しの間の後に本音を零した。


 なんか修羅場だ――



『ナビーさんや、どうしたら良いと思う?』

『♪ それをナビーに聞きますか! マスターのお気持ち次第としか言えないでしょ!』


『ですよね~』


 俺的には結婚なんかまだ早いし、そんなことより邪神退治が最優先事項だ。

 レベル上げを行い、邪神をどうにかした後じゃないと結婚なんかできない。


『♪ ではナビーからアドバイスです。女性をあえてマスター基準の好みにランク付けしたら、ミーファほどの女性はこの世界でも極僅かしかいません。イリスもエミリアも上位に位置する好人物ですよ。ついでに言えばエリカやナタリーも上位に入りますね。邪神を退治した後とか悠長なことを言っていたら、マスター基準の良い女性はその頃にはとっくに結婚しちゃってますよ。この世界の婚期が早いのを忘れてはなりません。ちなみにイリスとエミリアの猶予された時間は3年です』


『結婚適齢期が早いのを失念してたよ。俺基準で俺に合う女性か~』



「俺的にイリスって、ミーファと馬車の中で話した理想のお嫁さん像なんだよね。料理は美味しいし家事も完璧で綺麗好き。理知的で同じ回復師として会話も弾むし、家具や装飾品などの趣味も合う」


 イリスは嬉しそうだが、それを聞いたミーファが一層悲しげになった。


「ただ、ルルティエやイリスにはない決定的に良いところがミーファにはあるんだよ」

「わたくしの良いところですか? 胸とかでしょうか?」


「胸? あ~うん、それも魅力の一つではあるんだけど、それはイリスやエミリアも負けてない部分でしょ? 胸とかの容姿じゃなく、『嘘が吐けない』ってことが俺にとっては一番好ましい部分なんだ」


「皆が避けて嫌う、わたくしのユニークスキルのことを好ましいと仰るのですか?」

「うん。ミーファの『嘘を見破る』の方じゃなく『嘘を吐けない』方の部分ね。例えば……ミーファは俺のことが好き?」


「はい、お慕いしております」


「ほら、俺は今凄く嬉しいし、嘘偽りがない言葉なのでとても安心できる。この質問をイリスにしたとして、一言一句同じように答えてもらっても俺は素直に信じられないんだよね」


「嘘じゃない……ルーク様の本心。わたくしのこの特性を本気で好ましいと言ってくださる人がいるとは思ってもみませんでした」




 俺は前世で3人の女性と付き合ったことがある。そのうちの最初の二人のおかげで、少し女性不信に陥っている。


 初めてのお付き合いは高校2年の夏。お相手は幼馴染で同じクラスの同級生、部活も一緒だった。容姿は当時のクラス内で2番目くらいに可愛い子……2番目だが、容姿を偽っている今のエミリアと大差ないか少し劣るレベル。


 2年ほど付き合ったが、最終的に浮気されフラれた。浮気の原因に、『俺に非はない』と言えないのが辛いところだ。


 高校卒業後は同じ国立大に入る予定で彼女は必死に勉強した。二人とも合格したのに、俺が入学直前に裏切って叔父さんの会社に就職してしまったのだ。


 遠距離恋愛になった上に、俺の最終学歴が高卒になったことで、彼女は将来性を考え、大学のサークルに入ってから告白された1つ上の先輩に走ったのだ。


 入社半年後ぐらいに彼女からの電話やメールが徐々に少なくなって、おかしいと思い共通の友人に相談したら、俺の彼女が2カ月前から浮気しているとチクってくれ、彼女と終止符を打った。


 別れる際に彼女に対して思うところはあった。『俺と別れてから付き合えよ!』とかそういうことだ。2カ月も前から浮気していたのに、電話では『好き。会いたい』とか平気で嘘を言ってたのが一番ショックだった。


 こちらの世界に転生する頃には高給取りになっていた俺に、共通の友人を通して復縁を願っていたけど、当然知ったこっちゃない。浮気相手の国立大卒の彼氏は、良い会社に就職したが3カ月で辞めてしまい、その後再就職しても長続きせず、入る会社の質も当然新卒と比べたら落ちる。結局仕事の続かない彼を見切って別れたそうだ。


 次に付き合ったのが、入社2年目に英語習得のための海外出張で一緒になった同期の女性。同期入社だが、彼女は大卒なので年齢は俺より4つ上だった。容姿は可愛い方だと思う。


 イギリスへの語学留学なのだが、連れて行かれた先は保育園。保育園から給料は出ない。給料は叔父さんの会社が出している。つまり、保母さんの資格のない俺たちをボランティアのお手伝いさんという形で放り込んだのだ。


 俺が子供をあやすのが上手いのもここでの経験が生きている。折り紙や幼児向けのお遊戯のピアノもこの留学時に覚えたものだ。


 この保育園留学は驚くほど語学習得には向いていた。3歳から5歳ぐらいの園児自体が日々言葉を覚えているのだ。一緒にいて覚えないはずがない。会話中に幼言葉が混ざるのはご愛敬だ。却って不意に混ざるそれがウケる場合もあり、大きな契約が取れたこともある。


 お互いに現地で日本語が話せる相手がその人しかいないということもあって、すぐに仲良くなり男女の関係になった。だが、帰国後に彼女に彼氏が複数いることが発覚。俺は四股されていたのだ。肉食系の少し性欲が強い人だとは思っていたのだが、俺は現地での彼女の性処理に利用されたのだ。


 当然すぐに別れた……セフレなんか要らないもん!



 3人目と付き合うまでにかなり期間が空いた。

 取引先の受付嬢で、3つ年下のかなり可愛い子だった。だが、正直その彼女は今でも良く分からない不思議娘ちゃんだ。


 お付き合いする発端は、『初めての俺からの告白』になるのだが、ちょっと特殊な部類に入る。


 取引先の専務が、俺との契約の際に言った冗談に乗っかる形で告白したのだ。


 俺は、専務にうちにかなり有益な条件を契約の際にダメもとで提示したのだが、専務は「今からうちの受付嬢に告白して、付き合っても良いとOKがもらえたらこの条件でも良いぞ」と笑いながら言ったのだ。


 専務の冗談だと分かっていたのだけど、告白を拒否られても専務の笑いは取れるだろうとその足で受付に行き、二人いる受付嬢の若くて可愛い方に付き合ってほしいと言ってみたのだ。


「君が俺とお付き合いしてくれたら、かなり良い条件でうちと5年契約してくれるんだよね。君の社の専務の冗談なんだけど、お試しでいいから少しの間だけでもお付き合いしてくれないかな?」


 思いっきりぶっちゃけてお願いしてみた。そこに恋愛感情がないのは彼女も承知だ。結構な時間俺を見つめた後、彼女はこう答えた。


「了承しました。今晩お食事にお誘いください」


 めっちゃ事務的な感じのOKだった。お互いに恋愛感情が一切なかったので、逆に困った顔を俺はしていたと思う。


 専務に付き合うことになったと報告に向かうと――


「は? 告白した我が社の男どもは全員断られたのに? ちょっと待ってくれ――」


 受付の彼女に内線で確認するが勿論答えは変わらず、専務は笑いながら約束通り良い条件のまま5年契約してくれた。


 その娘とのお付き合いは半年ほどだ。俺は飛行機事故で死んで今に至る。


 海外出張が多かった俺は彼女とは月に2、3回ほどしか会えていなかった。彼女は表情も乏しく口数も少ない人だったので、上手く付き合えていたか正直分からない。ただ、一緒に居ると俺の心はいつも穏やかだった。特に会話がなくても、お互いに同じ部屋で何時間でも苦なく過ごせる雰囲気を持っていた。


 どうしているかな?


『♪ 気になりますか?』

『そりゃね……何考えてるか分かんない不思議ちゃんだったけど、俺が初めてお付き合いする相手だとか言っていたし……嘘かもしれないけど』


 ナビーが神のシステムを経由して、彼女の現状や当時の心情を教えてくれた。


『♪ 彼女は女子校からエスカレーター式に女子短期大学に入っていますので、男性と知り合う機会は全くなかったようです。今の会社に入社してから、毎日のように少し強引な告白をされ、マスターに告白された当時は少し男性に嫌悪感や恐怖感があったようです』


『え? よくそんな状態の中、俺の告白にOKしたね? なんで?』

『♪ 他の男性は「可愛いね」「SNS交換しよ」とか碌に話したこともないのに馴れ馴れしくセクハラ気味に声を掛けていたようです。会社の飲み会でも同じような感じだったので、マスターのただ契約の為に付き合ってくれと言われたのが彼女的には新鮮でツボにはまったようです。「このままOKしたら、この人はどういう反応するんだろう?」と思ったのがきっかけのようですね』


『そんな理由で? やっぱあの娘は不思議ちゃんだね。結局俺のことはどう思っていたのかな?』


『♪ 告白をOKしたその日の晩にちょっとお高目のお食事に行きましたよね?』

『行ったね……迷惑掛けたお詫びと契約できたことへの感謝の意味もあったから、すぐに予約のいる店をキープして大奮発したよ』


『♪ 店の雰囲気に合わせたピアノを披露しちゃいましたよね?』

『したね……店にあったピアノを見た彼女が、子供の頃に習っていたとか言うから……』


『♪ その後、一切手出しすることもなくタクシーで家までちゃんと送り届けましたよね?』


『そりゃそうでしょ。告白したその日にエッチなことはしないよ。まあそれが良かったのか、「次のデートのお誘いはいつですか?」と言ってもらえたんだけどね』


『♪ 3回目のデートでエッチしたくせに。まあ良いでしょう。彼女の初めてはその時ですし、マスターのことはそれ以降結婚相手として見ていました。マスター同様、一緒に居て気苦労がなく、趣味の合う人だと感じていたようです。マスターが亡くなったのを知ったのはテレビのニュースでですね。会社を休むほどとても悲しんでいましたが、現在は落ち着いています』


『そっか~、表情が乏しくていまいち自信なかったんだけど、ちゃんと好いてくれてたんだね。急に死んでいなくなって申し訳ないな……』


 こればかりはどうしようもないことだが、良い思い出だけで残された人が尾を引かないか心配だ。


『♪ モテモテの彼女ですので、時間が解決してくれるでしょう』

『彼女が他の男を好きになるのは嫌だけど……幸せになってほしいな~』


『♪ 過去のことより、ミーファのことはどうなさるのですか?』

『ナビーのおかげで決心できたよ』


 俺はミーファと正式に婚約することにした。

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