第69話 後は皆さんにお任せします
王家が用意した馬車が向かった先は、昨日国王に頼まれて治療した近衛騎士のお屋敷だった。
「おはようルーク君! 今日もお願いね!」
「おはようございます」
馬車を降りたところにゼノさんがいた。国王自らお出迎えですか。
『♪ 友人が心配なのでしょう。あとマスターの気が変わらないうちに、労咳治療の方法を教えてもらうのが国として最優先案件なので、国王が出向いてきてお願いするのも大事なお仕事ですね』
『他の者に任せて、俺が機嫌を損ねたらまずいってか? 評判の悪い俺に絡む奴とかいそうだもんな』
『♪ ですね。実際その可能性は高いですからね。マスターは隣国まで悪名が知れ渡っている「オークプリンス」様です。ゼノが慎重になって自ら動くのも当然です』
ちなみにナビーは亜空間の工房内で待機中だ。
ハティとディアナはミーファとエミリアたちが預かってくれている。昨日一日ディアナの行動を観察したナビーが、自由にさせても問題ないぐらいの常識はあると判断したのだ。今後ディアナはある程度好きなようにさせることにした。
で、今日の俺は回復魔法の講習会を開くのだと言ったら、ディアナは『召喚の儀』の方が気になるようで、そっちの観覧を選択したのだ。講習会なんか来ても楽しくなさそうだもんね。それに俺はあまりこの場に従魔たちを連れてきたくなかったのだ。だって今日は感染の可能性のある労咳患者を集めてもらっているからね。神獣や竜種にうつるとは思えないけど、気分的に連れてきたくはないよね。
「ルーク君が治療は何人でも良いと言ってくれたので、今日はこの屋敷の客室に15人の労咳患者を連れてきているのだけど、本当に多くても良いんだよね?」
集めてもらった患者は、治療法を教えた後のみんなの練習台になってもらうつもりなので多くても問題ない。
「ええ、問題ないです。ところで、ここにはいないようですが、神殿関係者も来てくれているのですよね?」
「ああ、中の広間で待ってもらっている。神殿からは教皇様や聖女様を含めた7人が来てくれている。俺の方でも宮廷医師3名を連れてきたけど、その者たちも一緒に良いかな?」
宮廷医師か……貴族が絡むと面倒だけど、国王の立場を考えたら『神殿関係者のみしか教えない』では良くないよな。
「ええ、良いですよ」
広間に入ると、代表で教皇様が挨拶にやってきた。
「ルーク殿下おはようございます。労咳に有効な治療法を発見され、それを無償で教えてくださるとのことで、『もし治療が可能というのが事実なら』と思うと昨晩は中々寝付けませんでした。いったいどれくらいの人命が救われることか……」
「教皇様おはようございます。俺の説明で皆に伝わると良いのですが――」
最初はお面でも被って身分を伏せようかと思っていたけど、ナビーに『神殿関係者の高レベルの人が集結するのに、鑑定魔法持ちがいないわけないでしょ。すぐばれますよ』と言われ断念した。
簡単に皆と自己紹介をし、食堂の席に着いてもらう。
「え~、先ずは実技研修の前に座学をしてもらいます。昨晩頑張ってサルでも分かる絵本を作ってきましたので、それで労咳の感染経路を詳しく説明いたしますね」
「ルーク殿下は我々を猿と同じレベルと仰るのか!」
誰だよ……国王が連れてきた宮廷医師の一人だったっけ? 確かこの中では一番の若手だと紹介された奴だ。
「言葉の綾というものです。誰が見ても分かるという揶揄で言っただけで、実際に猿に見せても理解できないですよ」
「そ、それならいいのです。……我々を馬鹿にしているのかと思いまして」
『♪ 馬鹿にしているのは彼の方ですね。口調は丁寧ですが、マスターのことを下に見ているのが態度でバレバレです』
『やっぱそうなのか? 国王様も面倒くさい奴を連れてきたものだ』
『♪ 彼が優秀なのは事実なんですよね。ミーファに好意を持っていたようで、マスターと婚約したとの噂を聞いてちょっとムカついているみたいですし、まぁ大目に見てあげましょう』
『宮廷医師……。こいつミーファのおっぱい見たことあるのか!』
『♪ マスター……はぁ~~、あまりにも今の発言は……残念王子すぎます』
『うぐっ……だって……』
『♪ 奥方や姫の診察は女医と決まっています。今回この講習会に参加されていますよ』
それもそうか――
「レングラン! 以降余計な発言をしたら摘み出すぞ! ルーク君の言葉を無駄なく一言一句頭に刻み込んでしっかり学ぶのだ!」
ゼノさんがお怒りだ!
「国王様、余計な発言申し訳ありませんでした!」
『♪ 事前にマスターの気分を害するような発言は絶対するなと、宮廷医師たちは注意を受けていましたからね』
「まあその辺で……質問は最後に受け付けますので、とりあえず俺の話を最後まで黙って聞いてください」
昨晩作った絵本で一通り説明をする。皆食い入るように見て俺の話を聴いていた。
「何か質問はありますか?」
聖女様が手を上げた。
「聖女様どうぞ」
「目に見えない体に悪さをする微生物というのが信じられません。ルーク殿下が嘘を言っていないのは私のユニークスキルで確認済みなのですが、どうしても理解ができないのです。ルーク殿下はどうして目に見えないようなものが存在していると思われて、どうやってそれを確認したのでしょうか?」
昨日のイリスと同じような質問をしてきた。やっぱ『なぜ?』と考えるとそこで引っかかるんだろうな。
聖女の隣では女医さんが親指と人差し指を輪っかにし、自分の手の平を見ている。なんだあれ? 輪っかにしている内部がルーペで見ているように大きく映っている。
『♪ 拡大魔法の一つですね。ですが、あれでは虫眼鏡程度にしか見えないでしょう』
女医さんの魔法を見て、ある発想が閃いた。
「聖女様の質問の答えですが、そこの先生が今使っている魔法の応用ですね。皆さんはパンに生えた青黒いカビが日毎に増えるのを疑問に思ったことはないですか?」
「あれは【拡大】という魔法ですね。残念ながら私は使えないです。アオカビが増える現象ですか……なるほど。先の絵本での説明に当てはめると、パンに寄生してそれを養分に増えているってことになりますね」
「その通りです。騎士の方たちで足の痒い人とかいますか?」
「ルーク君、ひょっとして水虫のことかい?」
「ええ、そうです」
菌も理解していないのに『水虫』って言葉があるの?
『♪ 日本でも江戸時代には「水虫」や「タムシ」という言葉は既に使われていましたよ。古い文献にもちゃんと記されています。菌の存在は知らないので、当時は水の中にいる虫や、田んぼにいる虫が蚊のように吸って痒くなったと思っていたようです。水虫=水の中の虫、タムシ=田んぼの中にいる虫が語源だとも言われています』
「実は長い間俺も煩わされているのだけど……なんとかならないかな?」
「靴を脱いでもらえますか?」
うわっ、汚ね! ゼノさんOUT! 見事に水虫だね!
「爪までは犯されていませんが、水虫ですね」
あれ? 鑑定魔法にでないぞ?
『♪ 鑑定魔法のレベルが低いのです。水虫は命に係わるような病気ではないので、今のマスターの熟練レベルでは鑑定魔法に引っかかりません』
「病気じゃないから、治らないのだよね?」
「宮廷医師がそう言ったのですか? いえ、これも人にうつる厄介な病気です。さっき見せた目に見えない微生物が陛下の足の指の間に寄生しているのです。だから労咳と同じく治せます。こいつはパンに生えるカビのような存在なのです」
「本当か!」
「その前に……ちょっと水虫になっている皮膚を採取しますね」
水魔法でレンズを作ってみる。
まず一切不純物のない純水を作り凸レンズに形を維持する。
『♪ あのマスター、発想は悪くないのですが、それでは無理です』
『レンズを何枚か重ねたら、水虫菌が見れるほど大きく拡大できないか?』
『♪ 顕微鏡に使われているレンズは対物レンズです。あれの中は複雑な構造をしているのですよ。凸レンズ(トツレンズ)のようにただ光を集めただけでは細菌が見えるほどの精度は得られません。ナビーが先日見せた画像は電子顕微鏡の画像です。根本的に原理が違います』
『そうか……やっぱ安易すぎたかな』
流石に電子顕微鏡を開発して提供する気はない。
『♪ 完全オリジナルという条件なら皆に水虫菌をこの場で見せることはできますよ。ナビーが補佐しますので、そのまま水レンズを4枚出してください』
ナビーの指示の通りにやったのがこれだ。
1、ゼノさんから採取した皮膚を【フロート】で空宙に浮かせる
2、【ライト】の魔法で皮膚の下から照らす
3、水魔法で作ったレンズに【拡大】という魔法を付与する
4、3で作ったものを4枚重ねピントを合わせる
4枚目に映し出されたモノは、超拡大された皮膚に、木の根のように枝分かれした糸が入り込んでいるようなモノだった。
「あ、わたくしもできましたわ!」
声をした方を見ると、なんとさっきの女医さんが、真似はできないとナビーが予想した俺のオリジナル魔法を、ナビーのサポートなしなのに、見よう見真似で完成させていた。
「先生お見事です! この糸状のようなものが水虫の正体です。こいつらは皮膚の中に入り込んで皮膚から養分を吸収し、スライムのように分裂して繁殖するのです。イリス、一番弟子の君が最初にやってみようか? 昨日説明した通り、この悪さをしているものを除去するイメージで魔法を使うんだ」
錚々たるメンバーの中で指名され、緊張しつつもイリスはゼノ国王の水虫を治療してみせた。
鑑定魔法のレベルを上げて、治療が成功したか確認してみる。
「イリスおめでとう。見事に国王様の水虫は完治しているよ」
「本当ですか! 嬉しいです! 労咳も同じように治せるでしょうか?」
「俺もイリスもまだ中級魔法しか使えないから、重篤患者には何度も治療しないといけないけど、効果はあると思うよ」
水虫が治って喜んでいる国王だったが、そのブーツ履くとまた再発するよ。
【クリーン】で今使っている物全てを一度綺麗に浄化しないと再発することを伝え、俺たちは患者が収容されている客室に行って教皇様たちの治療練習が開始された。
「教皇様と聖女様の魔法は凄いですね。さっきのは特級回復魔法ですか?」
「ええそうです。むしろ私はルーク殿下の方が凄いと思いますよ。殿下が開発したこの治療法は凄いです。正直あまりの効果に施術した自分でも驚いています。これまで何人の尊い命が散ったことか……」
「この治療法は、風邪にも効果があります。他にも人にうつるような流行り病は大体これで治せるでしょう」
「なんと! 風邪にも効果があるのですか⁉」
「病気ごとに多少イメージする内容が違ってきますけどね。例えば喉の炎症がある場合にはそれも鎮めなければ熱は下がりません。労咳も肺が風邪引いた時の喉のようになっているでしょうから、炎症を鎮めるイメージも必要です。病気の元だけ取っても完治とは言えませんよね。俺もまだまだ研究途中なので分からないことの方が多いです」
高位魔術師が俺の教えた方法で治療すると、労咳の重篤患者が一回の魔法で完治するのだ。教えた立場としてはちょっとこの差を悔しく思う。
『ナビー、やっぱレベル差って怖いな』
『♪ ですね。マスターの方が病気への理解度は高く、治療効率は良いのに、中級魔法と特級魔法という差で結果が劇的に違っています。攻撃魔法でも同じことが言えますので、レベル差は怖いことです。早急にレベル上げを行いたいですね』
この日、10人の研修参加者のうち9人がこの治療法を習得できた。習得できなかったシスターは落ち込んでいたけど、彼女のイメージ力が足らないのか、理解度が低いのか。まあそのうちできるようになるだろう。
水虫が治せたイリスは難なく労咳にも効果を発揮した。成功したのがよほど嬉しいのか、とっても素敵な笑顔を見せてくれた。
そうそう、最初俺に絡んだ宮廷医師の青年だが、今現在護衛に来ていた近衛騎士と神殿騎士に囲まれて可哀想なことになっている。
沢山の騎士に囲まれ、ひたすら水虫治療をさせられているのだ。何せ今日集まっている人たちは、この国の重鎮ばかりなので、騎士たちより立場や役職が上なのだ。
流石に教皇や聖女に水虫治療なんか気軽に頼めない。そこで宮廷医師になって間もない若手の彼に群がったという訳だ。宮廷医師とはいえ、新人の彼より国王や教皇様を護衛する者たちの方が立場はずっと上なのだ。
ご愁傷様。
「俺は他にも研究したい案件が一杯あるので、後はここにいる皆さんにお任せします。イリスと一緒に作った絵本は教会に差し上げますので、各神殿支部にも治療法をお伝えください」
各支部に行って講習会を開いてくれと言われる前に、神殿のトップに丸投げしちゃいました。
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