第68話 イリスの気になる調合レシピ
イリスと一緒に、菌やウイルスなどの病気に効果がある治療法を、教本的な絵本にした。文字を一切使っていないのでこれそのものだけでは上手く伝わらないだろうけど、イリスからは概ね好評価を得られた。
「ディアナ様たちソファーで寝ちゃいましたね」
イリスの視線を追うと、寝ているディアナの腕にハティが腕枕状態で顎を乗せてすやすや眠っている。そのハティの毛に埋もれるようにナビーも寝ていた。
可愛い……従魔たちが可愛すぎる!
激写!
当然のように記録して残しておく。
「ナビーとハティだけなら抱えて俺の部屋に連れて行くけど、起こすのもなんか可哀想だし、今日はそのままここで寝かせといてあげよう。一応毛布だけ掛けておくね」
その後イリスと別れて自室のベッドで寝ているのだが、明日のことを考えると中々寝付けないでいる。
ベッドからボーっと月明かりで割と明るい天井を眺めつつ、昔やった100人規模のプレゼンを思い出す。あの時も緊張で前日は寝られなかったよなぁ~。神殿関係のお偉方様が揃って来るのだから緊張もするよね……人命の懸かった講習会だし。
やっぱ寝付けない……眠くなるまでもう一仕事することにした。
ナビーが工房で大量に作ってくれてはいるのだが、どうにも一度自分でやってみないことには満足というか、納得できない性格なのだ。
インベントリから師匠にもらった薬剤の調合道具を出す。
すり鉢・薬研・石臼……ナビー工房で新たに作ったコーヒーミルに似た粉砕機。
まずは薬研を使って薬師ギルドで大量買いしてある乾燥ウコンを粉にする――
ゴリゴリと擦り合わせてできるだけ細かい細粒にしていく……結構大変だ。
コンコン!
俺の部屋の扉がノックされる。
「ルーク様? お部屋に入ってもよろしいですか?」
「うん。どうぞ」
五月蠅かったかな?
中に入ったイリスが机の上を見てむすっとした。
「ルーク様、お薬を作るなら、どうして私に一言声を掛けて下さらないのですか?
それとも秘密の調合とかで私には教えられないようなものなのですか?」
「エッ? そういうのじゃないよ?」
あ~~成程、俺が今出している数種類の植物を見てそう思ったのか。シャンプーの時は一緒に作ったのに、リビングではなく自室でゴリゴリやっているから秘密の調合と思っちゃったんだね。どうやら五月蠅いのを文句言いに来たのではないようだ。
「ウコンは胃や肝臓に良いと言われているものです。他のもお腹に効果があるものばかり……。一応私も薬学科を専攻していたので、材料を見れば分かるのですよ。どこかお腹の調子がお悪いのですか?」
テーブルに並べてある薬師ギルドで買った乾燥植物を見てそう判断したようだ。
「あはは、だから、そういうものではないんだって」
「でも……、そっちのはコリアンダーでしょ? 解毒作用のある胃薬として使われるものですし、こっちのクミンも健胃薬や利尿剤として使われるものです。このジンジャーも同じような効果があるとされています。レッドペッパーやガーリックは食欲促進とかにも用いられるものです――」
材料を見れば俺が何をしているのか、この時点で分かる人もいるだろう。
「まあ調合と言えないこともないか。手伝ってくれるなら、イリスにこの調合レシピを教えてあげるよ」
「勿論手伝います! いえ、そうではなくて! 私はルーク様の弟子なのですから、お薬を作られるのなら毎回必ず呼んで下さいと言いたいのです! ゴリゴリと薬研を使っているような音がするので、まさかとは思いつつお部屋に入ってみれば……」
「分かった! そう怒るなよ。とりあえずこれ全部、粉にしたいんだよね」
俺が薬研で粗挽きしたものを、イリスにミル(粉砕機)で更に細かい粉状にしてもらう。
二人でゴリゴリ、ガリガリとひたすら粉にして壺に入れていく。1時間ほどやっていたらイリスがポツリとつぶやいた。
「ルーク様……これ全部ですか……」
うん、流石にきついよね~。俺もいい加減飽きてきた――
「う~~ん、そういえば師匠のじーさんは魔法でやっていたんだよね」
「大賢者エドワード様ですか? おそらく【粉砕】か【細粒】という魔法のどちらかだと思います。私も薬学科にいた頃に覚えたかったのですが、適性がないのか習得できませんでした」
かくいうルーク君も習得できず手作業だった。
「でも、普通は一度にこれほど大量に粉にすることはないから、別になくても困ることはないんだよね。これまで俺もずっと手作業で回復剤を作ってきたけど、一切困らなかったし」
「そうですよね。今回ルーク様はどうしてこれほど沢山作られているのですか? 明日の講習会に関係あるのでしょうか?」
「明日のとは全く別物だよ」
あ! 今の俺ならAPを使って【カスタマイズ】で習得できるジャン!
【ステータスプレート】を出し、既存魔法の一覧を見てみる――どっちのスキルもあった。
どっちにもレベル10までの熟練度があり、最終的により細かい粉にできるのは【粉砕】の方みたいだが、【細粒】の方がレベル1の状態でもかなり細かく、俺の希望の粉状態にするのにレベル2あれば十分のようなので、ポイントを使って【細粒】を獲得した。
「確かこうやって風魔法の結界で植物を囲って……【細粒】!」
「あ! ルーク様できています!」
「この【細粒】という魔法は、風の刃で高速切断する複合魔法みたいだね」
「【粉砕】も【細粒】も風の刃か土属性の物理的な刃を使った高速切断魔法だと習いました」
凄い魔法だと思っていたけど、実際使ってみればただのミルサーだった。
某大手通販サイトで俺の希望の粉状にできる物なら1万5千円ほどで売っている。中身の5倍ほどの段ボールに入れて送ってくる某通販サイトで簡単に手に入るような魔法だった。
シャンプーを作った時のように、欲しい成分だけ抽出する必要がないので、理想の粉状になったら壺に入れ、ラベルを貼ってから湿気ないようにインベントリに収納しておく。
「結局調合の方は私に教えてはくれないのですか?」
粗方机の植物がなくなったころにイリスが質問してきた。
「もう結構な時間だし、今日は粉にするだけにして、この続きは公爵家に行った時にするよ。元々これはララちゃんのために作っているモノなんだしね」
「ララ様の為のお薬なのですか? ララ様どこかお悪いのですか?」
イリスからすれば気になるだろうけど、明後日には学園が土日の休日になるので明日の夕刻には公爵家へ向かう。これが何か今言うのは面白くないよな~。
「ララはどこも悪くないよ。でもこの調合は今後何度も行うことになるから、イリスにはちゃんと教えるからね」
「ホントにですよ。約束しましたからね。ちゃんと教えてくださいね」
* * *
朝、目が覚めると、リビングのソファーで眠っていたはずの従魔たちが俺のベッドで眠っていた。
「ご主人、おはようなのじゃ!」
「おはようディアナ……朝から元気だね……で、何でまた裸で俺にくっついてんの?」
「妾は竜なのでホントは服は好かんのじゃ。眠る時くらい裸でも良いではないか」
そう言われると強要はしたくないけど、でも微妙に膨らんでいるので目のやり場に困るんだよね。人化した容姿が美少女っていう理由もある。
≪♪ マスターおはようございます。先日頼まれていたディアナの鞍が完成しております≫
「妾は鞍も嫌いなのじゃがの……」
≪♪ 我儘言わないの。マスターが落ちたらどうするの?≫
「そうじゃな、もうあのような事故は妾は嫌じゃ」
「ディアナ……あの時はありがとう。ディアナが命懸けで助けてくれたおかげで俺はいま生きている」
ディアナが自分を犠牲に俺を激突前に上空に放り上げてくれなければ、転生数十秒であっけなく終わっていたかもしれない。
「妾も今はあの時より知恵があるでの。もうあんな無茶な命令をされても聞いてはやらん」
あの時は5歳のドレイクだったが、今のディアナは古竜の頃の知識があるからね。
「その、言いにくいけど、イリスやエミリアたちもできれば乗せて公爵家まで行きたいのだけど、良いかな?」
ドレイクのディアナは俺以外の者を背に乗せるのを嫌がっていたんだよね。
「イリスとナタリは良いが、他の者は乗せたくない……」
「『ナタリー』な、でも何でその二人は良くて他の者はダメなんだ?」
≪♪ はぁ~何て馬鹿竜なのかしら。その二人は美味しいご飯を作ってくれるから大好きなようです≫
「あ! 妾の心の声を読みよったな! なぜばらすのじゃ!」
たった数回ご馳走になっただけなのに……ドワーフの仮設村でのこいつの様子がなんとなく分かった気がする。やっぱ餌付けされてたんだろうな。
「ディアナ、皆を乗せてくれたら、こないだ狩った牛を使って凄く美味しい肉料理を食べさせてあげるけど、どうかな?」
「美味しいとはどのくらい美味しいのじゃ? ちょっと美味しいくらいでは嫌じゃぞ?」
≪♪ 心配しなくてもディアナがこれまで食べたどの料理より美味しいモノが食べられますよ≫
「本当か! それは楽しみなのじゃ!」
「ところでディアナは普段どのくらい食べるんだ? 今は皆と同じぐらいしか食べてないよな? あの量で足りるのか?」
「あれでは全然足らぬのじゃ……妾は飢えて死にそうじゃ」
≪♪ 従魔となった時点で本来従魔に食事は必要ありません。ハティやディアナもそれは同様です。竜状態では1口にも満たないので食べた気にもならないでしょうけど、人化中ですと味わえれば良い嗜好品的なモノですので今の量で十分です≫
「ディアナ、嘘はいけないな。単にもっと一杯食べたいだけだろ。嘘吐くのなら一切料理した食事はあげないよ? 竜の頃のように生肉だけ与えるよ?」
「嫌じゃ! 生肉も美味しいけど、調理したお肉は別格なのじゃ! 皆と同じで良いので妾にも食べさせてほしいのじゃ! 嘘吐いてごめんなのじゃ」
「うん、素直に謝れるのは良いことだよ。毎食皆と同じものを食べさせてあげるからね。それと、早く服着ようか」
皆を背に乗せることの了承も得られた。驚いたことに闇属性のディアナは、重力魔法で重さを無くせるので、背に何人乗っても大して変わらないとのことだった。
いつもの筋トレと散歩を行い、朝食後に迎えに来た王家の馬車に乗り込んで講習会に向かうのだった。
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