第67話 サルでも分かる教本作成

 リンゴジュースを飲んだ後、従魔たちがウトウトし始めたのでミーファたちは女子寮に帰るとのことだ。


「「「それではルーク様、おやすみなさいませ」」」

「みんな、おやすみ」


 イリスが入浴中に一仕事しておくかな。


 亜空間のナビー工房で蠟燭の蝋に顔料を混ぜクレヨンを作ってもらった。


 黒:炭

 赤:酸化鉄と赤土を混ぜたもの

 青:ラピスラズリを砕いて粉末にしたもの

 黄:ウコンと黄土を混ぜたもの

 緑:アズライトを砕いて粉末にしたもの

 白:オークの骨を砕いて粉末にしたもの


『♪ もっと色は増やせますが、どういたしますか?』

『とりあえずはこの6色あればいい。ナビー、眠いだろうけどもうちょっと頑張ってくれ』


 ハティにくっついてウトウトしていたのを、揺すり起こしてナビーにクレヨンを作ってもらったのだ。


『♪ 大丈夫です。今朝頼まれていたものですが、こんな感じでよろしいでしょうか?』


『うんうん、これでいい。下手に小難しい解説なんかいらない。じゃあ先に寝てていいよ。後は俺が引き継ぐよ』


『♪ 了解しました。おやすみなさいマスターZZZZzzzz。。。』


 もう寝ちゃったよ……申し訳ない、結構無理して起きてたんだな。




 さて、ナビーに頼んでいたものは『ウイルス』や『菌』を伝えるための絵本。


 だが、詳細に現代医学を伝えるつもりはないので、文字が書かれていない絵本にしてある。『菌』なるものがあると分かれば、この世界の医学研究者たちが頑張って調べるだろう。


 今回身内になる者が関わったということもあり、少しだけ労咳治療に関するヒントを与えはするが、この世界の発展はこの世界の者が頑張ってやるべきだと思う。


 俺自身は大して知らないのに、ナビーの情報網を使って調べたものを安易に教えるのも何か違う気がするしね。


 工房内にいる俺のアバターが描いた絵をリビングのテーブルにだし、できたばかりのクレヨンで色付けしていく。


 ただの塗り絵なのだが、童心に返ったようで意外と楽しい。


「あれ? ルーク様、何をなさっているのですか?」


 お風呂から出てきたイリスが、気になったのか尋ねてきた。


「明日行う神殿関係者への労咳治療法のコツみたいなものの教本を作っているんだ」


 そう言ったらなんかイリスが不機嫌になった。


「どうしたイリス?」

「……そういう大事な知識は、私にも教えてほしいです」


 そうだった。なんでもいいから毎日弟子として指導してほしいという約束だったな。イリスは貞操を奪われる覚悟までして俺の侍女に志願しているのだ。


「え~と、も、勿論これが完成した後、真っ先にイリスに見てもらって感想をもらうつもりだったよ」


「そうでしたか。私にお手伝いできることはありますか?」


 どうやら『真っ先に』と言ったのが良かったみたいで、イリスの表情が柔らかくなった。


「お風呂上りなので、先にイリスは水分補給をした方がいい。俺にも何か冷たいものをもらえるかな?」


 レモンを浮かべた、アイスレモンティーを作ってくれた……美味しい!


「じゃあ、これに色を付けるのを手伝ってくれるかな?」

「はい。あら? この『絵油棒』はとても色鮮やかですね?」


 この世界にも『クレヨン』的なものはあるようで、『絵油棒』というみたいだ。

 俺のように鉱石を砕いて粉末にしたものを蝋に混ぜ込んだものではなく、白い骨を粉末にしたものに、植物の汁から抽出した染料で染め、それを蝋に混ぜ込んだものが主流らしい。


 イリスが手伝ってくれたので、30分ほどで完成した。


1枚目:人がコンコンと咳をしている姿

2枚目:咳をした口から、黒い粒が飛び出している描写

3枚目:黒い粒を拡大した、ウニのようなトゲトゲの何か

4枚目:その黒い粒が、咳をしてた向かいの人の口に吸いこまれる描写

5枚目:口から入った黒い粒が肺に行き、そこで増えていく描写

6枚目:うつった人がさらに咳をして、周囲の人も悪くなる描写


 俺が作ったのはたった6枚の絵だけだ。


「じゃあ、解説するね。例えるモデルはエミリアのお母さんにしようか。1枚目の咳している人がそうだね。そして2枚目の絵はサーシャさんから咳をしたときに何か黒い粒が飛び出しているね」


「ルーク様、その黒い粒っていうのは何なのでしょうか? 病気の原因なのでしょうか?」


「うん。分かりやすいように黒い粒にしたけど、実際は目に見えないほど小さいもので、特殊な道具やスキルで見ないと目視では見えない。それをイメージしやすくしたのが3枚目の絵ね」


「凄く悪そうな顔しています!」


 三白眼の目つきの悪いトゲトゲしたウニのような姿に書いたからね。体に悪いものというイメージを持ってほしいからこういう姿に書いた。


 実際は菌の種類によって形も色も違ったりする。この絵のウニのような形は風邪のウイルスに近いかな。結核菌は細長いものの集合体のようなものだったはずだ。


「あはは、あくまでイメージね。顔とかないからね」

「そうなんですか? じゃあイメージ的には栗かな……」


 多分そのイメージでウイルス系のものには効果がありそうだ。


「イリスには特別に、実物の画像を見せてあげようかな。他の人に見せちゃダメだよ」


 ナビーがネットに流れていた電子顕微鏡で撮影した画像を沢山資料としてくれたので、それの一部をイリスにメールに貼って送ってあげた。


「エッ⁉ これが病気の元!」

「今イリスが見ているやつが風邪の元、絵に似ているでしょ?」


「はい! 悪そうなトゲトゲです! 風邪も目に見えない病気の元があったんだ!」

「だね、そしてこっちが労咳の病気の元」


「あれ? まるいトゲトゲじゃないです」

「うん。さっきも言ったけど、色や形は病気の種類によって違ったりする。俺の描いた絵はあくまでイメージね」


「じゃあ、この画像を皆に見せてあげた方が正確で良いのではないですか?」

「悪い病気の元を排除するイメージで病気は治療できるんだから、後は専門の医療研究者たちが努力しなきゃ。弟子でもないのに、流石に俺が全部教える義理はないよ」


 イリスは『弟子』という言葉に反応した。


「そうですね、黒い粒のイメージで治るのであれば別にいいのかな? ルーク様はこの知識や画像をどこで手に入れたのですか? やはり大賢者様からでしょうか?」


 どうしよう……。


 俺のいた世界では『菌』や『ウイルス』のことは知らないと言う人の方が少ない。昨今では外出時の『マスク』と帰宅時の『手洗い』『うがい』は当たり前の時代なのだ。医学的な専門知識はないが、浅く広い知識はテレビやネットで見て知ってはいる。


「これは俺が調べて得た知識だね。師匠でも知らないはずだよ。画像はそういうスキルを持っているんだ。皆には内緒ね」


 うん、ネットで調べたから嘘ではない。画像についても嘘ではない。ナビー自体が俺のスキルのようなものだしね。


「凄いです!」


 あれ? またイリスの好感度上がってないか?

 折角だからもうちょっと攻めておこうかな……なんか可愛いし。


「体に悪い病気の元っていう黒い粒のイメージで病気は治療できるだろうけど、こうやって実物の正確な姿形で排除するイメージをすれば効果は最大限に得られるはずだよ。弟子のイリスだけには教えるけど、さっきの質問みたいに、その目に見えないほどの小さなものを見るスキルはどうやって得るのかとか、派生して色々聞いてくるだろうから秘密にしてね」


「なるほど……分かりました! 私にだけ教えてくれてありがとうございます! とっても嬉しいです♪」


 か、可愛い……『弟子だから』という特別感があると嬉しいよね。とっても素敵な笑顔だよ。


「で、4枚目は労咳の人が咳をすると、この黒い粒が口から出て、向かいの人は呼吸することによって黒い粒を体の中に取り込んでしまうってことなんだよね」


「じゃあ5枚目の絵は、その黒い粒を吸った人の体の中で、病気の元は増えるということですか?」


「うん。人の体から養分を得て増えるんだ。そして6枚目が増えてしまって労咳になった人がさらに咳をして周囲に感染者を増やすという描写だね。これが労咳の感染拡大の一連の流れかな。これは労咳だけではなく、風邪や夏場に多く発生する赤痢などの下痢の症状も同じようなものだね」


「夏に流行る下痢なども、目に見えない病気の元が原因なのですか⁉」

「うん。この悪い病気の元になる粒は凄く沢山の種類があるみたいだけど、そこはあまり気にしなくていい。ようは解毒魔法と回復魔法をかける際に、この悪い病気の元を体内から排除、死滅させるイメージを強く持てばいいんだ」


「そうなんですか! なにか分かった気がします!」


 うわ~! めっちゃ目をキラキラさせて俺を見てくる。


「どう? この絵本で大体理解できたかな?」

「はい! これならおさるさんでも分かると思います!」


「サルは流石に無理だろうけど、オークの上位種なら理解できるんじゃないかな?」


 どうやらイリスの俺に対する好感度がまた上がったようだ。

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