第71話 異世界貴族と俺の概念の相違

 ナビーと俺の女性遍歴を語っている間に、自分の考えがまとまり決心がついた。


 俺とルーク君の結婚観がかなり違うのを注意しないといけない。

 俺的には『お付き合い=結婚』ではないのだが、ルーク君的というより、この世界の貴族観では『お付き合い=婚約』なのだ。そして、大きな理由でもない限りそのまま結婚するのがこの世界の常識だ。


 最後に付き合った彼女を思い出す――


 お付き合いを始めて男女の仲になっていたが、当時は結婚まで考えていなかった。

 まあ当然か……お付き合いを始めて約半年。デートした回数も十数回程度だし、エッチなんかその間に3回しただけだ。これからって時に飛行機事故に遭って死に別れたと思うと申し訳ないし、ちょっと切なくなってくる。


 叔父さんには取引先の受付嬢とお付き合いすることになったと知らせていたけど、他の家族には俺に新しく彼女ができたとかは言っていなかった。幼馴染と別れた時にかなり落ち込んで心配かけたからね。特に妹はお互いに知った仲で、姉のように慕っていたこともあり、浮気した彼女に対して怒り狂っていたので言えなかった。


 勿論裏切って就職した俺に非がないわけではないのだが、その時にちゃんと話し合って納得して了承してくれていたのだから、やっぱ裏切られたのは俺の方だよな~。


『♪ そういえばマスターは彼女さんに対しての遺言は残さなかったのですよね?』

『いやいや、あの状況でそんな余裕ないでしょ。女神様の指示通り動いて、あの少女を助けることだけ考えて一杯一杯だったよ』


『♪ それもそうですね。大好きな祖父母への遺言もなかったぐらいですし、色々多方面まで配慮する余裕も時間もなかったですね』


『うん。でもナビーと話して、死に別れてしまった彼女のことを考えると、今回のミーファとの縁は大事にしたいと思えるようになった』


『♪ お話の関連性が分かりません。死に別れの彼女とミーファと何か関連がありましたか?』


『関連とかそういうのではない。邪神退治でいつ死ぬかもしれないと思うと、ミーファの想いにいま答えてあげたい。そのくらいミーファは素敵な女性だと思っている自分に気が付いただけだ』


 俺は邪神相手にいつ死ぬかも分からないので、邪神討伐が叶うまでは恋愛等には関わらない方がいいと思っていた。だが、俺が死んだらそういう次元の話では済まないらしい。


『♪ 女神様はマスターが死んだら人類は滅亡するとお考えのようです』

『重いよ! 人類滅亡って何それ!』


 まあ俺が死んだ後に残される人のことを考えても意味がないって話だ。なにせ全滅だからね……なら今を全力で生きるしかない。


 決心できたので、不安そうにしているミーファに声を掛ける。


「ミーファって、毎朝イリスに昨晩俺から何もされなかったか聞いているよね?」

「はぅ、ご存じでしたの? イリスが教えたのですか?」


 なんか結婚を意識すると、目の前で不安そうにしているミーファが一段と可愛く見えて、つい意地悪な質問をしてしまった。

 どうもこの悪戯心はルーク君の記憶を取り込んだ影響だな。気を付けなければ。


「私は何も――」

「イリスは何も言っていないよ。それにミーファを責めているわけでもないんだ。実はそういう嫉妬心とかもちょっと嬉しかったりする。俺は自分に自信がないので、ミーファのように分かりやすく好意を実際に態度に出してくれるのは嬉しいんだよ」


「そうなのですか? お母様には『あまり好き好きとせっつき過ぎると嫌われてしまいますよ』と注意されたのですが」


「あはは、確かにあまりにも過ぎたらウザいかもしれないね」


「あの~それでですね……」

「うん、俺はこの後ミーファとの婚約を正式に受けようと思う」


「本当ですか! 嬉しいです!」

「そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ。でも、さっきも言った通り、俺は自分に自信がない。だからミーファが不安で毎朝イリスに質問しているように、俺もミーファに時々『好き?』って聞くかもしれない」


「はい! 毎日お聞きくださいまし!」

「まぁ、あまりにもそれだと情けないので、俺もミーファに嫌われないように努力はするつもりだよ。一番不安なこの体型も痩せる努力はするし、『お馬鹿な豚王子に恋をした馬鹿姫様』とかミーファが言われないように勉強も頑張るつもりだ」


「うふふ、そういうお言葉も嬉しいものですね」




 次はエミリアかな――


「エミリア、この際ミーファと一緒に君とも正式に婚約発表しておこうと思う」

「…………」


 うわ、ダンマリ再発かよ~。


「正直、いま君と婚約するメリットは俺にはあまりないのだけど、俺の噂が広まってからだと派閥からの圧力とかもありそうだし、ガイル公爵からすれば早い段階で公表したいだろうと思うんだ」


「お父様が? 派閥争いですか?」

「うん。先日王城に行った時、王妃様たちに忠告されたんだよね。うちの実家のヴォルグ王国ほど苛烈じゃないようだけど、定例議会や予算の割り振りなどで有利な発言ができるよう、どこも有力貴族を囲い込みたくて色々動いてくるから注意するよう言われている。俺の神獣ハティと黒帝竜のディアナ、ミーファの聖獣スピネルがいる俺の所属する派閥が、実質この国の最強戦力になる。今日の回復施術の講習会のことも世間に知れ渡れば、俺の価値がもっと跳ね上がる。そこに国王に属する力ある公爵家の娘のエミリアが更に加わるのは避けたいだろうしね」


 このへんは国会の議席争いと似ている。発言力が欲しければ派閥に引き込み、人員を増やすしかない。


「そうですね。わたくしも安易な発言をして言質を取られないように気を付けなさいと幼少時より教えられています」


「もし3年後に、エミリアの男性恐怖症が治っていなくても、そのまま俺と結婚すればいい。この際エミリアんちの後継問題は一旦置いて考えよう。男性恐怖症でも3年あれば友人関係ぐらいにはなれるだろう? 現にこうやって会話ができるほどには良い関係ができているでしょ。でだ、まあぶっちゃけると偽装結婚だね。形だけは結婚はするけど、男女の仲になる必要はないよ。形式的な結婚だとしても、それでエミリアに言い寄る者の排除と、ガイル公爵の体裁も保てる」


「でもそれだとお父様が『子供はまだか?』と催促してくるような気がします」

「そんなのは無視でいいよ。『頑張ってますが神の授かりものですし』とでも俺が言ってあげるよ。そもそも側室を娶ってなく、後継者の男児を残せていないガイル公爵の尻拭いを娘がする必要なんかないんだよ」


 後継問題が深刻になる前に……時期としては末っ子のララちゃんが女児だった時点で、ガイル公爵は後継者づくりのために側室を娶っておくべきだったのだ。


 公爵家ほどの大貴族には家臣が沢山いる。後継者がいなくてお取り潰しにでもなったら下の者まで影響がでる。親族の中から養子を取ったとしても、ガイル公爵の直系の血じゃないことで家臣からは不満が起こる。だから娘に婿を取り、生まれた子の男児を次期当主にするわけなのだが、ここで派閥が関わってくるんだよね。


 男尊女卑のお貴族様の貴族社会では、婿とはいえエミリアより発言力が上になるのだ。ガイル公爵の目の黒いうちはそう簡単に乗っ取られるような事態にはならないだろうけど。


「分かりました。わたくしもいつまでもこのままではいけないとずっと考えておりました。実家に帰った際には素顔をお見せして、わたくしが殿方を怖がるようになった経緯もお話ししたいと思います。不束者ですがよろしくお願いいたします」


 これは驚いた……どういう心境の変化だ?


『♪ マスターの精一杯の応対が功を奏したようですね。いつまでも素顔を隠したまま、マスターの厚意に甘えているのはいけないと感じたようです。あ、ですが最後の不束者うんたらで勘違いしてはダメですよ。あくまで偽装の結婚を認めて嫁入りするという話ですので、手出しは厳禁です』


『分かってるよ。まあ、少し心を開いてくれたってことかな? 心を開いてくれている方が【精神回復】の魔法も効果があるだろうし、また一歩前進だね』


 後は俺の立場がどうなるかだね――


『♪ ガイル公爵家への婿入りのままなのか、先日ゼノが言っていたように新規でマスターの家名を立ち上げるのかですね』


『うん。家を立ち上げるとなったら鈴が付くよね? 用意してくれた使用人全員に監視されるとか考えたら、ちょっときついな~』


『♪ でも、婿入りして同じ屋敷内で直接ガイル公爵と一緒に暮らす生活より良いのではないですか?』


『それはマジ勘弁!』


『♪ マスターが神獣の仔なんか従えちゃうから、ヴォルグ王国もフォレル王国も大騒ぎになっていますよ。今晩もフォレル王国では主要な権力者が集まり、マスターのお立場をどうするのか会議する予定になっているようです』


『その話し合い次第で立ち位置が変わるのか。でも、ハティを俺に押し付けたのは女神だからね!』


 まあ先にイリスだな――



「イリスのことだけど、これは少し時間がほしい。イリスに対して好意はあるし、イリスの好意自体もとても嬉しいけど、今日発表することはできない。国王の意向もあるだろうし、イリスの両親と一度会ってからになる。それとミーファの許可がないのならそもそも受け入れることはできない。嫁同士でいがみ合う姿なんか見たくないからね」


「分かりました……」


 イリス、そんな悲しそうな顔しないでくれ。


「わたくしはイリスなら良いですよ」

「ん? ミーファの本心は?」


 良いと言いつつ、可愛い顔はしかめっ面している。


「……本音は誰であっても側室を置くのは嫌ですけど、そうも言っていられない状況になってしまいましたからね。ルーク様が先ほど自分で仰っていたように、ルーク様の価値が日毎にどんどん跳ね上がってくると思うのです。そうなると伯爵家とはいえイリスの実家では周りの圧力に耐えられないのではないでしょうか? イリスのミハエル家はフォレスト家の子家にあたりますので、エミリア同様やはり派閥争いに巻き込まれるかと考えられます」


「そういえばガイル公爵の家臣だったね……。う~~ん、ミーファはイリスが婚約者の一人になっても良いんだね?」


「全く知らない人が側室に入るよりはイリスの方がずっと良いです。でも、ルーク様はよろしいのですか? 嫁は一人いれば良いと仰っていたのに、急に何人も押しかけて、この国が嫌になって逃げたりしないか不安になります」


「逃げるとか全く考えていないよ。二人とも今の俺には勿体ないぐらいだ。だからこの縁は大事にしたい」



 結局イリスとの婚約は勝手に自分たちだけでは決められないということで、明日以降の話になった。


 イリスの親の意見も聞かないとだよね――

 

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