第65話 特別編 ミーファ姫の恋煩い(ミーファ視点)

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 このお話は、書籍1巻の巻末に特別編として掲載したものをWEB用に加筆修正したものです。


 作者は基本的に主人公視点しか書きませんが、店舗特典などにヒロイン視点でその時の心理描写などを書くことがあります。


 第41話の『ミーファ姫の恋煩い』と被る部分もありますが、こちらは主人公視点ではなくミーファ視点で書いています。


 第13話~30話くらいまでのミーファの心情が伺えると思います。


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 現在盗賊の待ち伏せにあったようで、馬車の外では激しい戦闘が起こっています。


 本日わたくしは一級審問官としの公務で、王都から侯爵領に向かっていました。

 今回お父様が特別に選りすぐりの騎士を付けてくださっていますが、声を聴く限りかなりの人数で襲われているようでとても不安です。


「姫様、襲撃者の数が多いようですので、私も外で戦いに参加してきます。姫は馬車の中でお待ちください」


 わたくしはあまり目が良くないので、外の状況がさっぱり分かりません。


「エリカ、何人くらい敵はいるのです?」

「パッと見たかぎりでは30名ぐらいですが、馬車の死角にもいるとしたらもっと多いかもです……。あっ! 回復担当の者が弓矢と魔法の集中攻撃を受けています! 私も加勢に行きます!」


「分かりました! 気を付けるのですよ!」


 侍女のエリカが戦闘に加わるとは余程の状況なのでしょう―――




 エリカが戦闘に参加してから15分ほど経ったでしょうか……そのエリカからやっと馬車の中に声がかかりました。


「姫様、もう大丈夫です! 騎竜に乗った方が加勢に入ってくれました!」


 良かった……竜騎士の加勢ならもう大丈夫でしょう。叔父様が援軍を送ってくだっさったのかしら?


「エリカ、無事で何よりです! 怪我はしていませんか?」

「肩に投げナイフを受けましたが、回復剤で治っていますので大丈夫です。それより、騎竜の加勢ですよ! 竜騎士様の戦闘はやはり凄いですね!」


「ガイル叔父様が援軍を送ってくださったのかしら?」

「加勢は1匹のドレイクとそれに乗った2名だけなのですが、彼らは弓使いと魔法使いを真っ先に屠り、戦況が一気にこちらの優位になりました。ヴォルグ王国の竜騎士が装着しているプレートメイルを付けた方がいますので、おそらくヴォルグ王国の竜騎士様だと思います。もう1人は先日国王様が仰っていた、公爵家へ婿に入る予定のルーク殿下ではないでしょうか?」


「まぁ! 殿下自ら加勢してくださったのですか?」

「断言はできませんが……まだ残党が残っていますので、戦闘が終えたらまたお声をおかけします」


*    *    *


 あれから少し時が経ち、どうやら盗賊たちが投降したようで、戦闘は終わったみたいです。


 馬車の外から聞こえてくる会話から、わたくしたちを助けてくださった方は、お二人ともヴォルグ王国の王子のようですね。大人数の盗賊相手に怯むことなく加勢くださるとは、とても勇敢な王子様たちのようですわ。



「それより兄様、どうやら僕は騎士に向かないようです。人を殺めたことで手足がガクブルで立っているのもきつい状態です。吐き気や動悸もして今にも倒れそうです……」


「そうか。でも安心しろ、それが普通なんだ。俺もそうお前と変わらない……見ろ」


 お二人の会話から、人を殺めたのが初めてなのだと分かります。わたくしたちの為に大変申し訳ないことです。お二人には感謝してもしきれないですわ。


「姫様、やはりジェイル殿下とルーク殿下でした」

「はい、お二人の会話が聞こえていました」


 エリカに手を引かれ、御二方の前に赴き、挨拶とお礼を言っていたら、突然エリカが倒れてしまいました。


 わたくしは侍女であり、幼馴染で親友でもあるエリカが倒れたことで、軽いパニックになってしまいましたが、ルーク様は冷静に傷口が見たいと言い、『矢毒ガエルの毒』に侵されていると診断なさいました。ルーク様は回復魔法だけではなく、詳細に分かる鑑定魔法までお持ちのようです。


 それだけではなく、彼は大量の上級回復剤と上級解毒剤まで所持していて、『こういう暗殺とかの可能性のある王家の人間は、自分でしっかり自衛のために各種回復剤は所持していないといけないと思うんだよね。姫様自身が所持していないとか、実に平和な国なのでしょうね』とごもっともな指摘までしてくださりました。


 一級審問官の資格を持つわたくしに、こういうことを言ってくださる方は、エリカや両親くらいのものでしたので凄く新鮮です。



 皆の解毒が終わった頃に、『カン!』という盾で矢を弾いた甲高い金属音がしてルーク様が急に大きな声で叫びました。


「姫を馬車の中に! まだ敵がいるみたいです!」


 まだ隠れていた盗賊がいたようで、わたくしはまたルークさまに救われたようです。


「チッ! 今からじゃ、追っても追い付けない!」


 どうやら馬に乗って逃げたようで、騎士隊長が口惜しげに叫びました。


「姫様、ルーク様は弓で逃げた賊を射るようです。でも既に150mも離れています」


「そうですか。残念ですが、逃げられてしまいそうですわね」

「あっ! 足に命中! 2本目撃ちます……賊の背中に命中! 続けて3本目……馬のお尻に命中して馬が暴れて賊が落馬! 凄い! 全部当たりました!」


 目の悪いわたくしに、エリカが興奮気味に起こっていることを教えてくれました。周りの騎士たちも口を揃えて『凄い!』と言っているのでとても凄いことなのでしょう。


 自分の目で見られないことがとても残念に思います。


「バルス! あいつ捕まえてきて! 殺しちゃダメだよ! 奴は毒を使うから、ちょっとなら毒を使えないように先に痛めつけていいからね」

「クルル~!」


 ルーク様がドレイクに指示を出すと、とても嬉しそうな声を出してあっという間に賊を捕らえてきました。気性の荒いドレイクが、ルーク様にとても懐いているようです。


「ルーク! お前バルスをこうやって餌付けしていたな! 俺よりお前に懐いているじゃないか!」


 おや? どうやらこのドレイクはジェイル様の騎竜のようですね。ルーク様にあまりにも懐いているので、ルーク様の騎竜かと思ってしまいましたわ。


 一息ついた頃に、騎士の1人が捕縛中の盗賊に切りかかったようで、それをルーク様がお止になったようです。騎士の気持ちも分かりますが、拘束中の無抵抗な者を切り殺すのは感心できませんね。


 ですが、ルーク様は違う理由で止めたみたいです。それどころか、その騎士をジェイル様が拘束してしまいました……何故?。


「この国ではどうなのか知りませんが、公務とはいえ、普通は王族の行動は危険回避のためあまり公に開示されていません。誰かが手引きしないと待ち伏せはできないのです」


 確かにそうですわ。さらに続けてルーク様はこう言います。


「そしてこの騎士は盗賊の中で唯一毒を使っていた、この手練れの者を真っ先に殺そうとしました。口封じのために殺そうとしたのではないかと疑っています。まともな騎士なら普通は殺さず、先に尋問をしますからね。連れ帰って拷問させないための口封じです」


 そう言われれば、その通りです!

 ルーク様はとても聡明なお方のようですね。


「理由は納得できました……こんな罪人と同じ扱いを受けるなんて……」


 ルーク様に指摘された騎士は、泣きながらそう呟きました。同僚を殺した者たちの仲間扱いされたのでは悔しいでしょうね。ここはわたくしの出番かしら。


「あなたはこの者たちの仲間ですか?」

「いいえ! 神に誓って違います!」


「そうですか! 良かったですわ! すぐにこの騎士の開放をお願いします。この者は盗賊の仲間ではありません」


 良かった! 彼は賊の仲間ではないようです。


 おや? 殿下たちから可哀想な者を見るような気配がしますわ。わたくし、そういうのには敏感ですのよ。お二人には一級審問官の資格書を見せて納得してもらいましょう。





 賊の尋問を始めて間もなく、ジェイル様の話から察するに、ルーク様が拘束中の者をいきなり刺し殺したようです。


 これまでの彼の行動から考えると、そうしなければならなかった理由があるはずです。


 ルーク様の実演で分かったのは、【魔封じの腕輪】の鍵が外せるという事実です。死んだ賊の周りには、危険な毒が塗られた暗器などが沢山散らばっていたそうです。わたくしはまたもやルーク様に救われたのです。今日だけで3度もです。本当に凄いお方ですわ。



 *    *    *



 ガイル叔父様の救援部隊が到着した時、公爵家の騎士たちがルーク様に失礼な態度を取ってしまいましたが、ルーク様は『謝意のない詫びより、その理由が知りたい』ときっぱり言い切りました。騎士たちの威圧に一切動じることもなく、凄くカッコイイと思います。


 でも、婚約者の名前すら知らないのでは、騎士たちが怒るのも仕方がないのではと思ってしまいました。




「姫様、ルーク様にこの馬車に乗ってもらってはどうでしょうか?」


 エリカが殿方を同じ馬車に誘うなんて、初めてではないでしょうか。

 エリカは普通の侍女とは違い、戦闘もできる特別優秀な戦闘侍女です。


 わたくしの身の回りの世話は当然として、悪い虫が付かないようにアポなしの男性の排除も仕事の1つになっているのですが、どうやらエリカは彼に興味があるようですね。わたくしもちょっと興味がありますし、お誘いしてみようかな……。


 ルーク様は馬車に同席するのを少し躊躇われていたようですが、御一緒してくださいました。


 ルーク様はとても楽しいお方です!

 エリカもいつもと違い、積極的に会話に参加して楽しそうです。




 うふふ、なんですか、あのもの悲しい詩(うた)は……よほどこの婿入りが嫌なのか、自分を売られる仔牛に見立てて寂しげに歌っていたのです。


 ほとんどの方は、わたくしと面と向かうと、嘘を言わないようにと黙してしまうのですが、彼はそんな素振りが一切ありません。


「嘘を見破ってしまうわたくしなど、煙たがって誰ももらってくれないでしょうね」


 つい結婚話が出た際に、ルーク様に愚痴ってしまいました。


「そうかな? 嘘さえ吐かなきゃ良い訳だし、姫ぐらい可愛かったら、それを差し引いても十分魅力的だと思いますけどね」


 わたくしが可愛い? 魅力的?


「ルーク様、それは本当でございますか⁉」


 思わず確認したくて聞いてしまいました。


「はい。姫はとっても可愛いですよ」

「嘘じゃないですわ! わ、わたくし、嬉しいです♪」


 嘘やお世辞でないことが分かると、嬉しくて顔が真っ赤になってしまいました。



 *    *    *



 ガイル叔父様の御屋敷に到着したのですが、わたくしは賊の尋問のお仕事があるようです。


 叔父様はララとアンナとルーク様の3人だけをこの客室に残すようですわね。


 初対面でいきなり3人だけというのが気まずいのはお分りでしょうに。伯父様の真意は分かりませんが、なにか意図がありそうです。わたくしはエリカにある命令をして、ここに残すことにしました。



 尋問が終わった頃に叔父様にメールが届いたのですが、それを見た叔父様から強い殺気が放たれ始めました。いったい何があったのでしょうか?


「ルーク殿が、妻の寝室に押し掛けたそうだ……」

「えっ! あいつ、もう問題を起こしやがった! 愚弟が申し訳ありません!」


 わたくしたちは急いで寝室に向かったのですが、そこには凄く元気になられたサーシャ叔母様がベッドに腰掛けて笑っていました。なんと、教皇様でも治らなかった病をルーク様が改善したとのことでした。このお方はどこまで凄いのでしょう。


 人の噂なんて本当に当てになりませんわ。


 今、伯母様を夕食に誘ってルーク様が作った手料理を振舞ってくださっているのですが、宮廷料理人が作ってくれるものより美味しいと思ってしまいました。


 横でエリカの食べたそうにしているオーラを感じます……ちょっと可哀想ですね。


 ララやアンナがサーシャ叔母様に久しぶりに会えてとても嬉しそうにしていて、この晩餐会自体がとてもいい雰囲気です。



「ララがお礼にルークお兄様にピアノを弾いてあげる!」


 ララの提案で始まった演奏会ですが、ここでもルーク様はわたくしを驚かせてくれました。


 あの人見知りのララが、とても楽しそうにルーク様の伴奏に合わせて歌っているのです。ララに合わせて、歌詞もすぐ覚えられるような簡単なもののようですね。優しいお心遣いが素敵です。


 その後にルーク様はまた驚かせてくださいました!

 涙が出るほど素晴らしい演奏でした……どうしましょう……なんだか胸がドキドキします。



 *    *    *



 その日の夜―――


「エリカ、わたくしが尋問でいない間はどんな感じでしたか?」

「最初は気まずかったのですが、ルーク様凄いです! 夕食の時もそうですが、あの人見知りの激しいララ様が、ほんの1時間ほどですっかり懐いてしまったのですよ!」


 わたくしがエリカにした命令は【ステータスプレート】の機能を使って3人の様子を動画に記録すること。


 エリカはわたくしの目でもあるのです。


 実は弱視のわたくしでも、記録した動画をメール機能で添付して送ってもらえれば、直接視認しなくても【クリスタルプレート】を網膜上に映し出すことができるので、ぼやけていない鮮明な映像で見ることが可能なのです。


 ルーク様の紙で折ったワイバーンの演出は幻想的で素晴らしいものでした。


 お昼の戦闘もエリカは記録していたようで、それも見せて頂きました。ルーク様もジェイル様も、怖気付くことなく勇猛果敢に戦われていました。


 お二人ともとてもかっこいいです!


 ただ、エリカの視線が最初はジェイル様を追っていたのに、途中から騎竜に乗ったルーク様ばかりを見ていたのが気になります。


「エリカ、途中からあなたの視線がルーク様ばかり見ているのはどうしてかしら?」

「それはですね、最初ジェイル殿下が魔法使いや弓使いが密集している後方に切り込んでくださり、戦局が変わって凄いって思って見ていたのですが、その後の動きは周りの騎士たちより少し劣るぐらいだったのです」


「そうなのですか?」

「はい。剣術の腕だけなら騎士たちの方がはるかに勝っています。今回の護衛者は、少数精鋭で選ばれた者たちですからね。で、ルーク殿下ですよ! あのお方は別格です! 多勢に無勢で劣勢の騎士のところに的確に弓やドレイクのブレスで援護射撃を行い、怪我すればすぐさま回復魔法で癒しておられました。上級回復剤も皆に投げて配ってくださり、それを使って私も肩の傷を癒したのですよ」


 エリカの話では、ルーク様の的確なサポートがあったおかげで以降の死人がでなかったのだと興奮気味に解説してくれました。戦闘力云々ではなく、一人で戦況を覆すほどの的確なサポート力がルーク様はずば抜けているのだそうです。


 エリカがこれほど褒めるのも珍しいことです。


 やはりルーク様は凄いお方のようですわ。



 *    *    *



 翌日、わたくしたちだけ先に馬車で王都に帰ることになったのですが、公爵領から遠ざかるにつれて胸が苦しくなります。わたくしは一体どうしたのでしょう。


「エリカ。わたくし、なんだか胸がキュッとなって苦しいのです……」


「ずっと姫様を見ていたのですが、それはルーク殿下が関係していませんか?」

「ルーク様ですか?」


「私の従姉のイリス姉様が専属侍女に付くことになった時とかどうでしたか?」

「あっ……また胸がキュッとしました」


「やっぱり。姫様はルーク様に恋をしたのではないでしょうか?」


 馬車の中でエリカにそう言われた瞬間、わたくしは理解しました。


 これが恋なのだと。


 わたくしは、学園に通っている間、ルーク様の側にずっと一緒に居られるようになったイリスに嫉妬していたようです。


 ですが、彼はエミリアの婚約者……それを思うとまた苦しくなってしまいました。



 *    *    *



『ミーファお姉様、少しご相談が……』


 王都に帰ってきてから翌日の夜に、【クリスタルプレート】にエミリアからのコールが鳴ってある相談を受けたのですが、それはルーク様のことでした。『母親の回復のお礼と挨拶に行かないといけないのに、どうしても行けなかった』そうなのです。


 エミリアは重度の男性恐怖症です。これではルーク様もエミリアも、どちらも不幸になるでしょう。


 それならば、お慕いしているわたくしが立候補すれば――

 そう考えたらもう歯止めが効かなくなりました。



 エミリアに許可をもらい、お父様に生まれて初めて我が儘を言ってしまいました。


「ルーク様に恋して、どうしても彼と結婚したいので、騎士学園に編入させてください!」


「だが、彼はすでにエミリアとの婚約が決まっている」


 思った通りの答えが返ってきました。ですが、どうしても彼のことを諦めることができません!


「では、わたくしは今後誰とも結婚いたしません! お父様のお願いも、もう聞いてあげません!」


 強い覚悟の元、お父様に自分の気持ちをぶつけました。どうしてもルーク様と結婚したいわたくしは、つい感情的になって「子供はわたくしが沢山産みます」とか「エリカやエミリアも上手く誘導してみせます」とか言ってしまいました。


「そこまで想っているのか……分かった。すぐにお前との婚約と編入の話を進めよう」


 ルーク様にはよろしくない噂が流れていましたので、まさかお父様が了承してくださるとは思ってもいませんでした。


 それからとんとん拍子に話が進み、わたくしは数時間後には学園に来ていました。


 ルーク様、わたくしを受け入れてくださるかな……。


 あの日、馬車の中で可愛いと言ってくださいましたが、凄く不安です。

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