第64話 人命に関係ない商品での利権は譲れません

 洗髪剤や化粧水にはまった王妃のお二人は、当然のように在庫がないか聞いてくる。亜空間の工房でアバターたちが開発時に作ったものが沢山あるが、それを出すわけにはいかない。


 イリスと一緒に作ったのは、各種2リットルだけなのだ。矛盾がでるような言動は、嘘を見破れるミーファがいるので極力なくした方が良いからね。


 叔父さんの格言として『嘘に嘘を重ねる奴は、最終的に自分の吐いた嘘で身を亡ぼす』そうだ。営業部に配属した俺に、口煩いぐらい言っていた言葉だ。



「自分たちも使うので、今持ってる手持ちの量だとお渡しできるのはこの壺1つ分ぐらいですかね」

「その壺1つでどのくらいの期間使えますか?」


 この壺1つ、約1リットル入る。


 プッシュ式のシャンプー容器が1プッシュ約3mlだったかな? 普通は2プッシュぐらいだと思うけど、この世界の女性は長い髪の人が多いので3~4プッシュと考えると平均10mlは使うのかな?


 渡すのが1000mlなので、丁度100回分か。


「カーミヤ王妃の髪の長さだと、大体100回分ぐらいですかね」

「100回分ですか……多いようで少ないですね。5人だと1カ月も持たないのですね」


 5人? 自分たち以外でも使う気なのかな?


「でもカーミヤ、自分の娘たちだけではなく、わたくしたちの髪を見た侍女や家臣の者たちが黙っていないのではないですか?」


 なるほど、自分の娘にもってことね。でも、侍女や家臣とかまでの面倒は見れないし、見たくないんだけど。


「それもそうですわね……」


 大人しく聞いていたミーファがついに切れた。


「お母様方、『私も私も!』になりますと、ルーク様のご迷惑ですわよ!」


 ああ、ミーファありがとう!


 元営業マンなので、角が立たないような断りや上手くかわすことは苦手ではないのだけど、それはあくまで対等の立場の時であって、王妃様二人掛かりだとちょっと分が悪い気がしていたのでマジ有難いです。


「そうなのよね~……う~ん、でも今更もうこの洗髪剤以外は使いたくないですし……チラッ」


 カーミヤさん、自分の口で『チラッ』とか言ってるし!


「それにうちはまだエミリアとナタリーも使ってませんのよ! ルーク様の班員の二人を差し置いて、部外者のお母様たちが先に使うなんて、ちょっとずうずうしいですわ!」


 ミーファ、流石に実の母親を部外者扱いは可哀想じゃないかな。庇ってくれている気持ちは嬉しいけどね。


「ルーク様、貴重な品だということは十分理解できるのですが、よ、宜しければわたくしとナタリーにも使わせていただけないでしょうか?」


 うそ! エミリアから俺に声を掛けてきた!


『♪ 実は観覧授業中に今晩使わせてもらえるようにナビーからもマスターにお願いする約束をしていました。先ほどミーファから自分の名前が出たので、今を逃してはと思い切って声を掛けたようです』


『そうなんだ。自分から話しかけてくれたのは良い傾向だね』

『♪ そのくらい女性にとって、このシャンプーは魅力的ということです』


「うん、勿論エミリアたちにもプレゼントするつもりだったよ。昨日食後に作ったので昨夜は渡せなかったけどね」


「「ありがとうございます!」」


「妾もなのじゃ!」


 ディアナの発言でそちらに皆の注目が集まる。そういえば従魔たちは昨日寝てたからまだお風呂に入ってないんだよなぁ~。


「そちらはひょっとして古竜様なのでしょうか?」


 ミラナ王妃が首をかしげながら聞いてきた。

 そういえば従魔の中でディアナだけまだ挨拶してなかったかな?


「あっ、紹介が遅れました。先日の『召喚の儀』で俺の従魔になってくれた古竜種黒帝竜族のディアナです」


「ディアナじゃ。そちはミーファの母君か? やはり親子だけあって似ておるのぅ」


「ご挨拶が遅れました。ミーファの母、この国の第2王妃ミラナと申します」

「失礼しました。わたくしは第1王妃のカーミヤと申します。以後お見知りおきくださいませ」


「うむ、それほど畏まらなくてよいぞ。主様に仇なすようなことさえしなければ、妾は暴れたりせぬからの」


 ここでそれを言うと、遠回しに俺に何かしたら許さないと言ってるようなもんだよ。


「「決してそのようなことは致しませぬ」」


 ほら~、王妃様たち、ちょっとビビっちゃったじゃないか。


「じゃあハティやナビーやスピネルも含めて、今晩は従魔たちもお風呂だな。う~ん、この調子だとあっという間に洗髪剤もなくなりそうだね」


「そうだわ! ルークさん、この洗髪剤の作り方を王宮の薬師たちに教えてくださいませんか。そうすれば以降はルークさんのお手を煩わせることもなく、いつでもわたくしたちが使えますわ」


「そうね、最初に薬師たちに教えるために少しお手数をおかけしますが、一度覚えてしまえば後は勝手にこちらで作るので迷惑は掛からないですわね」


 王妃二人はさも良い案だと言わんばかりに話しているが、それはちょっとね。


「それはダメですよ」

「「えっ?」」


「教えられない理由が分からないですか?」

「「ええ……」」


「ミラナお義母さまは、この洗髪剤が王都の商店で売られていたら幾らまでなら出して購入しますか?」

「「あっ!!」」


「分かったようですね?」

「ええ、わたくしならこの壺1つオリハルコン硬貨1枚でも買わせていただきますわ」


 エッ? オリハルコン硬貨! シャンプー1リットルが100万ジェニー⁉

 イヤイヤイヤ、いくら何でも100万円はおかしいでしょ!


「オリハルコン硬貨はいくらなんでもぼったくりですが、貴族の御婦人をメイン層に、これらは莫大な富を生むでしょうね。俺は労咳などの人の命に係わるようなことでお金を儲けようとは思いませんが、自分が苦労して開発した品を無償で教えるような愚かなことはしないですよ」


「ルークさんごめんなさい。わたくしが浅はかでした」

「わたくしも謝罪します。これの本当の価値が分かっていませんでした。作り方を教えろなんて、とんでもないですわね。でも困りましたね。わたくしたちはどうしてもこれらが欲しくて仕方がないのです。ルークさん、あなたに迷惑を掛けずに定期的に手に入れる良い案はありませんか?」


 王妃二人から謝罪され、カーミヤさんからどうしても欲しいから何か良い案はないかと尋ねられた。


 俺は遠回しに、もの凄い利権が絡むこの商品のレシピは教えられないと言ったのだが、ちゃんと察してくれ上手く二人に伝わったようだ。


 班員の分だけなら1回作れば数ケ月は作る必要がないので、草花の多く咲く時期に素材を自己採取して作り置きしておけばいいかなと思っていたのだが――

 

「俺は商品化するつもりはなかったのですが、こう人数が増えてくると俺一人で作る分じゃ賄いきれません。となると、利益の何割かを貰う形にして誰かに任せるのが良いかな」


「委託販売ですね?」

「ええ、素材が安易に手に入る王都の王家に任せるか、同じ理由で商都のエミリアの実家か……」


『♪ マスター、どうせならお金に困窮しているイリスの実家とかはどうでしょう?』

『イリスんち? 数年前にやっと町レベルになったって言ってたけど、材料あるの?』


『♪ 調べてみましたが、イリスが自分で農業貴族とか言ってたぐらいの農地領主なので、素材は領内にあらかた揃っているようです。長い目で見れば天然素材を集めるより、栽培できるものは農民に栽培させれば安価に安定して材料も手に入るようになりますよ』



「任せて頂けるなら、わたくしが直接指揮して王宮で作らせますが、どうですか?」


 カーミヤさん、そこまで張り切っちゃうの?


「う~~ん、それでも良いのですが……。イリスの実家って田舎の方なんだよね?」


 台所からこちらの様子を窺ってたイリスに声を掛ける。


「はい。フォレスト領内の南東に位置しています。田舎ではありますが、フォレストの街から馬車で急いで半日、ゆっくり行って1日の距離ですので、地理的には辺境というような僻地ではありません。元はフォレスト領の食糧確保のために開拓された農耕地です」


「イリスのお父さんってどんなだ? 真面目な人かな?」

「お父様ですか? あの、どうしてそのようなことを?」


「シャンプーや化粧水の委託先をイリスの実家にしてあげようかなって思ってね。色々俺の世話を焼いてくれるイリスへのお礼だよ」


「あ! イリス姉だけずるい! 私もっ! 私の家も混ぜて!」


 そう言えばエリカはイリスと従妹関係だって言ってたな。ってか、これが本来のエリカの素の状態なのかな?


「エリカの実家も農耕地なの?」

「いえ、私の実家は代々王家の守護の任に付く家系ですので、王城の側に居を構えていまして、自領はないです」


 あ~、いつものエリカに戻っちゃった……。


「じゃあダメだよ。将来的に素材になる植物の栽培を自領の農民にやらせれば安価に安定して手に入るようになるから、将来のことまで考えて委託先を選ぶなら農地持ちの領主に任せる方が良いと思うんだ」


「納得です。そういう理由があるなら仕方がないですね」

「ただ、イリスの父親が優秀ならいいけど、無能なら下手に任せると利益すら出せないで破綻したり、最悪製造レシピが他家にバレたりして目も当てられなくなる」


「イリスのお父様は優秀ですよ。開拓村を一代で町にまでした功績を父に認められ、子爵から伯爵になった人です。製造法を盗まれるようなドジはしないと思います」


 ミーファとエリカから同じような内容のフォローが入る。


「イリス的にはどう思う?」

「我が家に任せて頂けるのならとても嬉しいです!」


 ですよね~。

 実家からは俺に取り入れと命令されているようだし、これでイリスの面目も立つでしょう。


「週末にエミリアのお母さんの治療に行くでしょ? そのついでにイリスの実家に行って、ミハエル伯爵と一度会ってみようと思う。イリスのお父さんにその旨伝えてもらえるかい? いきなり洗髪剤の製造・販売権をあげると言っても、ミハエル伯爵からすれば『なに変なもん押し売りしてくるんだ』って感じるだろうからね」


「そうですね。実際に一度使ってみないことにはこの洗髪剤の良さは分からないかと思います。父には週末に予定を開けておいてもらいますね」


「そうしてもらえるかな。全面的に一貴族だけへの一任は俺も不安なので、ガイル公爵にも一枚噛んでもらおうかな。製造はイリスの実家、卸先にガイル公爵の商都にすれば材料の入手や大口の販売ルートの確保もできるしね」


「素晴らしいわ! 王族のガイル殿のところなら、王宮に優先して販売していただけるでしょう。ミーファは本当に良い殿方を捕まえましたね。初めて我儘なことを言ったので心配したのですが、我が子ながら実に良い判断でした」


「本当ね~、ルークさんはとても聡明で、色々周りへの配慮もされていて好ましいですわ。あの吟遊詩人が今度王宮に現れたら、ちょっとお仕置きが必要ですね」


「う~~ん、吟遊詩人たちのことは腹立たしくは思うのですが、嘘は言ってないんですよね。大袈裟に表現はしていますが概ね事実なので……」


『♪ あらあら、イリスのマスターへの好感度が凄いことになっていますよ。そしてイリスのピンク的な好意を表す魔素の色を感じたミーファが複雑な心境です』


 ナビーの念話を聞いてミーファの方を見たのだが、ちょとキツイ表情でジーとイリスの方を見ていた。


***************************************************************

 お読みくださりありがとうございます。


 久しぶりに投稿いたしましたら、凄い反響で驚いております。

 これほど心待ちにしてもらえてたのかと思うと嬉しさで一杯です。


 ☆評価・♡応援ありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る